軽トラで海に突き落とし、雪の上にうつぶせにさせて除雪機で…青森轢き殺し事件の裁判でわかった被告の「凄惨すぎる手口」と判決で一蹴された釈明

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

岸壁から軽トラックごと男性を海に落として殺害しようとしたのち、除雪機で男性を下敷きにして殺害した大橋一輝被告(37)の裁判員裁判判決公判が5月22日、青森地裁で開かれ、蔵本匡成裁判長は求刑通りの懲役30年を言い渡した。男は男性を殺害したのちも、仕事相手から金を騙し取り、放火を繰り返していた。
【写真】大橋被告が住んでいたアパート。殺人のみならず放火、詐欺罪など犯した残酷な手口の全容とは
青森地裁が認定したところによれば、青森県七戸町で中古重機の売買業を営んでいた大橋一輝被告は、知人の工藤勝則さん(64=当時)を事故に見せかけ殺害することをもくろみ、2020年9月23日に自宅から50キロほど離れた八戸市の漁港に工藤さんを連れていき、自分の運転する軽トラックもろとも岸壁から海中に転落させ、工藤さんを殺害しようとした。
幸いにして、工藤さんは海に沈む軽トラックから自力で脱出し、一命をとりとめる。ところが大橋被告は、諦めなかったようだ。この“事故に見せかけた殺人未遂”から3か月後の同年12月23日、被告は七戸町の実家に呼び出した工藤さんを、雪面にうつぶせにさせ、約414キロの除雪機で轢き、翌2021年1月に低酸素脳症で死亡させた。
裁判員裁判で大橋被告が罪に問われていたのは、工藤さんに対する軽トラックを用いた殺人未遂、除雪機による殺人だけではない。大橋被告は工藤さんを殺害後も、複数の仕事相手に架空の取引を持ちかけ、合計約933万円もの金を騙し取ったという4件の詐欺のほか、その仕事相手や自身に関わりのある場所に、7日間のうち5回も火を放ったとして、現住建造物等放火、同未遂、非現住建造物等放火、器物損壊にも問われていた。うち現住建造物等放火においては取引相手の家が全焼したが、その後、あろうことか再び同じ場所に放火し、ブルーシートを燃やしている。
大橋被告は今年2月16日の初公判において詐欺罪のみは認めたが、他については否認していた。軽トラックを海中に転落させた殺人未遂は「殺意はありません」、除雪機の下敷きにした殺人については「その場にいなかった」と主張。さらに一連の放火、器物損壊についても「火をつけていない」と自身が犯人ではないとの主張を繰り広げていたが、判決でそれらの主張は一切認められず、全ての犯行が大橋被告によるものと認定された。
工藤さんの殺人未遂、殺人、そして一連の放火と詐欺には全て、大橋被告に起因した“重機売買トラブル”が絡んでいた。まず大橋被告は工藤さんから、10台の重機の売却を頼まれていたが、この売却代金を支払わず、着服していた。加えて工藤さんの勤務していた会社所有の重機を無断で売却してしまい、その売上金も費消していた。こうした被害を被った工藤さんは大橋被告にたびたび、売却代金の支払いや、重機の引き渡しを求めていた。だが大橋被告は着服や重機の無断売却を工藤さんに伝えず、納品や支払いの約束をしては、嘘をつきその日時を先延ばしにしていた。そして工藤さんと約束していた「重機の引き渡し日」だった2020年9月23日、八戸漁港での軽トラックによる殺人未遂事件が起こる。
「この日の正午前に被害者に電話をかけ、重機を引き渡すと告げ、被害者を軽トラックに乗せ、八戸漁港の岸壁に連れて行った」(判決より)という大橋被告は、途中で軽トラックの後輪ブレーキホースを切断し、そして別の車で同行していた妹に自分のスマホや財布を渡し、工藤さんを助手席に乗せ、軽トラックもろとも海中に転落させ、素早く脱出したという。
公判で被告はこの時のことを「工藤さんに本当のことを伝えて謝罪しようと思った。家に呼ぼうかと考えたが落ち着いて話せない。車の移動中に話そう」と思って八戸漁港まで工藤さんを連れて行ったと語っていたが、判決では「謝罪は七戸町から遠方の八戸漁港まで行かなくともできる」と一蹴されていた。
なんとか車から脱出し、一命を取り留めた工藤さんは、その後周囲に「殺されるかも」と不安を漏らしながら、大橋被告に対し、重機売却代金の支払いや重機の引き渡しを求め続けていたが、殺人未遂から3か月後に、大橋被告の実家敷地内で除雪機に轢かれている。
大橋被告は「前日に工藤さんから電話があって、『実家の除雪に使いたいから除雪機を貸してほしい』と言われた」と、事件当日に工藤さんが被告の実家を訪れた理由を説明していたが、工藤さんの兄は「自分が朝にトラクターで除雪している。当日はすでに除雪を終わらせており、弟が実家に行くとも聞いていなかった」など証言。判決では「被告の主張は信用できない。当日、工藤さんが除雪機を操作する必要もなかった」として、事故であるという大橋被告の主張を認めず、「工藤さんをうつ伏せにさせて除雪機を乗り上げ圧迫、死亡させた」のは大橋被告であると認定した。
その後に起きた4件の詐欺や複数の放火についても、大橋被告は被害者らに、納品見込みのない重機の買取を持ちかけ、金を騙し取っていたことが原因だった。被害者らはたびたび、自分たちが金を払った重機の納品日がいつになるかと大橋被告に問い合わせていた。ところが納品の見込みがないため、そのたびに大橋被告は嘘をつき、納品日を先延ばしにしていく。
「実家に雷が落ちて、火事になった。重機の引換券が燃えて納品できない」
約束の日になると、こんな荒唐無稽な嘘までつくようになった大橋被告は、次第にその嘘を“本当”にするようになった。2人の詐欺の被害者の家にそれぞれ火が放たれ、1軒は全焼した。別の被害者は敷地内の物置小屋が燃やされた。さらに大橋被告が当時妻子と住んでいたアパートの別部屋までボヤ騒ぎが起こる。大橋被告はそのたび、火事を理由に約束を先延ばしにしていた。
これらは全て大橋被告による放火であると判決で認定されている。証拠となっているスマホの位置情報からは、火事の起きた日時に、大橋被告が必ず火事現場にとどまっていることが分かっている。大橋被告はこれについても、殺害した工藤さんに対する弁解と同じように「謝るために相手の家に行こうとしていた」と被告人質問で証言していた。
「叩かれても怒られても、自分がやったことだし、直接会って話さないと、と考えてました。でも電話はできなかったので、車で家に向かっていました。電話で怒られるなら、直接怒られたほうがいいと思ったからです。
でも自宅近くまで行って……自分によくしてくれた人に対して、素直に、正直なことを言うことができず、うやむやにしようか、どうしたらいいんだろうー、と、ぐるぐると家の周りを走りながらどうやって伝えたらいいんだろうと考えて、結局家に行けず、謝ることもできず、家に帰りました」(被告人質問での証言)
このように全ての火事は“自分が謝るために相手の家に行ったが、謝れずぐるぐると車で回って帰宅した日に、偶然起こった”という摩訶不思議な主張を繰り広げたのだった。しかし判決では「嘘をついて取引相手に納品を強く求められて追い詰められた被告人が、不正発覚を防ぐために約束の前日や当日に相手や被告人の建物に放火した」と認定された。
工藤さんの殺人未遂や殺人についても「金銭に窮して自ら不正を働き、発覚を防ぐため嘘をつくなど不誠実な態度をとり、あげく、命を犠牲にして保身に走った。極めて身勝手で酌量の余地はなく人命軽視の態度は甚だしい。落ち度のない被害者の命を二度、危険に晒し、命を奪った責任は重大」(判決より)と厳しく断じられ、一連の事件について、求刑通りの懲役30年が言い渡されている。
大橋被告はこの青森地裁の一審判決を不服として控訴した。
◆取材・文/高橋ユキ(フリーライター)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。