SNSでバズるのは良いことばかりではない。広く注目を集めるのは間違いないが、返ってくる反応はさまざまだ。その対応で心身ともに疲弊させられ、SNSから距離を置きたくなるものだろう。だが、それを「仕事」として命じられるとどうなるか。ライターの宮添優氏が、経営陣の命令でSNSへ動画投稿させられた従業員たちについてレポートする。
【写真】「普通の物件紹介ではダメ」と幹部から指示されたという
* * *「営業マンが面白おかしく、まるで漫才のようなやり取りを展開しながら車を紹介していくんです。確かに面白いし、再生回数も上がっている」
関東南部某県の自動車ディーラーで働く男性は、県内にある系列のディーラーがSNSで発信する映像を見ながら、思わずため息をついた。男性のスマホには、ピカピカの新車の前で、スーツ姿でダンス(のような動き)をする中年男性が映し出されていた。
「系列店の幹部なんですが、下手なダンスをしたり、車の仕様について”ここがダメ”など、普通の営業マンが言わないような尖った物言いで、ある映像などは100万回近く再生されています。面白い、紹介されていた車を買いたい、そんなコメントであふれており、親会社からは、他店でも積極的にSNSで情報発信をするようお達しがありました」(自動車ディーラーの男性)
モノを売るにしろ、人を呼ぶにしろ、今やSNSでの情報発信は当たり前だ。閑古鳥が鳴いていたような店でも、SNSがきっかけでバズれば売り上げは一気に伸び、人も集まる。ただし、やり方を間違えば、それは痛々しいだけで、売り上げが下がり、SNS発信を強要された従業員たちの士気は下がる。ディーラーで働く男性の店舗がまさに、今そうした状況に陥っているのだ。
「親会社からSNS発信の命令がありました。当然、給与査定にも響きますから、我々も早速、社内の若いメンバーを集めて短い動画をSNSで発信しました。しかし、再生数は数百回程度、コメントには説明が下手、ブス、など、出演した女性社員への誹謗中傷まで書き込まれました。我々から見たら、例の男性幹部の映像よりもずいぶんまともだと思いましたが。女性社員は、こんなの仕事ではない、恥ずかしいと言ってその後退社してしまった」(自動車ディーラーの男性)
親会社といっても、トヨタ、ホンダなどのメーカーから直接SNS発信を命じられているわけではない。地元の古い企業が県内でいくつかのディーラーを運営しているため、メーカーの意向よりも、運営元の販売会社の方針が優先されるという関係性。だから、SNS発信は絶対に拒否できるものではないというが、現場には不満が渦巻いている。
「男性幹部の店舗でさえ、SNSの動画再生数が伸びても、営業成績は変わらない。むしろうちより悪い。例えば、九州の方が映像を見て車が欲しくなっても、うちの店舗で購入されることはありませんよね。とにかく、猫も杓子もSNSだ、という空気すらありますが、本当にそれでいいのか。本質的に間違っていないかと思うんですよね」(自動車ディーラーの男性)
SNSでバズれと幹部が現場へ無茶振りをする。「モノを売る」業界の一部で、こうした傾向が強いのかもしれない。千葉県内の住宅販売会社に勤務する女性も、会社が強要するSNS発信をめぐり、苦痛の日々を過ごしたと訴える。
「今までは時間がかかっていたお客様への説明や、内見のご案内など、SNSを使えば劇的に楽にできるようになったのは事実です。ただ、同業者が同じようなことをやりだすから、差を出そう、目立とうとして、おかしな方向に進んでしまいます」(不動産会社勤務の女性)
女性の勤務先のSNSアカウントで新築のきれいな戸建てを紹介していたのは、上半身がビキニ、下半身は切りっぱなしデニムのショートパンツ姿の女性だった。
「社長の意向で、若い社員が水着で物件を紹介するんです。若い女性が、そして肌の露出が高ければ再生数がかなり伸びると。私を含めた多くの女性社員が、問答無用で撮影され”なんか面白いことやって”なんて無茶振りされる」(不動産会社勤務の女性)
当初は、男性課長など、それなりの役職についていた社員が動画に出演していたが、まったく再生数が伸びなかった。ライバル他社に絶対に負けられない、ということで若い女性社員に白羽の矢が立ち、水着着用での出演を求められた。もちろん嫌だったが、その会社で仕事を続けるには社長に逆らえず、促されるまま収録、公開となった。だが、社長が期待していたものとは正反対の反応がかえってきた。
「私たちの映像に早速コメントが付きました。こんなふざけた店で家なんか買えない、水着の女がふらふらした後の家なんか住みたくない、というものです。私も本当にそう思いますが、社長も、男性幹部も、注目されるにはこれくらいやらないと、と言うばかりでした」(不動産会社勤務の女性)
動画についたコメントはほぼ全てが批判であり、マイナスの反響が大きかったこと、のちに出演女性が退職したこともあり、動画は現在、削除されて見られなくなっている。
携帯電話やSNSがなかったころのカーディーラーといえば、事あるごとに顧客宅へ出向き車の調子はどうか聞いて回ったり、新車のカタログを手に、玄関先で何時間も営業することが当たり前だった。不動産業者も同様に、かつての営業スタイルといえば、電話をかけまくったり、物件情報を記した大きな看板を持った「サンドイッチマン」ともいわれるスタイルで、炎天下の通りにたたずんでいなければならなかった。各業界のベテラン勢からは「SNS営業で以前よりも仕事が楽になっている」という声が聞こえてくる。だが、目的が迷子になっているようなSNS活用は、情報を受け取る人も、発信する人も不幸にしてしまうのだ。