貴重な家屋や建築を残すための取り組みが、各地で進んでいます。東京・足立区では、廃業した“キングオブ銭湯”と呼ばれた銭湯がお寺に移設されました。また、世界文化遺産に登録されている富山・南砺市の「相倉合掌造り集落」にある家が、入居者を求めています。 ◇23日、東京・足立区のお寺「安養院」に人だかりができていました。見ていたのは、お寺の屋根にある「唐破風(からはふ)」という伝統的な建築様式です。しかし、お寺にはなぜか、銭湯で見かけるあの黄色い洗面器を手にした男性がいました。

洗面器を持つ男性「お風呂の屋根だから、お風呂にちなんだ物で写りたいなって。“キングオブ銭湯”ですからね」お寺が“キングオブ銭湯”だというのは、どういうことなのでしょうか。実は、元々このお寺の近くには「大黒湯」という銭湯がありました。昭和4年(1929)に創業された大黒湯は、銭湯の建築としては全国有数の豪華さを誇り、銭湯ファンから“キングオブ銭湯”と呼ばれ親しまれていました。しかし去年6月、老朽化などが原因で廃業になり、歴史ある建物も解体されることになりました。こうした中、声を上げたのが、このお寺の住職の内藤さんです。「大黒湯の建物は“文化財”的意味がある」と考え、「唐破風」を寺に移設することを提案し、2000万円以上の工事費をかけ新たに生まれ変わった姿が23日、お披露目されたのです。お寺には“キングオブ銭湯”の名付け親も来ていました。“キングオブ銭湯”の名付け親 日本銭湯文化協会・町田忍理事「ここに来れば、その時の大黒湯さんの面影が残っているという意味で言うと、銭湯ファンにとってもありがたいですね」 ◇歴史ある文化を後世に残すため、“実際に住む”という試みも行われています。世界文化遺産に登録されている富山・南砺市の「相倉合掌造り集落」の一角にある家で今、入居者を求めているのです。「世界遺産に住まんまい家?」プロジェクトリーダー 相田慶一さん「今、『住まんまい家?』プロジェクトということで、移住者を募集しています」しかも、木造2階建てで、家賃はわずか月1万475円です。その理由は――「世界遺産に住まんまい家?」プロジェクトリーダー 相田慶一さん「Iターンで子供とか若い人たちは増えたんですけど、まだまだ人が減っていて少なくなってきているので」明治時代には300人以上が住んでいたものの、現在、集落で暮らすのは17世帯50人と人口は減少傾向になっています。実はプロジェクトリーダーの相田さん家族も、2012年に茨城県から引っ越してきた移住者です。15歳の長女・笑那さんも、ここで10年過ごしています。長女・笑那さん(15)「自分の住んでいる場所が世界遺産っていうのが、すごく誇りに思うっていうか、住んでいる世界遺産、家を守っていきたいなって」一緒に助け合いながら、集落と文化を守ってくれる人を求めているということです。
貴重な家屋や建築を残すための取り組みが、各地で進んでいます。東京・足立区では、廃業した“キングオブ銭湯”と呼ばれた銭湯がお寺に移設されました。また、世界文化遺産に登録されている富山・南砺市の「相倉合掌造り集落」にある家が、入居者を求めています。

23日、東京・足立区のお寺「安養院」に人だかりができていました。見ていたのは、お寺の屋根にある「唐破風(からはふ)」という伝統的な建築様式です。しかし、お寺にはなぜか、銭湯で見かけるあの黄色い洗面器を手にした男性がいました。
洗面器を持つ男性「お風呂の屋根だから、お風呂にちなんだ物で写りたいなって。“キングオブ銭湯”ですからね」
お寺が“キングオブ銭湯”だというのは、どういうことなのでしょうか。実は、元々このお寺の近くには「大黒湯」という銭湯がありました。
昭和4年(1929)に創業された大黒湯は、銭湯の建築としては全国有数の豪華さを誇り、銭湯ファンから“キングオブ銭湯”と呼ばれ親しまれていました。しかし去年6月、老朽化などが原因で廃業になり、歴史ある建物も解体されることになりました。
こうした中、声を上げたのが、このお寺の住職の内藤さんです。「大黒湯の建物は“文化財”的意味がある」と考え、「唐破風」を寺に移設することを提案し、2000万円以上の工事費をかけ新たに生まれ変わった姿が23日、お披露目されたのです。
お寺には“キングオブ銭湯”の名付け親も来ていました。
“キングオブ銭湯”の名付け親 日本銭湯文化協会・町田忍理事「ここに来れば、その時の大黒湯さんの面影が残っているという意味で言うと、銭湯ファンにとってもありがたいですね」

歴史ある文化を後世に残すため、“実際に住む”という試みも行われています。
世界文化遺産に登録されている富山・南砺市の「相倉合掌造り集落」の一角にある家で今、入居者を求めているのです。
「世界遺産に住まんまい家?」プロジェクトリーダー 相田慶一さん「今、『住まんまい家?』プロジェクトということで、移住者を募集しています」
しかも、木造2階建てで、家賃はわずか月1万475円です。その理由は――
「世界遺産に住まんまい家?」プロジェクトリーダー 相田慶一さん「Iターンで子供とか若い人たちは増えたんですけど、まだまだ人が減っていて少なくなってきているので」
明治時代には300人以上が住んでいたものの、現在、集落で暮らすのは17世帯50人と人口は減少傾向になっています。
実はプロジェクトリーダーの相田さん家族も、2012年に茨城県から引っ越してきた移住者です。15歳の長女・笑那さんも、ここで10年過ごしています。
長女・笑那さん(15)「自分の住んでいる場所が世界遺産っていうのが、すごく誇りに思うっていうか、住んでいる世界遺産、家を守っていきたいなって」