「不治の病」と思われてきたアルツハイマー病。その治療に、大きな光となることが期待される新薬が、早ければ2023年にも”実用化”されそうだ。
製薬大手「エーザイ」は9月、米の製薬会社バイオジェンと共同開発しているアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」について、最終段階の治験の結果、症状の悪化を抑える効果が確認できたと発表した。これまでのアルツハイマー病の治療薬は、症状の改善といった対症療法的なモノで、「レカネマブ」のように、病気の進行そのものを抑える薬はなかった。「レカネマブ」が承認されれば、病気の進行に歯止めをかける初めてのクスリと言うことになる。
エーザイの発表によると、投与から1年半たった時点で「レカネマブ」を投与したグループでは、症状の悪化が27%抑えられ、有効性が確認できたとしている。この27%というのは、具体的にはどのような効果を生むのだろうか。
認知症の進行段階は以下のようにされている。
「認知機能低下」(記憶力・注意力など認知機能が低下。日常生活に支障をきたすほどではない)↓「軽度 認知症」(物忘れを感じる、計画性が低下する、文章が覚えられない)↓「中程度 認知症」(家族の名前を忘れる)↓「重度 認知症」(自宅の場所などがわからない)
「レカネマブ」を投与すると、「認知機能低下」→「軽度」への進行が2.53年遅くなり、「中程度」への進行は3.34年遅くなると言うことだ。アメリカの神経科学の専門家は、「病気の進行を30%遅らせることができれば、素晴らしいことだ」と評価している。
では、どういった働きをすることで、こうした効果が得られるのか。アルツハイマー病の発症メカニズムはいまだ解明されていないが、患者の脳では「アミロイドβ」と呼ばれる異常なたんぱく質が蓄積されていて、これによって神経細胞が壊れると考えられている。「レカネマブ」は、「アミロイドβ」が固まる前の段階で、人工的に作った抗体を「アミロイドβ」に結合させて取り除く。そうすることで、脳の神経細胞が壊れるのを防ぐ。つまり、病気の進行そのものを抑える効果が期待されているのだ。

アミロイドβは、脳内で固まっていく過程で脳に悪影響を及ぼすとの見方もあり、その意味でも、固まる前段階にも作用するレカネマブの働きは大きいといえる。
投与方法は静脈点滴となっているが、現在、「皮下注射」についての試験も進行中である。
アルツハイマー病の患者や家族にとって、「レカネマブ」は“待ちに待った”新薬の登場と言える。エーザイは、2023年3月末までに国内や欧米で承認申請を行うとする方針を示している。
ただ、課題もいくつかある。まず、当初は薬にかかる費用が高額になる可能性がある。年間600万円以上かかるのではとの見立てもあり、投与対象の選定には総合的な判断が要されるだろう。また、いったん壊れてしまった神経細胞を再生させることはできないため、「レカネマブ」の治療対象者は、「軽度認知障害」および「軽度(初期)認知症」となっている。早い段階で、家族等が本人を説得して受診させることが大変に重要だ。
厚生労働省は、2025年には高齢者の5人に1人、約700万人が認知症になると推計している。世界でも、認知症の患者は約5000万人と推計され、2030年には8000万人に増えると思われる。患者本人だけでなく、介護する家族等の心身の負担もあまりに大きい。今回の新薬が、認知症治療の大きな一歩となることが、世界的にも期待されている。
(小林晶子 医学博士・神経内科専門医)