「恋の寿命は3年」という言葉がある。事実、弁護士相談プラットフォーム「カケコム」の調査でも、不倫の期間は一般的に1年から3年が最も多い。
脳科学的には、たとえ恋のはじまりが雷に打たれたような一目惚れであったとしても、それは脳科学的にはドーパミンの分泌の結果なのだそうだ。ドーパミンの分泌には、持続期間は3年が限界という「落とし穴」があり、それ以降も関係を継続させるには、お互いに対する愛着や信頼、尊敬など、ほかの作用がなければ長続きしないというのが一般的だ。
つまり、3年以上不倫が続き結婚に結びつけたいのならば、不倫相手の配偶者や子どもに対する信頼や責任感、また家族に対しても愛着をはるかに凌駕する「自分と一緒にいて味わえる総合的なメリット」を示さない限り終止符が打たれるという、悲しく、厳しい結果になってしまう。
某通信会社勤務の圭司さんは、妻と娘に囲まれ「幸せを絵に描いたような家庭」を築いた42歳の男性だ。まじめで一途な性格の圭司さんは、趣味のスポーツを妻の冴子さんと楽しみ、長い休日には家族で旅行を楽しむ家族の日常に満足していたという。
しかし、歌舞伎町で起きた”ある事件”をきっかけに、ひとまわり以上も年下の「工藤静香似の女性」ルカさん(22)と体の関係を持ち、その日を境に彼女にのめりこんでいく。その経緯は<【前編記事】42歳の「まじめなサラリーマン」が、22歳”工藤静香似”のはかなげな美女と「歌舞伎町の恋」に溺れたワケ>で明かした通りだ。
仕事をサボってルカさんに会いにいくほど、「不倫の恋」にのめり込んだ圭司さんだったが、意外な形でそれはあっけなく終わる…。
その”工藤静香”は、新宿のキャバクラ嬢だった。居酒屋で彼女に怒鳴りつけていた男は、彼氏ではなくお客だったそう。なので彼女のマンションの住所は知らない。怒鳴り散らした一件以来、男はお店に「出禁」になったそうだ。
お店のオーナーがいい人で、彼女のプライベートがお客にはバレないように配慮してくれた。出勤前後はお客に隠れて異動できるようにタクシーを手配してくれたので、男のストーキングに悩むこともなかったという。
「それでも僕は、出会ってしばらくはルカの身が心配でね。でも毎日は会えないから、ちゃんとお店に着いたかとか帰宅したかを毎日LINEで確認していたんです。ルカの仕事が終わるのは、いつも深夜。なので僕は、自宅で冴子がいるときにLINEをしなきゃいけなくてね。トイレやおふろで『冴子にばれたらどうしよう』ってドキドキしながらルカとやりとりをしていました。Photo by iStockでもまったくバレなかった。それは冴子が、人を疑うということを知らない純粋な人だったからなのかもしれません。僕は、そんな冴子に悪いなと思いながらも、初台のルカの部屋に通いました。お店には一度も行かなかったし、誘われもしなかった。お互いの仕事や家庭の話もほとんどしなかった。たぶん僕らは、意識的にそういう話題を避けていたんです。純粋に恋をしたかったし、していました」「僕らが話していたのは、本や映画や絵のことでした。僕は運動も好きですが、アートなものも結構好きなんです。冴子はアートには興味がないようだから、話すこともなかった。ルカとはそういう話をできる。それがとても楽しかったんです。特に、冴子と知り合う前に男友達と行ったニューヨークのモマ美術館の話や、昔から好きな作家の村上龍さんの話とかしていたんです。ルカは僕と年齢が違うのに、おなじものを好きなことが多くてね。そういう話をしながら、彼女の部屋でシチューとかごちそうになるのが最高に楽しかったんです。でも、いつもどこか、せつなかったですけれどね」Photo by iStock そう、二人の恋は「不倫」。そこからいくら目をそらそうとしても、「不倫なのだ」ということを何度も痛感したという。ふたりが会うのは、主にルカさんの部屋。圭司さんが営業の仕事のフリをして平日の仕事の合間に訪れていた。たまに新宿の街で見知らぬサラリーマンやOLたちにまじって二人でランチを食べたりもしたが、そんなときには圭司さんは、「自分のいない土日にルカさんは何を思って過ごしているのか」と、気になってたまらなかったそうだ。賭けに出た不倫相手「彼女がお店でけっこう人気なことも、うすうすわかっていたしね。でも、僕は彼女の“普通”のところを好きになったわけだし、お店をやめてほしいという気持ちもあった。けれど、彼女と結婚するわけでもないのに、僕にはそんなこと言う資格はなかったですし、当然言わなかった。彼女も、一度も僕に離婚して自分と結婚してほしいなんてことを言うことはありませんでした。おたがいに、負の感情を出さないタイプだったので、何年もつきあえたのかもしれません」ひっそりと育んでいたふたりの状況がガラリと変わったのは1年ほど前だ。コロナ渦でも会い続けていたふたりはその日の情事の最中に、ルカさんはこう言った。「今日はね、安全日なの。だから……」圭司さんは、その言葉を信じてしまった。そして、彼女の言うなりの行為をしてしまった。それから3カ月ほどたったころのことだ。やはりいつものようにルカさんの部屋を訪れて、出されたワインを飲んでいたときに、圭司さんは衝撃の告白を受ける。「あのね、話があるの。妊娠したみたい」まさかの話だった。だって安全日と言っていたじゃないかと。あれは嘘だったのかと頭が真っ白になったという。「『私は産みたい』ってルカは言ったんです。すごく冷静で、言葉が凛とハッキリしていたので、話を聞きながら思いました。ああ、彼女は最初から妊娠するとわかっていてそうしたんだなあと。賭けに出たんだなと。ルカの覚悟みたいなものを感じて、僕は正直、言葉が出なかったし、その場から逃げ出したくなりました。なんとか冷静になろうとはしていましたが、たぶん目がキョロキョロしていたと思います。言葉が少ないけど堂々としているルカに対して、僕はたぶんため息ばかりついて、うつむいて、すぐに返事ができなくて。考えさせてほしいといって帰るだけで精一杯でした」Photo by iStock 夏の夕暮れ。まだむしっと暑い日差しの中、新宿駅までの30分ほどの道のりを、ぼーっとしながら歩いた圭司さん。身体も思考も疲れているのに、タクシーやバスではなく、なんとなく歩きたい気分だったという。歩きながら『ああ、そっか、ルカは妊娠したから、今日はワインに口をつけなかったのか』などとぼんやりと考えたそうだ。「お腹の子の面倒も見れない」新宿駅から電車を乗り継ぎ、郊外の自宅の玄関を開けると、なにも疑わずに圭司さんを信頼しきっている冴子さんと娘さんから『今夜はカレーね!』と満面の笑みで出迎えられて、本当はなにも食べる気になれなかったけど、がんばって食べたという。食べきれなくて半分残すと『あら、めずらしいわね、どうしたの。夏バテかしらね』と心配され、その夜のことはもの、今ときどき思い出すそうだ。ルカさんにとって妊娠というのは、すべてをなげうっての行為だったはずだ。キャバクラだって、大きなお腹じゃ働けないだろう。それでも「これ以上不倫は嫌だ」というルカさんの人生をかけてのサインだ。そう感じたけれど、逆に圭司さんは妊娠によってハッと気づいたことがあったのだという。「ルカとの関係は、僕にとっては物語の世界のようなものだと気づいてしまったんです。生活がともなわないからスリリングで楽しかった。せつなくて胸がひりひりすることまでも、楽しみのひとつだった。そしてそれは、冴子と娘とのしあわせな家庭があるからできたことなのだと。勝手かもしれませんが、僕はルカを選ぶわけにはいかない、そう思いました」圭司さんは、妊娠を告げられた3日後にルカさんにLINEをしている。ごめん、君とは結婚できない、と。そして、お腹の子の面倒も見れないと。 「ひどい男です。LINEをしてからすぐに、100万円を用意してルカのマンションに行きました。お給料はぜんぶ冴子に渡しているから手持ちのお金なんてないので、消費者金融で借金して封筒に入れて行って、彼女のマンションのポストに入れてきましたよ。Photo by iStockオートロックなのですが、カギを僕に預けてくれてたので、マンションの中のポストに封筒を入れられたんです。封筒には一緒に鍵も入れて返しました。僕が行ったのは夜の7時くらい。マンションの外からルカの部屋の窓の灯が見えたので、いたのだと思います。胸のあたりが熱くなりましたが、会ったところで何を話していいかもわからないので、そのまま立ち去りました」妻も娘も友達も、誰も知らない以来、ルカさんから連絡はない。まったくない。どうしているかと気になり、2カ月ほどして秋が深まる頃に、圭司さんは一度だけお店に電話をしたことがある。そこに電話するのははじめてだった。「お店でもルカという名前を使っていると聞いていたので、『指名できますか』って聞いてみたんです。そうしたら、電話に出た女性が『いますよ』って。なんか、あまり品のない感じの女性で、ルカをあまりよく思っていないのか『あの子こないだまで少し休んでたんですよ。中絶したという噂なんですよ』なんて、クスクス笑いながら話していました。それを聞いて、ああ……やっぱりそうだったのかと思いましたね。自分が情けなかったです。飲み屋でお客にからまれて困ってるところをつもりが、結局いちばんひどいことをしてしまった。どれだけ傷ついてるだろうと思います」圭司さんの身に起きたことは、今も冴子さんも娘さんも友達も知らない。ふと、誰かに自分の心の苦しさを聞いてほしくなることもあるというが一方で、まだそんなに時間が経っていないのに、少しずつルカさんとの記憶が曖昧になってきているそうだ。「まだ、別れて1年も経っていないのに、あまりルカを思い出さなくなりました。冷たい人間なのかもしれません。正直、思い出したとしても、ルカと僕とのひっそりとした素晴らしい恋物語というか。どんどん心の中で美化している気がします。傷つけた立場なのに自分勝手ですが、ルカと出会えたことには感謝しているんです」最近、娘さんは中学受験のための塾通いに忙しいが「パパ、パパ」と、相変わらず笑顔で話しかけてくれるそうだ。英語が得意な圭司さんに、わからないことがあると教えてと聞いてくる娘にこたえる時間も楽しいひとときだそう。冴子さんとのヨガはあまりしなくったけど、その分、ジョギングやウォーキングの時間は増えた。Photo by iStock 近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。
「それでも僕は、出会ってしばらくはルカの身が心配でね。でも毎日は会えないから、ちゃんとお店に着いたかとか帰宅したかを毎日LINEで確認していたんです。
ルカの仕事が終わるのは、いつも深夜。なので僕は、自宅で冴子がいるときにLINEをしなきゃいけなくてね。トイレやおふろで『冴子にばれたらどうしよう』ってドキドキしながらルカとやりとりをしていました。
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でもまったくバレなかった。それは冴子が、人を疑うということを知らない純粋な人だったからなのかもしれません。僕は、そんな冴子に悪いなと思いながらも、初台のルカの部屋に通いました。お店には一度も行かなかったし、誘われもしなかった。
お互いの仕事や家庭の話もほとんどしなかった。たぶん僕らは、意識的にそういう話題を避けていたんです。純粋に恋をしたかったし、していました」
「僕らが話していたのは、本や映画や絵のことでした。僕は運動も好きですが、アートなものも結構好きなんです。冴子はアートには興味がないようだから、話すこともなかった。ルカとはそういう話をできる。それがとても楽しかったんです。
特に、冴子と知り合う前に男友達と行ったニューヨークのモマ美術館の話や、昔から好きな作家の村上龍さんの話とかしていたんです。ルカは僕と年齢が違うのに、おなじものを好きなことが多くてね。
そういう話をしながら、彼女の部屋でシチューとかごちそうになるのが最高に楽しかったんです。でも、いつもどこか、せつなかったですけれどね」
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そう、二人の恋は「不倫」。そこからいくら目をそらそうとしても、「不倫なのだ」ということを何度も痛感したという。ふたりが会うのは、主にルカさんの部屋。圭司さんが営業の仕事のフリをして平日の仕事の合間に訪れていた。たまに新宿の街で見知らぬサラリーマンやOLたちにまじって二人でランチを食べたりもしたが、そんなときには圭司さんは、「自分のいない土日にルカさんは何を思って過ごしているのか」と、気になってたまらなかったそうだ。賭けに出た不倫相手「彼女がお店でけっこう人気なことも、うすうすわかっていたしね。でも、僕は彼女の“普通”のところを好きになったわけだし、お店をやめてほしいという気持ちもあった。けれど、彼女と結婚するわけでもないのに、僕にはそんなこと言う資格はなかったですし、当然言わなかった。彼女も、一度も僕に離婚して自分と結婚してほしいなんてことを言うことはありませんでした。おたがいに、負の感情を出さないタイプだったので、何年もつきあえたのかもしれません」ひっそりと育んでいたふたりの状況がガラリと変わったのは1年ほど前だ。コロナ渦でも会い続けていたふたりはその日の情事の最中に、ルカさんはこう言った。「今日はね、安全日なの。だから……」圭司さんは、その言葉を信じてしまった。そして、彼女の言うなりの行為をしてしまった。それから3カ月ほどたったころのことだ。やはりいつものようにルカさんの部屋を訪れて、出されたワインを飲んでいたときに、圭司さんは衝撃の告白を受ける。「あのね、話があるの。妊娠したみたい」まさかの話だった。だって安全日と言っていたじゃないかと。あれは嘘だったのかと頭が真っ白になったという。「『私は産みたい』ってルカは言ったんです。すごく冷静で、言葉が凛とハッキリしていたので、話を聞きながら思いました。ああ、彼女は最初から妊娠するとわかっていてそうしたんだなあと。賭けに出たんだなと。ルカの覚悟みたいなものを感じて、僕は正直、言葉が出なかったし、その場から逃げ出したくなりました。なんとか冷静になろうとはしていましたが、たぶん目がキョロキョロしていたと思います。言葉が少ないけど堂々としているルカに対して、僕はたぶんため息ばかりついて、うつむいて、すぐに返事ができなくて。考えさせてほしいといって帰るだけで精一杯でした」Photo by iStock 夏の夕暮れ。まだむしっと暑い日差しの中、新宿駅までの30分ほどの道のりを、ぼーっとしながら歩いた圭司さん。身体も思考も疲れているのに、タクシーやバスではなく、なんとなく歩きたい気分だったという。歩きながら『ああ、そっか、ルカは妊娠したから、今日はワインに口をつけなかったのか』などとぼんやりと考えたそうだ。「お腹の子の面倒も見れない」新宿駅から電車を乗り継ぎ、郊外の自宅の玄関を開けると、なにも疑わずに圭司さんを信頼しきっている冴子さんと娘さんから『今夜はカレーね!』と満面の笑みで出迎えられて、本当はなにも食べる気になれなかったけど、がんばって食べたという。食べきれなくて半分残すと『あら、めずらしいわね、どうしたの。夏バテかしらね』と心配され、その夜のことはもの、今ときどき思い出すそうだ。ルカさんにとって妊娠というのは、すべてをなげうっての行為だったはずだ。キャバクラだって、大きなお腹じゃ働けないだろう。それでも「これ以上不倫は嫌だ」というルカさんの人生をかけてのサインだ。そう感じたけれど、逆に圭司さんは妊娠によってハッと気づいたことがあったのだという。「ルカとの関係は、僕にとっては物語の世界のようなものだと気づいてしまったんです。生活がともなわないからスリリングで楽しかった。せつなくて胸がひりひりすることまでも、楽しみのひとつだった。そしてそれは、冴子と娘とのしあわせな家庭があるからできたことなのだと。勝手かもしれませんが、僕はルカを選ぶわけにはいかない、そう思いました」圭司さんは、妊娠を告げられた3日後にルカさんにLINEをしている。ごめん、君とは結婚できない、と。そして、お腹の子の面倒も見れないと。 「ひどい男です。LINEをしてからすぐに、100万円を用意してルカのマンションに行きました。お給料はぜんぶ冴子に渡しているから手持ちのお金なんてないので、消費者金融で借金して封筒に入れて行って、彼女のマンションのポストに入れてきましたよ。Photo by iStockオートロックなのですが、カギを僕に預けてくれてたので、マンションの中のポストに封筒を入れられたんです。封筒には一緒に鍵も入れて返しました。僕が行ったのは夜の7時くらい。マンションの外からルカの部屋の窓の灯が見えたので、いたのだと思います。胸のあたりが熱くなりましたが、会ったところで何を話していいかもわからないので、そのまま立ち去りました」妻も娘も友達も、誰も知らない以来、ルカさんから連絡はない。まったくない。どうしているかと気になり、2カ月ほどして秋が深まる頃に、圭司さんは一度だけお店に電話をしたことがある。そこに電話するのははじめてだった。「お店でもルカという名前を使っていると聞いていたので、『指名できますか』って聞いてみたんです。そうしたら、電話に出た女性が『いますよ』って。なんか、あまり品のない感じの女性で、ルカをあまりよく思っていないのか『あの子こないだまで少し休んでたんですよ。中絶したという噂なんですよ』なんて、クスクス笑いながら話していました。それを聞いて、ああ……やっぱりそうだったのかと思いましたね。自分が情けなかったです。飲み屋でお客にからまれて困ってるところをつもりが、結局いちばんひどいことをしてしまった。どれだけ傷ついてるだろうと思います」圭司さんの身に起きたことは、今も冴子さんも娘さんも友達も知らない。ふと、誰かに自分の心の苦しさを聞いてほしくなることもあるというが一方で、まだそんなに時間が経っていないのに、少しずつルカさんとの記憶が曖昧になってきているそうだ。「まだ、別れて1年も経っていないのに、あまりルカを思い出さなくなりました。冷たい人間なのかもしれません。正直、思い出したとしても、ルカと僕とのひっそりとした素晴らしい恋物語というか。どんどん心の中で美化している気がします。傷つけた立場なのに自分勝手ですが、ルカと出会えたことには感謝しているんです」最近、娘さんは中学受験のための塾通いに忙しいが「パパ、パパ」と、相変わらず笑顔で話しかけてくれるそうだ。英語が得意な圭司さんに、わからないことがあると教えてと聞いてくる娘にこたえる時間も楽しいひとときだそう。冴子さんとのヨガはあまりしなくったけど、その分、ジョギングやウォーキングの時間は増えた。Photo by iStock 近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。
そう、二人の恋は「不倫」。そこからいくら目をそらそうとしても、「不倫なのだ」ということを何度も痛感したという。ふたりが会うのは、主にルカさんの部屋。圭司さんが営業の仕事のフリをして平日の仕事の合間に訪れていた。
たまに新宿の街で見知らぬサラリーマンやOLたちにまじって二人でランチを食べたりもしたが、そんなときには圭司さんは、「自分のいない土日にルカさんは何を思って過ごしているのか」と、気になってたまらなかったそうだ。
「彼女がお店でけっこう人気なことも、うすうすわかっていたしね。でも、僕は彼女の“普通”のところを好きになったわけだし、お店をやめてほしいという気持ちもあった。けれど、彼女と結婚するわけでもないのに、僕にはそんなこと言う資格はなかったですし、当然言わなかった。
彼女も、一度も僕に離婚して自分と結婚してほしいなんてことを言うことはありませんでした。おたがいに、負の感情を出さないタイプだったので、何年もつきあえたのかもしれません」
ひっそりと育んでいたふたりの状況がガラリと変わったのは1年ほど前だ。コロナ渦でも会い続けていたふたりはその日の情事の最中に、ルカさんはこう言った。
「今日はね、安全日なの。だから……」
圭司さんは、その言葉を信じてしまった。そして、彼女の言うなりの行為をしてしまった。それから3カ月ほどたったころのことだ。やはりいつものようにルカさんの部屋を訪れて、出されたワインを飲んでいたときに、圭司さんは衝撃の告白を受ける。
「あのね、話があるの。妊娠したみたい」
まさかの話だった。だって安全日と言っていたじゃないかと。あれは嘘だったのかと頭が真っ白になったという。
「『私は産みたい』ってルカは言ったんです。すごく冷静で、言葉が凛とハッキリしていたので、話を聞きながら思いました。ああ、彼女は最初から妊娠するとわかっていてそうしたんだなあと。賭けに出たんだなと。
ルカの覚悟みたいなものを感じて、僕は正直、言葉が出なかったし、その場から逃げ出したくなりました。なんとか冷静になろうとはしていましたが、たぶん目がキョロキョロしていたと思います。
言葉が少ないけど堂々としているルカに対して、僕はたぶんため息ばかりついて、うつむいて、すぐに返事ができなくて。考えさせてほしいといって帰るだけで精一杯でした」
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夏の夕暮れ。まだむしっと暑い日差しの中、新宿駅までの30分ほどの道のりを、ぼーっとしながら歩いた圭司さん。身体も思考も疲れているのに、タクシーやバスではなく、なんとなく歩きたい気分だったという。歩きながら『ああ、そっか、ルカは妊娠したから、今日はワインに口をつけなかったのか』などとぼんやりと考えたそうだ。「お腹の子の面倒も見れない」新宿駅から電車を乗り継ぎ、郊外の自宅の玄関を開けると、なにも疑わずに圭司さんを信頼しきっている冴子さんと娘さんから『今夜はカレーね!』と満面の笑みで出迎えられて、本当はなにも食べる気になれなかったけど、がんばって食べたという。食べきれなくて半分残すと『あら、めずらしいわね、どうしたの。夏バテかしらね』と心配され、その夜のことはもの、今ときどき思い出すそうだ。ルカさんにとって妊娠というのは、すべてをなげうっての行為だったはずだ。キャバクラだって、大きなお腹じゃ働けないだろう。それでも「これ以上不倫は嫌だ」というルカさんの人生をかけてのサインだ。そう感じたけれど、逆に圭司さんは妊娠によってハッと気づいたことがあったのだという。「ルカとの関係は、僕にとっては物語の世界のようなものだと気づいてしまったんです。生活がともなわないからスリリングで楽しかった。せつなくて胸がひりひりすることまでも、楽しみのひとつだった。そしてそれは、冴子と娘とのしあわせな家庭があるからできたことなのだと。勝手かもしれませんが、僕はルカを選ぶわけにはいかない、そう思いました」圭司さんは、妊娠を告げられた3日後にルカさんにLINEをしている。ごめん、君とは結婚できない、と。そして、お腹の子の面倒も見れないと。 「ひどい男です。LINEをしてからすぐに、100万円を用意してルカのマンションに行きました。お給料はぜんぶ冴子に渡しているから手持ちのお金なんてないので、消費者金融で借金して封筒に入れて行って、彼女のマンションのポストに入れてきましたよ。Photo by iStockオートロックなのですが、カギを僕に預けてくれてたので、マンションの中のポストに封筒を入れられたんです。封筒には一緒に鍵も入れて返しました。僕が行ったのは夜の7時くらい。マンションの外からルカの部屋の窓の灯が見えたので、いたのだと思います。胸のあたりが熱くなりましたが、会ったところで何を話していいかもわからないので、そのまま立ち去りました」妻も娘も友達も、誰も知らない以来、ルカさんから連絡はない。まったくない。どうしているかと気になり、2カ月ほどして秋が深まる頃に、圭司さんは一度だけお店に電話をしたことがある。そこに電話するのははじめてだった。「お店でもルカという名前を使っていると聞いていたので、『指名できますか』って聞いてみたんです。そうしたら、電話に出た女性が『いますよ』って。なんか、あまり品のない感じの女性で、ルカをあまりよく思っていないのか『あの子こないだまで少し休んでたんですよ。中絶したという噂なんですよ』なんて、クスクス笑いながら話していました。それを聞いて、ああ……やっぱりそうだったのかと思いましたね。自分が情けなかったです。飲み屋でお客にからまれて困ってるところをつもりが、結局いちばんひどいことをしてしまった。どれだけ傷ついてるだろうと思います」圭司さんの身に起きたことは、今も冴子さんも娘さんも友達も知らない。ふと、誰かに自分の心の苦しさを聞いてほしくなることもあるというが一方で、まだそんなに時間が経っていないのに、少しずつルカさんとの記憶が曖昧になってきているそうだ。「まだ、別れて1年も経っていないのに、あまりルカを思い出さなくなりました。冷たい人間なのかもしれません。正直、思い出したとしても、ルカと僕とのひっそりとした素晴らしい恋物語というか。どんどん心の中で美化している気がします。傷つけた立場なのに自分勝手ですが、ルカと出会えたことには感謝しているんです」最近、娘さんは中学受験のための塾通いに忙しいが「パパ、パパ」と、相変わらず笑顔で話しかけてくれるそうだ。英語が得意な圭司さんに、わからないことがあると教えてと聞いてくる娘にこたえる時間も楽しいひとときだそう。冴子さんとのヨガはあまりしなくったけど、その分、ジョギングやウォーキングの時間は増えた。Photo by iStock 近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。
夏の夕暮れ。まだむしっと暑い日差しの中、新宿駅までの30分ほどの道のりを、ぼーっとしながら歩いた圭司さん。身体も思考も疲れているのに、タクシーやバスではなく、なんとなく歩きたい気分だったという。
歩きながら『ああ、そっか、ルカは妊娠したから、今日はワインに口をつけなかったのか』などとぼんやりと考えたそうだ。
新宿駅から電車を乗り継ぎ、郊外の自宅の玄関を開けると、なにも疑わずに圭司さんを信頼しきっている冴子さんと娘さんから『今夜はカレーね!』と満面の笑みで出迎えられて、本当はなにも食べる気になれなかったけど、がんばって食べたという。
食べきれなくて半分残すと『あら、めずらしいわね、どうしたの。夏バテかしらね』と心配され、その夜のことはもの、今ときどき思い出すそうだ。
ルカさんにとって妊娠というのは、すべてをなげうっての行為だったはずだ。キャバクラだって、大きなお腹じゃ働けないだろう。それでも「これ以上不倫は嫌だ」というルカさんの人生をかけてのサインだ。そう感じたけれど、逆に圭司さんは妊娠によってハッと気づいたことがあったのだという。
「ルカとの関係は、僕にとっては物語の世界のようなものだと気づいてしまったんです。生活がともなわないからスリリングで楽しかった。せつなくて胸がひりひりすることまでも、楽しみのひとつだった。
そしてそれは、冴子と娘とのしあわせな家庭があるからできたことなのだと。勝手かもしれませんが、僕はルカを選ぶわけにはいかない、そう思いました」
圭司さんは、妊娠を告げられた3日後にルカさんにLINEをしている。ごめん、君とは結婚できない、と。そして、お腹の子の面倒も見れないと。
「ひどい男です。LINEをしてからすぐに、100万円を用意してルカのマンションに行きました。お給料はぜんぶ冴子に渡しているから手持ちのお金なんてないので、消費者金融で借金して封筒に入れて行って、彼女のマンションのポストに入れてきましたよ。Photo by iStockオートロックなのですが、カギを僕に預けてくれてたので、マンションの中のポストに封筒を入れられたんです。封筒には一緒に鍵も入れて返しました。僕が行ったのは夜の7時くらい。マンションの外からルカの部屋の窓の灯が見えたので、いたのだと思います。胸のあたりが熱くなりましたが、会ったところで何を話していいかもわからないので、そのまま立ち去りました」妻も娘も友達も、誰も知らない以来、ルカさんから連絡はない。まったくない。どうしているかと気になり、2カ月ほどして秋が深まる頃に、圭司さんは一度だけお店に電話をしたことがある。そこに電話するのははじめてだった。「お店でもルカという名前を使っていると聞いていたので、『指名できますか』って聞いてみたんです。そうしたら、電話に出た女性が『いますよ』って。なんか、あまり品のない感じの女性で、ルカをあまりよく思っていないのか『あの子こないだまで少し休んでたんですよ。中絶したという噂なんですよ』なんて、クスクス笑いながら話していました。それを聞いて、ああ……やっぱりそうだったのかと思いましたね。自分が情けなかったです。飲み屋でお客にからまれて困ってるところをつもりが、結局いちばんひどいことをしてしまった。どれだけ傷ついてるだろうと思います」圭司さんの身に起きたことは、今も冴子さんも娘さんも友達も知らない。ふと、誰かに自分の心の苦しさを聞いてほしくなることもあるというが一方で、まだそんなに時間が経っていないのに、少しずつルカさんとの記憶が曖昧になってきているそうだ。「まだ、別れて1年も経っていないのに、あまりルカを思い出さなくなりました。冷たい人間なのかもしれません。正直、思い出したとしても、ルカと僕とのひっそりとした素晴らしい恋物語というか。どんどん心の中で美化している気がします。傷つけた立場なのに自分勝手ですが、ルカと出会えたことには感謝しているんです」最近、娘さんは中学受験のための塾通いに忙しいが「パパ、パパ」と、相変わらず笑顔で話しかけてくれるそうだ。英語が得意な圭司さんに、わからないことがあると教えてと聞いてくる娘にこたえる時間も楽しいひとときだそう。冴子さんとのヨガはあまりしなくったけど、その分、ジョギングやウォーキングの時間は増えた。Photo by iStock 近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。
「ひどい男です。LINEをしてからすぐに、100万円を用意してルカのマンションに行きました。お給料はぜんぶ冴子に渡しているから手持ちのお金なんてないので、消費者金融で借金して封筒に入れて行って、彼女のマンションのポストに入れてきましたよ。
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オートロックなのですが、カギを僕に預けてくれてたので、マンションの中のポストに封筒を入れられたんです。封筒には一緒に鍵も入れて返しました。僕が行ったのは夜の7時くらい。マンションの外からルカの部屋の窓の灯が見えたので、いたのだと思います。
胸のあたりが熱くなりましたが、会ったところで何を話していいかもわからないので、そのまま立ち去りました」
以来、ルカさんから連絡はない。まったくない。どうしているかと気になり、2カ月ほどして秋が深まる頃に、圭司さんは一度だけお店に電話をしたことがある。そこに電話するのははじめてだった。
「お店でもルカという名前を使っていると聞いていたので、『指名できますか』って聞いてみたんです。そうしたら、電話に出た女性が『いますよ』って。なんか、あまり品のない感じの女性で、ルカをあまりよく思っていないのか『あの子こないだまで少し休んでたんですよ。中絶したという噂なんですよ』なんて、クスクス笑いながら話していました。
それを聞いて、ああ……やっぱりそうだったのかと思いましたね。自分が情けなかったです。飲み屋でお客にからまれて困ってるところをつもりが、結局いちばんひどいことをしてしまった。どれだけ傷ついてるだろうと思います」
圭司さんの身に起きたことは、今も冴子さんも娘さんも友達も知らない。ふと、誰かに自分の心の苦しさを聞いてほしくなることもあるというが一方で、まだそんなに時間が経っていないのに、少しずつルカさんとの記憶が曖昧になってきているそうだ。
「まだ、別れて1年も経っていないのに、あまりルカを思い出さなくなりました。冷たい人間なのかもしれません。正直、思い出したとしても、ルカと僕とのひっそりとした素晴らしい恋物語というか。
どんどん心の中で美化している気がします。傷つけた立場なのに自分勝手ですが、ルカと出会えたことには感謝しているんです」
最近、娘さんは中学受験のための塾通いに忙しいが「パパ、パパ」と、相変わらず笑顔で話しかけてくれるそうだ。英語が得意な圭司さんに、わからないことがあると教えてと聞いてくる娘にこたえる時間も楽しいひとときだそう。冴子さんとのヨガはあまりしなくったけど、その分、ジョギングやウォーキングの時間は増えた。
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近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。
近々、家族で軽井沢に小旅行に行く予定だという。まるで“しあわせそのもの”の圭司さん。ルカさんのことを話すときは、どこか他人事のようでもあり、映画のストーリーを話しているようでもありった。
確かに、中絶した元彼女の話をするには少し冷たい人かなという印象だが、人なんて、本当の心の中はわからない。圭司さんもまた、実は深く傷ついているのかもしれない。それを表面には出さないタイプなのかもしれないし、自分で自分の傷に気づきにくいタイプなのかもしれない。
それにしてもルカさんは、どうしてそんなにも大きな賭けに出てしまったのだろう。理解できるような、できないような、曖昧さが漂う。彼女の妊娠、告白、中絶は、ある意味、自分をめちゃくちゃにしたい自傷行為だったのかもしれない。