バスは、地域の人々の移動手段として重要な役割を果たす存在です。しかし、一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役の佐藤信之さんは、「近年、多くのバス会社で運行本数削減や路線の廃止が相次いでいる」と語ります。そこで今回は、佐藤さんの著書『日本のバス問題-高度成長期の隆盛から経営破綻、再生の時代へ』から抜粋してご紹介します。
【表】バス運転者の年間総労働時間
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1960年度(昭和35年度)の全国のバス会社の平均給与の水準は、全事業の83%、運輸業全体に対しても73%と低かった。細かくいえばバスよりトラックのほうが低く、バスよりタクシーが高いという関係であった。バス業界の給与が低く、人員の確保ができないため、1961年度には23%という大幅な給与の引き上げを行っている。
現在は、企業情報サイトのライトハウスによると、バス専業のドライバーの年収は、北海道中央バス422万円、宮城交通346万円、三重交通390万円、両備ホールディングス342万円、南国交通(高知県)318万円で、まとめると318~422万円である。
大手私鉄子会社では、東急バス546万円、京成バス418万円、阪急バス477万円、南海バス369万円で、369~546万円である。東京圏、京阪神圏の大手私鉄子会社がその他の地域より100万円ほど高く、最大546万円であるが、東京商工リサーチによる上場企業の年間平均給与では、運輸・情報通信業が617万円であるので、類似業種に対しては70万円ほど下回る。
なお、三重交通は近鉄グループホールディングスの関係会社である三重交通グループホールディングスの中核企業である。また両備ホールディングスは、両備バス、岡山電気軌道、和歌山電気鐵道、中国バスを傘下に置く企業グループで、両備バスと岡山電気軌道が中核企業である。
バス事業を交通事業の主軸部門とする西日本鉄道は406万円、関東鉄道は338万円である。この数字は、両備グループとともに鉄道の運転士を含む数字である。
なお、ライトハウスは利用者による任意の回答をもとにした数字であるので、この数字を検証するために、東京商工リサーチによる平均給与719万円の建設業について、代表的企業を検討すると、大成建設がライトハウスの数字では759万円で大差なく、同じく平均668万円の金融・保険業に対して、ライトハウスのみずほ銀行の数字は668万円で一致しているので、信頼性は高いものと考える。
同じ運輸事業のヤマト運輸のドライバーの年収は507万円、佐川急便は470万円である。これは、東急バス、阪急バスといった大都市圏の大手私鉄子会社のバス運転士とほぼ同じ水準で、大半のバス会社に対しては、ヤマト運輸、佐川急便のほうが50万~100万円程度高いという結果になる。
労働基準法では、組合との間で「三六協定」(時間外労働規則)を締結することで法定外労働が可能であったが、自動車運転士については三六協定による場合でも、「自動車運転者の労働時間等を改善するための基準」(改善基準)が規定されていた。
政府の働き方改革実現会議は2017年(平成29年)3月、「働き方改革実行計画」を策定し、改正労働基準法が施行となった2019年(令和元年)4月には、一般企業については三六協定を締結し、時間外労働時間を届け出ることを求め、一般則として時間外労働時間を年720時間以内と規定し、これが守られない場合は罰則が科されることになった。
しかし自動車の運転士は仕事の性格上すぐには対応できないことから、改正労働基準法の施行から5年間の猶予期間を置き、2024年4月に時間外労働の上限を960時間以内とし、将来的に一般則の720時間を目標とすることになった。
『日本のバス問題-高度成長期の隆盛から経営破綻、再生の時代へ』(著:佐藤信之/中央公論新社)
改善基準告知の改正
厚生労働省でも、2022年(令和4年)12月に「改正改善基準告知及び通達」が示され、2024年4月から実施された。
新しい「改善基準告知」では、1日の休息時間がそれまでは「継続して8時間確保」であったのを11時間を基本とし、最低でも9時間を確保することに変わり、拘束時間の上限も、それまでは1日上限16時間(15時間超は週2回以内)であったのを、上限15時間(14時間超は週3回以内)に変更となった。
1ヵ月の拘束時間は原則281時間(従来のまま)、最大294時間(従来309時間)である。ただし従来の4週間の平均の規定(原則1週当たりの労働時間65時間、最大71.5時間)も残し、事業者が選択できることとした。また年間の拘束時間は3380時間(労働協定により最大3484時間へ延長可)から原則3300時間に減少した。
連続運転時間は4時間以内で、従来と同じである。運転中の休憩は、従来は運転士がトイレに行くこともできないような時間であったが、4時間に対して1回当たり10分以上、合計30分以上休憩しなければならなくなった。
この基準改正により、これまでと同一水準の運行本数を維持するためには、より多くの運転士が必要となった。
しかし現在は、人口構成の高齢化と就業年齢人口の減少が進み、多くの産業分野で就職応募者が減少して、若年労働力の取り合いになっている。その結果、給与の引き上げがなければ新人の採用は難しいが、バス業界では、もともと路線バスの利用者が大きく減少を続けていて、それにコロナ禍による利用者の激減がとどめを刺す形となり、給与を引き上げる余裕がないのが現実である。
こうして、2024年4月1日の前後に、人手不足を理由に、各地で大規模に路線バスの廃止・減便が行われ、連日のようにマスコミが報じた。
需要の減少による経営の悪化で、労働条件が悪化し、バス運転士を就職先に選ぶ若者が減少し、人手不足から過剰労働となっていった。その過剰労働をなくすために制度を見直したら、さらに運転士不足が拡大し、路線の廃止や減便をしなければならないという、負の連鎖反応が進んでしまったのである。
路線廃止・減便で、労働条件が緩和されても減収・減益となり、賃金の引き上げの原資が不足し、結果として若手にとって魅力を感じない業界であるのは変わらないということになりかねない。
バスの運転免許
運転免許(第一種)は、道路交通法での大型、中型、普通に対応し、大型免許の保有者は、大型、中型、普通自動車の運転ができ、中型免許の場合は中型、普通自動車の運転ができる。
さらに旅客運送事業については旅客を運送するため、第二種運転免許が必要である。年齢が21歳以上で、すでに大型免許、中型免許、準中型免許、普通免許、大型特殊免許のいずれかを所持し、その保有期間が通算3年以上必要である(その後規制緩和。後述)。
なお自治体が保有する白ナンバーの自動車で有償運行を行う場合などでは、第二種運転免許所持を基本としているが、実情に応じて第一種免許でも可能である。その場合、過去2年以内に免許の効力を停止されていないこと、国土交通大臣が認定した講習実施機関で講習を受講することが求められる。
運転士不足への対処として、自治体が若手の雇用に対して補助金を支出する例も増えている。ただ、たいていは採用時の1回限りで、どれだけの効果が上がるのか、まだ未知数である。
また、政府もバス業界の要望を受けて「道路交通法の一部を改正する法律案」を2020年(令和2年)6月に成立させ、2022年5月に施行した。これにより大型二種免許取得要件を緩和し、年齢要件を19歳以上に、普通免許取得後の経験年数を1年以上に引き下げた。
2023年3月、自民党バス議連は、「令和6年4月からの残業時間上限規制も加わり、いっそう深刻化するバス運転者不足対策として、外国人労働者受け入れに係る特定技能制度を見直し、バス事業に外国人労働者を活用できるよう制度見直しを講じること。その際に、各国出身の外国人による大型二種免許の取得が円滑に行われるよう措置をすること」と決議した。2025年2月には両備グループで全国初の外国人運転士が採用された。
※本稿は、『日本のバス問題-高度成長期の隆盛から経営破綻、再生の時代へ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。