厳しい猛暑が徐々に影を潜め、旬を迎えるはずのサンマ。「旬」とはおいしいだけでなく、その魚の漁が活発に行われる時期を指している。サンマは今から10年ほど前まで、この条件をきっちりと満たし、まさに秋の味覚の代名詞となっていた。だが、近年はまったく事情が違う。水揚げが急激に減り、値段が高いばかりか、身が細くて物足りないサンマばかりが店頭に並ぶ。有効な対策も見えてこない。このまま「幻の魚」となって、姿を消してしまうのか。【川本大吾/時事通信社水産部長】
【写真】立ちのぼる煙に、脂の乗ったサンマが焼ける匂い――60年続いた“庶民の味”を見舞った大不漁時代 魚の旬と言えば、春の初ガツオ、初夏の入梅イワシ、夏のアユ、秋・冬のサケ、冬場の寒ブリや本マグロなどが有名だが、たとえば、カツオは初物が珍重される一方で、脂が乗って本当においしいのは秋の「戻りガツオ」。夏場の“土用の丑の日”に食べたくなるウナギは本来、冬場が旬で、かつてウナギが売れない時期に何とか食べてもらおうと、供給サイドが消費喚起への作戦で暑い時期に売り込むようになったとも言われる。 その点、サンマは「秋にたくさん獲れて、脂が乗ってうまい」という旬の条件を、長いこと満たし続けてくれた。戦後の高度成長期、1950年代後半には大豊漁となり、手軽な“総菜魚”として庶民の味方となっていた。昭和から平成の終わりごろまで、秋の食卓には「またサンマ?」という家族のツッコミが聞かれるほど、手軽に塩焼きを堪能できた。さらに、魚の鮮度維持の技術や流通の進歩で、2000年頃からはサンマの刺し身が、どの地域でも食べられるようになり、ますます人気が上昇した。秋の風物詩が、風前の灯火に 農林水産省によると、サンマの水揚げ高はピークとなった1958年に60万トン近い豊漁となり、2000年に入ってからも年間20万~30万トンで推移してきた。ところが近年、極端な不漁に見舞われ、昨年の水揚げ高はなんと2万トンに満たない過去最低の水準に。ここ最近の気象状況のように、「これまで経験したことのない」レベルの大不漁時代に突入した。水揚げ高が少ないばかりか、獲れたサンマは細くて脂の乗りも悪い。そんな少々残念なサンマが1匹で数百円とあっては割高感も否めず、なおさら残念に感じる人も多いだろう。不漁の要因はどこに? サンマの水揚げ高が過去最低に落ち込むほどの“不漁”に陥っている要因については、海水温の上昇や黒潮の流れの変化、外国の大型漁船による公海上での初夏の「早獲り」など、複数挙げられている。しかし、正直、はっきりとした理由は分かっていない。少なくとも、単純な要因ではないことが想像できる。 全世界的に温暖化が進むなか、サンマ復活のために水温や潮流といった海洋環境を人為的に変えることは現実的ではない。しかし、日本や中国、台湾などの漁業国による有効な資源管理策は打ち出せないのだろうか――。 まず、日本漁船より先に、外国漁船が毎年5月頃に公海でサンマを漁獲している点について、水産庁や資源研究者は、「秋に日本が漁獲する群れとは異なる」とみており、日本のサンマの不漁要因ではないとの見解を示している。さらに、外国船も秋に獲るサンマの方が、早獲りよりも多いことから、漁獲高全体を考えれば、早獲りだけを問題視するわけにいかないという。 また、資源研究者によると、サンマは寿命が長くて2年。漁獲対象の大半が1歳魚だという。そこで、各国が1年ほどサンマを獲るのを我慢すれば、資源量も増え、脂が乗った以前のようなサンマがまた食べられるのでは……、と考える向きもある。ただ、サンマ禁漁案が具体化した形跡はない。それはなぜか。大量に生まれても「餌がなくて死滅」が主因か サンマは太平洋のかなり広い範囲に分布している。豊漁が続いていた時期も、日本漁船がわざわざ足を延ばさない公海の遠い東沖で生息が確認されている。研究者は「外国も含め、漁獲されるのは全体のせいぜい2~3割」だという。 その上、サンマは回遊しながら年中、広い海域で産卵しており、1匹が数千個の卵を産むことが分かっている。産卵後に「孵化してから1センチに満たない仔魚(しぎょ)が流される海域に、餌となるプランクトンが少ないことが多く、ほとんどが成長せずに死んでしまっているのではないか」と研究者は分析する。サンマの主な産卵時期や海域が特定できない以上、プランクトンの量を人為的かつ効果的に調整することはほぼ不可能に近いだろう。 少なくとも、近年、サンマが不漁に見舞われているのは、これまでの獲り過ぎが直接的な原因とは言えないようだ。それを裏付けるように、過去に豊漁となった次の年も、1歳魚の群れが大量に日本の近海までやってきたことは何度もある。かつて漁業関係者は「獲っても獲ってもサンマは湧いてくる」とこぼしていた。実績をはるかに上回る「漁獲枠」 漁獲がサンマ資源に直接ダメージを与えていないためなのか、サンマの国際管理機関である北太平洋漁業委員会(NPFC)は、加盟国の総漁獲枠について、実際は獲り取り切れない量に設定している。このうち、日本のサンマ漁獲枠も今年は15.5万トンで、昨年の漁獲実績(約1万8300トン)をはるかに上回る、漁業サイドからの「期待値」ともいうべき数字となっている。 研究者は、「漁獲が資源悪化の主な要因とは言えないが、資源状況をみながら一定の管理は必要」と話す。「獲っても増える、獲らなくても減るときは減る」といった傾向が強いため、サンマは漁獲枠でコントロールできる魚種ではないのかもしれない。その一方で、イワシは3年前から国内トップの漁獲量を示すなど順調に漁獲され、サバの漁獲も高水準。「うまくて安いサンマは、この先いつになったら食べられるのか」ばかりを考えるくらいなら、イワシやサバ、アジ、ニシンを塩焼きにしておいしく食べながら、気長に復活を待つのがよいのではないか。川本大吾(かわもと・だいご)時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)。デイリー新潮編集部
魚の旬と言えば、春の初ガツオ、初夏の入梅イワシ、夏のアユ、秋・冬のサケ、冬場の寒ブリや本マグロなどが有名だが、たとえば、カツオは初物が珍重される一方で、脂が乗って本当においしいのは秋の「戻りガツオ」。夏場の“土用の丑の日”に食べたくなるウナギは本来、冬場が旬で、かつてウナギが売れない時期に何とか食べてもらおうと、供給サイドが消費喚起への作戦で暑い時期に売り込むようになったとも言われる。 その点、サンマは「秋にたくさん獲れて、脂が乗ってうまい」という旬の条件を、長いこと満たし続けてくれた。戦後の高度成長期、1950年代後半には大豊漁となり、手軽な“総菜魚”として庶民の味方となっていた。昭和から平成の終わりごろまで、秋の食卓には「またサンマ?」という家族のツッコミが聞かれるほど、手軽に塩焼きを堪能できた。さらに、魚の鮮度維持の技術や流通の進歩で、2000年頃からはサンマの刺し身が、どの地域でも食べられるようになり、ますます人気が上昇した。
農林水産省によると、サンマの水揚げ高はピークとなった1958年に60万トン近い豊漁となり、2000年に入ってからも年間20万~30万トンで推移してきた。ところが近年、極端な不漁に見舞われ、昨年の水揚げ高はなんと2万トンに満たない過去最低の水準に。ここ最近の気象状況のように、「これまで経験したことのない」レベルの大不漁時代に突入した。水揚げ高が少ないばかりか、獲れたサンマは細くて脂の乗りも悪い。そんな少々残念なサンマが1匹で数百円とあっては割高感も否めず、なおさら残念に感じる人も多いだろう。
サンマの水揚げ高が過去最低に落ち込むほどの“不漁”に陥っている要因については、海水温の上昇や黒潮の流れの変化、外国の大型漁船による公海上での初夏の「早獲り」など、複数挙げられている。しかし、正直、はっきりとした理由は分かっていない。少なくとも、単純な要因ではないことが想像できる。
全世界的に温暖化が進むなか、サンマ復活のために水温や潮流といった海洋環境を人為的に変えることは現実的ではない。しかし、日本や中国、台湾などの漁業国による有効な資源管理策は打ち出せないのだろうか――。 まず、日本漁船より先に、外国漁船が毎年5月頃に公海でサンマを漁獲している点について、水産庁や資源研究者は、「秋に日本が漁獲する群れとは異なる」とみており、日本のサンマの不漁要因ではないとの見解を示している。さらに、外国船も秋に獲るサンマの方が、早獲りよりも多いことから、漁獲高全体を考えれば、早獲りだけを問題視するわけにいかないという。 また、資源研究者によると、サンマは寿命が長くて2年。漁獲対象の大半が1歳魚だという。そこで、各国が1年ほどサンマを獲るのを我慢すれば、資源量も増え、脂が乗った以前のようなサンマがまた食べられるのでは……、と考える向きもある。ただ、サンマ禁漁案が具体化した形跡はない。それはなぜか。
サンマは太平洋のかなり広い範囲に分布している。豊漁が続いていた時期も、日本漁船がわざわざ足を延ばさない公海の遠い東沖で生息が確認されている。研究者は「外国も含め、漁獲されるのは全体のせいぜい2~3割」だという。
その上、サンマは回遊しながら年中、広い海域で産卵しており、1匹が数千個の卵を産むことが分かっている。産卵後に「孵化してから1センチに満たない仔魚(しぎょ)が流される海域に、餌となるプランクトンが少ないことが多く、ほとんどが成長せずに死んでしまっているのではないか」と研究者は分析する。サンマの主な産卵時期や海域が特定できない以上、プランクトンの量を人為的かつ効果的に調整することはほぼ不可能に近いだろう。
少なくとも、近年、サンマが不漁に見舞われているのは、これまでの獲り過ぎが直接的な原因とは言えないようだ。それを裏付けるように、過去に豊漁となった次の年も、1歳魚の群れが大量に日本の近海までやってきたことは何度もある。かつて漁業関係者は「獲っても獲ってもサンマは湧いてくる」とこぼしていた。
漁獲がサンマ資源に直接ダメージを与えていないためなのか、サンマの国際管理機関である北太平洋漁業委員会(NPFC)は、加盟国の総漁獲枠について、実際は獲り取り切れない量に設定している。このうち、日本のサンマ漁獲枠も今年は15.5万トンで、昨年の漁獲実績(約1万8300トン)をはるかに上回る、漁業サイドからの「期待値」ともいうべき数字となっている。
研究者は、「漁獲が資源悪化の主な要因とは言えないが、資源状況をみながら一定の管理は必要」と話す。「獲っても増える、獲らなくても減るときは減る」といった傾向が強いため、サンマは漁獲枠でコントロールできる魚種ではないのかもしれない。その一方で、イワシは3年前から国内トップの漁獲量を示すなど順調に漁獲され、サバの漁獲も高水準。「うまくて安いサンマは、この先いつになったら食べられるのか」ばかりを考えるくらいなら、イワシやサバ、アジ、ニシンを塩焼きにしておいしく食べながら、気長に復活を待つのがよいのではないか。
川本大吾(かわもと・だいご)時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)。
デイリー新潮編集部