〈《女子高校生コンクリ事件》「顔が変形するほど殴り」「抵抗する彼女を何度も強姦…」準主犯格Bの母親が明かした、「足立区の学習院」と言われたエリート校に進学した過去〉から続く
史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。たった7日間しかなかった昭和64年(1989年)1月に被害者のX子さんは命を落とした。
【衝撃画像】「自分に科される刑はなんだろう」準主犯格Bから著者に届いた直筆の手紙を見る
事件から15年後、「報道ステーション」ディレクター(当時)で、現在は北海道放送(HBC)報道部デスクを務める山裕侍氏は、準主犯格Bの母親に話を聞いた。事件前後の家庭環境と、母親の視点から見た息子の姿とは――。1月7日の発売直後に重版がかかるなど大きな注目を集める山氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
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犯罪心理学者の福島章氏は、東京地裁から心理鑑定を依頼され、A・B・C・Dの4人に詳細な鑑定をしている。鑑定書にはBへの問診が記載されている。
──被害者に暴行していたのは?
「A先輩がやっていた」
──君もかなりやったのでは?
「自分も、その時の気持ちでやった」
──先輩がやっているのを見ているのは、面白いか?
「面白いとは思いません。酷いとも思いませんでした」
──止めたり、反対したりは?
「はじめは少し(反対も)出した。でも、しょうがないかとか思った」
──ライターの時は?
「熱いんじゃないかと思った。でも、止めようと思わなかった」
──被害者に好意を感じたのか?
「嫉妬とかの気持ちはあった。ほかの男とやったことがわかると頭に来る。でもそれは、暴行とは別です」
──被害者とセックスしたのは何回くらい?
「3回」
──12月中旬に、君と少年Cとがひどく殴ったそうだが?
「部屋の金がなくなったというので、被害者がとったと思って拷問した。被害者に隠したところを白状させようと思った。金は、本当は先輩がとっていた。被害者は、Eと仲がよかったので、セックスしたのかどうかを言わせようとした。答えはしていないということだったが、信用できなかった」
──女の人を殴るのは、どういう気持ちか?
「男と喧嘩するように、殴ってすっきりするという感じではなく、何かけっこう後悔が入っているような気持ちです」
──殴った後で、性的に興奮してセックスしたくなるとかは?
「殴るようになってからは、一度も(セックスは)していません」
福島氏は問診などから、Bは〈性的サディズムの性癖はない〉と評価しながらも、〈対象関係レベルの異性像は、愛着の対象であると同時に不信の対象でもあるという「両価的」な感情があった。依存し愛したい気持ちと、信じるに足りない者として嫉妬したり、相手の人間性を切り捨てたりした〉と分析する。精神医学として以下のようにBを診断した。
〈幼少時から人の顔色を見る、表裏のある子供だったが、暴力でほかの子供を従え、自己中心的に自己の存在を主張する傾向もあった。しかし、父親に愛情を求めたり母親に甘えたり受容を求めたりする欲求が強いにもかかわらず、それが満たされなかったために心の深い層で傷ついており、それらの愛情欲求や自尊感情を自ら断念し、衝動性をもっぱら抑圧・分裂・疎隔化のメカニズムを採用して神経症的性格構造を形成したと思われる。かなり屈折した精神状態にあるといってよい〉
X子さんが死んだことを知ったときどう思ったのかという質問に、Bは次のように答えた。
〈まず始めに考えたのは自分のこと。「やっちゃった」という気持ち。骨折した時にやっちゃったという気持ちと同じ。これからどうしようか? というよりは、自分のこれからのことを考えて「もう、終わりだな」「一生消えない」という感じ〉
〈友人にも硬派と軟派とがあるが、「もう軟派は出来ないな」「ヤクザの方にしか生きて行けないな」という気持ちだった。人を殺しちゃったから、と〉
被害者が死んだことにほとんど感情を動かさず自分のことばかり考えているBに対して、福島氏は〈一見すると殺人者となったことに自己憐びんの感情を持ったようにも聞こえるが、他面では「否定的自己像」を明確に確立して安心した気分も窺える〉として、Bの暴力性を以下のように考察した。
〈少年Bは、退学後に母親に対する行動を『家庭内暴力』として通報されてから『母に見放された』と思って、彼女に攻撃性を発動することをやめた。『甘えと攻撃』のチャンネルを断念したのである。そこで抑圧された攻撃性・暴力への衝動は、恐喝の反復などとして、小出しにされてはいたが、多くの部分がうつ積していたものと解釈される。
本件一連の犯行で被害者に対しては、初め恋愛感情・信頼感・理想化をしていた対象が不信と怒りとおとしめの対象になるという意味で、母親に対するのとやや似ている。したがって母親に対する屈折した感情が被害者に転移され、それゆえ激烈で容赦のない攻撃となったものとも思われる〉
裁判所に提出された福島氏の鑑定結果は当然、Bの母親もおおよそ知っているはず。息子の暴力性についてどのように思っているのか、親としての認識を聞いた。
「息子さんのなかの暴力的な行為というのは、どこに原因があったのでしょうか? なぜあんなことをしたと思いますか?」
Bひとりだったらあんな酷いことはできなかったのではないかと母親は前置きしたうえで、言葉を続ける。
「うちは犬を飼っています。犬は一生懸命にかわいがります。だけど、私が入っていくと、ぱっと離すんです。すごいかわいがるんですけど……」
「どうして離すんですか?」
「たぶん、そんなに、自分を見せたくないんじゃないですか? かわいがっている自分の優しさを見せたくないと、私は思いましたけどね。犬も懐いていましたしね。いつでも自分は強がって見せたい。ともなってないんですけど。親のいい見方をしているのかもしれないですけど」
母親なりの認識なのかもしれないが、自分を強く見せたがる性格が暴力性の説明になっているとは言いがたかった。
母親はインタビューの冒頭で話したエピソードに再び触れた。
「1988年の暮れ、Cのお母さんがうちに見えて『何か起こりそうだ、何か起こりそうです』と言われたんです。でも私がお宅に行って入ることはできませんから、『警察に行ってください』と言ったんです。それは当然ですよね」
「そのときCの家に息子さんが出入りしているのは聞いているんですか?」
「はい」
「Cの母親は何と言っていましたか?」
「それに対しては、何も言っていないけど、あちらはご両親そろっているから、旦那さんがいて、旦那さんが判断してやってくださるものだと思っていました」
足立区綾瀬のCの自宅2階にX子さんは監禁されていた。Cの母親は自宅にいる彼女を11月末と12月初旬に計3回目撃し、「自宅に帰りなさい」と直接話しかけていた。2回目にはX子さんとCとDの3人に食事を用意した。3回目にはX子さんのカバンのなかからアドレス帳を取り出し、彼女の自宅に電話までかけている。だが偽名を使い、彼女の特徴について簡単な問い合わせをしただけですぐに電話を切っている。警察に通報もしていない。
Bの母親がCの母親から女性の存在について聞かされたのは、記憶では12月下旬だという。
「被害者の女性がCの自宅にいるという話は?」
「その話は聞いていました。そのときに。『1回帰したんですけど、また戻ってきてます』と。で、なんか起こりそうなんですけど、と。だから私としては、責任逃れの言い方かもしれないけど……」
Cの両親がきちんと対応すれば、事件は防げたと母親は考えていた。しかしそれは自身も認めるように、責任逃れの主張だ。インタビューを開始してから1時間が経とうとしていたが、まだ聞きたいことの核心に至るまでは遠かった。
〈《史上最悪の少年犯罪》「女子高校生コンクリ事件のビデオを鑑賞」「プログラマーとして月収40万円も…」28歳で出所した準主犯格Bのその後〉へ続く
(山 裕侍/ノンフィクション出版)