これまで日の目を見なかった男性の性被害が、法改正やジャニーズ性加害問題がきっかけとなり、社会の一大関心事となった。しかし、そこには数々の難問が潜んでいた–。◆「男が被害に遭うはずがない」今も残る社会の無理解と偏見
6月16日に刑法が改正され、強制性交等罪と準強制性交等罪を統合した「不同意性交等罪」が新たにできた。性交同意年齢も13歳から16歳へと引き上げられ、「意思を表すいとまがない」「経済的・社会的地位の影響」などの条件を具体的に挙げ、同意のない性行為が処罰対象になることが明示された。
もちろん、これには男性の被害も含まれる。
男性の性被害が語られるようになったのは、’17年の刑法改正からだ。それまで男性の性被害は空白地帯だった。性的少数者(LGBTQ)への暴力根絶を目指す任意団体・ブロークンレインボージャパン代表の岡田実穂氏はその理由をこう説明する。
「強姦罪は110年以上も前に作られた法律で、家父長制度が基になっており、“家”の所有物である女性が犯されることで『家系の中に別の血が入ってきてしまう』という考えがあった。男性への性暴力を罰するという発想自体がなかったのです」
◆17年の刑法改正で男性被害者が成立するように
それが刑法性犯罪規定の改正でようやく変わったのだ。性被害問題に詳しい、弁護士でみずき法律事務所代表の川本瑞紀氏が解説する。
「’17年刑法改正で、強姦罪が強制性交等罪に変更となり、口腔性交と肛門性交が被害として扱われることになった。刑法177条の規定によって、男性被害者が成立するようになりました」
今年に入り、ジャニーズ事務所の元所属タレントが相次いで性被害を公表したことの影響も大きい。今、かつてないほど男性の性的被害に注目が集まっている。
川本氏の感覚としても、子供の被害を訴える親が増えたという。見ず知らずの女性に童貞を奪われたり、仕事の関係者の男性から口淫されたりといった情報が週刊SPA!にも告白された。
◆加害者も男女では明確な違いがある
加害者には男性も女性もいるが、両者に明確な違いがある。加害者の治療に取り組む「性障害専門医療センター(SOMEC)」代表理事の福井裕輝氏は指摘する。
「男性の場合は、単純に性的嗜好が子供に向かう傾向が強い。子供であればすべてがターゲットになりうるので、対象は不特定多数です。ところが女性は恋愛に似た感情から発展するので、他の男にはまるで興味がないということが多いように思います」
被害者が、加害者になってしまうケースも少なくない。福井氏は続ける。
「海外では加害者の8割以上が幼少期に、性的虐待を含む肉体的な虐待やネグレクト(育児放棄)などの被害を受けているというデータが出ています。日本でも似たような傾向があり、当センターに来る患者の約4割に性的被害を受けた経験があります」
◆実態が見えにくい男性の性被害
被害者に目を転じると、内閣府男女共同参画局の報告書(’22年)によれば、16~24歳の男性の5.1%が身体接触を伴う性暴力被害に遭っている。女性の8.7%よりは低いものの、一定数が被害に遭っているのだ。言葉による性暴力被害に遭った男性は、11.2%に上る。
警察庁によれば、’18年以降、強制性交等の認知件数は年間1300~1400件に上るが、うち男性の被害は50~70件。だが、これは氷山の一角にすぎない。
「弱さを認めたくない『ウィークネス・フォビア』(弱者嫌悪)を持つ男性は少なくない。被害に遭った自分や、負けてしまった自分を受け入れられないのは、男性のほうが強いのです」(川本氏)

かなりの時間を経てから性被害に遭っていたと気づく男性も多い。心理カウンセラーの山口修喜氏は指摘する。
「12歳で女性から性的被害を受けたというある男性は、17歳頃になって女性に対してイライラするようになり、20歳頃になって、ようやくあれが性暴力だったのだと気づいたと話していました」
また、男性被害者は性的混乱をきたすことがあるという。
「例えば10歳前後の少年がおじさんから性的虐待を受けると、興奮を感じることもあるので、頭では女性とつき合うものだと思っていても、体が男性を求めるというように混乱することがあります。
性というものは本来、自然なかたちで探求していくものですが、発達の段階で性的虐待を受けると、それを歪められてしまうのです」(山口氏)
◆軽く見てはいけない性的トラウマ
男性の性被害の中でも特に顕在化しにくいのが、LGBTQの被害者だ。前出の岡田氏は、相談する窓口も充実していないと言う。
「行政の相談事業は対象を明示していないことが多く、マイノリティや男性のサバイバー(性暴力を生き抜いた人)は、自分が相談してもいいのか不安に思うのです。
性被害は若い女性が受けるものだと認識している人が多いので、差別が助長されるのではないかと心配するサバイバーもいます。相談機関で性的指向の話ばかり聞かれて、具体的な話ができなかったという声もあった」
性的少数者に限らず、男性被害者にはまだまだ偏見の目がある。こうした誤った見方を「レイプ神話」と言うが、それゆえに男性は、性被害に遭うと大きなショックを受けるのだ。
◆男性被害者への社会的偏見「レイプ神話」とは
|棒が性被害に遭うはずがない
∪的な被害に遭う男性は同性愛者だ
女性が性的な加害行為をするはずがない
だ的な被害を受けることでその男性は後にゲイになる
ダ的虐待を受けた男児は自らも性的虐待を行う男性に成長する
性的な被害を受ける男性は、男らしさに問題がある
男性は性的被害に遭いそうになっても抵抗できるはずだ
抵抗しない男性はその行為を望んでいる
勃起・射精などの性的反応が起こったら同意していたといえる
(出典:「性犯罪に関する刑事法検討会ヒアリング配布資料」岩崎直子、Struckman-Johnson、Turchik & Edwards)
◆過去の被害でも軽く見てはいけない
「レイプに遭う可能性がゼロではないと思って生きている女性と、そういう発想がもともと頭にない男性では、リスクに対する構えに大きな違いがある。男性は人生に織り込まれていないリスクを突然、背負わされるのです」(川本氏)
では、実際に被害に遭った場合はどうすればいいのか。前出の山口氏は、迷わず専門家に相談すべきだと言う。
「過去の被害でも軽く見てはいけません。一度性的トラウマを受けたら、何もなかったことにはできないのです。人に語ることで回復することは決してないので、それ以外の部分に目を向け、少しずつトラウマを解消していくことが必要です」
前出の岡田氏は最後にこう強調する。
「被害の重い、軽いではなく、被害に遭った誰もが助けられる社会であることが大切です」
性別に関係なく、まずは被害を減らすことが重要だ。
【弁護士・川本瑞紀氏】第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会・委員。犯罪被害者支援弁護士フォーラム会員。性暴力救援センター・東京理事
【心理カウンセラー・山口修喜氏】カナダの州公認心理カウンセラーを経て、男性専門のカウンセリング「オフィスPomu」代表。2500人以上にトラウマセラピーを行う
【支援団体代表・岡田実穂氏】LGBTQ+の性暴力被害者やサバイバーの支援団体・Broken Rainbow-JapanやNGO・レイプクライシス・ネットワークの代表を務める
取材・文/週刊SPA!編集部 写真/時事通信社 Shutterstock