海外の研究で「肩こり」の根本原因が明らかに 「自分で治す方法」を専門家が解説

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スマホでの情報チェックが欠かせず、ついつい姿勢が悪くなってしまう。そんな人々にとって、肩こりや首痛は避けて通るのが難しい「現代病」といえよう。だが、根本原因を理解した上で対策を取れば、自分でも治せるという。専門家が肩こり解消法を伝授する。【金岡恒治/早稲田大学スポーツ科学学術院教授】
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【写真を見る】マッサージは根本的な解決にはならない
肩こりがひどくて仕事に集中できない。首がこり過ぎて頭痛がする――。
こうしたつらさに耐えられず、マッサージを受けたり、整形外科に行って炎症を抑える消炎鎮痛薬や、筋肉の緊張を緩めて血流を改善させる筋弛緩薬をもらったりしている人は少なくないと思います。
もちろん、その時表われている痛みやこりを緩和するのも大切なことではあります。しかし、それは残念ながら対症療法に過ぎず、肩こりや首の痛みといった症状の根本的解決にはなりません。
では、根本的解決のカギはどこにあるのでしょうか。近年、オーストラリアでの研究などから、いわゆる肩こりの正体が明らかになっています。なぜ、肩や首のこり、痛み、しびれが発生するのか。それは「頸長筋(けいちょうきん)の機能不全」が起きているからなのです。
〈こう解説する早稲田大学スポーツ科学学術院の金岡恒治教授は、2012年のロンドン五輪の際にJOC(日本オリンピック委員会)本部ドクターを務めた名スポーツドクターとして知られる。
大学病院で手術を行ってきた脊椎外科医でもある金岡教授が、現代日本人の国民病ともいえる肩こりの解決法を指南する。〉
初めに、「肩こりとは何か」について説明したいと思います。
実は英語には、「ネックペイン」あるいは「ショルダーペイン」という言葉はあるものの、「肩こり」に該当する言葉は存在しません。ですから、アメリカ人は「首が痛い」「肩が痛い」と感じることはあっても、それを「肩がこった」と認識することはありません。
一方、日本では「肩の辺りの不快感」を総じて「肩こり」と呼ぶことになったために、肩こりは医学的に考えると極めて曖昧で広範な症状を指すことになり、その結果、爆発的に「肩こり患者」が増えました。
実際、厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、病気やけがなどの自覚症状を訴える人の割合の高さで、男女ともに腰痛と肩こりが「ツートップ」を占める傾向にあります。ちなみに、初めて肩こりという言葉を使ったのは夏目漱石だといわれています。
このように、肩こりは日本独特の症状といえるわけですが、いずれにしても肩がこったり、首が痛くなったりして整形外科に駆け込むと、レントゲンを撮って、「首の彎曲(わんきょく)に異常が見られます。これが原因でしょう」「頸椎に異常がある変形性頚椎症ですね。だから肩こりがひどいんです」「頸椎椎間板ヘルニアでしょう。首の痛みはそのせいです」などと診断されることがあります。
しかし、これは必ずしも「正しい診断」とは言えません。なぜなら、椎間板が潰れたりする変化は、程度の差こそあれ、加齢に伴い誰にでも起きることだからです。そして変形が見られても、痛みやこりが出る人もいれば、出ない人もいる。つまり椎間板の変形などは、首周辺に負荷が加わったことのひとつの「結果」に過ぎず、こりや痛みの「原因」とは言い切れないのです。その証拠に、レントゲンを撮っても異常は見られないのに、肩こりがひどいという人もいます。
このような椎間板の変形などの「結果」をもたらす根本的にして唯一の「原因」、それこそが頸長筋の機能不全なのです。
頸椎は背骨の一部である首の骨ですが、この頸椎を支えているインナーマッスル(深層筋)が頸長筋です。頸椎にじかに付着している、首の前側にある筋肉で、上の「C1」から下の「C7」まで7個の頸椎をひとつひとつつないでいます。この頸長筋の働きによって首は滑らかに動くことができるのです。
そして、人間の体はまずインナーマッスル、次にアウターマッスル(表層筋)という順番で働くようにできており、このインナーマッスルとアウターマッスルが協働することによって、首の場合であれば、頸椎への負荷を少なくすることも可能となるのです。
しかし、パソコンを使ってのデスクワークや、スマートフォンを見る時に、前屈みでのぞき込むような姿勢を取ることが多い現代人は、頸長筋を働かせていないケースが非常に多い。すると、とりわけ頸椎のC5、C6に大きな負担が掛かり、椎間板がすり減ったり、椎間関節の軟骨が損傷したりしてしまいます。
また、インナーマッスルがうまく働いていないために、首から背中にかけて広がっているアウターマッスルである僧帽筋の上部などに過重な負担が掛かります。
つまり、頸長筋がうまく機能しないことによって起きる骨や関節への負担とアウターマッスルの損傷、これこそが肩のこりや首の痛みの正体なのです。
そもそも、肩こりは人類の宿命ともいえる側面を持っています。
二足歩行を始めた人間は、体重の約8~10%を占める頭を頸椎のみで支えることになりました。体重60キロの人であれば頭の重さは5~6キロで、ボウリングの球の重さと同じくらいになります。これほど重いものを頸椎は「一本柱」として支えているのです。
同時に、二足歩行を始めたため、人間の肩には2本の腕がぶら下がることになりました。1本の腕の重さは頭と同程度で、やはり体重60キロの人なら5~6キロになります。それが2本、肩にぶら下がっている。
こうした構造上、人間の肩や首は常に大きな負荷を受けることになり、二足歩行によるメリットを享受するのと引き換えに、人間は肩や首に痛みが生じやすいという最大の弱点を抱えることになってしまったのです。
「インナーマッスル→アウターマッスル」という順番での協働によってこの弱点を補い、かつ首のしなやかな動きが可能になっているわけですが、頸長筋をうまく働かせられないことで協働が崩れ、方々にこりや痛みが生じてしまう。
つまり、頸長筋を再びアクティベイト(活性化)させない限り、マッサージや注射によって、いま感じている不快感を一時的に解消できたとしても、肩こりの根本的解決にはならないわけです。そして痛みの解消という「その場しのぎ」ばかりを続けることで、逆に症状の慢性化、重症化、難治化を招いてしまうこともあるのです。
さて突然ですが、ニワトリの胴体部分を持って揺するとどうなるか知っていますか? どれだけ動かしても、頭は空間上の一点にとどまり動きません。あたかも頭が固定されているかのようです。ハトも、首を突き出しては引っ込め、また突き出しては引っ込めという独特の歩き方をしていますが、あの動きも頭の位置を一定にキープするためのものです。人間も、バイクに乗って急カーブを曲がると体は大きく傾くものの、頭は地面と水平を保とうとします。
いずれも、頭がいちいちぐらぐらと揺れてしまったら、空間認識や平衡感覚が保てなくなるので、それを防ぐための機能だと考えられます。こうした絶妙なバランスを保つことを可能にしているのが、首をしなやかに動かす働きをしている頸長筋です。アウターマッスルは首なら首、腕なら腕を力強く、そして速く大きく動かすことには長けています。しかし、頭の位置を保つような細かく、精密な動きはアウターマッスルだけでは無理で、インナーマッスルをしっかりと働かせなければなりません。
このように極めて重要な役割を担っている頸長筋を、先ほど説明した通りスマホを見たり、パソコンを使ったりしている時に、私たちはうまく働かせることができていません。それでは、どうすれば頸長筋をアクティベイトできるのでしょうか。そこで私がお勧めしているのが「水平あご引き」です。
例えばスマホを見ている時、私たちの首は頭が下がって前に突出する姿勢になりがちです。いわゆるカメ首や猫背の状態です。この状態では頸長筋はあまり使われていません。代わりに、首の後ろ側にある脊柱起立筋や僧帽筋が、前に突き出た頭を支えるために緊張を強いられます。
この状態が続くと、頸長筋を使わないことが常態化してしまい、「インナーマッスル→アウターマッスル」という協働が失われ、常にアウターマッスルだけで首を動かすようになる悪循環に陥ります。
そこで、前に突き出た頭を、あごを引いたままスライドさせるように後退させて、首の真上に頭が乗っかるようにする。すると、弛緩していた頸長筋が伸びてしっかりと頸椎を支えることができ、同時に僧帽筋などの筋肉への負担も減ります。
見えない糸で頭頂部を上から引っ張られているような感じで背骨を伸ばす、もしくは座っている場合であればできるだけ座高を高くすることをイメージし、同時に肩甲骨を背骨のほうに寄せてみてください。ヨガやピラティスでよく言われるエロンゲーション(伸長)です。
この水平あご引きを基本姿勢とします。そこから首を前に2回曲げ、また基本姿勢に戻って今度は後ろに2回反らせる。そして、やはり基本姿勢に戻してから、首を左右に2回曲げ、同じく基本姿勢から左右に2回回す。
1分程度で終わるはずですが、これを1日2~3セット行います。数週間、人によっては数日行っただけで肩こりなどの症状が改善したという事例を私は多く見てきました。
この一連の動きは、筋肉を鍛えるというよりも、正しい首の動かし方を脳に覚えさせるという意味合いが強いといえます。基本姿勢を取ることでまずはインナーマッスルである頸長筋を働かせ、そこからアウターマッスルを使って首を大きく動かす。首に負担を掛けない筋肉の動かし方を自分に学習させるわけです。
また、水平あご引きを寝た状態で行い、そこから起き上がることも肩こり解消には大いに効果があります。
枕を外して仰向けに寝た状態だと、床と首の間にすき間ができるはずです。その空間に手を入れてみるなどして、まずはできるだけ空間を狭くしようとしてください。必然的にあごが引けて首が伸び、寝た体勢での水平あご引きの状態が作れます。
そして、あごを上げずに引いたまま頭を持ち上げ、肩甲骨が床から離れたところで5秒間その姿勢をキープし、あごを引いたままゆっくり戻る。これを朝起きた時に3回だけでいいのでやってみてください。一日の始まりから、正しい筋肉の使い方を体に確認させることができ、症状改善の効果が表れるはずです。
さらに、万歳のように腕を上に持ち上げてから、掌を外側に向けてゆっくりと腕を開くようにして下ろしていくだけでも、肩甲骨を動かす菱形筋(りょうけいきん)が働き、猫背の改善につながるとともに、肩関節の可動域が広がるため、いわゆる五十肩(肩関節周囲炎)の症状も良くなることが期待できます。
ここまで説明したような動きをすることで、何も特別な器具を使う必要はなく、また特殊な治療を行わなくても、肩こりの根本的原因である頸長筋の機能不全は解決可能です。
いずれも1分もあればできることですが、それでも面倒くさいと思う人がいるかもしれません。つらい症状を抱えると、人間はどうしても「誰かに治してもらいたい」と思いがちです。しかし、頸長筋をアクティベイトすれば、肩こりは自分で治せるのです。にもかかわらず、他人の力に頼ろうとする……。
そうした他人頼みを続けていくと、自分の体なのに自分で責任を持たないことになり、最終的には自らの健康を完全に第三者に委ねることにつながってしまいます。やはり、自分の体なのですから自らメンテナンスするという意識を持つべきでしょう。これを、スポーツ庁長官の室伏広治さんは「自分の体に対してオーナーシップを持つことが大切」と表現しています。
つまり肩こり改善の処方箋も、すでに自分自身の掌中にあるといえるのです。
金岡恒治(かねおかこうじ)早稲田大学スポーツ科学学術院教授。1962年生まれ。筑波大学医学部卒業。同大整形外科講師を務めた後に、早稲田大学でスポーツ医学、運動療法の教育・研究に携わる。シドニー・アテネ・北京の五輪では水泳チームドクター、ロンドン五輪ではJOC本部ドクターを務める。『首・肩・腕の痛み・しびれ 自力で克服! 名医が教える最新1分ほぐし大全』等の著書がある。東京広尾のSPINE CONDITIONING STATIONにて、腰痛肩こりのセカンドオピニオン外来を実施している。
「週刊新潮」2024年2月15日号 掲載

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