「週刊文春」が報じてきた、ジャニーズ事務所創業者の故・ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.への性加害問題。今回大きな動きがあった。元ジュニアのカウアン・オカモト氏(26)が初めて実名・顔出しで週刊文春の取材に応じたのだ。さらにオカモト氏は4月12日、日本外国特派員協会で記者会見をおこなった。
【画像】ジャニー喜多川氏による性加害を告発したカウアン・オカモト氏 このニュースを新聞はどう報じたか。翌日の紙面を調べてみた。〈朝日新聞『「ジャニー喜多川氏から性被害」 元ジャニーズJr.の男性会見』読売新聞『ジャニー氏から「性的行為」公表 当時10代の男性』毎日新聞『「前社長から性被害」元ジャニーズ歌手 記者会見』産経新聞『ジャニー氏から「性的被害受けた」元所属歌手会見』東京新聞『元ジャニーズ所属歌手が会見「前社長から性的被害」』日経新聞『ジャニー氏から性的被害と主張 元ジャニーズ所属歌手』〉

大手紙はどこも報じていたが扱いはかなり小さい。日本外国特派員協会で会見したからとりあえず報じるというスタンスにも見えた。半世紀前から変わらないメディアの体質 日本外国特派員協会といえば「時の人」をゲストに呼んで海外メディアの記者が質問していく場所だ。過去には田中角栄首相の政治資金問題について首相本人に追及。そのあと国内メディアの報道も活発化して田中退陣のきっかけをつくったともされる。ちなみに田中金脈問題を最初に書いたのは文藝春秋(1974年11月号)での立花隆氏による『田中角栄研究~その金脈と人脈』だった。 しかし、《角栄研究は新聞もほとんど取り上げなかった。角栄番記者は「あんなことは知っていた」と嘯(うそぶ)いていたが、外国紙が取り上げてから大慌てで騒ぎだしたのである。》(NetIB-NEWS、元木昌彦氏のコラム「追悼・立花隆 ジャーナリストはマックレイカーたれ。」2021年6月28日) なんだか半世紀前と変わっていない気がする。今回も海外メディアが報じたからという展開である。しかし田中金脈問題と違うのはジャニー氏による性加害問題は20年以上前から週刊文春では報じられてきた点だ。朝日新聞はどう報じたか 今回のオカモト氏の会見について朝日新聞デジタルは社説で取り上げた。『(社説)ジャニーズ 「性被害」検証が必要だ』(4月15日) 抜粋すると、〈・決して見過ごすことができない問題である。・その地位と力関係を利用し、アイドルとして成功したい少年たちの弱みにつけこんだ卑劣な行いが密室で繰り返されていたのが事実とすれば、重大な人権侵害である。・第三者による徹底した検証を行い、社会に対して説明する必要がある。〉 注目したいのは最後の部分。《喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが、一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し、今後の教訓としなければならない。》どこか他人事のように書いているが… どこか他人事のように書いているが「自戒」していることに注目だ。実はジャニー氏が亡くなったときの報道も気になっていた。朝日の「評伝」はアイドルの原石を見抜く力は天才的というジャニー氏の功績に続き、後半に「男性アイドル育成、光と影」という小見出しがあった。《一方、1999年には所属タレントへのセクハラを「週刊文春」で報じられた。文春側を名誉毀損(きそん)で訴えた裁判では、損害賠償として計120万円の支払いを命じる判決が確定したが、セクハラについての記事の重要部分は真実と認定された。》(2019年7月10日) あの裁判で重要視されたのがジャニー氏の証言だ。少年たちの性的虐待についての告白に対し、法廷で「彼たちはうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです」と述べていたのである。 朝日はさりげなくその事実を最後に書いていた(触れていただけ朝日はまだマシだったが)。海外メディアの反応は? このとき海外メディアはどう伝えたか。イギリスの公共放送であるBBCはジャニー氏の業績をほめたたえつつ、《一方で、物議をかもす人物でもあった。どれも証明されなかったが、パワハラと性的虐待の告発が繰り返された。ジャニーズ事務所は業界であまりに圧倒的な存在だったため、ジャニー喜多川氏を批判することはほとんど不可能だった。強大なジャニーズ事務所を脅かそうと挑む人は、日本の主要メディアには皆無だった。》(2019年7月10日) むしろ日本のメディアの姿勢を指摘していたのだ。ジャニーズ事務所 時事通信社 さて、最新号(4月20日号)の週刊文春では性加害についてある映画を取り上げていた。2016年に米アカデミー賞などを獲得した『スポットライト 世紀のスクープ』である。カトリック教会の神父たちによる、信者の子供たちへの長年にわたる性加害の実態を元に作られた作品だ。事件をスクープしたのが、ボストン・グローブ紙。取材班の一人で、現在大学教授の人物は次のように述べている。「我々の事件と似たようなものだと思います。非常に権力を持っている男がいて、罪のない子供たちを虐待している。」 日本のメディアについては、「なぜ、記事を書かないのか、私には理解できません」「自戒」すべきはメディアのみにあらず この3月には「BBCワールドニュース」でジャニー氏による性加害問題が取り上げられた。当時、週刊文春の報道を担当した記者の1人、中村竜太郎氏が登場していた。 中村氏と言えば、私は2016年暮れにトークライブで数々の取材エピソードを聞いたことがある。その一端として文春のジャニーズ報道の経緯を聞いているうちに映画の『スポットライト 世紀のスクープ』にそっくりですねと言ったら中村氏も「あの映画で描かれていることは、日本でもあるんです」と答えてくれたのを覚えている。 その『スポットライト 世紀のスクープ』はボストン・グローブ紙を決して英雄視していたわけではなかった。スクープを放つまでにはかなり時間がかかっていて、それまでは情報提供も軽視していたほどだった。そんな状況の中、その土地にしがらみのないアウトサイダーの編集局長の登場により取材チームが動き出したのである。これは現在の日本メディアと同じように感じる。遅すぎた感もあるが今からでも検証すべきではないだろうか。 今回の件を取り上げた朝日新聞の社説には「自戒」という言葉がついていたが、情報の受け手の私たちも同じだ。これはゴシップやスキャンダルや芸能ネタの類ではなく性被害問題なのである。メディアの送り手側も受け手側も「自戒を込めて」考え直さなければ。(プチ鹿島)
このニュースを新聞はどう報じたか。翌日の紙面を調べてみた。
〈朝日新聞『「ジャニー喜多川氏から性被害」 元ジャニーズJr.の男性会見』読売新聞『ジャニー氏から「性的行為」公表 当時10代の男性』毎日新聞『「前社長から性被害」元ジャニーズ歌手 記者会見』産経新聞『ジャニー氏から「性的被害受けた」元所属歌手会見』東京新聞『元ジャニーズ所属歌手が会見「前社長から性的被害」』日経新聞『ジャニー氏から性的被害と主張 元ジャニーズ所属歌手』〉
大手紙はどこも報じていたが扱いはかなり小さい。日本外国特派員協会で会見したからとりあえず報じるというスタンスにも見えた。
日本外国特派員協会といえば「時の人」をゲストに呼んで海外メディアの記者が質問していく場所だ。過去には田中角栄首相の政治資金問題について首相本人に追及。そのあと国内メディアの報道も活発化して田中退陣のきっかけをつくったともされる。ちなみに田中金脈問題を最初に書いたのは文藝春秋(1974年11月号)での立花隆氏による『田中角栄研究~その金脈と人脈』だった。 しかし、《角栄研究は新聞もほとんど取り上げなかった。角栄番記者は「あんなことは知っていた」と嘯(うそぶ)いていたが、外国紙が取り上げてから大慌てで騒ぎだしたのである。》(NetIB-NEWS、元木昌彦氏のコラム「追悼・立花隆 ジャーナリストはマックレイカーたれ。」2021年6月28日) なんだか半世紀前と変わっていない気がする。今回も海外メディアが報じたからという展開である。しかし田中金脈問題と違うのはジャニー氏による性加害問題は20年以上前から週刊文春では報じられてきた点だ。朝日新聞はどう報じたか 今回のオカモト氏の会見について朝日新聞デジタルは社説で取り上げた。『(社説)ジャニーズ 「性被害」検証が必要だ』(4月15日) 抜粋すると、〈・決して見過ごすことができない問題である。・その地位と力関係を利用し、アイドルとして成功したい少年たちの弱みにつけこんだ卑劣な行いが密室で繰り返されていたのが事実とすれば、重大な人権侵害である。・第三者による徹底した検証を行い、社会に対して説明する必要がある。〉 注目したいのは最後の部分。《喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが、一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し、今後の教訓としなければならない。》どこか他人事のように書いているが… どこか他人事のように書いているが「自戒」していることに注目だ。実はジャニー氏が亡くなったときの報道も気になっていた。朝日の「評伝」はアイドルの原石を見抜く力は天才的というジャニー氏の功績に続き、後半に「男性アイドル育成、光と影」という小見出しがあった。《一方、1999年には所属タレントへのセクハラを「週刊文春」で報じられた。文春側を名誉毀損(きそん)で訴えた裁判では、損害賠償として計120万円の支払いを命じる判決が確定したが、セクハラについての記事の重要部分は真実と認定された。》(2019年7月10日) あの裁判で重要視されたのがジャニー氏の証言だ。少年たちの性的虐待についての告白に対し、法廷で「彼たちはうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです」と述べていたのである。 朝日はさりげなくその事実を最後に書いていた(触れていただけ朝日はまだマシだったが)。海外メディアの反応は? このとき海外メディアはどう伝えたか。イギリスの公共放送であるBBCはジャニー氏の業績をほめたたえつつ、《一方で、物議をかもす人物でもあった。どれも証明されなかったが、パワハラと性的虐待の告発が繰り返された。ジャニーズ事務所は業界であまりに圧倒的な存在だったため、ジャニー喜多川氏を批判することはほとんど不可能だった。強大なジャニーズ事務所を脅かそうと挑む人は、日本の主要メディアには皆無だった。》(2019年7月10日) むしろ日本のメディアの姿勢を指摘していたのだ。ジャニーズ事務所 時事通信社 さて、最新号(4月20日号)の週刊文春では性加害についてある映画を取り上げていた。2016年に米アカデミー賞などを獲得した『スポットライト 世紀のスクープ』である。カトリック教会の神父たちによる、信者の子供たちへの長年にわたる性加害の実態を元に作られた作品だ。事件をスクープしたのが、ボストン・グローブ紙。取材班の一人で、現在大学教授の人物は次のように述べている。「我々の事件と似たようなものだと思います。非常に権力を持っている男がいて、罪のない子供たちを虐待している。」 日本のメディアについては、「なぜ、記事を書かないのか、私には理解できません」「自戒」すべきはメディアのみにあらず この3月には「BBCワールドニュース」でジャニー氏による性加害問題が取り上げられた。当時、週刊文春の報道を担当した記者の1人、中村竜太郎氏が登場していた。 中村氏と言えば、私は2016年暮れにトークライブで数々の取材エピソードを聞いたことがある。その一端として文春のジャニーズ報道の経緯を聞いているうちに映画の『スポットライト 世紀のスクープ』にそっくりですねと言ったら中村氏も「あの映画で描かれていることは、日本でもあるんです」と答えてくれたのを覚えている。 その『スポットライト 世紀のスクープ』はボストン・グローブ紙を決して英雄視していたわけではなかった。スクープを放つまでにはかなり時間がかかっていて、それまでは情報提供も軽視していたほどだった。そんな状況の中、その土地にしがらみのないアウトサイダーの編集局長の登場により取材チームが動き出したのである。これは現在の日本メディアと同じように感じる。遅すぎた感もあるが今からでも検証すべきではないだろうか。 今回の件を取り上げた朝日新聞の社説には「自戒」という言葉がついていたが、情報の受け手の私たちも同じだ。これはゴシップやスキャンダルや芸能ネタの類ではなく性被害問題なのである。メディアの送り手側も受け手側も「自戒を込めて」考え直さなければ。(プチ鹿島)
日本外国特派員協会といえば「時の人」をゲストに呼んで海外メディアの記者が質問していく場所だ。過去には田中角栄首相の政治資金問題について首相本人に追及。そのあと国内メディアの報道も活発化して田中退陣のきっかけをつくったともされる。ちなみに田中金脈問題を最初に書いたのは文藝春秋(1974年11月号)での立花隆氏による『田中角栄研究~その金脈と人脈』だった。
しかし、
《角栄研究は新聞もほとんど取り上げなかった。角栄番記者は「あんなことは知っていた」と嘯(うそぶ)いていたが、外国紙が取り上げてから大慌てで騒ぎだしたのである。》(NetIB-NEWS、元木昌彦氏のコラム「追悼・立花隆 ジャーナリストはマックレイカーたれ。」2021年6月28日)
なんだか半世紀前と変わっていない気がする。今回も海外メディアが報じたからという展開である。しかし田中金脈問題と違うのはジャニー氏による性加害問題は20年以上前から週刊文春では報じられてきた点だ。
今回のオカモト氏の会見について朝日新聞デジタルは社説で取り上げた。
『(社説)ジャニーズ 「性被害」検証が必要だ』(4月15日)
抜粋すると、
〈・決して見過ごすことができない問題である。
・その地位と力関係を利用し、アイドルとして成功したい少年たちの弱みにつけこんだ卑劣な行いが密室で繰り返されていたのが事実とすれば、重大な人権侵害である。
・第三者による徹底した検証を行い、社会に対して説明する必要がある。〉
注目したいのは最後の部分。
《喜多川氏による性被害の証言は以前から出ていたが、一部の週刊誌などが中心だった。メディアの取材や報道が十分だったのか。こちらも自戒し、今後の教訓としなければならない。》
どこか他人事のように書いているが「自戒」していることに注目だ。実はジャニー氏が亡くなったときの報道も気になっていた。朝日の「評伝」はアイドルの原石を見抜く力は天才的というジャニー氏の功績に続き、後半に「男性アイドル育成、光と影」という小見出しがあった。
《一方、1999年には所属タレントへのセクハラを「週刊文春」で報じられた。文春側を名誉毀損(きそん)で訴えた裁判では、損害賠償として計120万円の支払いを命じる判決が確定したが、セクハラについての記事の重要部分は真実と認定された。》(2019年7月10日)
あの裁判で重要視されたのがジャニー氏の証言だ。少年たちの性的虐待についての告白に対し、法廷で「彼たちはうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです」と述べていたのである。
朝日はさりげなくその事実を最後に書いていた(触れていただけ朝日はまだマシだったが)。
このとき海外メディアはどう伝えたか。イギリスの公共放送であるBBCはジャニー氏の業績をほめたたえつつ、
《一方で、物議をかもす人物でもあった。どれも証明されなかったが、パワハラと性的虐待の告発が繰り返された。ジャニーズ事務所は業界であまりに圧倒的な存在だったため、ジャニー喜多川氏を批判することはほとんど不可能だった。強大なジャニーズ事務所を脅かそうと挑む人は、日本の主要メディアには皆無だった。》(2019年7月10日)
むしろ日本のメディアの姿勢を指摘していたのだ。
ジャニーズ事務所 時事通信社
さて、最新号(4月20日号)の週刊文春では性加害についてある映画を取り上げていた。2016年に米アカデミー賞などを獲得した『スポットライト 世紀のスクープ』である。カトリック教会の神父たちによる、信者の子供たちへの長年にわたる性加害の実態を元に作られた作品だ。事件をスクープしたのが、ボストン・グローブ紙。取材班の一人で、現在大学教授の人物は次のように述べている。
「我々の事件と似たようなものだと思います。非常に権力を持っている男がいて、罪のない子供たちを虐待している。」
日本のメディアについては、
「なぜ、記事を書かないのか、私には理解できません」
この3月には「BBCワールドニュース」でジャニー氏による性加害問題が取り上げられた。当時、週刊文春の報道を担当した記者の1人、中村竜太郎氏が登場していた。
中村氏と言えば、私は2016年暮れにトークライブで数々の取材エピソードを聞いたことがある。その一端として文春のジャニーズ報道の経緯を聞いているうちに映画の『スポットライト 世紀のスクープ』にそっくりですねと言ったら中村氏も「あの映画で描かれていることは、日本でもあるんです」と答えてくれたのを覚えている。
その『スポットライト 世紀のスクープ』はボストン・グローブ紙を決して英雄視していたわけではなかった。スクープを放つまでにはかなり時間がかかっていて、それまでは情報提供も軽視していたほどだった。そんな状況の中、その土地にしがらみのないアウトサイダーの編集局長の登場により取材チームが動き出したのである。これは現在の日本メディアと同じように感じる。遅すぎた感もあるが今からでも検証すべきではないだろうか。
今回の件を取り上げた朝日新聞の社説には「自戒」という言葉がついていたが、情報の受け手の私たちも同じだ。これはゴシップやスキャンダルや芸能ネタの類ではなく性被害問題なのである。メディアの送り手側も受け手側も「自戒を込めて」考え直さなければ。
(プチ鹿島)