大阪・関西万博閉幕まで残りわずか。一日の入場者が20万人を超える超混雑ぶりが連日報道されている。ライターはこれまで万博を訪れること19回。予約争奪戦の凄まじさを間近で実感している。【前編】では、万博東ゲートでの苛烈な予約争奪戦の様子をレポートした。【後編】では、もうひとつの会場への入り口・西ゲートでの争奪戦の異様な実態と、当選倍率100倍と言われる最難関パビリオンについて詳述する。
【前後編の後編】【西牟田靖/ノンフィクション作家】
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【写真を見る】警備員を無視して…「万博名物」となったAM5時の「夢洲ダッシュ」
「自然の激動を感じましょう。嵐や雷もあります。雨も降ります。命が終わり、新しい命が誕生します」
人工音声らしき男性の声が流れた後、小さなサウナ棟に自然の激動が作り出された。サウナハットにポンチョ姿のガイドが、熱せられた石にアロマ水をかけ、大きな扇子で熱風を作り出す。そして、恵みの雨のように水滴をザザザッと参加者に振りかけた。熱風吹き荒れるサハラ砂漠から一転、スコールが降り注ぐ熱帯雨林へ瞬間移動したかのような錯覚を覚えた。
万博会場の西端に位置する「万博サウナ~太陽のつぼみ」。ここは、つぼみのような形をした3棟(サウナ、水風呂、ラウンジ)からなる施設。参加者たちは水着姿で入場し、90分間にわたり、視覚・聴覚・嗅覚・触覚をフルに駆使、この万博のコンセプトのひとつ「人と地球、全てのものとつながっている感覚」をサウナを通じて、身体で感じることを目指す。ここでしか味わえない没入体験であった。
万博の会期末、連日20万人が訪れる中、このプログラムを体験できるのは1回につき14人。それが5回あるということは20万人中、70人しか体験できないということだ。
ここに関しては、いくら早朝に並んでも、当日の予約はほぼ不可能。というのも、2ヶ月前予約でほぼすべての枠が埋まってしまうからだ。万博マニアたちは、この最難関施設に入るため、どのようにして予約をとったのか。万博サウナの設計・建築・施工から運営までをグループで手がけている太陽工業株式会社。その広報部、高谷裕美さんは言う。
「4月は満員にならない日もあったのですが、その後、どんどん当選倍率が上がり、最終的には70~100倍になりました。それでも当てようと皆さん、熱心に応募してくださいました。中には通期パスを5枚買って当てたという方すらおられました」
半年間の会期中、何度でも入れる通期パス。その値段は一枚3万円。それを5枚持つのだからパスだけで15万円をつぎこんでいることになる。
通期パスは3日間の入場予約枠を持つ。それを目一杯使い、ダメなら当たるまで毎日、何ヶ月間も予約し続けたという人が珍しくない。
万博のゲートは地下鉄中央線の夢洲駅が直結している東ゲートのほか、バスやタクシー、船でアクセスできる西ゲートが存在する。早朝、その西ゲートに向かうと、東ゲートとはまったく違う“秩序”が存在していた。
東ゲート前には3人~4人ずつの列ができていたのに対し、西は一列あたり十数人と横に長い。最前列付近には、アスリートや肉体労働者のような屈強な男性がちらほらいる。私のすぐ後ろに並んだ30代の常連女性は言う。
「早い人は午前3時にタクシーで西ゲート近くに乗り付けて、タクシー内で待機し始めるらしいです。サウジレストランの予約をするため、足の速い鍛えている男性が仲間に荷物を任せて走って、荷物を受け持った女性が後から入場するんやと聞いたことがあります」
当日予約のとれる施設の中でもっともハードルが高いのはパビリオンではなく、極上の料理を提供するサウジアラビアレストラン。この真のラスボスの制覇を彼らは目指しているらしい。
午前8時。警備員が拡声器で注意を呼びかけた。
「おはようございます。皆さん、これから移動していただきますが、注意していただきたいことがあります。後ろの方、絶対押さないように。押されて怪我をされても診療所は9時までは開きません」
列がゆっくり進み始める。すると殺伐とした雰囲気が列を包み込んだ。10数人いた列が7~8人にまで圧縮されるため、あちこちで割り込みが発生、そうはさせまいとする人との間で、ラグビーのスクラムを彷彿とさせる激しい押し合いや、サッカーのドリブル突破のような行為が頻発した。そんな中、屈強な男性とその仲間の女性たちからなる4人ほどのグループは不自然な行動を見せた。後ろから割り込まれないよう、全員が腕を組んで歩いていたのだ。驚いて凝視した私は、周りの参加者にたちまち隙を突かれ弾かれた。気がつけば、4~5列、後退していた。
入場後、私は当日予約ができるラスボス=サウジアラビアのレストランへ向かった。西ゲートから約500メートル。入場開始からわずか4分後の8時54分に到着したとき、私の前には約50人がすでに並んでいた。一方、先ほど仲間と腕を組んで歩くという不自然な動きを見せていた屈強な男性はレストラン列の最前列付近に並んでいた。
後日、こんな話を聞いた。それは別の日にサウジレストランに入った男性の言葉だ。
「私より前に並んでいた鍛えている男性。彼はレストランの中に入っていませんでした。メンバーが全員、入れ替わっていました」
予約のために雇われた“プロ”のランナーなのだろうか。争奪戦もここまで加熱すると “危うさ”を感じるのは私だけなのだろうか。
9月半ば以降、大阪・関西万博は「並ばない万博」から「入れない万博」へと変化した。パビリオンの予約どころか、入場予約すらとれなくなってしまった。閉幕が近づくと、「もう二度と見られない」「今行かないと後悔する」という心理が働くため、来場意欲が高まる。そのため会期終盤に最高の入場者数を記録する。それは万博の毎回の現象である。今回の万博が違っていたのは、厳格な入場制限の存在である。これまでの万博ならば、チケットを持ってさえいれば、入場そのものを断られることはなかった。しかし今回は、安全性を重視。日時予約をしなければ、万博会場への入場すらできないのだ。そんな中、争奪戦はより激しくなった。8月29日、万博協会が「早朝におけるゲート前の入場待ち自粛のお願い」というプレスリリースを発表したが効果はなく、むしろ激増の一途を辿った。
ライブカメラやSNSの投稿から判断すると、現在、午前5時すぎの始発前に並んでいる人の数は300人超。これは隣の舞洲から30分以上かけて橋を渡ってやってきたり、徹夜したりして待っている人の数が、300人を超えているということを意味している。またその列には、未使用入場券の当日券への交換のため、子供を連れて並ぶ人の列まで含まれるようになった。
閉幕まで残りわずか。万博を巡る狂騒は、いったいどこまでエスカレートしていくのだろうか。
【前編】では、万博東ゲートでの苛烈な予約争奪戦の様子をレポートしている。
西牟田靖(にしむたやすし)ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『わが子に会えない』、『子どもを連れて、逃げました。』など。
デイリー新潮編集部