2020年6月に静岡県沼津市で大学生の女性(19=当時)を刺殺したとして殺人などの罪に問われ、一審で懲役20年の判決を受けた元同級生の堀藍被告(22)の控訴審初公判が2月10日に東京高裁(安東章裁判長)で開かれた。
静岡地裁沼津支部の一審裁判員裁判では無期懲役の求刑に対し、懲役20年の判決が言い渡されており、これを不服として検察側が控訴。法廷で検察官はふたたび無期懲役を求め、即日結審した。
一審判決からおよそ1年7ヵ月が経過して開かれた控訴審で、堀被告は一審の時と同じ坊主頭、黒いジャケット、黒いスエットズボンを履いて法廷に現れ、以前と同じように傍聴席の方を向かず長椅子に座った。
一審判決によれば堀被告は2020年6月27日の午後、沼津市において、同じ大学に通っていた山田未来さんを追いかけたうえ引き倒し、包丁で他数回刺して殺害した。山田さんの遺体には49ヵ所もの傷が確認されている。殺害前にLINEやインスタグラムで山田さんのスマホに執拗にメッセージを送信したというストーカー規制法違反や、山田さんの連絡先を知るために学内の部室に忍びこんだという建造物侵入罪にあたる行為にも及んでいた。
堀被告は山田さんと交際していたわけではない。2019年、学内で見かけた山田さんに一方的に好意を抱き、執拗に「LINEのIDを教えて」と迫った末、聞き出したアカウントに繰り返しLINEを送り続け、食事の誘いを持ちかけていた。
〈来週にでも未来と一緒にご飯行きたいと思ってるけどどう?〉
〈テスト終わったらさ、一緒にご飯行ってくれませんか〉
〈今月は空いてる日ある?〉
〈明日ラーメン食べに行くけど、もし時間があったら一緒にいかが〉
山田さんはそのたびに断っていたが、堀被告はかまわずLINEを送り続けた。事件までに合計789回のやりとりがなされ、そのうち被告からのLINE送信は551回。質問はプライベートにも踏み込んだ。
〈いままで付き合った彼氏とかいるの〉
〈どういう人がタイプなの〉
〈恋愛したいとか思ってる?今は特に好きな人いないって感じかな〉
山田さんからの返信が滞ると〈未来、返信遅い〉と不満を隠すことなく送る。ついに2020年4月、山田さんは堀被告に拒絶の意思を示したが、被告はこれにも引き下がる様子はなく〈前にLINE続けてくれるって言ったじゃん。それに俺は未来のことが好きだし、好きな人とLINEしてるの一番楽しいから、そう言われても無理〉と、山田さんの拒絶を受け取ろうともしなかった。山田さんは事件の数日前に、LINEをブロックした。
被告はLINEをブロックされる前から山田さん殺害の準備をすすめていた。2020年2月のうちに、包丁をホームセンターで購入し、山田さんのアルバイト先と自宅、車を特定している。事件後に被告の部屋から見つかったノートには、山田さんへの愛情を超えた憎しみがびっしりと書き殴られていた。
控訴審では山田さんの父親の証人尋問が行われ、衝立の奥から、懲役20年という一審判決について気持ちを語った。
「全く納得できませんでした。一審では死刑にしてもらいたいと述べました。求刑は無期懲役。弁護人は懲役22年の判決を求めていました。それを2年も下回る判決……到底納得できるものではありません」
一審判決が〈十分な反省を認めることができない〉と指摘する一方で〈犯行時20歳で更生の余地がある〉とされたことについても「反省していないのに、ただ若年というだけで更生の余地があると判断されたことは全く納得できない。19歳の未来は、49ヵ所を刺されて殺害された。被告人にはまだやり直すチャンスがあるのに、未来には、もうない」と声を詰まらせながら訴えた。
また判決後は、堀被告から謝罪の手紙が届いたというが「『今後何度も謝罪の手紙を書く』と書いてあったのに、届いたのはその1回だけでした」と明かした。事件前に堀被告が書き連ねていた“恨みノート”に、未来さんへの恨みのほか〈家族も皆殺し〉との記述があったことから、遺族は堀被告の出所をおそれてもいる。
「未来を本当に返してもらいたい。それだけです。悔しくて、悔しくて、たまりません」
尋問の最後に山田さんの父親は、堀被告に対してこう訴えたが、堀被告が声の主に目線を向けることはなく、瞬きを繰り返し、下を見続けていた。
被告人質問で「犯した罪は取り返しがつかない、改めて強く思った。一生償っていきます」と早口で淡々と語った堀被告に対する判決は3月に言い渡される。
取材・文:高橋ユキ傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。6月1日に「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館)が新たに出版された