「人手不足で救えない命がある」“経営破綻レベルの病床稼働率”に窮する東京女子医 OG教授の“決死の訴え”を鼻で笑った経営陣の“特殊な価値観” から続く
東京女子医科大学病院ICU(集中治療室)で、60代男性が医療ミスにより死亡した事故(#10を読む)に関して、新たな事実が判明した。死亡原因となった処置を、担当医はインフォームドコンセント(後述)がないまま実施して、事故調査委員会に「勢いでやってしまった」と述べていたのである。このほかにも、不適切な対応を重ねていたことから、東京都は厳しく指導を行なったという。
【画像】東京女子医の岩本絹子理事長
命を守る要というべきICUで、なぜ患者の命は奪われたのか。迷走を続ける女子医大で起きた、死亡事故の真相を独自取材で追った──。
◆◆◆
2月10日午後、女子医大病院・総合外来センターの大会議室で行われた病院運営会議に集まったのは、全診療科の教授たち約60人。そこで、去年起きたICUの死亡事故について、調査の中間報告が行われた。女子医大の事故調査委員会は、他の大学病院から3人の専門家を招き、担当医のヒヤリングを行うなどした上で、報告書を作成したという。そこで明らかになったのは、医療安全を軽視した杜撰な対応だった。
まず、死亡事故の経緯を振り返っておきたい。
去年9月下旬、60代の男性が自宅で強い腹痛と下血(*注1)を起こし、女子医大病院に救急搬送された。だが、救急外来の医師は、原因を特定できず、男性を一般病棟に入院させている。翌朝、男性の容態が悪化して心停止してしまう。救命措置で心拍は再開、人工呼吸器が装着された。そして消化器外科医Aが、腹部の緊急手術を行い、男性は一命を取り留める。ICUに移された男性の集中治療は、専門ではない消化器外科医Aが担当することになった。
(*注1:肛門から血液成分が排出されること)
女子医大病院の東病棟2Fに「ICU」がある
本来であれば、人工呼吸器を装着した患者は、ICUの集中治療専門医が管理する。だが、女子医大病院では、集中治療専門医10人のうち9人が、理不尽な懲戒処分などで辞職に追い込まれ(#5、#6を読む)、去年9月からICUに集中治療専門医がほとんどいなかった。大学病院としては前代未聞の状況だったのである。
板橋道朗病院長が暫定措置として「患者を手術した診療科が、ICUでの管理も担当する」という方針を打ち出したため、消化器外科医Aは、専門外の集中治療を担当せざるをえなかった。この消化器外科医Aは、板橋病院長が教授を務める診療科の部下でもある。
緊急手術から1週間後、消化器外科医Aは男性の人工呼吸器を外すことを決めた。ただ、この時、左の胸腔に「胸水」が少し溜まっていたことから、ICUで胸腔穿刺(きょうくうせんし)を行っている(*注2)。その際、消化器外科医Aの手技にミスがあり、大量の出血が起こって男性は死亡してしまったのだ。
(*注2:胸の横側からチューブを挿して、胸腔に溜まった胸水を抜く処置のこと。「胸腔ドレナージ」とも呼ばれているが、本稿では胸腔穿刺に統一した)
今回の調査では、死亡した男性が女子医大で腎臓移植を受けていたことが明らかにされた。移植経験のある患者は、免疫抑制剤の服用を続けなければならないので、健常者より感染症などのリスクは高い。加えて男性には、長期の人工透析とステロイドの服用歴があったことから、臓器などが脆弱だった可能性が指摘されている。このようにリスクが高い患者だからこそ、女子医大は慎重に対応する必要があったはずだが、最悪の結果となってしまった。
「胸水が少ない=リスクが高い」ということを認識していたのか 医療安全担当の副院長によると、医療事故調査委員会は、「適応」、「手技」、「インフォームドコンセント」、「死後の検証」、以上4つの問題点を挙げたという。 まず「適応」とは、症状に対して選択した治療方法の妥当性、という意味で使われている医療用語だ。副院長は次のように述べている。「胸水に対して、胸腔穿刺の適応がどうだったのか。(男性は)胸水の量があまり多くなかったので、他の手段があったのではないか。必ずしもベストな選択ではないかもしれない」(副院長の発言・要旨) 実は、これまでにも、胸腔穿刺による死亡事故が一定頻度で起きていることから、「医療事故調査・支援センター」(*注3)が、2020年に「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」をまとめていた。そこには、“少量の胸水や限局した膿胸などを穿刺する場合には、致命的合併症を生じる危険性が高まる”と記されている。ただし、消化器外科医Aが、この分析を読んでいたのか、「胸水が少ない=リスクが高い」ということを認識していたのか、副院長の報告では明らかにされていない。(*注3:死亡事故が発生した医療機関が調査を行い、医療事故調査・支援センターに報告することが、医療法で定められている)消化器外科医Aは「インフォームドコンセント」がないまま、独断で胸腔穿刺を実施 2番目に挙げられた「手技」という用語は、胸腔穿刺や手術などの手順や技術を意味する。 調査の結果、左の胸腔を穿刺して入れたチューブが、右の胸腔まで達して静脈を損傷し、大量の出血を起こした、と推測されている(死因が明確ではない理由は、後述する4番目で指摘されている)。副院長は、このようなケースは「普通は考えられない」と述べ、腎臓移植を受けた体の脆弱性が関係していた可能性を示唆したものの、一方で、消化器外科医Aの手技にミスがあった可能性も専門家から指摘されたという。 3番目の「インフォームドコンセント」は、一定のリスクがある手術や処置の前に、「医療側が十分な説明をしたうえで、患者側が同意する」ことを意味する。患者の自己決定権を尊重する現代医療では、基本中の基本だ。過去に重大な医療事故を起こした女子医大病院にとっては、患者家族に対する丁寧で詳しい説明が求められている。だが、今回の調査によって、消化器外科医Aは「インフォームドコンセント」がないまま、独断で胸腔穿刺を実施していたことが明らかになった。その理由について、副院長は次のように説明したという。「主治医(消化器外科医A)の言葉では『特に緊急を要する状況ではなかったが、何度もやっている処置なので、問題なくできるだろうと考えて、勢いでやってしまった』と。普段やり慣れているから平気だろう、という考えでやってしまい、結局こういうことが起きた。どんなに簡単な手技であっても、しっかりインフォームドコンセントを行うことを、全職員に周知徹底していくことが必要」(副院長の発言・抜粋)遺族が病理解剖を希望したにもかかわらず、「死後の検証」は画像診断だけ… 前出の「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」にもこうある。〈できる限り書面を用いて、胸腔穿刺を主とした説明の機会を設けることが望ましい。患者個別のリスクを踏まえた胸腔穿刺の必要性や致命的合併症の危険性、胸腔穿刺を行わなかった場合のデメリットを説明する〉 消化器外科医Aにとって「胸腔穿刺は何度もやっている処置」だとしても、一般的な健常者よりハイリスクだった男性にとって、インフォームドコンセントは必要不可欠だったといえる。 最後に指摘された「死後の検証」は、“死亡原因の究明”と置き換えてもいいだろう。 問題点として指摘された理由は、実際に遺体を切開して死因の究明をする病理解剖を遺族が希望したにもかかわらず、それをせずに画像診断の「Ai」=オートプシー・イメージング(死亡時画像診断)に誘導したとも解釈できる、不可解な対応があったからだ。「Ai」の死因究明率は30%程度 副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋) 病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。 死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%) 病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。東京都の担当者がICU死亡事故の記事を読んで、事実確認と厳しい指導 副院長によると、東京都の担当者は、今回のICU死亡事故を文春オンラインで初めて知り、「記事の内容は事実か」と女子医大側に問い合わせをしてきたという。そして、インフォームドコンセントの徹底と、病理解剖の位置付けに関して周知徹底するように、厳しい指導を行った。 女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。 これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。 にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。死亡事故が起きても意に介さない経営陣 再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約) 死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
医療安全担当の副院長によると、医療事故調査委員会は、「適応」、「手技」、「インフォームドコンセント」、「死後の検証」、以上4つの問題点を挙げたという。
まず「適応」とは、症状に対して選択した治療方法の妥当性、という意味で使われている医療用語だ。副院長は次のように述べている。
「胸水に対して、胸腔穿刺の適応がどうだったのか。(男性は)胸水の量があまり多くなかったので、他の手段があったのではないか。必ずしもベストな選択ではないかもしれない」(副院長の発言・要旨)
実は、これまでにも、胸腔穿刺による死亡事故が一定頻度で起きていることから、「医療事故調査・支援センター」(*注3)が、2020年に「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」をまとめていた。そこには、“少量の胸水や限局した膿胸などを穿刺する場合には、致命的合併症を生じる危険性が高まる”と記されている。ただし、消化器外科医Aが、この分析を読んでいたのか、「胸水が少ない=リスクが高い」ということを認識していたのか、副院長の報告では明らかにされていない。
(*注3:死亡事故が発生した医療機関が調査を行い、医療事故調査・支援センターに報告することが、医療法で定められている)
2番目に挙げられた「手技」という用語は、胸腔穿刺や手術などの手順や技術を意味する。
調査の結果、左の胸腔を穿刺して入れたチューブが、右の胸腔まで達して静脈を損傷し、大量の出血を起こした、と推測されている(死因が明確ではない理由は、後述する4番目で指摘されている)。副院長は、このようなケースは「普通は考えられない」と述べ、腎臓移植を受けた体の脆弱性が関係していた可能性を示唆したものの、一方で、消化器外科医Aの手技にミスがあった可能性も専門家から指摘されたという。
3番目の「インフォームドコンセント」は、一定のリスクがある手術や処置の前に、「医療側が十分な説明をしたうえで、患者側が同意する」ことを意味する。患者の自己決定権を尊重する現代医療では、基本中の基本だ。過去に重大な医療事故を起こした女子医大病院にとっては、患者家族に対する丁寧で詳しい説明が求められている。だが、今回の調査によって、消化器外科医Aは「インフォームドコンセント」がないまま、独断で胸腔穿刺を実施していたことが明らかになった。その理由について、副院長は次のように説明したという。「主治医(消化器外科医A)の言葉では『特に緊急を要する状況ではなかったが、何度もやっている処置なので、問題なくできるだろうと考えて、勢いでやってしまった』と。普段やり慣れているから平気だろう、という考えでやってしまい、結局こういうことが起きた。どんなに簡単な手技であっても、しっかりインフォームドコンセントを行うことを、全職員に周知徹底していくことが必要」(副院長の発言・抜粋)遺族が病理解剖を希望したにもかかわらず、「死後の検証」は画像診断だけ… 前出の「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」にもこうある。〈できる限り書面を用いて、胸腔穿刺を主とした説明の機会を設けることが望ましい。患者個別のリスクを踏まえた胸腔穿刺の必要性や致命的合併症の危険性、胸腔穿刺を行わなかった場合のデメリットを説明する〉 消化器外科医Aにとって「胸腔穿刺は何度もやっている処置」だとしても、一般的な健常者よりハイリスクだった男性にとって、インフォームドコンセントは必要不可欠だったといえる。 最後に指摘された「死後の検証」は、“死亡原因の究明”と置き換えてもいいだろう。 問題点として指摘された理由は、実際に遺体を切開して死因の究明をする病理解剖を遺族が希望したにもかかわらず、それをせずに画像診断の「Ai」=オートプシー・イメージング(死亡時画像診断)に誘導したとも解釈できる、不可解な対応があったからだ。「Ai」の死因究明率は30%程度 副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋) 病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。 死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%) 病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。東京都の担当者がICU死亡事故の記事を読んで、事実確認と厳しい指導 副院長によると、東京都の担当者は、今回のICU死亡事故を文春オンラインで初めて知り、「記事の内容は事実か」と女子医大側に問い合わせをしてきたという。そして、インフォームドコンセントの徹底と、病理解剖の位置付けに関して周知徹底するように、厳しい指導を行った。 女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。 これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。 にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。死亡事故が起きても意に介さない経営陣 再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約) 死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
3番目の「インフォームドコンセント」は、一定のリスクがある手術や処置の前に、「医療側が十分な説明をしたうえで、患者側が同意する」ことを意味する。患者の自己決定権を尊重する現代医療では、基本中の基本だ。過去に重大な医療事故を起こした女子医大病院にとっては、患者家族に対する丁寧で詳しい説明が求められている。だが、今回の調査によって、消化器外科医Aは「インフォームドコンセント」がないまま、独断で胸腔穿刺を実施していたことが明らかになった。その理由について、副院長は次のように説明したという。
「主治医(消化器外科医A)の言葉では『特に緊急を要する状況ではなかったが、何度もやっている処置なので、問題なくできるだろうと考えて、勢いでやってしまった』と。普段やり慣れているから平気だろう、という考えでやってしまい、結局こういうことが起きた。どんなに簡単な手技であっても、しっかりインフォームドコンセントを行うことを、全職員に周知徹底していくことが必要」(副院長の発言・抜粋)
遺族が病理解剖を希望したにもかかわらず、「死後の検証」は画像診断だけ… 前出の「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」にもこうある。〈できる限り書面を用いて、胸腔穿刺を主とした説明の機会を設けることが望ましい。患者個別のリスクを踏まえた胸腔穿刺の必要性や致命的合併症の危険性、胸腔穿刺を行わなかった場合のデメリットを説明する〉 消化器外科医Aにとって「胸腔穿刺は何度もやっている処置」だとしても、一般的な健常者よりハイリスクだった男性にとって、インフォームドコンセントは必要不可欠だったといえる。 最後に指摘された「死後の検証」は、“死亡原因の究明”と置き換えてもいいだろう。 問題点として指摘された理由は、実際に遺体を切開して死因の究明をする病理解剖を遺族が希望したにもかかわらず、それをせずに画像診断の「Ai」=オートプシー・イメージング(死亡時画像診断)に誘導したとも解釈できる、不可解な対応があったからだ。「Ai」の死因究明率は30%程度 副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋) 病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。 死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%) 病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。東京都の担当者がICU死亡事故の記事を読んで、事実確認と厳しい指導 副院長によると、東京都の担当者は、今回のICU死亡事故を文春オンラインで初めて知り、「記事の内容は事実か」と女子医大側に問い合わせをしてきたという。そして、インフォームドコンセントの徹底と、病理解剖の位置付けに関して周知徹底するように、厳しい指導を行った。 女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。 これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。 にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。死亡事故が起きても意に介さない経営陣 再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約) 死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
前出の「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」にもこうある。
〈できる限り書面を用いて、胸腔穿刺を主とした説明の機会を設けることが望ましい。患者個別のリスクを踏まえた胸腔穿刺の必要性や致命的合併症の危険性、胸腔穿刺を行わなかった場合のデメリットを説明する〉
消化器外科医Aにとって「胸腔穿刺は何度もやっている処置」だとしても、一般的な健常者よりハイリスクだった男性にとって、インフォームドコンセントは必要不可欠だったといえる。
最後に指摘された「死後の検証」は、“死亡原因の究明”と置き換えてもいいだろう。
問題点として指摘された理由は、実際に遺体を切開して死因の究明をする病理解剖を遺族が希望したにもかかわらず、それをせずに画像診断の「Ai」=オートプシー・イメージング(死亡時画像診断)に誘導したとも解釈できる、不可解な対応があったからだ。
「Ai」の死因究明率は30%程度 副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋) 病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。 死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%) 病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。東京都の担当者がICU死亡事故の記事を読んで、事実確認と厳しい指導 副院長によると、東京都の担当者は、今回のICU死亡事故を文春オンラインで初めて知り、「記事の内容は事実か」と女子医大側に問い合わせをしてきたという。そして、インフォームドコンセントの徹底と、病理解剖の位置付けに関して周知徹底するように、厳しい指導を行った。 女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。 これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。 にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。死亡事故が起きても意に介さない経営陣 再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約) 死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。
「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋)
病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。
「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。
死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」
(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%)
病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。
「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。
副院長によると、東京都の担当者は、今回のICU死亡事故を文春オンラインで初めて知り、「記事の内容は事実か」と女子医大側に問い合わせをしてきたという。そして、インフォームドコンセントの徹底と、病理解剖の位置付けに関して周知徹底するように、厳しい指導を行った。
女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。 これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。 にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。死亡事故が起きても意に介さない経営陣 再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約) 死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
女子医大のICUでは、過去にも重大な医療事故が起きている。9年前の2月21日、2歳だった孝祐くんが、鎮静薬プロポフォールを過剰投与されて亡くなった。当時、外部の専門家による検証委員会は、この痛ましい事故の再発防止策として、「ICUの診療体制の充実と強化」や「小児ICU」の新設などを提言した。
これを受けて、女子医大は10人の集中治療専門医を集めて、ICUを国内屈指の施設に変え、海外から小児の集中治療専門医を招聘するなどして、2021年7月から小児ICUを始動させていた。
にもかかわらず、現経営陣の不可解な方針によって、集中治療専門医たちの大半が退職を余儀なくされてしまったのは前述したとおりだ。そして、現在も医療安全体制は崩壊した状態が続く。
再びICUで患者の命が失われたことに関して、経営陣の認識を如実に示すものがあった。女子医大の同窓会誌に掲載された、岩本絹子理事長らによる、一連の報道に対する釈明である。
「集中治療体制の継続に関する懸念を示す報道がなされましたが、各診療科の連携、協力のもと小児を含めた集中治療管理を滞りなく行うことができている」(「女医界2023年 January」〈一連の報道及び本学の対応状況等について〉より抜粋・要約)
死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。 これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))
死亡事故が起きても意に介さない経営陣に、大学の運営を任せていいのだろうか。なお、この同窓会誌ではICUの死亡事故に関しては何も触れられていなかった。これまでどおり、集中治療の専門医が対応していれば、あの患者は死なずに済んだかもしれない。
これまでの経緯を考えると、死亡事故の本当の責任は、専門外の集中治療まで対応せざるを得なかった消化器外科医Aよりも、医療安全体制を崩壊させた現経営陣にあるのではないだろうか。それでもなお、岩本絹子氏ら現経営陣は、ハリボテとなりつつある女子医大医療の“体裁”だけは、平然と取り繕い続けるのである。
(岩澤 倫彦/Webオリジナル(特集班))