「テレビだったか新聞だったか忘れましたが、そのニュースを見たときはがくぜんとしました。コロナワクチンが年内に終了するなんて」
と、奈良市在住の50代の主婦は憤る。彼女が接したニュースとは、厚生労働省が10月6日に掲載したこのリーフレットに対するものである。
《初回接種(1・2回目接種)がまだお済みでない方へ》と題するこの文書にはこうある。
彼女は腎臓機能の低下から、主治医より「すぐにワクチンを打たず、しばらく様子を見てからにしては」とアドバイスを受け、今までワクチン接種を見送っていた。それが突然の「年内終了」予告である。しかも1・2回目接種を受けていないと、オミクロン株対応ワクチンも打てない。
「持病があるので、1回目を打ったあとに健康な人のようにすぐ2回目が打てるかわかりません。たぶん年内にワクチンを2回打つのは無理でしょう。そうなると、私のような者は未来永劫(えいごう)、ワクチンが打てないのでしょうか」
このリーフレットを読んだ彼女の戸惑いはもっともだろう。
しかも彼女のような立場の国民は珍しくない。首相官邸が発表しているワクチン接種回数別の内訳を見ると、「2回接種完了者」は80.4%に過ぎない。つまり接種対象者うち5人にひとりが接種をしていない(2022年11月25日現在)。
いったいどういうことなのか、厚労省健康局予防接種担当参事官室の担当者に取材すると、次のようなことがわかった。
まず「ワクチンの国からの供給が年内」とはどういうことなのか。
「これは国からの供給が年内で終了することだけをお示ししたものであり、年明けでも在庫があれば、ワクチンを打つことはできます」
どういうことか理解するために、ワクチンが私たち国民の元に届けられる仕組みを簡単に説明する。
今回、「年内で終了」と通知されたのは△涼奮のものである。そして担当者が「在庫」と呼んでいるものは、すでに国から各都道府県に渡された、いわば「市中在庫」を指す。
「『年内で終了』となったのは、国と製薬会社との契約等の事情からです。しかし各自治体での在庫は十分にあり、それがいきなり無くなるとは想定されていません」(担当者)
では、1・2回目のワクチンを接種していないとオミクロン株対応2価ワクチンが打てないとは、どういうことだろうか。これはリーフレットに説明が書いてあった。
つまり1・2回接種をした人を前提に、開発されたワクチンなのだ。
とすると、冒頭の主婦のように健康面に不安が残る人は、たとえば年内に1回目を打って体調面の経過を観察しつつ、2回目を年明けに打てばいいのかだろうか。しかし、もしオミクロン株対応ワクチンを打ちたければ、やはり年内に1・2回目接種を完了させておく必要がある。
「なぜなら、ワクチンの接種間隔の問題があるからです」
と指摘するのは、この「年内終了」問題をYahoo!個人ニュースで早くから指摘していた、呼吸器内科医の倉原優医師だ。
ワクチンの接種間隔とは、接種と接種の間に時間を置くことである。1回目と2回目の間は、ワクチンの種類によって違うが、18日間~27日間と定められている。そして2回目とオミクロン株対応ワクチンまでの接種間隔は3カ月と定められている。
では1月に2回目を終了して、4月にオミクロン株対応ワクチンを打てばいいのだろうか。実は現時点ではそれもできない。
現在の新型コロナウイルス対策ワクチンは、「特例臨時接種」という政策的枠組みの下に運用されている。その制度が年度末(2023年3月末)で終了予定だからである(2022年11月28日現在)。
「3月末までにオミクロン株対応ワクチンを打つためには、やはり年内に1・2回目接種を完了しておく必要があります。でも性急な感はやはりありますよね。国には『特例臨時接種』の実施期間の延長か、なんらかの救済策の発表を年内に期待したいところです」(倉原医師)
さらに気になるのは、6カ月から11歳までの、いわば「子ども用ワクチン」接種だ。これも年内に供給が終了するのか担当者に確認すると、
「今回対象にしているのはオミクロン株対応2価ワクチン接種を希望する方のみで、そもそも子どもはオミクロン株対応2価ワクチン接種の対象になっていません。なので年内に供給を終了することはありません」
では11歳のときに「子ども用ワクチン」を接種して、2回目を打つ前に年を越して12歳の誕生日を迎えた子どもはどうなるのか。リーフレットのままだと、12歳以上のワクチンは年内に供給を終了しているので、打てないことになる。
「それも、年内に国から各都道府県への供給が終了するだけなので、各都道府県にある在庫で十分まかなえると考えられます」(担当者)
いずれにしろ、新型コロナウイルスに対するワクチン接種の枠組みである「特例臨時接種」の実施期間は、このままだと年度末に終了する。その先がどうなるのかわからない。「特例臨時接種」は今年9月末に一度延長されて、年度末まで延びた経緯がある。再延長があるかは「これからの感染状況、重篤性などを勘案していく必要があります」(担当者)という。
ワクチン接種の制度はわれわれ国民からすると複雑だ。そもそもこれから新型コロナウイルスの感染がどうなっていくのかもわからない。冒頭の主婦のように個別に抱える事情も違う。
ワクチンについて疑問があれば、とにかく地元自治体に問い合わせよう。自分の身は自分で守るしかないのだ。
———-神田 憲行(かんだ・のりゆき)ノンフィクションライター1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。共著に『横浜vs.PL学園』(朝日新聞出版社)、主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』(講談社)、『「謎」の進学校 麻布の教え』(集英社)、『一門』(朝日新聞出版社)など。———-
(ノンフィクションライター 神田 憲行)