またもや“迷惑行為”に巻き込まれてしまった「くら寿司」(画像:X「無添くら寿司【公式】」アカウントより)
【写真】くら寿司が出した「厳しい声明」
この1週間、回転寿司チェーンの「くら寿司」をめぐるさまざまなニュースがネット上に飛び交いました。
まず報じられたのは、大阪・関西万博店に関するポジティブなニュース。同店は開幕後から予約殺到している様子がたびたび報じられていましたが、閉幕を前に累計来店者数が30万人を突破したことが明かされました。
さらにくら寿司は、同店で提供していた世界70カ国・地域の料理を再現したメニューを、閉幕後も全国の店舗で販売する方向だと発表。「閉幕後も万博のレガシーを生かす」という企業方針に称賛の声があがりました。
しかし、好事魔多し。山形県の店舗で来店客がレーン上の寿司を素手でさわり、しょうゆ差しから直接飲んだあげく、その様子を撮影し、SNS投稿したことが発覚しました。
同社はすぐに店舗を特定して、商品をすべて入れ替え、消毒などを徹底。そのうえで、「実行者についてはすでに特定しており、地元警察に相談しながら対応を進めてまいります」「多くのお客さまにご利用いただく飲食店として、許される行為ではなく、厳正な対応をしていく予定です」などのコメントを発表しました。
この報道を受けてネット上には、当事者への批判が殺到。名前、顔、住所、学校名などの個人情報が特定され、サンドバッグのように叩かれるという状態が続いています。
象徴的なのは、ただ叩かれているだけでなく、「まだこんな事をしている人がいるんだ」「なぜやめられなかったのか理解できない」「何が楽しいのかわからない」などと戸惑い、あきれるような声の多さ。
これまで不適切行為のSNS投稿は何度となく報じられ、なかでも2023年に発生した同じ回転寿司チェーン「スシロー」の騒動が記憶に新しいだけに、理解不能なのでしょう。
なぜ当事者の女性は寿司をさわり、醤油を飲むなどの行為に至り、ネット上にアップしたのか。また、彼女の名前や住所などをさらす行為が続出したのは、単に懲罰感情からなのか。くら寿司の対応は過去のケースを踏まえた適切なものだったのか。再発防止のためにどんな策が考えられるのか。
今回の騒動に限らず、繰り返される飲食店における不適切行為とSNS投稿の本質を掘り下げていきます。
「許される行為ではない」と厳しい文面を発表したくら寿司(画像:同社公式サイトより)
まず、なぜ女性は寿司をさわり、醤油を飲むなどの行為に至り、ネット上にアップしたのか。
報じられている記事を見れば、当事者が女子高校生であることは間違いないでしょう。
「高校生の無責任ないたずら」「あまり意味はないのだろう」という声があがっていたように、「ちょっと悪いことをしたかった」「悪いことを友だち間で共有してスリルを味わいたい」などの気軽な気持ちだったのかもしれません。
特に学生時代は仲間うちで盛り上がることだけを考えやすく、なかには何らかの共犯者となることでゆがんだ絆を確認しようとする人もいます。これは裏を返せば、それ以外の大した理由がないから、考えが「その先に何が起こりうるか」というリスクにおよばないのでしょう。
「本当にその不適切行為をやりたいのか」「本当にそれをすれば友人との絆が深まるのか」を考えない人だから、「監視カメラに撮られているのでは?」「誰かに目撃されて警察に突き出されるかもしれない」などと考えることもない。
ましてや、「対応に追われた企業から損害賠償を求められるかもしれない」「誰かの職を奪ってしまうかもしれない」などと思うこともないのでしょう。
そもそもSNS投稿も、「身内だけだからいいかな」「一定期間で消えるインスタのストーリーズなら大丈夫」という程度の意識だったニュアンスがうかがえました。
さらに、若年層が不適切行為とSNS投稿をしてしまう背景としてあげざるをえないのは、狭く偏った日常の行動パターン。
この数年間、不適切行為とSNS投稿がどんな事態を招いてきたのか。日ごろ友人間の狭いコミュニティでSNSを使い、ネット上で好きなものばかりを見るため、「ほとんどニュースは見ない」という人も少なくないようです。
もし知っていたとしても、「ちょっと炎上しただけ」という認識では抑止効果につながらないでしょう。これらは若年層に限った話ではありませんが、年々アップデートされていく社会常識やモラルを学ぶ機会の個人差を感じさせられます。
いずれにしても重要なのは、「あんなに叩かれたのだから、さすがにもうやる人はいないだろう」という楽観論での再発予防は難しいこと。詳細は後述しますが、いくつかの角度から一歩踏み込んだ対策が必要でしょう。
次に、彼女の名前や住所などをさらす行為が続出するのは、単に懲罰感情からなのか。
不適切行為の内容を見れば、「こんなに悪いことをした人には罰を与えるべき」という感情が芽生えるのは当然でしょう。
特に自分も利用する飲食チェーン、ひいては飲食店における信頼性が揺らぎかねない、今回のような行為への嫌悪感は大きく、自分の生活空間が汚されるような感覚の人がいるかもしれません。
ただ、「名前や住所などをさらす」こともまた不適切行為の1つ。どんな理由があったとしても「第三者が個人のプライバシーをさらし、怒りの感情を集めて追い込む」という行為がまかり通る世の中は不穏でしかありません。
「もし知らない人が自分の個人情報をネット上にさらしたら……」と考えると怖いように、生きづらい社会を作っているように見えてしまいます。
ネット上で「さらし行為」「特定行為」を行っている3人に話を聞いたことがありますが、彼らの主な言い分は「被害者保護の観点から罰が不十分」「企業も結局、示談などの生ぬるい対応ばかり」「だからネット上での“私刑”が必要」。
正論のように聞こえますが、だからといって利害関係の薄い第三者が罰の程度を決めることに危うさを感じてしまいます。
彼らは「これくらいの罰は当然」という口ぶりでしたが、一方で名前や顔を特定した当事者からプライバシー侵害や名誉毀損などで訴えられるリスクには考えがおよんでいませんでした。さらに自分の感覚で“特定”しているため、真偽のあやしいものが含まれ、やはり訴えられるリスクを感じさせられます。
さらに「あまり理由がなくゲーム感覚で行っているだけ」「ネット上が盛り上がって、悪い人が落ちていくのを見てストレス解消している」という声もありました。
今回の騒動でも、「当事者の実家とみなされたグーグルマップ上のスポット名が改ざんされる」という行為がありましたが、これは行きすぎた悪ふざけでしかないでしょう。
こちらも、くら寿司での出来事に匹敵する不適切行為であり、改ざんされた当事者から訴えられるリスクだけでなく、グーグルからの利用停止などの措置も考えられます。
さらし行為や特定行為をする人々が「自分も罰を受けるかもしれない不適切行為をしている」ことに気づいていないところが、今回の騒動で最も闇深いのかもしれません。
では、くら寿司の対応は過去のケースを踏まえた適切なものだったのか。
飲食チェーンは今回のような事態に直面したとき、危機管理に対するスタンスをあらためて印象付けておきたいところ。
くら寿司で言えば、これまで不適切行為を予防するために「抗菌寿司カバー」や「新AIカメラシステム」などを導入していただけに、それをあらためてアピールしておきたいところでした。
ただ、「時間とコストをかけた対策をしても、結局また不適切行為が発生してしまった」という重い事実からは逃れられません。すぐに新たな対策を施すのは難しいだけに、警察への通報はもちろん、損害賠償請求などの責任を追及する姿勢を明確に示しておきたいところでしょう。
そもそも飲食チェーンは「企業やブランドのイメージを守るためにひっそりと穏便に解決をはかる」という対応が目立ちますが、時に厳罰を求める姿勢も見せたいところ。それが企業やブランドを守るとともに、飲食業界全般の安心感につながるだけに、今後の対応も都度伝えていく姿勢が求められます。
しかしそれでも不適切行為における企業側の予防策には限界があり、そろそろ社会的な取り組みが必要でしょう。では、不適切行為の実現可能な予防策としてどんなものが考えられるのか。
くら寿司での不適切行為と言えば、今年3月にも都内の店舗で「10代の少年が皿の投入口に避妊具を置いた画像をSNSに投稿して書類送検される」という事態が発生したばかりでした。
やはり社会経験が少なく、物事の判断基準などに不安のある若年層のリスクは高いだけに、社会全体がそのリスクをしっかり伝えていきたいところ。
前述したように、若年層は仲間との狭いグループで行動することが多く、好きなものを選んで情報入手する傾向が強いだけに、彼らが利用するSNSやリーチする情報に、不適切行為のリスクや顛末をアップするなどの対策が望まれます。
この先、スマホを保有する子どもが増えることはあっても減ることは考えにくいため、これまで以上のITのリテラシー教育が求められているのは間違いありません。
「多額の損害賠償を求められた」「デジタルタトゥーで進学・就職や恋愛・結婚などがうまくいかない」「ネットの誹謗中傷に悩まされ、名前や住所が特定されて人生が変わってしまった」などの具体的なリスクを扱った啓発動画を作り、目にふれられるようにしたいところです。
近年、各業界団体や各企業がITリテラシー研修などを行い、不適切行為の予防に努めていますが、社会全体で見ればまだまだ不十分。特にSNSの使用に関しては、自治体、学校、家庭などでの定期的かつ段階的な教育が欠かせないでしょう。
禁止されるほどやりたくなる“カリギュラ効果”という心理現象があり、これが若年層の不適切行為につながりやすいところがあります。だからこそ、「誰かに禁止されるのではなく、自分でありえないと思わせる」ところまでの環境作りが必要ではないでしょうか。
そしてもう1つ大切な予防策としてあげておきたいのは、各種メディアの責任を持った続報。怒りの感情を集めやすい不適切行為に関する報道は、視聴率・部数・PVなどの数字が上がるため、各社が大々的に報じる傾向があります。
しかし、当事者の顛末、企業の各段階における対応、訴訟の結果、その後の人生などが報じられるケースはほとんどありません。メディアには「不適切行為を扱うからには最後まで報じる」というモラルが求められ、それを見る私たちは監視していくべきでしょう。
最後に、日ごろさまざまな悩み相談を受けているコンサルタントとして、ここまで読んでくれたみなさんに伝えたいのは、厳しさと優しさのバランス。今回のケースで言えば、当事者の高校生は家族とともに罪を償うことになり、長期にわたって厳しい視線が注がれるでしょう。
ただ、まだ若く未熟な当事者を厳しく突き放すだけで立ち直らせることは難しく、変化が見られたら優しく受け入れることも必要ではないでしょうか。
「他人を厳しい目で見る人ほど、自分の言動が抑制的で窮屈なものになりやすい」という弊害もあるだけに、反省した姿が見られたら優しい言葉をかけてもいいように思います。
不適切行為とSNS投稿が報じられると、必ずと言っていいほど「完全に人生を棒に振った」というニュアンスのコメントが多数見られますが、第三者が貼るレッテルとしては行きすぎの感があり、そもそも他人が決められることではないでしょう。
厳しさばかりで優しさを感じづらい社会は、まさに一寸先は闇。自分や身近な人々、会社や学校などが常にリスクを抱える苦しい毎日になってしまうだけに、1人ひとりが厳しさと優しさを併せ持つ社会でありたいところです。
(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)