約6年前、彼女は両親に向け、遺書を書き上げた。
【画像】ある公職者に肩を抱かれて身体を触られ…告白した小川さゆりさん(仮名)〈私が死んだのはお前らのせいだ でも大好きだったことも嘘じゃない 悔しい悔しい 悔しい 生きていたかった 愛し愛されたかった〉 自宅の祈祷室に掲げられた創始者の写真と向き合い、土下座を繰り返した幼少期。苦海を彷徨った日々の記憶がありありと脳裏に蘇る。彼女は〈さようなら〉と結語を綴り、ペンを置いた。会見時に涙を流す小川さん◆ ◆ ◆

教団から会見中止を要請するメッセージが届く 東京・丸ノ内の日本外国特派員協会。10月7日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の元二世信者・小川さゆりさん(仮名・26)が記者会見に臨み、合同結婚式の末に生まれた“神の子”として育てられた自身の窮状を切々と訴えた。会見場が緊張感に包まれたのは、約50分後のことだ。「旧統一教会の方からメッセージが届きました」 同席していた小川さんの夫がA4サイズのFAXを手に、言葉を続ける。「ここには彼女の両親の署名が入っています。〈彼女は精神に異常をきたしており、安倍元首相の銃撃事件以降、その症状がひどくなって、多くの嘘を言ってしまうようになっています。そのため、この会見をすぐに中止するように〉というメッセージが届きました」父は筋金入りの信者 家には壺や聖書が溢れていた 1週間後の10月14日、統一教会広報部は中止要請について〈小川さんがこれ以上公の場に出ることで、ご本人の症状が悪化することを心配した「親心」からです〉とコメント。当の小川さんが憤りを隠さず言う。「あのFAXは会見を止めるための脅しだと思いました。両親は私の病気について一切向き合わず、放置してきました。両親も教会も『悪霊の仕業だ』『あなたの努力が足りない』と取り合ってくれなかった。急に親心と言われても違和感しかありません」 1995年、小川さんは6人きょうだいの長女として生まれた。父は国立大で神学を学んだ後、米国に本部を置く統一教会系の私立大・統一神学校に留学した経験を持つ、筋金入りの信者だった。家には壺や聖書が溢れ、祝福二世として育てられた。「教会では『神の子である祝福二世は生まれながらに罪がない』と言われ、それゆえに『絶対に血を汚してはいけない』と徹底的に教えられるのです」(同前)日曜は必ず礼拝 父に無理やり連れ回され、肩を脱臼したことも 礼拝では、たびたび「自由な恋愛は殺人以上の罪で地獄の底に行く」と“洗脳教育”を受けた。加えて、彼女を苦しめたのは、経済的困窮だった。献金のため家計は逼迫し、美容院にも行かせてもらえない。父から「お前はこの髪型が一番似合う」とおかっぱ頭にされ、服は全部親戚などのお下がり。伝道に明け暮れる母の代わりにきょうだいの食事を作るのが、小学校時代の彼女の役割だった。「周りの子たちと明らかに違うという劣等感がずっとありました。宗教のことは恥ずかしくて誰にも言えなかった。友達とは対等な関係ではなく、いつも『羨ましいなぁ』と思って眺めていました」(小川さん) 小学校の6年間は、服装のみすぼらしさが原因で壮絶ないじめを受けた。だが、母に相談しても「神様がさゆりちゃんに期待しているからだね」と言うばかり。一家は教会を中心に回っていた。日曜は必ず礼拝。父に無理やり連れ回され、肩を脱臼したこともあった。月数回、朝5時からの祈祷会に参加。「貧血で気絶したこともありましたが、あの頃は宗教虐待という認識はなかった」と話す。「父が三重県内の教会長になったのは小学校高学年の頃。私は親の期待に応えたいという思いが強く、自らイベントに参加していました。教会の教えでは、人の悪口や恋愛の話を聞くことすら悪。学校にいると『いま私は悪いことを聞いている。地獄に落ちるんじゃないか』という考えになってくるのです。教会の活動に没頭すればするほど『私が地獄に落ちることはない』と安心できた」(同前)ある公職者に肩を抱かれて身体を触られ… 高3の頃、小川さんは教会が主催した「原理講義大会」で全国2位に輝く。「自分の居場所を探すという感覚でした。祝福(結婚)を受けるための準備で修練会に参加したこともあります」(同前) だが、そんな彼女に思いもよらない悪夢が襲う。「修練会の最終日、ある公職者に個室に連れて行かれ、肩を抱かれて身体を触られたのです。その後も『好きだ。会いたい』と何通も長文のメールが届いた。恋愛禁止と教えられ、それを守ってきたのに『返信をしないと天国で会えないよ』とも言われました」(同前) そうした“脅迫”は次第に彼女の心身を蝕み始める。両親や教会に相談すると「悪霊が憑いている。(教会本部のある韓国の)清平で取ってきなさい」と一言。それを受け、小川さんは3カ月間、除霊のための修練会に参加したが、心身の軋みは収まらず、清平の精神病院に2週間ほど入院する。約20万円のバイト代を母に無断で引き出され… そこに、追い打ちをかける事態が発覚。必死で貯めた約20万円のバイト代を無断で母に引き出されていたのだ。帰国後の彼女を待っていたのは、変わらず「神様」と「サタン」の飛び交う世界。彼女は希死念慮に苛まれながら地獄の日々を送った。冒頭の文章は、失意のどん底で書き殴った“遺書”である。〈お母さんのことが本当に本当に大大大好きだった〉 その行間からは両親に対する愛憎半ばする思いが滲む。だが、行き着く先は、教会への怒りと両親への深い絶望だった。〈お父さんお母さんがしてしまった間違いは、やはり消化しきれない。健康に生まれて体力もあって運動も好きだったのに、今は毎日吐き気がして体が動かなくて横になることしかできないゴミになってしまった〉「今でも涙が止まらなくなる」 小川さんが両親と決別したのは今から約6年前、20歳の頃だ。連帯保証人のいらないアパートに移り住み、連絡を絶った。「親からは『心配している』というような内容のメールが何度か来ましたが、しばらくすると、それもなくなり『教会のイベントがあるんだけど来ない?』というメールが届くようになりました」(小川さん) 数年後、小川さんは現在の夫と知り合い、今年4月には長男が誕生している。「うつ病やパニック障害の本を読んだり、夫と対話する中で『なぜパニック発作が出るのか』ということを学ぶと、少しずつ心身の状態が改善されてきました。でも、今でも突然、当時の環境を思い出し、涙が止まらなくなることがあります。 15歳の頃から一生懸命バイトをして貯めた約200万円。そのほとんどを母に没収されましたが、彼女から1円も返金してもらっていません。『生活費に消えた』と話していましたが、両親は『先祖供養をしている』と語り、今でも献金を続けています」(同前) 9月4日、小川さんはSNSを通じ、元信者らを対象にアンケート調査を開始。関東に住む祝福二世の女性(30代)からは次のような切実な報告が届いた。〈小学校低学年の頃、母がワシントンに宣教に行き、私はラーメンと納豆で飢えを凌いだ。中学でいじめを受けたとき、親は『愛の試練やねえ』と話し、取り合ってもらえなかった〉 目下、小川さんはそれらの結果を元に、高額献金の規制、団体の規制・解散、被虐待児を守るという3つの柱を掲げ、立法措置を訴えている。岸田首相が永岡桂子文科相に対し、統一教会の調査を行うよう指示したのは10月17日のことだ。 彼女の戦いは今、大きな山を動かしつつある。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年10月27日号)
〈私が死んだのはお前らのせいだ でも大好きだったことも嘘じゃない 悔しい悔しい 悔しい 生きていたかった 愛し愛されたかった〉
自宅の祈祷室に掲げられた創始者の写真と向き合い、土下座を繰り返した幼少期。苦海を彷徨った日々の記憶がありありと脳裏に蘇る。彼女は〈さようなら〉と結語を綴り、ペンを置いた。
会見時に涙を流す小川さん
◆ ◆ ◆
東京・丸ノ内の日本外国特派員協会。10月7日、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の元二世信者・小川さゆりさん(仮名・26)が記者会見に臨み、合同結婚式の末に生まれた“神の子”として育てられた自身の窮状を切々と訴えた。会見場が緊張感に包まれたのは、約50分後のことだ。
「旧統一教会の方からメッセージが届きました」
同席していた小川さんの夫がA4サイズのFAXを手に、言葉を続ける。
「ここには彼女の両親の署名が入っています。〈彼女は精神に異常をきたしており、安倍元首相の銃撃事件以降、その症状がひどくなって、多くの嘘を言ってしまうようになっています。そのため、この会見をすぐに中止するように〉というメッセージが届きました」
父は筋金入りの信者 家には壺や聖書が溢れていた 1週間後の10月14日、統一教会広報部は中止要請について〈小川さんがこれ以上公の場に出ることで、ご本人の症状が悪化することを心配した「親心」からです〉とコメント。当の小川さんが憤りを隠さず言う。「あのFAXは会見を止めるための脅しだと思いました。両親は私の病気について一切向き合わず、放置してきました。両親も教会も『悪霊の仕業だ』『あなたの努力が足りない』と取り合ってくれなかった。急に親心と言われても違和感しかありません」 1995年、小川さんは6人きょうだいの長女として生まれた。父は国立大で神学を学んだ後、米国に本部を置く統一教会系の私立大・統一神学校に留学した経験を持つ、筋金入りの信者だった。家には壺や聖書が溢れ、祝福二世として育てられた。「教会では『神の子である祝福二世は生まれながらに罪がない』と言われ、それゆえに『絶対に血を汚してはいけない』と徹底的に教えられるのです」(同前)日曜は必ず礼拝 父に無理やり連れ回され、肩を脱臼したことも 礼拝では、たびたび「自由な恋愛は殺人以上の罪で地獄の底に行く」と“洗脳教育”を受けた。加えて、彼女を苦しめたのは、経済的困窮だった。献金のため家計は逼迫し、美容院にも行かせてもらえない。父から「お前はこの髪型が一番似合う」とおかっぱ頭にされ、服は全部親戚などのお下がり。伝道に明け暮れる母の代わりにきょうだいの食事を作るのが、小学校時代の彼女の役割だった。「周りの子たちと明らかに違うという劣等感がずっとありました。宗教のことは恥ずかしくて誰にも言えなかった。友達とは対等な関係ではなく、いつも『羨ましいなぁ』と思って眺めていました」(小川さん) 小学校の6年間は、服装のみすぼらしさが原因で壮絶ないじめを受けた。だが、母に相談しても「神様がさゆりちゃんに期待しているからだね」と言うばかり。一家は教会を中心に回っていた。日曜は必ず礼拝。父に無理やり連れ回され、肩を脱臼したこともあった。月数回、朝5時からの祈祷会に参加。「貧血で気絶したこともありましたが、あの頃は宗教虐待という認識はなかった」と話す。「父が三重県内の教会長になったのは小学校高学年の頃。私は親の期待に応えたいという思いが強く、自らイベントに参加していました。教会の教えでは、人の悪口や恋愛の話を聞くことすら悪。学校にいると『いま私は悪いことを聞いている。地獄に落ちるんじゃないか』という考えになってくるのです。教会の活動に没頭すればするほど『私が地獄に落ちることはない』と安心できた」(同前)ある公職者に肩を抱かれて身体を触られ… 高3の頃、小川さんは教会が主催した「原理講義大会」で全国2位に輝く。「自分の居場所を探すという感覚でした。祝福(結婚)を受けるための準備で修練会に参加したこともあります」(同前) だが、そんな彼女に思いもよらない悪夢が襲う。「修練会の最終日、ある公職者に個室に連れて行かれ、肩を抱かれて身体を触られたのです。その後も『好きだ。会いたい』と何通も長文のメールが届いた。恋愛禁止と教えられ、それを守ってきたのに『返信をしないと天国で会えないよ』とも言われました」(同前) そうした“脅迫”は次第に彼女の心身を蝕み始める。両親や教会に相談すると「悪霊が憑いている。(教会本部のある韓国の)清平で取ってきなさい」と一言。それを受け、小川さんは3カ月間、除霊のための修練会に参加したが、心身の軋みは収まらず、清平の精神病院に2週間ほど入院する。約20万円のバイト代を母に無断で引き出され… そこに、追い打ちをかける事態が発覚。必死で貯めた約20万円のバイト代を無断で母に引き出されていたのだ。帰国後の彼女を待っていたのは、変わらず「神様」と「サタン」の飛び交う世界。彼女は希死念慮に苛まれながら地獄の日々を送った。冒頭の文章は、失意のどん底で書き殴った“遺書”である。〈お母さんのことが本当に本当に大大大好きだった〉 その行間からは両親に対する愛憎半ばする思いが滲む。だが、行き着く先は、教会への怒りと両親への深い絶望だった。〈お父さんお母さんがしてしまった間違いは、やはり消化しきれない。健康に生まれて体力もあって運動も好きだったのに、今は毎日吐き気がして体が動かなくて横になることしかできないゴミになってしまった〉「今でも涙が止まらなくなる」 小川さんが両親と決別したのは今から約6年前、20歳の頃だ。連帯保証人のいらないアパートに移り住み、連絡を絶った。「親からは『心配している』というような内容のメールが何度か来ましたが、しばらくすると、それもなくなり『教会のイベントがあるんだけど来ない?』というメールが届くようになりました」(小川さん) 数年後、小川さんは現在の夫と知り合い、今年4月には長男が誕生している。「うつ病やパニック障害の本を読んだり、夫と対話する中で『なぜパニック発作が出るのか』ということを学ぶと、少しずつ心身の状態が改善されてきました。でも、今でも突然、当時の環境を思い出し、涙が止まらなくなることがあります。 15歳の頃から一生懸命バイトをして貯めた約200万円。そのほとんどを母に没収されましたが、彼女から1円も返金してもらっていません。『生活費に消えた』と話していましたが、両親は『先祖供養をしている』と語り、今でも献金を続けています」(同前) 9月4日、小川さんはSNSを通じ、元信者らを対象にアンケート調査を開始。関東に住む祝福二世の女性(30代)からは次のような切実な報告が届いた。〈小学校低学年の頃、母がワシントンに宣教に行き、私はラーメンと納豆で飢えを凌いだ。中学でいじめを受けたとき、親は『愛の試練やねえ』と話し、取り合ってもらえなかった〉 目下、小川さんはそれらの結果を元に、高額献金の規制、団体の規制・解散、被虐待児を守るという3つの柱を掲げ、立法措置を訴えている。岸田首相が永岡桂子文科相に対し、統一教会の調査を行うよう指示したのは10月17日のことだ。 彼女の戦いは今、大きな山を動かしつつある。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年10月27日号)
1週間後の10月14日、統一教会広報部は中止要請について〈小川さんがこれ以上公の場に出ることで、ご本人の症状が悪化することを心配した「親心」からです〉とコメント。当の小川さんが憤りを隠さず言う。
「あのFAXは会見を止めるための脅しだと思いました。両親は私の病気について一切向き合わず、放置してきました。両親も教会も『悪霊の仕業だ』『あなたの努力が足りない』と取り合ってくれなかった。急に親心と言われても違和感しかありません」
1995年、小川さんは6人きょうだいの長女として生まれた。父は国立大で神学を学んだ後、米国に本部を置く統一教会系の私立大・統一神学校に留学した経験を持つ、筋金入りの信者だった。家には壺や聖書が溢れ、祝福二世として育てられた。
「教会では『神の子である祝福二世は生まれながらに罪がない』と言われ、それゆえに『絶対に血を汚してはいけない』と徹底的に教えられるのです」(同前)
礼拝では、たびたび「自由な恋愛は殺人以上の罪で地獄の底に行く」と“洗脳教育”を受けた。加えて、彼女を苦しめたのは、経済的困窮だった。献金のため家計は逼迫し、美容院にも行かせてもらえない。父から「お前はこの髪型が一番似合う」とおかっぱ頭にされ、服は全部親戚などのお下がり。伝道に明け暮れる母の代わりにきょうだいの食事を作るのが、小学校時代の彼女の役割だった。
「周りの子たちと明らかに違うという劣等感がずっとありました。宗教のことは恥ずかしくて誰にも言えなかった。友達とは対等な関係ではなく、いつも『羨ましいなぁ』と思って眺めていました」(小川さん)
小学校の6年間は、服装のみすぼらしさが原因で壮絶ないじめを受けた。だが、母に相談しても「神様がさゆりちゃんに期待しているからだね」と言うばかり。一家は教会を中心に回っていた。日曜は必ず礼拝。父に無理やり連れ回され、肩を脱臼したこともあった。月数回、朝5時からの祈祷会に参加。「貧血で気絶したこともありましたが、あの頃は宗教虐待という認識はなかった」と話す。
「父が三重県内の教会長になったのは小学校高学年の頃。私は親の期待に応えたいという思いが強く、自らイベントに参加していました。教会の教えでは、人の悪口や恋愛の話を聞くことすら悪。学校にいると『いま私は悪いことを聞いている。地獄に落ちるんじゃないか』という考えになってくるのです。教会の活動に没頭すればするほど『私が地獄に落ちることはない』と安心できた」(同前)
ある公職者に肩を抱かれて身体を触られ… 高3の頃、小川さんは教会が主催した「原理講義大会」で全国2位に輝く。「自分の居場所を探すという感覚でした。祝福(結婚)を受けるための準備で修練会に参加したこともあります」(同前) だが、そんな彼女に思いもよらない悪夢が襲う。「修練会の最終日、ある公職者に個室に連れて行かれ、肩を抱かれて身体を触られたのです。その後も『好きだ。会いたい』と何通も長文のメールが届いた。恋愛禁止と教えられ、それを守ってきたのに『返信をしないと天国で会えないよ』とも言われました」(同前) そうした“脅迫”は次第に彼女の心身を蝕み始める。両親や教会に相談すると「悪霊が憑いている。(教会本部のある韓国の)清平で取ってきなさい」と一言。それを受け、小川さんは3カ月間、除霊のための修練会に参加したが、心身の軋みは収まらず、清平の精神病院に2週間ほど入院する。約20万円のバイト代を母に無断で引き出され… そこに、追い打ちをかける事態が発覚。必死で貯めた約20万円のバイト代を無断で母に引き出されていたのだ。帰国後の彼女を待っていたのは、変わらず「神様」と「サタン」の飛び交う世界。彼女は希死念慮に苛まれながら地獄の日々を送った。冒頭の文章は、失意のどん底で書き殴った“遺書”である。〈お母さんのことが本当に本当に大大大好きだった〉 その行間からは両親に対する愛憎半ばする思いが滲む。だが、行き着く先は、教会への怒りと両親への深い絶望だった。〈お父さんお母さんがしてしまった間違いは、やはり消化しきれない。健康に生まれて体力もあって運動も好きだったのに、今は毎日吐き気がして体が動かなくて横になることしかできないゴミになってしまった〉「今でも涙が止まらなくなる」 小川さんが両親と決別したのは今から約6年前、20歳の頃だ。連帯保証人のいらないアパートに移り住み、連絡を絶った。「親からは『心配している』というような内容のメールが何度か来ましたが、しばらくすると、それもなくなり『教会のイベントがあるんだけど来ない?』というメールが届くようになりました」(小川さん) 数年後、小川さんは現在の夫と知り合い、今年4月には長男が誕生している。「うつ病やパニック障害の本を読んだり、夫と対話する中で『なぜパニック発作が出るのか』ということを学ぶと、少しずつ心身の状態が改善されてきました。でも、今でも突然、当時の環境を思い出し、涙が止まらなくなることがあります。 15歳の頃から一生懸命バイトをして貯めた約200万円。そのほとんどを母に没収されましたが、彼女から1円も返金してもらっていません。『生活費に消えた』と話していましたが、両親は『先祖供養をしている』と語り、今でも献金を続けています」(同前) 9月4日、小川さんはSNSを通じ、元信者らを対象にアンケート調査を開始。関東に住む祝福二世の女性(30代)からは次のような切実な報告が届いた。〈小学校低学年の頃、母がワシントンに宣教に行き、私はラーメンと納豆で飢えを凌いだ。中学でいじめを受けたとき、親は『愛の試練やねえ』と話し、取り合ってもらえなかった〉 目下、小川さんはそれらの結果を元に、高額献金の規制、団体の規制・解散、被虐待児を守るという3つの柱を掲げ、立法措置を訴えている。岸田首相が永岡桂子文科相に対し、統一教会の調査を行うよう指示したのは10月17日のことだ。 彼女の戦いは今、大きな山を動かしつつある。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年10月27日号)
高3の頃、小川さんは教会が主催した「原理講義大会」で全国2位に輝く。
「自分の居場所を探すという感覚でした。祝福(結婚)を受けるための準備で修練会に参加したこともあります」(同前)
だが、そんな彼女に思いもよらない悪夢が襲う。
「修練会の最終日、ある公職者に個室に連れて行かれ、肩を抱かれて身体を触られたのです。その後も『好きだ。会いたい』と何通も長文のメールが届いた。恋愛禁止と教えられ、それを守ってきたのに『返信をしないと天国で会えないよ』とも言われました」(同前)
そうした“脅迫”は次第に彼女の心身を蝕み始める。両親や教会に相談すると「悪霊が憑いている。(教会本部のある韓国の)清平で取ってきなさい」と一言。それを受け、小川さんは3カ月間、除霊のための修練会に参加したが、心身の軋みは収まらず、清平の精神病院に2週間ほど入院する。
そこに、追い打ちをかける事態が発覚。必死で貯めた約20万円のバイト代を無断で母に引き出されていたのだ。帰国後の彼女を待っていたのは、変わらず「神様」と「サタン」の飛び交う世界。彼女は希死念慮に苛まれながら地獄の日々を送った。冒頭の文章は、失意のどん底で書き殴った“遺書”である。
〈お母さんのことが本当に本当に大大大好きだった〉 その行間からは両親に対する愛憎半ばする思いが滲む。だが、行き着く先は、教会への怒りと両親への深い絶望だった。〈お父さんお母さんがしてしまった間違いは、やはり消化しきれない。健康に生まれて体力もあって運動も好きだったのに、今は毎日吐き気がして体が動かなくて横になることしかできないゴミになってしまった〉「今でも涙が止まらなくなる」 小川さんが両親と決別したのは今から約6年前、20歳の頃だ。連帯保証人のいらないアパートに移り住み、連絡を絶った。「親からは『心配している』というような内容のメールが何度か来ましたが、しばらくすると、それもなくなり『教会のイベントがあるんだけど来ない?』というメールが届くようになりました」(小川さん) 数年後、小川さんは現在の夫と知り合い、今年4月には長男が誕生している。「うつ病やパニック障害の本を読んだり、夫と対話する中で『なぜパニック発作が出るのか』ということを学ぶと、少しずつ心身の状態が改善されてきました。でも、今でも突然、当時の環境を思い出し、涙が止まらなくなることがあります。 15歳の頃から一生懸命バイトをして貯めた約200万円。そのほとんどを母に没収されましたが、彼女から1円も返金してもらっていません。『生活費に消えた』と話していましたが、両親は『先祖供養をしている』と語り、今でも献金を続けています」(同前) 9月4日、小川さんはSNSを通じ、元信者らを対象にアンケート調査を開始。関東に住む祝福二世の女性(30代)からは次のような切実な報告が届いた。〈小学校低学年の頃、母がワシントンに宣教に行き、私はラーメンと納豆で飢えを凌いだ。中学でいじめを受けたとき、親は『愛の試練やねえ』と話し、取り合ってもらえなかった〉 目下、小川さんはそれらの結果を元に、高額献金の規制、団体の規制・解散、被虐待児を守るという3つの柱を掲げ、立法措置を訴えている。岸田首相が永岡桂子文科相に対し、統一教会の調査を行うよう指示したのは10月17日のことだ。 彼女の戦いは今、大きな山を動かしつつある。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年10月27日号)
〈お母さんのことが本当に本当に大大大好きだった〉
その行間からは両親に対する愛憎半ばする思いが滲む。だが、行き着く先は、教会への怒りと両親への深い絶望だった。
〈お父さんお母さんがしてしまった間違いは、やはり消化しきれない。健康に生まれて体力もあって運動も好きだったのに、今は毎日吐き気がして体が動かなくて横になることしかできないゴミになってしまった〉
小川さんが両親と決別したのは今から約6年前、20歳の頃だ。連帯保証人のいらないアパートに移り住み、連絡を絶った。
「親からは『心配している』というような内容のメールが何度か来ましたが、しばらくすると、それもなくなり『教会のイベントがあるんだけど来ない?』というメールが届くようになりました」(小川さん)
数年後、小川さんは現在の夫と知り合い、今年4月には長男が誕生している。
「うつ病やパニック障害の本を読んだり、夫と対話する中で『なぜパニック発作が出るのか』ということを学ぶと、少しずつ心身の状態が改善されてきました。でも、今でも突然、当時の環境を思い出し、涙が止まらなくなることがあります。
15歳の頃から一生懸命バイトをして貯めた約200万円。そのほとんどを母に没収されましたが、彼女から1円も返金してもらっていません。『生活費に消えた』と話していましたが、両親は『先祖供養をしている』と語り、今でも献金を続けています」(同前)
9月4日、小川さんはSNSを通じ、元信者らを対象にアンケート調査を開始。関東に住む祝福二世の女性(30代)からは次のような切実な報告が届いた。
〈小学校低学年の頃、母がワシントンに宣教に行き、私はラーメンと納豆で飢えを凌いだ。中学でいじめを受けたとき、親は『愛の試練やねえ』と話し、取り合ってもらえなかった〉
目下、小川さんはそれらの結果を元に、高額献金の規制、団体の規制・解散、被虐待児を守るという3つの柱を掲げ、立法措置を訴えている。岸田首相が永岡桂子文科相に対し、統一教会の調査を行うよう指示したのは10月17日のことだ。
彼女の戦いは今、大きな山を動かしつつある。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年10月27日号)