日本ではまだ当たり前のように行われている産婦人科での内診。なんと海外では、どうしても必要な場合にしか行われず、ルーティンのように行われることは異常だという。本人の同意なしに頻回で行なわれる場合は「産科暴力」とも称される。
【こちらも問題】世界的には異常とされる内診台による産婦人科での診察
これらが日本でまだ行われている背景を『産む自由/産まない自由 「リプロの権利」をひもとく』より一部を抜粋・再構成して解説する。
「産科暴力」という言葉がある。女性が産婦人科を受診する際に医療者から受ける理不尽な仕打ちの総称である。「暴力」と言うと衝撃的だが、実際は身近で日常的な問題だ。
一例を挙げると、日本の産婦人科医療では「内診」が頻繁に行われる。内診とは専門的には「双合診」と呼ばれる手技で、片方の手の指2本を腟口から挿し込み、もう一方の手で腹の側から子宮の位置を探ることで子宮の大きさ(妊娠の週数)を推測したり、異常がないか確認したりする検査法である。
しかし、内診は多くの人にとって不快な経験であり、医師の言葉がけや態度しだいでは屈辱的なほど侵襲的な行為になりうる。
そのため、海外では今世紀に入ってから、不必要な内診(英語ではpelvic examination=骨盤検査)を頻回に、しかも女性の同意なしに行うことは産科暴力だと考えられている。イギリスで働く日本人助産師によると、同国における内診は、他の検査ではどうしてもわからない不具合が発生した時に、当人に必要性を説明し、同意を得て初めて行うような検査だという。
ところが日本では、内診は妊産婦検診のたびにルーティンとして行われる検査になっている。避妊薬や緊急避妊薬を求めて受診する妊娠していない女性にまで、本来不必要だと思われる「内診」が行われることがあるそうだ。これは国際的に見れば異様な慣行である。
また、日本の産婦人科の内診では、患者は「内診台」という独特の椅子に座らされる。最近は、椅子が上昇するのと同時に、自動的に大きく開脚させられる電動式タイプもある。この椅子を使うと、医師は身をかがめることなく患者の局部を診察できる。
内診台には、医師と患者が互いに顔を合わせずにすむ「カーテン」もついている。患者と医師のコミュニケーションよりも診察の効率性を重視した装置である。このような診察環境は、患者の心理的な負担を考慮するよりも医師の作業効率を優先する医療文化の表れと言えるだろう。海外には内診台など存在しない。性器の視診や触診が必要な場合も、診察台に横たわり、医師とコミュニケーションをとりながら、軽く足を開く程度ですむ。カーテンも海外にはない習慣で、ある外国人の助産師は患者の顔色を診るのも医師の仕事ではないのかとあきれていた。
日本では他にも、出産時に全例に「会陰切開」をしたり、医師の都合で分娩のタイミングを決めたり、夫の出産立ち会いを断ったり、十分な説明もなく帝王切開に切り替えたり、産後の母子分離を慣例にしていたりと、理由のつかない「慣行」や「自院のルール」は枚挙にいとまがない。人権教育や性教育を十分に受けていない日本の女性たちは、性的羞恥心や医師との力関係のために口を閉ざしがちである。それを考えれば、産科暴力の問題がもっと潜在している可能性がある。
産婦人科へのかかりにくさは以前から指摘されてきたが、なかなか改善していかない。私自身、若い頃に産婦人科の内診や乳房の検査を受けなればならない時には、「病院なんだから恥ずかしがることはない」と気を引き締め、心を無にして受けていたものだ。医師によるセクハラも経験した。また、女性医師なら対応がよいとも限らない。ある女性医師は検診で、事前に声をかけることすらなく、電動椅子で開脚させられた私の腟内に無言で器具を入れてきた。人としての尊厳を守ろうという意識など微塵も感じられなかった。
海外の産婦人科でいかに患者にやさしい診療が行われているのかを知るにつれて、私は「嫌な思いを我慢する必要はない」と考えるようになった。「カーテンは、いりません」「内診は必要不可欠でなければしないでください」とはっきり言えるくらい信頼できる医師を見つけるのが一番だと思う。医師と患者の両方から、「おかしい」と声が上がってくるような時代になってほしい。
写真・イラストはすべてイメージです 写真/Shutterstock

塚原 久美

2025年9月17日発売
1,089円(税込)
新書判/240ページ
ISBN: 978-4-08-721380-5

妊娠・出産したいか、したくないか。いつ産むか、何人産むか──。そのほか、中絶、避妊、月経、更年期に伴う心身の負担など、生殖関連の出来事全般に関し、当事者がどのような選択をしても不利益なく生きることのできる権利を「リプロの権利」という。1990年代、女性にとって特に重要な権利として国際的に定義・周知されたこの人権について、日本でほぼ知られていないのはなぜなのか。中絶問題研究の第一人者が国内外での議論の軌跡をたどり解説する。少子化対策と称し「出産すること」への圧力が強まる今、必読の書。【目次】はじめに~日本社会から欠落している「リプロの権利」の視点序章 リプロの権利は「人権」のひとつ第一章 リプロの権利はいかにして生まれたか第二章 人口政策に翻弄された日本の中絶・避妊第三章 二〇〇〇年代、日本政府の「リプロ潰し」第四章 世界はどのように変えてきたのか終章 日本の今後に向けておわりに