安倍晋三元首相の銃撃死事件を巡っては、凶行に及んだ容疑者・山上徹也に極刑を望む意見がある一方で、その不幸な生い立ちから擁護する声も上がっている。ネット上に溢れる言葉は、同情、共感、憧れ、好意……と、どれも殺人者には不似合いなものばかりだ。
この熱狂の正体は何なのか。山上容疑者を通して、現代社会の闇に光を当てる。
◆「5つの孤独」を抱えていたのではないか
山上容疑者の内面を考えるうえで重要な資料が、ツイッター投稿だ。コミュニケーション研究者で、中高年男性の孤独感を分析している岡本純子氏は、「山上容疑者の投稿を見ると、5つの孤独を抱えていたのではないか」と語る。
「1つ目は親に愛されなかったこと、2つ目は支援の狭間に落ちてしまったこと。3つ目は男性としての孤独、4つ目は就職氷河期世代特有の孤独、5つ目は日本人としての価値観がもたらす孤独です」
◆孤独は連鎖する
山上容疑者の1000を超える投稿の中には、〈幼稚園の頃から人との付き合い方は分からなかった。何故お前らはそんなに無邪気に、無垢に、あるがままでいられるのか〉という一文がある。
「貧困は連鎖すると言われますが、孤独も連鎖します。親がコミュニケーションが苦手な人だと、同じように子供もコミュニケーションの取り方を学べず、孤独が受け継がれてしまうのです。コミュニケーション能力は家族関係の中で育まれていくものなのですが、山上容疑者の場合、そういう家庭環境になかった」
◆支援の谷間に落ちてしまった孤独
ツイートの中には若者をうらやむような投稿もある。コロナ禍で孤独になる大学生の記事に対して〈言っちゃ何だがオレの10代後半から20代初期なんかこれ以下だよ。社会問題として支援が呼び掛けられる様は羨ましいとすら思う〉と、綴っていた。岡本氏はこの内容に「支援の谷間に落ちてしまった孤独」を見る。
「今でこそ就職氷河期世代への支援の必要性が叫ばれていますが、山上容疑者が若い頃はそうした風潮もなく、支援もなかった。『もっと自分たちに目を向けてほしかった』という本音があるのでしょう」
◆「ガマンは美徳」という孤独を生み出す価値観
ほかにも、山上容疑者の投稿の中で頻繁に出てくるのが、「インセル」という言葉だ。これは「インボランタリー・セリベイト」を略したネットスラングで、「不本意な禁欲者」という意味を指す。
日本の“非モテ”とも通じるニュアンスだが、インセルという言葉には、より「女性を敵視する男」という意味合いが含まれる。
そして、山上容疑者はこのようなツイートもしている。
〈だから言っただろう、最後はいつも一人だと〉
「山上容疑者の投稿を見ると、全般的に強い諦観を感じる内容が多い。そういった“冷めた目線”も、孤独感からきていると感じます。実際には誰かに話を聞いてほしいけれど、上手に助けを求めることができない。日本人男性らしい不器用さです」
◆中高年男性が孤独に陥るウラ側
「特に中高年男性は、『男は耐えるもの』『ガマンは美徳』といった日本特有の価値観を抱えている人が多い。こういった孤独を礼賛する価値観は今の時代にはそぐわない。山上容疑者に限らず、多くの中高年男性が孤独に陥る裏には、こうした古い価値観があると思います」
孤独というフィルターを通して見ると、山上容疑者のまた違った内面が見えてくる。
【岡本純子氏/コミュニケーション・ストラテジスト】企業やビジネスパーソンの「コミュ力」強化支援のスペシャリスト。著書に『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)など
取材・文/週刊SPA!編集部