5月19日開幕の広島サミットを前にすっかり外交づいている岸田文雄・首相。大型連休中にアフリカ諸国を歴訪したかと思うと、帰国するとその足で韓国を訪問、「新しい時代を切り開いていきたい」と強調した。
【写真4枚】2021年10月の総選挙前に“当て逃げ事故”で批判を浴びた武井俊輔・外務副大臣。麻生派の期待株である山田賢司・副大臣なども 国内では日本テレビのバラエティ番組『世界一受けたい授業』に講師役で出演し、広島サミットの特別授業を開講するなど宣伝にも余念がない。 だが、そんな乗りに乗っている岸田首相のお膝元の自民党からは「総理の宏池会えこひいきも度が過ぎる」という不満の声が高まっている。

きっかけは内戦が激化するスーダンからの邦人避難をめぐる外務副大臣の突然の“任務交代”だ。 岸田首相はスーダンから避難する邦人を保護するため、周辺国のジブチに自衛隊輸送機を派遣。4月24日には岸田首相側近の武井俊輔・外務副大臣がジブチ入りし、自衛隊機でスーダンから国外退避してきた在留邦人とその家族45人と面会した。テレビのニュースでは「岸田首相 武井外務副大臣をジブチへ派遣」と速報された。 実は、この任務は本来、武井氏の役割ではなかったというのだ。外務省関係者が証言する。「外務省には2人の副大臣がいて、担当国が分かれている。アフリカ・中東などは麻生派の山田賢司・副大臣の担当で、トルコの大地震のお見舞いにも派遣された。 一方の岸田派(宏池会)の武井副大臣は主にアジア・大洋州担当。スーダン内戦の邦人保護は、本来はアフリカ担当の山田副大臣の任務だったが、武井副大臣が岸田総理に『なんとしても自分に行かせてほしい』と直談判し、それが通ったと聞いている。省内では山田さんが行くものだと思われていたから、“なぜ武井さんがジブチに”と変な人選にざわめいていた」 外務省に聞くと、「ご指摘のような事実はございません」(報道課)と回答した。側近の汚名返上のため ただ、イレギュラーな人選だったことは、2人の副大臣のこれまでの渡航先を見てもわかる。山田氏の渡航先がセネガルや南アフリカなどアフリカ諸国が大半なのに対し、武井氏はネパール、スリランカなどアジアが中心、アフリカ行きは初めてだ。 武井氏がジブチ行きを志願した理由は容易に想像できる。武井氏といえば、2021年10月の総選挙前に“当て逃げ事故”で批判を浴びた人物だ。2021年6月、武井氏が同乗し、秘書(当時)が運転する車が東京・六本木交差点で自転車にぶつかり、軽傷を負わせながらそのまま立ち去った。武井氏は会見で「当て逃げをしたというような認識はなかった」と釈明したが、後に、警察の捜査でドライブレコーダーに後部座席にいた武井氏の「行ってしまえ」という声が残っていたことが報じられた【※注】。【※注/武井氏所有の車は車検と自賠責保険が切れていたため、総選挙後の2022年1月、武井氏は道路運送車両法と自動車損害賠償保障法違反の疑いで書類送検された(不起訴処分)。運転していた当時の秘書も過失運転致傷の罪で略式起訴された】 この事故で武井氏は地元(宮崎1区)で厳しい批判を浴びて総選挙では選挙区敗北、比例でなんとか復活当選した。邦人救援で名を上げ、汚名返上したかったのだろう。 実際、武井氏はジブチに避難した邦人と面会する様子を写真入りでツイートするなど実績アピールに最大限利用した。 だが、舞台裏を知る自民党外交族議員は冷ややかな視線を向ける。「岸田総理は前回総選挙の時に苦戦する武井のために宮崎入りし、『最も信頼する政治家です』と応援したほどのお気に入り。今回の人選は側近議員にポイントをあげたいという親心なのだろうが、ジブチに行くはずだった山田副大臣にすれば、宏池会のスキャンダル議員の汚名返上のために、せっかくの邦人保護という晴れ舞台のチャンスを奪われたのだから内心穏やかではないはずだ。山田副大臣は麻生派の期待株だけに、親分の麻生太郎・副総裁は武井の横車を聞き入れた総理の判断が面白くないのでは」 その麻生派の中堅はこう不平を鳴らす。「総理の人事は公平でなければならない。派遣する副大臣の人選を入れ替えるなんていくらなんでも身内びいきが過ぎる」宴席も仲間とばかり「宏池会偏重」はそれだけにはとどまらない。酒豪の岸田首相は宴席好きで知られ、外遊中や公務の日程がない夜は親しい財界人や政治家と会合を持つことが多いが、「お相伴にあずかるのは宏池会の議員ばかり」(他派の若手議員)とこれも党内の不満を生んでいる。 事実、大型連休のアフリカ諸国訪問前には、首相は従兄弟の宮沢洋一・自民党税調会長、松山政司・元少子化相など宏池会の参院議員たちと“壮行会”を開いて焼き肉を囲んだのをはじめ、首相動静を辿ると、確認できるだけで今年に入って14回も宏池会の議員らと食事をしていた。大手紙政治部記者はこう言う。「岸田首相は飲み会で自派の議員たちに『無条件に応援してくれる仲間だと思っている』と語って信頼を寄せています」 自民党には、総理・総裁になれば党運営の公平さを保つために派閥を離脱する不文律がある。だが、岸田首相はそれを無視して総理になっても派閥会長の座にしがみついている。“派閥嫌い”で知られる菅義偉・前首相はそうした姿勢を「派閥政治を引きずっている」と強く批判したが、岸田首相は全く意に介さない。 それどころか、官邸官僚の目には「支持率が上がって自信を持ってからは、総理の宏池会重視の傾向がますます強くなってきた。政策を決める時も自派の議員の話にしか耳を傾けない」と映っている。前述の武井氏のジブチ派遣はまさにそうで、他派の議員をはなから信用していないのだ。政治アナリストの伊藤惇夫氏が言う。「岸田総理は安倍派、麻生派、茂木派など各派のバランスを考えて人事を行なっているように見えるが、本当に支えてくれるのは宏池会だけです。しかし、宏池会の議員からすれば、総理は前会長の古賀誠氏から後継者に指名されたから会長になれただけで、自分の力で派閥を大きくしたといった実績があるわけではない。“総裁派閥なのに安倍派に比べて大臣ポストが少ない”という人事の不満もくすぶっているのが実情。総理はそれがわかっているから、派内を掌握し続けるために、会長も辞めないし、派閥の議員をひいきして求心力を保とうとしている」 権力への執着は増すばかりだ。※週刊ポスト2023年5月26日号
国内では日本テレビのバラエティ番組『世界一受けたい授業』に講師役で出演し、広島サミットの特別授業を開講するなど宣伝にも余念がない。
だが、そんな乗りに乗っている岸田首相のお膝元の自民党からは「総理の宏池会えこひいきも度が過ぎる」という不満の声が高まっている。
きっかけは内戦が激化するスーダンからの邦人避難をめぐる外務副大臣の突然の“任務交代”だ。
岸田首相はスーダンから避難する邦人を保護するため、周辺国のジブチに自衛隊輸送機を派遣。4月24日には岸田首相側近の武井俊輔・外務副大臣がジブチ入りし、自衛隊機でスーダンから国外退避してきた在留邦人とその家族45人と面会した。テレビのニュースでは「岸田首相 武井外務副大臣をジブチへ派遣」と速報された。
実は、この任務は本来、武井氏の役割ではなかったというのだ。外務省関係者が証言する。
「外務省には2人の副大臣がいて、担当国が分かれている。アフリカ・中東などは麻生派の山田賢司・副大臣の担当で、トルコの大地震のお見舞いにも派遣された。
一方の岸田派(宏池会)の武井副大臣は主にアジア・大洋州担当。スーダン内戦の邦人保護は、本来はアフリカ担当の山田副大臣の任務だったが、武井副大臣が岸田総理に『なんとしても自分に行かせてほしい』と直談判し、それが通ったと聞いている。省内では山田さんが行くものだと思われていたから、“なぜ武井さんがジブチに”と変な人選にざわめいていた」
外務省に聞くと、「ご指摘のような事実はございません」(報道課)と回答した。
ただ、イレギュラーな人選だったことは、2人の副大臣のこれまでの渡航先を見てもわかる。山田氏の渡航先がセネガルや南アフリカなどアフリカ諸国が大半なのに対し、武井氏はネパール、スリランカなどアジアが中心、アフリカ行きは初めてだ。
武井氏がジブチ行きを志願した理由は容易に想像できる。武井氏といえば、2021年10月の総選挙前に“当て逃げ事故”で批判を浴びた人物だ。2021年6月、武井氏が同乗し、秘書(当時)が運転する車が東京・六本木交差点で自転車にぶつかり、軽傷を負わせながらそのまま立ち去った。武井氏は会見で「当て逃げをしたというような認識はなかった」と釈明したが、後に、警察の捜査でドライブレコーダーに後部座席にいた武井氏の「行ってしまえ」という声が残っていたことが報じられた【※注】。
【※注/武井氏所有の車は車検と自賠責保険が切れていたため、総選挙後の2022年1月、武井氏は道路運送車両法と自動車損害賠償保障法違反の疑いで書類送検された(不起訴処分)。運転していた当時の秘書も過失運転致傷の罪で略式起訴された】
この事故で武井氏は地元(宮崎1区)で厳しい批判を浴びて総選挙では選挙区敗北、比例でなんとか復活当選した。邦人救援で名を上げ、汚名返上したかったのだろう。
実際、武井氏はジブチに避難した邦人と面会する様子を写真入りでツイートするなど実績アピールに最大限利用した。
だが、舞台裏を知る自民党外交族議員は冷ややかな視線を向ける。
「岸田総理は前回総選挙の時に苦戦する武井のために宮崎入りし、『最も信頼する政治家です』と応援したほどのお気に入り。今回の人選は側近議員にポイントをあげたいという親心なのだろうが、ジブチに行くはずだった山田副大臣にすれば、宏池会のスキャンダル議員の汚名返上のために、せっかくの邦人保護という晴れ舞台のチャンスを奪われたのだから内心穏やかではないはずだ。山田副大臣は麻生派の期待株だけに、親分の麻生太郎・副総裁は武井の横車を聞き入れた総理の判断が面白くないのでは」
その麻生派の中堅はこう不平を鳴らす。
「総理の人事は公平でなければならない。派遣する副大臣の人選を入れ替えるなんていくらなんでも身内びいきが過ぎる」
「宏池会偏重」はそれだけにはとどまらない。酒豪の岸田首相は宴席好きで知られ、外遊中や公務の日程がない夜は親しい財界人や政治家と会合を持つことが多いが、「お相伴にあずかるのは宏池会の議員ばかり」(他派の若手議員)とこれも党内の不満を生んでいる。
事実、大型連休のアフリカ諸国訪問前には、首相は従兄弟の宮沢洋一・自民党税調会長、松山政司・元少子化相など宏池会の参院議員たちと“壮行会”を開いて焼き肉を囲んだのをはじめ、首相動静を辿ると、確認できるだけで今年に入って14回も宏池会の議員らと食事をしていた。大手紙政治部記者はこう言う。
「岸田首相は飲み会で自派の議員たちに『無条件に応援してくれる仲間だと思っている』と語って信頼を寄せています」
自民党には、総理・総裁になれば党運営の公平さを保つために派閥を離脱する不文律がある。だが、岸田首相はそれを無視して総理になっても派閥会長の座にしがみついている。“派閥嫌い”で知られる菅義偉・前首相はそうした姿勢を「派閥政治を引きずっている」と強く批判したが、岸田首相は全く意に介さない。
それどころか、官邸官僚の目には「支持率が上がって自信を持ってからは、総理の宏池会重視の傾向がますます強くなってきた。政策を決める時も自派の議員の話にしか耳を傾けない」と映っている。前述の武井氏のジブチ派遣はまさにそうで、他派の議員をはなから信用していないのだ。政治アナリストの伊藤惇夫氏が言う。
「岸田総理は安倍派、麻生派、茂木派など各派のバランスを考えて人事を行なっているように見えるが、本当に支えてくれるのは宏池会だけです。
しかし、宏池会の議員からすれば、総理は前会長の古賀誠氏から後継者に指名されたから会長になれただけで、自分の力で派閥を大きくしたといった実績があるわけではない。“総裁派閥なのに安倍派に比べて大臣ポストが少ない”という人事の不満もくすぶっているのが実情。総理はそれがわかっているから、派内を掌握し続けるために、会長も辞めないし、派閥の議員をひいきして求心力を保とうとしている」
権力への執着は増すばかりだ。
※週刊ポスト2023年5月26日号