長崎大病院(長崎市)で7月に子宮体がんの手術を受けた長崎県内の女性(当時54歳)が死亡した医療事故で、同病院は今月1日、国の医療事故調査制度に基づく調査を始めた。
同制度では、患者が亡くなった場合にまず、事故かどうかを医療機関が判断する仕組みになっており、今回は国の機関への報告と調査開始までに約3か月を要した。識者は「速やかな原因究明には、判断基準を明確にするなど見直しが必要」と指摘している。
■不十分な回答
「相談できる場所がなかった。暗闇の中にいるようだった」。女性が亡くなった理由を知る手立てがなく苦悩した日々を、遺族はこう表現した。 女性は5月に子宮体がん(ステージ1)の診断を受け、7月21日に手術支援ロボット「ダビンチ」で子宮を全摘出。退院後の8月4日夜、自宅で食事中に下半身から多量に出血し、死亡した。病理解剖では患部近くの動脈に約2ミリの裂孔が見つかり、この穴から出血したとみられる。 遺族は同16日、手術の状況や死亡に至った経緯について質問事項などを文書で病院に提出したが回答はなかった。9月27日にも改めて説明を求めたが、十分な答えは得られなかったという。病院は死亡から2か月以上が経過した10月18日付の書面で、遺族に「医療事故に該当する」と伝えた。 ■「慎重になった」 医療法は、医療に起因するか、起因が疑われる死亡事案などで結果を予期できなかったものを医療事故と定義。医療事故調査制度では、事故が起きた医療機関は、厚生労働省所管の第三者機関「医療事故調査・支援センター」(東京)に遅滞なく報告し、事故原因を調査しなければならない。 同センターによると、昨年報告があった医療事故の約半数は、死亡から報告までの期間が1か月前後だったが、今回は3か月近くがたっていた。 病院側は読売新聞の取材に対し、内部では発生直後から医療事故の可能性が高いと認識していたと説明。ただ、解剖の詳細な分析結果を待つべきだとの意見もあり、迅速な判断ができなかったという。中尾一彦病院長は「術中の出血死ではなかったため、非常に慎重になってしまった。早い段階で遺族に説明し、医療事故として届け出るべきだった」と振り返る。 病院が設置した調査委員会には外部の専門家も参加し、原因究明を進める。 ■報告は低調 病院から十分な説明がない中、遺族は8月19日、医療事故調査・支援センターに相談した。同センターは医療機関の事故調査結果を分析するほか、遺族の相談を受け付けている。 しかし、遺族からの相談内容を医療機関に伝達することは認められているものの、調査の指示はできない。今回、原因究明を求めた遺族への返答も「対応は難しい」との内容だった。遺族の相談先としては都道府県などが設置する窓口もあるが、医療機関に対応を促す権限はない。 同制度では、事故かどうかの判断を医療機関の裁量に任せているため、事故としての判断や報告を避ける傾向があるとして、創設当初から不安視されてきた。センターへの報告件数は低調に推移し、厚労省は当初、死亡事故の報告を年間1300~2000件と想定していたが、1年目から388件にとどまった。今年9月までの1年間は277件で過去最少を更新した。 名古屋大の長尾能雅教授(患者安全)は、「医療事故の基準があいまいなため病院によって解釈に差が生じ、遺族が置き去りにされることも多い。原因が速やかに究明されるよう、判断基準や調査対象をより明確にし、病院、遺族ともに公平感を得られ、負担の軽減につながる制度に見直すべきだ」としている。 ◆医療事故調査制度=2000年頃に大学病院などで医療事故が相次いで訴訟が増加したことを受け、再発防止を目的として15年10月に導入された。事故が起きた医療機関に対し、医療事故調査・支援センターへの報告や院内調査、遺族への説明などを義務づけている。報告後は、遺族や医療機関からの依頼で同センターが調査することもできる。
「相談できる場所がなかった。暗闇の中にいるようだった」。女性が亡くなった理由を知る手立てがなく苦悩した日々を、遺族はこう表現した。
女性は5月に子宮体がん(ステージ1)の診断を受け、7月21日に手術支援ロボット「ダビンチ」で子宮を全摘出。退院後の8月4日夜、自宅で食事中に下半身から多量に出血し、死亡した。病理解剖では患部近くの動脈に約2ミリの裂孔が見つかり、この穴から出血したとみられる。
遺族は同16日、手術の状況や死亡に至った経緯について質問事項などを文書で病院に提出したが回答はなかった。9月27日にも改めて説明を求めたが、十分な答えは得られなかったという。病院は死亡から2か月以上が経過した10月18日付の書面で、遺族に「医療事故に該当する」と伝えた。
■「慎重になった」
医療法は、医療に起因するか、起因が疑われる死亡事案などで結果を予期できなかったものを医療事故と定義。医療事故調査制度では、事故が起きた医療機関は、厚生労働省所管の第三者機関「医療事故調査・支援センター」(東京)に遅滞なく報告し、事故原因を調査しなければならない。
同センターによると、昨年報告があった医療事故の約半数は、死亡から報告までの期間が1か月前後だったが、今回は3か月近くがたっていた。
病院側は読売新聞の取材に対し、内部では発生直後から医療事故の可能性が高いと認識していたと説明。ただ、解剖の詳細な分析結果を待つべきだとの意見もあり、迅速な判断ができなかったという。中尾一彦病院長は「術中の出血死ではなかったため、非常に慎重になってしまった。早い段階で遺族に説明し、医療事故として届け出るべきだった」と振り返る。
病院が設置した調査委員会には外部の専門家も参加し、原因究明を進める。
■報告は低調
病院から十分な説明がない中、遺族は8月19日、医療事故調査・支援センターに相談した。同センターは医療機関の事故調査結果を分析するほか、遺族の相談を受け付けている。
しかし、遺族からの相談内容を医療機関に伝達することは認められているものの、調査の指示はできない。今回、原因究明を求めた遺族への返答も「対応は難しい」との内容だった。遺族の相談先としては都道府県などが設置する窓口もあるが、医療機関に対応を促す権限はない。
同制度では、事故かどうかの判断を医療機関の裁量に任せているため、事故としての判断や報告を避ける傾向があるとして、創設当初から不安視されてきた。センターへの報告件数は低調に推移し、厚労省は当初、死亡事故の報告を年間1300~2000件と想定していたが、1年目から388件にとどまった。今年9月までの1年間は277件で過去最少を更新した。
名古屋大の長尾能雅教授(患者安全)は、「医療事故の基準があいまいなため病院によって解釈に差が生じ、遺族が置き去りにされることも多い。原因が速やかに究明されるよう、判断基準や調査対象をより明確にし、病院、遺族ともに公平感を得られ、負担の軽減につながる制度に見直すべきだ」としている。
◆医療事故調査制度=2000年頃に大学病院などで医療事故が相次いで訴訟が増加したことを受け、再発防止を目的として15年10月に導入された。事故が起きた医療機関に対し、医療事故調査・支援センターへの報告や院内調査、遺族への説明などを義務づけている。報告後は、遺族や医療機関からの依頼で同センターが調査することもできる。