5月といえば、「5月病」。新入社員はもちろん、多くの会社員がふと「仕事辞めたい」なんて思うもの–。 愛され姿勢づくりの専門家、道野恵美子です。私は15年にわたって一般企業で働く経験をしたのち、予防医学の分野「姿勢科学」を日本とアメリカの大学で学び、人の姿勢が体と健康に与える影響、よい姿勢によって健康でいる方法を10年余り研究してきました。
現在は、姿勢ケア専門職・姿勢調整師として東京都内のサロンでお客様の姿勢ケアを行うほか、コラム執筆、企業や学校での講演活動などを通じて、日常で役立つ姿勢と健康、体のしくみをお伝えしています。
5月になると「5月病」という言葉をよく耳にします。5月病とは、医学的な病名ではありません。連休後に感じる「学校や職場に行きたくない」「なんとなく体調がすぐれない」などの状態をあらわした言葉です。今回は、この時期にそのような状態になってしまう理由と、実はやめるべき行動習慣を、姿勢科学の観点からお伝えします。
◆5月は環境の変化が重なる時
日本では3月から5月は季節の変わり目であり、年度の切り替え時期でもあって、さまざまな環境の変化が重なる時です。
気温、湿度などの天候の変化、入社、異動、転勤などの仕事上の変化、家族友人など周囲の状況の変化、生活リズムや人間関係の変化など、なんらかの環境の変化の影響を誰もが受けます。
そうした「いつもと違うこと」が起こる時は、心も体もそれになんとか合わせようとしてエネルギーを使います。
4月中は気合でなんとかがんばれていた人も、連休でほっとして気が緩むことでようやく心や体の不調を自覚しはじめ、「もうがんばれない」「疲れがとれない」「だるい」と感じやすいのが連休明けのこの時期なのでしょう。
普段の生活でしている行動習慣を変えることで、こうした状態を軽減したり、変化に適応しやすい体、5月病になりにくい体になることができます。
それでは、あなたがやっているかもしれない、3つの行動習慣を見直してみましょう。
◆ 嶌造蠅垢」をやめる
あなたは1日何時間座っていますか?
世界20か国の平日の総座位時間を比較した研究では、20か国の平均座位時間は1日300分(5時間)。日本は20か国中で一番座っている時間が長く、1日420分(7時間)という結果でした。
私がオフィス勤務していた時は、9:30~18:00が通常の勤務時間だったのですが、昼休みや休憩の60分を除外した残りの時間は席でPCに向かうとすると、デスクワークの多い人はほとんどこれに該当するはずです。さらに残業時間が加わるとすれば、実際にはもっと長い時間になっているのではないでしょうか。
これが「座りすぎ」になります。
世界では2000年頃から「座りすぎ」は飲酒や喫煙と同様に健康を損なうリスクがあるとして研究や対策が各国で行われています。長時間の座位姿勢は下半身の筋肉を動かさないために血行不良と代謝の低下が起こり、死亡リスクの増加や循環器系の病気の原因となる、ということがわかってきています。
日本でも、京都府立医科大学の研究グループが2021年6月25日発表のプレスリリースで「日中の座位時間が 2時間増えるごとに、死亡リスクは15%増加する」「余暇の身体活動量を増やしても、日中の座位時間の長さと死亡の関連を完全に抑制するには至らない」と報告しています。
いつも座りっぱなしだから休みの日は体を動かそう、と週末に運動をしても、平日長い時間座っていたことを帳消しにはできないのです。
では、「座りすぎ」をどうやめたらいいのでしょうか?
◆勤務時間中のひと工夫。1時間に1度は姿勢を変える
週末に運動するだけでは不十分なので、平日の勤務時間中のひと工夫が必要です。座りはじめてから50~60分に1度は歩くことをおすすめします。
私も会社員時代は、1時間に1度は用があってもなくてもトイレや社内の売店に行ったりして、歩くようにしていました。プリンターまで印刷物をとりに行くとか、別の部署に提出物を持っていくとか、そのレベルでもいいのです。
席を離れられない時には、その場に立って、足踏みをするとか、屈伸運動をするとか、大きく伸びをするとか、そんなことでも構いません。とにかく、1時間に1度は姿勢を変えましょう。
◆◆崙阿ない」をやめる
疲れている、だるい。そんな週末。ごろごろ寝てばかりいたり、平日と同様にPCにずーっと向かっていたり、座りっぱなしだったりしませんか?
わかります。私もそういうことがあります。休みの日くらいだらだら過ごしたり、好きにしていたいですよね。
体調が悪い時に体を休めることはもちろん大事です。ただ、もしそこまで体調が悪くなくて、少しでも動くことが可能なら、ちょっとだけ体を動かしてみませんか?
人間は「動物」です。動くことが必要な生き物なんです。
WHOの「身体活動・座位行動ガイドライン2020」によれば、定期的な身体活動は、心臓病、2型糖尿病、がんなどの疾病の予防・管理に効果があり、うつや不安の症状を軽減、睡眠の向上、および 肥満の指標の改善、思考力、学習力、幸福感を高めます。
身体活動というと、スポーツやジョギングのイメージですが、日常生活で歩くことや家事も身体活動に含まれます。
◆長時間の特別な運動をする必要はない
健康増進のためにWHOが推奨しているのは「週に150~300分の中程度の有酸素性の身体活動」または「週に75~150分の高程度の有酸素性の身体活動」です。
中程度以上の身体活動の例はこんな感じです。
速歩き、犬の散歩、ボウリング、バレーボール、社交ダンス、ピラティス、太極拳、自転車エルゴメーター(30~50 ワット)、自体重を使った軽い筋力トレーニング(軽・中 等度)、体操(家で、軽・中等度)、ゴルフ、全身を使ったテレビゲーム(スポーツ・ダンス)、卓球、パワーヨガ、テニス、水中歩行、ラジオ体操、水泳、野球、ソフトボール、サーフィン、 バレエ(モダン・ジャズ)、スキー、アクアビクス、バドミントン。
荷物をもって歩く、階段を上る、仕事での作業、アイロンがけ、部屋の片づけ、風呂掃除、子どもや動物と体を使って遊ぶ、なども中程度の身体活動です。平日の通勤時間や仕事中、家事や育児などもカウントできます。
通勤時間に一駅歩く、駅や社内でエレベーターではなく階段で上るなど、体を使うことを5~10分でも積み上げていけば、そんなに長時間、特別な運動をしなくてもいいのです。
◆「眠らない」をやめる
変化が重なることでストレスを感じたり、心身ともに負担がかかる時であるにもかかわらず、睡眠不足ではありませんか?
睡眠には、次のような役割があります。
’召鬚靴辰り休ませ、体をメンテナンスする⊆律神経やホルモンバランスを整える5憶を整理して定着させるぬ髪嵶呂鮠紊欧督餽確呂鮃發瓩デ召力掲冓を除去する
つまり、睡眠が不足すると、脳と身体が回復しない、自律神経やホルモンのバランスが崩れる、記憶力が低下する、免疫力が低下する、脳の老廃物が蓄積される、ということが起こります。
忘れっぽい、風邪を引きやすいという人は、睡眠が不足していることも多いです。
◆忙しい時ほど睡眠時間はしっかり確保
必要な睡眠時間は個体差があり人によって違いますが、7時間くらいが目安です。日中眠気が強かったり、休日に遅くまで寝てしまう、という状態は睡眠不足の状態と考えられます。忙しい、やることが多くて時間がない、そんな時ほど、睡眠時間はしっかり確保しましょう。
眠る場所や姿勢が睡眠の質を左右します。日中座っていても立っていても、体は重力の影響を受けています。背骨も椎間板も筋肉も、体を支えて働きます。
姿勢科学的におすすめの睡眠姿勢は、あお向け寝です。あお向けに寝て休むことは、背骨や椎間板や筋肉を重力の影響から解放させることになります。寝返りをうてる広さ、寝た時に腰が沈まないような硬さの寝床で、筋肉をしっかりのばして眠ってください。
「座りすぎ」、「動かない」、「眠らない」、3つのやめるべき行動についてご紹介しました。
実はこれらは姿勢を悪くしないために知っておくべき行動習慣でもあります。悪い姿勢で背骨の中の椎間孔という神経の通り道が狭まると、自律神経の働きに影響を与えることがあります。「頭が重い」「イライラする」「体がだるい」「よく眠れない」など、病気じゃないけど何となく調子が悪いという状態は、悪い姿勢による自律神経の不調で生じることも多いのです。
もしあなたに当てはまることがあったら、できることからほんの少しでも取り入れて、不調知らずのいい姿勢を目指してくださいね!
<文/道野恵美子>
【参考】井元雄一Ph.D./近藤千弥子M.S.『姿勢が子どもの未来を変える! いま、子どもの姿勢が危ない?!』(セルバ出版)WHO『身体活動・座位行動ガイドライン2020』 京都府立医科大学 日本多施設共同コーホート研究事務局『座っている時間が長いほど死亡リスクが増加する。その効果は、余暇時間の運動活動量を増やしても、完全に抑制されない』Effect of Underlying Cardiometabolic Diseases on the Association BetweenSedentary Time and All‐Cause Mortality in a Large Japanese Population: A CohortAnalysis Based on the J‐MICC Study (Journal of the American Heart Association, 2021)スポーツ庁 DEPORTARE『「運動強度(METs)」で見る、効果的な身体活動は?』国立健康・栄養研究所 改訂版 『身体活動のメッツ(METs)表』
―[専門家が教える「5月病の原因と対策」]―