「ロシア軍人に栄光あれ」東京・上野の神社に掲示された絵馬
「この絵馬が目に入ってきたときは、あまりのひどさに絶句しました」
そう語るのは、東京在住のロシア人会社員・アナスタシアさん(30代・仮名)。2022年8月某日、東京・上野の神社を訪れた彼女は、神社の境内に懐かしいキリル文字で書かれた絵馬を見つけ、手に取って読んだ。
そこに書かれてあった内容は、癒しの気分も吹き飛ぶものだった。
《ロシア軍人に栄光あれ。我々こそが真実だ。ウクラナチは負かされなければならない。勝利は我々のものだ。我々の先祖はナチスと戦い、勝った。今回も勝つ》
アナスタシアさんが語る。
「2月24日のウクライナ侵攻により、私を含めた在日ロシア人の人生、生活は大きく変わりました。私は今回の侵攻に反対していますが、“ロシア人” というだけで白い目で見られ、ネットには誹謗中傷があふれています。私も一時期は、ニュースを見ないようにしていたくらいです」
アナスタシアさんの知人のなかには、失職した人や、精神的に不調をきたし、心療内科に通っている人もいるという。そして在日ロシア人にとって深刻なのが、母国に残った家族との不和だ。
「ロシアに暮らす人の多くは、国営メディアの報道だけに接しており、海外に暮らすロシア人が戦争の問題点をいくら指摘しても聞き入れてくれません。まわりには、母国を見限って、日本への帰化を決めたロシア人もいます。
絵馬を見て、衝撃のあまり、一瞬の目の前がぼやけました。日本という外国で、好戦的な考えを神聖な場所に書きつけるなんて……。同じロシア人として恥ずかしいですし、取り外したくなりました」
アナスタシアさんは、自分に何かできることはないかと、3月におこなわれたウクライナ侵攻反対デモに参加した。
「もともと、私は政治意識が高いほうではありませんでした。むしろ、1990年代の混乱を経験しており、ロシアに “安定” をもたらしたプーチン大統領の功績を認めていたくらいです」
プーチン大統領への見方が変わったのは、2014年のクリミア侵攻だ。ウクライナ・クリミア半島を併合したことを喜ぶロシア人たちにも違和感を抱くようになった。
「残念ながら、すでにロシアは全世界的に “パライア・ステイト(嫌われ者国家)” になってしまいました。そんななか、このような絵馬を掲示する神経がわかりません。海外に住むロシア人に、ますます累がおよんでしまいます。
大部分の在日ロシア人は、今回の侵略に心を痛め、草の根活動を続けているのですが……」
アナスタシアさんは、そう語って涙を拭いた。
文・タカ大丸