2025年は5月12日が母の日だった。その2日後の5月14日、ユニセフが5年ごとに集計している「先進諸国の子どもの幸福度レポート・カード19(RC19)」を公開した。ここで、「親子の会話」が子どもの幸福度に大きな影響を与えていることが明らかになった。
これはユニセフ・イノチェンティ研究所による調査で、精神的幸福度、身体的健康、スキルの3つの分野についてそれぞれ2つの指標に基づいて順位が計算されているものだ。2020年に公表された際、日本の総合順位は、38ヵ国20位で、精神的幸福度がワースト2位の37位だったことが大きく報じられた。2025年の調査は同じ指標に基づいたもので、38ヵ国から36ヵ国の調査となっている。
結果、日本は36カ国中14位とやや上昇している。分野別では、精神的幸福度は37位から32位、身体的健康は1位のまま、スキルは27位から12位となっている。逆に言えば、身体的健康が1位にもかかわらず、14位なのは、精神的幸福度が低いからといえる。
そして、その「精神的幸福度」に「親子の会話が多いか否か」が大きく影響すると書かれているのだ。良い形に影響するということは、悪い方向にも影響するということである。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは「親子関係に問題を抱えている人は、母の日に複雑な思いをするようです。親御さんの中には、自分への母の日のプレゼントとして、お子さんの調査を依頼する人もいます」と言う。
山村さんに依頼がくる相談の多くは「時代」を反映している。同じような悩みを抱える方々への問題解決のヒントも多くあるはずだ。個人が特定されないように配慮をしながら、家族の問題を浮き上がらせる連載が「探偵が見た家族の肖像」だ。
今回山村さんのところに相談に来たのは63歳の朋子さん。「3年間会っていない息子がどうしているか、居場所を探して様子を見ていただきたくて」と山村さんに連絡をしてきた。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWB連載など様々なメディアで活躍している。
今回の依頼者である63歳の朋子さんは「こんなことをお願いしてもいいのかと思うのですが」と、午前9時に私たちに電話を下さいました。
電話では涙ながらに「健康に生活しているのか、以前と同じ職場でちゃんと働いているのか知りたいのです。私の代わりに見て、撮影して教えてほしいのです」と最後の方は嗚咽になっていました。そしてすぐカウンセリングルームにいらっしゃるとのこと。
朋子さんは、上品なツイード素材のワンピースが似合う女性で、上流階級の奥様という雰囲気。朋子さんの夫は現在65歳で国内外で取引をする会社を経営しており、今はマレーシアに出張中とのことでした。
「主人もあの子のことを調べるのは賛成しており、くれぐれもお願いしますと言っています。小さい頃は可愛い子だったんですよ。お勉強もよくできたのに、なぜこんなになってしまったのか」
まず、家族構成について伺うと、朋子さんと夫の間には、36歳の長男と、30歳の次男がいます。今回の対象者は長男で、次男が結婚する3年前まで一緒に暮らしていたそうです。ただ、そうであれば、3年間音信不通になり、親が探偵に依頼する事態になるとは思えません。
これまで、多数の親子関係が問題となる調査をしてきました。親自身は「普通で良好」と思っていても、そうでないことが大半です。まずは問題の発端となりがちな幼い頃に着目すると、弟さんと6歳の年齢差がある。そこから質問しました。
「兄弟分け隔てなく育てましたが、次男が生まれたあたりから、あの子が赤ちゃん帰りしちゃって。それを疎ましく思ったことはあります。こっちは手一杯なので“お兄ちゃんなのでちゃんとしなさい”と何度も言っていたような気がします」
学歴や職業を聞くと、兄は中学・高校・大学受験も「失敗」し、一浪して都内のマンモス私立大学から、コンビニチェーンの本部に就職したと朋子さんは語りました。弟は中高一貫校から難関大学に進学し、商社に勤務しているとのこと。
「子供の頃から、お兄ちゃんと弟は“でき”が違ったんです。弟は黙っていても勉強もスポーツもできる。下の子は先見の明があるから、商社に入ると決めてから簿記2級や英検などの資格を取っていました。お兄ちゃんはおっとりしているから、浪人しているのに留年しかけていましたから」
そのマンモス大学は、社会で活躍している卒業生も多い有名な大学です。コンビニチェーン本部に就職することも超難関です。なにより、兄と弟を比較しても全く意味がありません。それなのにこう言われて「できが悪い」「失敗」という言葉が出てくることにちょっと危うさを感じました。
弟は高校時代から、自分の身の回りの世話を自分でできていました。朋子さんは兄をヒヤヒヤしながら見守っていたそうです。
「できが悪いから、努力なさい、我慢なさいと口を酸っぱくして言っていました。食べるものが悪いのかと、青魚など頭が良くなる食事を食べさせてもダメ。主人は“かまいすぎだ”と言っていましたが、そうもいかないでしょ」
長男は25歳の時に家を出たのですが、朋子さんは借りたアパートの合鍵を手に入れるや家におしかけ、食事や掃除のことなどに干渉します。
そしてしつこく通い、30歳の時に実家に連れ戻したといいます。
「お兄ちゃんが正月に実家に帰った時、合鍵を作ってお部屋に行ったら、なにも食材はないし、洗濯物も溜まってるし、掃除も行き届いてない。これではダメだと何度も言って帰ってきてもらいました」
その後、しばらく家から通勤していましたが、明らかに距離を置かれていることは感じていたといいます。
「食事を作らないでほしいと言われても、そんなわけにはいかないから作るでしょ。あの子も大人になって親のありがたみがわかったのか、“美味しい”って食べてくれていたんですよ。
これでかわいいお嫁ちゃんでも来てくれればいいと思っていたのに、先に結婚したのは次男。お嫁ちゃんは、頭がいい大学卒の帰国子女で、次男と同じ会社に勤務しており英語もペラペラ。おまけに可愛くて優しくて、料理上手。
2歳年上なのが心配だと思っていたら、お腹にお孫ちゃんがいるというから大喜び。できのいい子はいい子を連れてくると主人と話していたら、あの子(長男)が“いい加減にしてくれ”と出ていっちゃったんです」
長男は家を出て、都内のどこかに住んでいるはずだと言います。
「出ていった当初は、LINEをしており、当初、正月くらいは返事をくれたのですが、今は音信不通。既読にもならないので、ブロックをされているのかもしれません。無事でいるかどうかだけが知りたいのです」
次男に安否を聞くと、「兄ちゃんを自由にしてあげなよ。俺、兄ちゃんが庇ってくれたから、今がある。ママの“母親ごっこ”に付き合うのは、もう限界だったってこと」と言い捨てられたそう。長男と次男は昔から仲がいいとのこと。
「次男は自分の世界に飛び回っていたけれど、長男は両親の誕生日はもちろん、母の日のプレゼントもくれました。優しい子だから、人生がうまくいかなかったのかもしれない。子育てに失敗しちゃったんです。あの子に“悪いママだった”と一言謝りたいんです」
朋子さんの考え方や発言から、「自分の思い通りに子供を支配したい」という願望が強く伝わってきますが、「子供を思う気持ち」はわかります。しかし受験が思い通りにならなくても「人生がうまくいかない」とはいえないし、幸せかどうかを決めるのは長男本人です。「あなたの人生がうまくいかないのは私が子育てに失敗したから」と言われたら、それこそが問題ではあります。
「もう、子離れの時期だということは、主人とも話しています。長男の居場所を探して、元気な姿を確認したいだけなのです。今は難しい子になってしまいましたが、本当は優しい子なんです。母親として情けない話ですが、探偵に頼む以外に方法が残されていません」
居場所探しの特定となると時間も費用もかかる可能性が高いことを説明すると、「主人が払います」と言っていました。
資料をいただき、勤務先からの尾行の計画を考えていると、電話がありました。相手は朋子さんの夫でした。
「今日は家内がお世話になりました。長男の調査依頼をしたと思うのですが、今から申し上げる住所に長男は住んでいます。妻には絶対に言わないでください。これだけはお願いします」
朋子さんの夫の話によると、朋子さんは長男に執着していますが、今の写真を見れば諦めもつくだろうということでした。すべては朋子さんを納得させるための調査依頼だったのです。
◇朋子さんが「子供を愛している」ことは間違いない。しかし「自分の望むとおりになること」を求め続けていたことが、長男を苦しめていたことは想像に難くない。「良かれと思って」やっていることが、子どもの精神的負担になっているという事例は少なくない。朋子さんの夫や次男という長男の理解者がいることは安心材料だが、長男の心の安定は保たれているだろうか。朋子さんの事例は子供への過干渉が与える影響を物語っている。
では長男はどのように暮らしているのだろうか。調査の結果は後編「「できが悪い」裕福な家庭で言われ続けた36歳の長男が「行方不明」となった理由」にて詳しくお伝えする。
【後編】「できが悪い」裕福な家庭で言われ続けた36歳の長男が「行方不明」となった理由