※本稿は、マックス・ルガヴェア、ポール・グレワル『脳が強くなる食事 GENIUS FOODS』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
先史時代と現代との大きな違いは、食生活のなかで炭水化物たっぷりの食品が脇役から主役に出世したことではないだろうか。
炭水化物が最も多く含まれている食品は精製糖だ。精製糖は今や、見たところは無害なジュースやクラッカー、香辛料から、見るからに害がありそうなソフトドリンクまで、あらゆるものに使われている。それとわかる食品をできる限り避けようとしても、炭水化物は目立たないように隠れることができる。
反肥満の研究者で改革運動者のロバート・ラスティグは、食品メーカーが砂糖を偽装するために使う56種類の独特の名前を特定した。まったく不可能ではないにしても、あなたがよっぽど熱心な探偵でないかぎり、成分表示のなかに添加糖を見つけるのは難しいだろう。
その、砂糖に代わるたくさんの名称のほんの一部を紹介しよう。
現代の食生活において、糖はそれとわかる姿で出世したわけではない。小麦やトウモロコシ、米などの穀類や、ジャガイモなどの塊茎類、そして現代の甘い果物はすべて、デンプン質と糖をたっぷり含むように栽培されている。こうしたデンプン質は砂糖と違って見えもせず味もしない。だが、実のところブドウ糖(グルコース)が鎖のようにつながった構造をしており、植物の種子のエネルギーが詰まった組織に貯えられている。
メープルシロップが指につくと、べっとりまとわりつく。それと同じように、糖も体内でベタベタになる。指についたメープルシロップは洗い流せるが、体内でくっついた糖は洗い流すことができない。
これは「糖化反応(グリケーション)」と呼ばれる反応で、ブドウ糖(グルコース)の分子が、近くのタンパク質や細胞の表面に結合すると起きる。その結果、ダメージが生じる。タンパク質は、肝臓や皮膚、脳など、あらゆる臓器や組織の構造と機能に欠かせない栄養素だ。血糖を増やす食品は糖化反応を促進する可能性があり、どんなタンパク質もブドウ糖にさらされるとダメージを受けやすい。
デンプン質はいとも簡単に糖に分解される。あなたが血糖を急激に増やすコップ1杯のジュースを飲むにせよ、1杯の玄米丼──食物繊維と糖が化学的な長い鎖でつながり、ジュースよりも小規模だが長く続く洪水を引き起こす──を食べるにせよ、気づいてほしい。この2つの食べ物に含まれる炭水化物が誘発する糖化反応の度合は、まったく同じなのだ。これは、次のシンプルな公式で表すことができる。
酸化と同じく、ある程度の糖化は人生において避けられない。だが、救いはある。酸化の場合は、酸化した油を避けると、体内の酸化の進行を遅らせることができる。
糖化も、やはり進行を遅らせることができる。糖化に対抗する最も強力な武器は、私たちの選択かもしれない。
何を食べるか選択すれば、タンパク質に結合してしまう糖(互いにつながっているものも、つながっていないものも)を過度に含む食品を取り込まないで済む。
残念ながら、糖化反応で生じるダメージは脳に限られない。糖化反応は、皮膚や肝臓、腎臓、心臓、骨の老化も促進することで知られている。無事でいられる場所はないのだ。
目は、糖化反応による老化を知るための、もう1つの窓だ。というのも、目にはとりわけ糖化反応に弱い神経細胞やほかの細胞があるからだ。白内障は目のレンズが濁る病気で、世界中の失明の主な要因とされている。ある研究では、実験動物の血糖を慢性的に上昇させて糖化反応を促進させると、白内障が90日ほどで生じたという。糖化反応が進んでいる糖尿病患者の場合、白内障を発症するリスクが正常な血糖値の人と比べて5倍も高くなるのは、これが理由かもしれない。
添加糖(食品の製造や調理の過程で加えられる糖のこと)は、現代の食品供給において最悪の災いといっていい。
もともと糖は、食物繊維と水分、栄養素がひとまとめになった果物から、ほんの少し摂取するのが自然な形だった。それが、いつしか無数の加工食品や甘い飲み物に入れられるようになった。そしてアメリカ合衆国では、ようやく食品に加えられる糖の量を栄養表示に記載することが義務づけられた。もちろん万全とはいえないが、正しい方向への変化ではある。
食品に添加されている糖がオーガニックのサトウキビや玄米シロップに由来しているにせよ、メーカー秘蔵っ子の「高果糖コーンシロップ(high-fructose corn syrup:HFCS)」(ほかに果糖ブドウ糖液糖、ブドウ糖果糖液糖、異性化糖などの名称がある)に由来しているにせよ、はっきりしていることは1つ──添加糖の最も安全な摂取量はゼロだ。
糖を摂取する危険の1つに、脳の快楽中枢がハイジャックされる可能性が挙げられる。添加糖が使われている加工食品は、たいていは「ありえないほどおいしい」ため、報酬に関わる神経伝達物質のドーパミンがたちまち放出される。そして困ったことに、食べれば食べるほど、快楽を感じる閾値(いきち)は上がっていく。どこかで聞いたことがあるだろうか? きっとあるはずだ。
糖がドーパミンの放出を促す作用は、ドラッグの作用とよく似ている。実際に、実験用のラットはコカインよりも砂糖のほうを好む。そして、ラットはコカインが大好きだ。
ラットの実験から学んだことの一例として、果糖(フルクトース)は特にその摂取を促進する傾向があるという。同じカロリー量の果糖かブドウ糖を与えられた場合、ブドウ糖(ジャガイモのデンプン質など)を与えられたラットは飽満(満腹感を得ること)を誘発された。一方、果糖を与えられたラットは、もっと欲しがった。なぜか空腹感が誘発されたのだ。つまり、果糖が人間を過食へと向かわせるのかもしれないということだ(こうした食品を、リストアップしている)。
このような実験結果は大切だ。なぜなら、私たちはポテトチップスを一袋平らげたときに自分を責めてしまうからだ。身に覚えがある? 私もだ。スーパーの棚にスナック菓子のふくらんだ袋がずらりと並べられているのを目にしたときに誰も教えてくれないことは、そうした食品が食品開発の研究室で高給取りの科学者の手によって、やたらとおいしくなるように、もっと欲しくてたまらなくなるようにつくられていることだ。
塩、砂糖、油脂、そしてたいていは小麦粉が、最大の快楽をもたらすように混ぜ合わされ、脳の報酬系を人工的な「至福点」へと駆りたてる。それは規制されている薬物の中毒性といくらも変わらない。「開けたら最後。やめられない」という有名なキャッチコピーを覚えているだろうか? 今や、それは科学的な裏づけのある真実だ。
糖にはたくさんの形があり、たくさんの名前がある。スクロース、デキストロース、グルコース、マルトース、ラクトース……。どこが違うのか? なぜ注意が必要なのか? どれも血糖を急激に増やし、食欲と脂肪の貯蔵をコントロールするホルモンを勝手にいじる。だが近年、ある甘味料が、物議をかもしている。私たちの食の環境の隙間から、音も立てずに忍びこんでくるその甘味料は、果糖だ。
果糖は、ブドウ糖とは別の経路で吸収される。つまり血流を利用せず、特急列車に乗って肝臓に到達する。
果糖は血糖を増やさず、インスリンの分泌も増やさない──少なくとも最初は。たいていの食品メーカーは、この違いを利用して、果糖で甘味をつけた食品を健康志向の顧客や糖尿病患者に売っている。
果糖はすぐに血糖に大きな影響を与えることはないが、頻繁に摂取すれば、いずれ血糖が増える。なぜかというと、肝臓に負担がかかって炎症が生じ、細胞が血液からブドウ糖を「吸い上げる」力が損なわれるからだ。これは人類が自然界にある旬の果物を食べて脂肪をたくさん貯蔵できるように適応した結果かもしれない。だが現代では、それが糖質を摂ると二型糖尿病の発症率が跳ね上がる理由になる(今こそ、果糖の含有量が多い甘味料──たとえば90パーセントが果糖のアガベシロップなどが、健康志向の人や糖尿病患者にとって本当に正しい選択なのかを問うべきだろう)。
果糖の複合効果は、脳内の遺伝子の発現を変化させるかもしれない。UCLAの研究チームは、毎日ラットに1リットルの炭酸飲料と同量の果糖を与えた。6週間後、ラットに典型的な錯乱が起きはじめた。血糖とトリグリセリド、インスリンが増えて、認知機能が崩壊しはじめたのだ。水だけを与えられたマウスと比べて、果糖を与えたマウスは、迷路を抜けだすのに2倍の時間がかかった。
だが何より研究チームを驚かせたのは、果糖を与えられたほうのラットの脳で1000に近い遺伝子が変わっていたことだった。その遺伝子は、愛らしいピンクの鼻やふさふさのヒゲをつくるためのものではなく、パーキンソン病やうつ病、双極性障害などに関わる人間の遺伝子と同種のものだった。
この遺伝子破壊は非常に深刻で、UCLAが発表した記事によれば、研究チームを率いるフェルナンド・ゴメス・ピニーリャは、脳への影響という観点から「食品は医薬品のようなものだ」と述べている。
だが、食品の力はポジティブな方向にも働く。果糖は認知機能と遺伝子発現の両方にネガティブな影響を与えたが、その影響はラットにオメガ3系脂肪酸のDHAを与えると軽減したという。
アメリカの530万人の外傷性脳損傷の患者にとっては、糖質の過剰摂取による脳の負担を避けることが、状況改善の鍵となるかもしれない。果糖を多く含む食事は、ラットの脳の可塑性を損ない、その結果、頭部の外傷の治癒力が低下した。ラットと人間は同じではない。だが脳の損傷は、実験動物で簡単に再現できる器質性疾患だ。自然な形ではラットやマウスに発症しない複雑な疾患とは違う。
———-マックス・ルガヴェア健康・科学専門ジャーナリスト映画製作者。「メドスケープ」「ヴァイス」「ファスト・カンパニー」「デイリー・ビースト」などのメディアに寄稿し、「NBCナイトリーニュース」や「ドクター・オズ・ショー」「ザ・ドクターズ」などのテレビ番組に出演、「ウォールストリートジャーナル」紙で紹介されるなど幅広く活動している。講演者としても人気を博し、ニューヨーク科学アカデミーや、ワイルコーネル医療センターなど権威ある学術機関に講師として招かれた。また、スウェーデンのストックホルムで開催されたバイオハッカーサミットでも講演を行った。2005年から2011年まで、アル・ゴアの「カレントTV」のジャーナリストを務める。主にニューヨークとロサンゼルスを拠点に活動を続けている。———-
———-ポール・グレワル内科医食生活とライフスタイルという視点から減量や代謝機能、不老長寿のための医療を実践し、講演も行っている内科医。彼自身45キロ近い減量に成功し、その体重を維持している。大きな誇りと情熱を持ちながら、患者が健康に生きるために楽しく続けられる、万人に適用できる療法を探る。ジョンズ・ホプキンズ大学で細胞・分子神経科学の学士号を取得。ラトガース大学メディカル・スクールで医学を学び、ノース・ショア・ロング・アイランド・ジューイッシュ・ホスピタルで研修課程を修了。MyMDメディカルグループを創設し、ニューヨークシティで開業、金融会社や健康管理会社のメディカルアドバイザーを務めている。———-
(健康・科学専門ジャーナリスト マックス・ルガヴェア、内科医 ポール・グレワル)