「若者よ、選挙に行くな」という啓発CMが話題を集めている。“炎上”と報じたメディアも少なくない。CMを制作したのは株式会社笑下村塾。同社の公式Twitterは事業内容を《若者と政治を繋ぐため、お笑い芸人たかまつななが、2016年4月に設立。主権者教育やSDGsの普及・啓発を積極的に行っています》と説明している。
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【写真】見ると一目瞭然 オリジナルと酷似していると批判されたシーン 笑下村塾は知らなくとも、たかまつなな氏(29)の名前は聞いたことがあるという人は多いかもしれない。同社の公式サイトには、《ピン芸人/時事YouTuber/笑下村塾代表取締役》という肩書が記載されている。担当記者が言う。

たかまつなな氏「たかまつさんは1993年生まれ、横浜市立の小学校からフェリス女学院中学校・高等学校に進学しました。中学生の頃からお笑いの活動を始め、高校生になるとプロも注目するほどでした。慶応大学にAO入試で進学すると、ワタナベコメディスクールにも特待生で入学。M-1グランプリなど賞レースに挑戦しながら、2016年に自らが代表取締役となって笑下村塾を設立したのです」 ちなみに、たかまつ氏は慶応の大学院を修了後、2018年にNHKに入局。ディレクター職として勤務したが、2020年に退社している。 今回、物議を醸した「若者よ、選挙に行くな【2023年ver.】」のCMは、2023年3月にYouTubeで公開された。統一地方選の選挙啓発、特に若者の投票率上昇を目的としたCMだ。 CMには3人の高齢者が登場する。女性が2人、男性が1人という構成で、バストショットにカメラ目線で政治的な“改革”を否定、「自分たち高齢者は投票に行くが、若者は投票に行っても無駄だ」と主張するという内容だ。Twitterでの批判 まずはCMの冒頭部分を紹介しよう。YouTubeで公開されている動画には字幕も付いているため、それを引用する。高齢女性1「若い人たちへ」高齢男性1「今のままの日本が一番だよ。選挙なんか行かなくていいよ~」高齢女性2「選挙? 何も変わりゃしないわ」高齢女性1「若者よ選挙に行くな」 確かに投票率は若者より高齢者のほうが高いため、候補者は高齢者を票田として重視してきた。その結果、いわゆる“シルバー民主主義”の状態が生まれ、若年層に必要な政策は後回しになっていると指摘する識者も多い。 この現状を是正するには若者の投票率を上げるしかない──ここまでなら、誰も異論はないだろう。 ただ、たかまつ氏は「若者よ、選挙に行こう」とストレートに訴えるのではなく、「行くな」と逆説的なメッセージを流した。その結果、「高齢者が悪者になりすぎている」などの批判が殺到し、“炎上”と報じられた。CMを非難するツイートから、代表的な3例を紹介しよう。《若者を賃金格差という格差の本質から遠ざけるためのプロパガンダ。単に高齢者への憎悪や憎しみを増強させる動画》《ある意味誰も得をしない動画で、若者は高齢者に嫌悪をいだき、高齢者は自責の念をいだく人もいるでしょ》《「若者よ、選挙に行くな」って動画で高齢者への憎悪を煽っているけど、今の高齢者は社会保障縮小などで困窮して、高齢になっても働く事を余儀なくされる人が大勢》浮上したパクリ疑惑 こうした批判に、たかまつ氏はネット上で反論を行った。具体的には、自身の公式Twitter、ネットメディア・ENCOUNTが4月8日に配信したインタビュー記事、そして笑下村塾の公式サイトなどだ。「たかまつさんは、《真面目な選挙啓発は、注目されません》との認識を示した上で、CMに出演した高齢者には《悪役を演じて》もらったと説明しました。あくまでも目的は『若者は投票しなければ損をする、投票すれば得をする』ことを伝えるためであり、CMの社会的意義について理解を求めたのです」(同・記者) ところが、このCMに関して、もう1つ別の観点から疑問が提示されている。たかまつ氏が制作したCMに盗作や剽窃の疑いがあるというのだ。事実だとすれば、クリエイターとして致命的な問題だ。「3月に動画がアップされると、写真家の桐島ローランドさんや元朝日新聞の記者でジャーナリストの烏賀陽弘道さんが、アメリカの選挙CM『Dear young people, “Don’t Vote”(若者へ、投票するな)』と極めて類似しているとTwitterで指摘したのです」(同・記者)動画の比較 この「”Don’t Vote”」のCMもYouTubeで閲覧が可能だ。たかまつ氏のCMと、どれほど似ているのだろうか。 2つのCMを見比べてみると、まず高齢者がカメラ目線で視聴者に呼びかけるという撮影スタイルが、かなり似ていることに気づく。背景の質感もアメリカ版がグレー、たかまつ版が淡い藍色と微妙な違いはあるが、基本的な画面設計は一緒と言っていい。 何より、高齢者が若者に「投票する必要はない」と呼びかけるという内容が全く同じだ。たかまつ版よりアメリカ版のほうが出演者数は多いが、女性→男性→女性→男性という登場の順序も同じだ。 YouTubeに公開されているアメリカ版は、日本語の字幕も付いている。出演者はどんなことを喋っているのか、冒頭部分を紹介しよう。高齢女性1「若者の皆さん」高齢男性1「投票はやめよう」高齢女性2「投票しないで」高齢男性2「何もかもうまくいっているじゃないか」高齢女性3「トランプ! 私たちが選んだのよ」高齢男性3「彼こそ我々の指導者だ」 2つのCMには、出演者が具体的な社会問題について触れ、改革の必要性はないと主張する場面がある。仮にアメリカ版を“オリジナル”とすれば、その社会問題が日本人の有権者にとって縁遠い場合、たかまつ版は類似の問題に置き換えたようだ。“元ネタ”は反トランプのCM 例えば、アメリカ版では学校での銃撃事件が取り上げられた。3人の女性高齢者が「そうね、学校での銃撃事件は悲しいわ」、「でも学校にはもう50年も行っていないから」、「どの命が大切かなんて考えていられないのよ」と喋っている。 日本の教育機関で銃の乱射事件が起きたことはない。そのため、たかまつ版では同じ教育というテーマから「学校におけるコロナ禍」に置き換えたという印象を受ける。高齢女性が「コロナで修学旅行がなくなった? かわいそうね~ 私の旅行は支援してもらったけどね」と喋っている。「アメリカ版CMは2018年の中間選挙を見据えて、アメリカの広告代理店が制作しました。ただ、その意図は選挙啓発という文脈とは微妙に異なります。制作者が舞台裏を明かした文書がネット上に発表されていますが、投票率の低い若者を民主党に投票させることが目的だったとはっきり言及しています。若者を『投票するな』と挑発して怒らせることがCMの狙いだと説明しており、もともと日本人の感覚や風潮とは合わないところがあるのではないでしょうか」(同・記者) 細かい点だが、笑下村塾の公式サイトでたかまつ氏は、アメリカ版CMを《大統領選挙の際にトランプ陣営を批判した動画》と説明した。確かに“反トランプ”という意図で制作されたことに間違いはないが、大統領選ではなく中間選挙だ。オマージュ論争 その一方で、たかまつ氏は公式サイトで、今回のCMは2本目であることも明らかにした。2019年7月に行われた参院選で、「若者よ、選挙に行くな」のCMを流したのが1本目。統一地方選のCMタイトルに【2023年ver.】と書かれていたのは、1本目と区別するためなのだろう。「たかまつさんは公式サイトなどで、アメリカ版のCMを“オマージュ”し、自分たちのCMを制作したと説明しました。オマージュとは『敬意』を意味する英語で、《尊敬する作家や作品から影響を受け、似た創作物をつくること》などと解説されます(註)」(同・記者) この説明もネット上で議論となった。オマージュやパロディという手法を、選挙啓発のCMに使っていいのかという問題だ。「まさに賛否両論となりました。『選挙啓発、若者の投票率向上という立派な目的なのだから、その制作意図は重視すべき』と、たかまつさんを擁護する意見も目立ちました。一方、芸術やお笑いといった『表現』の分野ならオマージュやパロディが技法の一つとして認められているが、選挙啓発など『言論』の分野にはそぐわないという批判も相当な数に達しました」(同・記者)「日本語版を作る」という意図 例えば、坂口安吾(1906~1955)の小説『桜の森の満開の下』をオマージュした小説を書いて発表しても、剽窃や盗作と批判される可能性は低いかもしれない。 しかし、同じ安吾の著作でも、戦後日本の荒廃を通して人間本来の姿を描いたとされる『堕落論』の一部を、あたかも自分が書いたかのようにエッセイやコラム、論文として発表したら、盗用と見なされる可能性は高い。 たかまつ氏に取材を申し込み、まずはCMを作成するまでの経緯を聞いた。「記憶は曖昧ですが、2018年に公開されたアメリカ版のCMをリアルタイムで見たというわけではなく、2019年に行われた参院選で、どんな啓発CMを作るか考える中で様々な資料を集めていたところ、このCMを見て衝撃を受けたという流れだと思います」 当時、たかまつ氏やスタッフは企画を検討しては、できるものから実行するという作業を繰り返していた。たたき台となったアイディアは100個とか200個というレベルだったという。「その中でも『Dear young people, “Don’t Vote”』のCMは強い印象に残りました。英語に堪能な知人に協力をお願いし、内容を翻訳してもらいました。スタッフとも話し合い、このCMの日本語版を作ろうということで一致しました。『内容が似すぎている』と批判されましたが、最初から原作に敬意を示し、オマージュやパロディという視点から『日本語版のCMを作ろう』と考えていましたので、今でも完成したCMについては法的な観点も含め、何の問題もないと認識しています」不眠に悩む日々 CMそのものに問題はないというスタンスだが、反省点もあるという。「ネット上などで指摘を受け、アメリカ版のCMを制作した会社には許諾を求めるメールを送りました。今のところ返信は来ていませんが、誠実に対応したいと思っていますし、私たちがCMを作る際に許諾を求めるべきだったとも考えています。さらに、元ネタの存在を隠したことは一度もありませんが、もっと分かりやすく明示すべきだったかもしれません。例えば、YouTubeの概要欄にアメリカ版CMのタイトルとリンクを記載するだけでも、皆さんの受け止めは違ったと思います」 たかまつ氏のCMが炎上したのは事実だが、広く拡散し、話題を集めたことも間違いない。しかし、もう積極的な評価はできないという。「CMに対する賛否は分かれるだろうなと、ある程度は事前に予想していました。しかし、まるで私が高齢者に対する差別主義者であるかのようなレッテルを貼られるとは思っても見ませんでしたし、そのことには強いショックを受けました。日本の商業広告は現在、数件でもクレームが来ると問題になってしまい、表現が萎縮しています。私はメッセージ性を重視して『若者よ、選挙に行くな』というCMを作りましたが、自分の想いとは関係のない点で炎上してしまいました。精神的なショックは少なくなく、今も不眠に悩まされるなどしています」「みんなで選挙に行こうよ」 最後に改めて、読者に対するメッセージを聞いた。「若い人たちに選挙へ行ってほしいという想いから、あえて高齢者の方々に出演を依頼し、『選挙では私たち高齢者が得するのよ』というセリフを喋ってもらいました。現状を風刺したつもりですし、『若い人たちに声を上げてほしい』というメッセージを込めました。統一地方選の前半は終わり、投票率を見ると若い人たちの投票は増えていないことが予測されます。しかし、これから後半戦が始まるので、まずは選挙に行ってほしいです」 統一地方選は国政選挙に比べ、より身近な問題が焦点になる。誰に一票を投じればいいのか迷ったら、たかまつ氏は「若者にとって、どんな街が住みやすいか」という観点から候補者を見ることを勧めるという。「老若男女が一丸となって、『みんなで選挙に行こうよ』という声が出てくることを期待しています。社会に不満があったら、政治という観点からも行動してみる。署名を集めたり、政治家に陳情し、選挙の際は一票を投じる。現状を変えられないというのは思い込みに過ぎない。それこそ私のCMを批判する声が集まれば、批判的な記事も配信されるわけです。みなさんの行動で社会は変えられます。社会を改善するための手段の一つとして、選挙に行ってほしいと心から願っています」註:実用日本語表現辞典よりデイリー新潮編集部
笑下村塾は知らなくとも、たかまつなな氏(29)の名前は聞いたことがあるという人は多いかもしれない。同社の公式サイトには、《ピン芸人/時事YouTuber/笑下村塾代表取締役》という肩書が記載されている。担当記者が言う。
「たかまつさんは1993年生まれ、横浜市立の小学校からフェリス女学院中学校・高等学校に進学しました。中学生の頃からお笑いの活動を始め、高校生になるとプロも注目するほどでした。慶応大学にAO入試で進学すると、ワタナベコメディスクールにも特待生で入学。M-1グランプリなど賞レースに挑戦しながら、2016年に自らが代表取締役となって笑下村塾を設立したのです」
ちなみに、たかまつ氏は慶応の大学院を修了後、2018年にNHKに入局。ディレクター職として勤務したが、2020年に退社している。
今回、物議を醸した「若者よ、選挙に行くな【2023年ver.】」のCMは、2023年3月にYouTubeで公開された。統一地方選の選挙啓発、特に若者の投票率上昇を目的としたCMだ。
CMには3人の高齢者が登場する。女性が2人、男性が1人という構成で、バストショットにカメラ目線で政治的な“改革”を否定、「自分たち高齢者は投票に行くが、若者は投票に行っても無駄だ」と主張するという内容だ。
まずはCMの冒頭部分を紹介しよう。YouTubeで公開されている動画には字幕も付いているため、それを引用する。
高齢女性1「若い人たちへ」高齢男性1「今のままの日本が一番だよ。選挙なんか行かなくていいよ~」高齢女性2「選挙? 何も変わりゃしないわ」高齢女性1「若者よ選挙に行くな」
確かに投票率は若者より高齢者のほうが高いため、候補者は高齢者を票田として重視してきた。その結果、いわゆる“シルバー民主主義”の状態が生まれ、若年層に必要な政策は後回しになっていると指摘する識者も多い。
この現状を是正するには若者の投票率を上げるしかない──ここまでなら、誰も異論はないだろう。
ただ、たかまつ氏は「若者よ、選挙に行こう」とストレートに訴えるのではなく、「行くな」と逆説的なメッセージを流した。その結果、「高齢者が悪者になりすぎている」などの批判が殺到し、“炎上”と報じられた。CMを非難するツイートから、代表的な3例を紹介しよう。
《若者を賃金格差という格差の本質から遠ざけるためのプロパガンダ。単に高齢者への憎悪や憎しみを増強させる動画》
《ある意味誰も得をしない動画で、若者は高齢者に嫌悪をいだき、高齢者は自責の念をいだく人もいるでしょ》
《「若者よ、選挙に行くな」って動画で高齢者への憎悪を煽っているけど、今の高齢者は社会保障縮小などで困窮して、高齢になっても働く事を余儀なくされる人が大勢》
こうした批判に、たかまつ氏はネット上で反論を行った。具体的には、自身の公式Twitter、ネットメディア・ENCOUNTが4月8日に配信したインタビュー記事、そして笑下村塾の公式サイトなどだ。
「たかまつさんは、《真面目な選挙啓発は、注目されません》との認識を示した上で、CMに出演した高齢者には《悪役を演じて》もらったと説明しました。あくまでも目的は『若者は投票しなければ損をする、投票すれば得をする』ことを伝えるためであり、CMの社会的意義について理解を求めたのです」(同・記者)
ところが、このCMに関して、もう1つ別の観点から疑問が提示されている。たかまつ氏が制作したCMに盗作や剽窃の疑いがあるというのだ。事実だとすれば、クリエイターとして致命的な問題だ。
「3月に動画がアップされると、写真家の桐島ローランドさんや元朝日新聞の記者でジャーナリストの烏賀陽弘道さんが、アメリカの選挙CM『Dear young people, “Don’t Vote”(若者へ、投票するな)』と極めて類似しているとTwitterで指摘したのです」(同・記者)
この「”Don’t Vote”」のCMもYouTubeで閲覧が可能だ。たかまつ氏のCMと、どれほど似ているのだろうか。
2つのCMを見比べてみると、まず高齢者がカメラ目線で視聴者に呼びかけるという撮影スタイルが、かなり似ていることに気づく。背景の質感もアメリカ版がグレー、たかまつ版が淡い藍色と微妙な違いはあるが、基本的な画面設計は一緒と言っていい。
何より、高齢者が若者に「投票する必要はない」と呼びかけるという内容が全く同じだ。たかまつ版よりアメリカ版のほうが出演者数は多いが、女性→男性→女性→男性という登場の順序も同じだ。
YouTubeに公開されているアメリカ版は、日本語の字幕も付いている。出演者はどんなことを喋っているのか、冒頭部分を紹介しよう。
高齢女性1「若者の皆さん」高齢男性1「投票はやめよう」高齢女性2「投票しないで」高齢男性2「何もかもうまくいっているじゃないか」高齢女性3「トランプ! 私たちが選んだのよ」高齢男性3「彼こそ我々の指導者だ」
2つのCMには、出演者が具体的な社会問題について触れ、改革の必要性はないと主張する場面がある。仮にアメリカ版を“オリジナル”とすれば、その社会問題が日本人の有権者にとって縁遠い場合、たかまつ版は類似の問題に置き換えたようだ。
例えば、アメリカ版では学校での銃撃事件が取り上げられた。3人の女性高齢者が「そうね、学校での銃撃事件は悲しいわ」、「でも学校にはもう50年も行っていないから」、「どの命が大切かなんて考えていられないのよ」と喋っている。
日本の教育機関で銃の乱射事件が起きたことはない。そのため、たかまつ版では同じ教育というテーマから「学校におけるコロナ禍」に置き換えたという印象を受ける。高齢女性が「コロナで修学旅行がなくなった? かわいそうね~ 私の旅行は支援してもらったけどね」と喋っている。
「アメリカ版CMは2018年の中間選挙を見据えて、アメリカの広告代理店が制作しました。ただ、その意図は選挙啓発という文脈とは微妙に異なります。制作者が舞台裏を明かした文書がネット上に発表されていますが、投票率の低い若者を民主党に投票させることが目的だったとはっきり言及しています。若者を『投票するな』と挑発して怒らせることがCMの狙いだと説明しており、もともと日本人の感覚や風潮とは合わないところがあるのではないでしょうか」(同・記者)
細かい点だが、笑下村塾の公式サイトでたかまつ氏は、アメリカ版CMを《大統領選挙の際にトランプ陣営を批判した動画》と説明した。確かに“反トランプ”という意図で制作されたことに間違いはないが、大統領選ではなく中間選挙だ。
その一方で、たかまつ氏は公式サイトで、今回のCMは2本目であることも明らかにした。2019年7月に行われた参院選で、「若者よ、選挙に行くな」のCMを流したのが1本目。統一地方選のCMタイトルに【2023年ver.】と書かれていたのは、1本目と区別するためなのだろう。
「たかまつさんは公式サイトなどで、アメリカ版のCMを“オマージュ”し、自分たちのCMを制作したと説明しました。オマージュとは『敬意』を意味する英語で、《尊敬する作家や作品から影響を受け、似た創作物をつくること》などと解説されます(註)」(同・記者)
この説明もネット上で議論となった。オマージュやパロディという手法を、選挙啓発のCMに使っていいのかという問題だ。
「まさに賛否両論となりました。『選挙啓発、若者の投票率向上という立派な目的なのだから、その制作意図は重視すべき』と、たかまつさんを擁護する意見も目立ちました。一方、芸術やお笑いといった『表現』の分野ならオマージュやパロディが技法の一つとして認められているが、選挙啓発など『言論』の分野にはそぐわないという批判も相当な数に達しました」(同・記者)
例えば、坂口安吾(1906~1955)の小説『桜の森の満開の下』をオマージュした小説を書いて発表しても、剽窃や盗作と批判される可能性は低いかもしれない。
しかし、同じ安吾の著作でも、戦後日本の荒廃を通して人間本来の姿を描いたとされる『堕落論』の一部を、あたかも自分が書いたかのようにエッセイやコラム、論文として発表したら、盗用と見なされる可能性は高い。
たかまつ氏に取材を申し込み、まずはCMを作成するまでの経緯を聞いた。
「記憶は曖昧ですが、2018年に公開されたアメリカ版のCMをリアルタイムで見たというわけではなく、2019年に行われた参院選で、どんな啓発CMを作るか考える中で様々な資料を集めていたところ、このCMを見て衝撃を受けたという流れだと思います」
当時、たかまつ氏やスタッフは企画を検討しては、できるものから実行するという作業を繰り返していた。たたき台となったアイディアは100個とか200個というレベルだったという。
「その中でも『Dear young people, “Don’t Vote”』のCMは強い印象に残りました。英語に堪能な知人に協力をお願いし、内容を翻訳してもらいました。スタッフとも話し合い、このCMの日本語版を作ろうということで一致しました。『内容が似すぎている』と批判されましたが、最初から原作に敬意を示し、オマージュやパロディという視点から『日本語版のCMを作ろう』と考えていましたので、今でも完成したCMについては法的な観点も含め、何の問題もないと認識しています」
CMそのものに問題はないというスタンスだが、反省点もあるという。
「ネット上などで指摘を受け、アメリカ版のCMを制作した会社には許諾を求めるメールを送りました。今のところ返信は来ていませんが、誠実に対応したいと思っていますし、私たちがCMを作る際に許諾を求めるべきだったとも考えています。さらに、元ネタの存在を隠したことは一度もありませんが、もっと分かりやすく明示すべきだったかもしれません。例えば、YouTubeの概要欄にアメリカ版CMのタイトルとリンクを記載するだけでも、皆さんの受け止めは違ったと思います」
たかまつ氏のCMが炎上したのは事実だが、広く拡散し、話題を集めたことも間違いない。しかし、もう積極的な評価はできないという。
「CMに対する賛否は分かれるだろうなと、ある程度は事前に予想していました。しかし、まるで私が高齢者に対する差別主義者であるかのようなレッテルを貼られるとは思っても見ませんでしたし、そのことには強いショックを受けました。日本の商業広告は現在、数件でもクレームが来ると問題になってしまい、表現が萎縮しています。私はメッセージ性を重視して『若者よ、選挙に行くな』というCMを作りましたが、自分の想いとは関係のない点で炎上してしまいました。精神的なショックは少なくなく、今も不眠に悩まされるなどしています」
最後に改めて、読者に対するメッセージを聞いた。
「若い人たちに選挙へ行ってほしいという想いから、あえて高齢者の方々に出演を依頼し、『選挙では私たち高齢者が得するのよ』というセリフを喋ってもらいました。現状を風刺したつもりですし、『若い人たちに声を上げてほしい』というメッセージを込めました。統一地方選の前半は終わり、投票率を見ると若い人たちの投票は増えていないことが予測されます。しかし、これから後半戦が始まるので、まずは選挙に行ってほしいです」
統一地方選は国政選挙に比べ、より身近な問題が焦点になる。誰に一票を投じればいいのか迷ったら、たかまつ氏は「若者にとって、どんな街が住みやすいか」という観点から候補者を見ることを勧めるという。
「老若男女が一丸となって、『みんなで選挙に行こうよ』という声が出てくることを期待しています。社会に不満があったら、政治という観点からも行動してみる。署名を集めたり、政治家に陳情し、選挙の際は一票を投じる。現状を変えられないというのは思い込みに過ぎない。それこそ私のCMを批判する声が集まれば、批判的な記事も配信されるわけです。みなさんの行動で社会は変えられます。社会を改善するための手段の一つとして、選挙に行ってほしいと心から願っています」
註:実用日本語表現辞典より
デイリー新潮編集部