【廣末 登】「え?大学?大学なんて行かせないよ。お前は就職だよ」…「闇バイトで人生詰んだ」若者が、母親の再婚相手から言われた「一生忘れない言葉」

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特殊詐欺の主犯格として逮捕・起訴され有罪となり、島根あさひ社会復帰促進センターに収容された経験を持つフナイム氏の書籍『闇バイトで人生詰んだ。――元特殊詐欺主犯格からの警告――』(かざひの文庫)が出版された。
本書は、「闇バイト」や「特殊詐欺」に携わった経験者が書いた貴重な証言である。かつて、筆者が『闇バイト――凶悪化する若者のリアル』(祥伝社新書)を著した時に、フナイム氏にインタビューしたが、限られた時間内に聴取できることには限界があった。改めてフナイム氏の書籍を一読し、闇バイトの背景、すなわち、闇バイトに加わる人が抱える生育環境、勧誘された方法、続けた理由、動機などの詳細に知ることができた。
闇バイトは、世間を騒がせたルフィ事件の後も減っていない。これは、極めて深刻な社会病理現象である。
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警察庁のデータを見ると、「2023年9月時点の特殊詐欺発生状況は、認知件数14,024件(前年同期比+1,818件、増減率+14.9%)、被害額302.1億円(前年同期比+50.0億円、増減率+19.8%)」となったとあり、一向に減ずる気配がない(警察庁ホームページ)。
筆者が公私共に社会復帰支援した闇バイト経験者(仮退院、仮釈放時)は40人以上である。しかし、詳しく話を聴いた闇バイト実行犯は10人程度である。したがって、限定的と言われるかもしれないが、彼らにはいくつかの特徴が見いだせる。
それは、養育者が母親と義父の家庭、学歴が低い、労働意欲が低くワンチャンゲットという意識がみられることなどである。
フナイム氏の本(以下、本書)を読むと、「幸せと不幸の狭間に生きた少年時代」という章がある。彼の生家は、通読しても胸が苦しくなるほどの機能不全家庭である。
小学校5年生の冬休み。突然母親が再婚した……咽び泣き、絶対に嫌だと反抗したのだが、私の抵抗は虚しく、母は再婚することになった。ここから私の人生はどんどん変わり始めていく。
小学校6年生になり、新しい学校へ転校と同時にお兄ちゃん、いや義父と母と私の3人での生活が始まった……それからお兄ちゃんをお父さんと呼ばなくてはならない生活。家では義父に対して敬語。正直窮屈で心を休める場所がどこにもなかった。
私が心からやりたいと思うこともやらせてくれなかった。義父に「演劇部に入部しようと思っている」と伝えると、義父は「演劇なんかやるな。男はスポーツをやれ」と頭ごなしに怒鳴る。
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弟(義父と母の子)がケーキを食べられる年齢になった頃、義父がおみやげにケーキを買ってきたのだが、その中に私の分が入っていなかったことがある。その時は父が怖くて何も言えなかった。その時の凄く寂しく虚しい思いを今も忘れることはない。
「え?大学?大学なんて行かせないよ。お前は就職だよ」
一生忘れないこの言葉……何よりも傷ついた。あれだけ勉強、勉強、勉強と言われ続け、言われた通りにやってきて、自分のやりたいことはやらせてくれず……もう我慢の限界だ。
「やってらんねえ、もういいや。馬鹿らしい」そう思った私は、この日を境に学校も不登校になっていく。それまで真面目に過ごしていた日々とは一転、毎晩夜遊びを始めた。たばこを覚え、酒を飲んだ。
子どもにとって、社会の中で最も大切な居場所は家庭である。そこに居場所がなく生きづらいということがどういう生活なのか。想像するだけでも恐ろしい。フナイム氏の父親は、彼を自分の血を分けた子とは区別して扱っている。さらには、怒鳴り、威圧することで自分の意向に従わせようとしている。これは、いわゆる心理的虐待である。
義父の発言によって、大学進学の目標を断たれ、非行の道に入ってゆくフナイム氏の心境は察するに余りある。子どもの部活動や進路という重要な決定を、本人の意思を尊重することなく親の意向で強引に決めることは、戦前の家父長制の時代ならともかく、現代では虐待に分類されるのではないか。
実は、フナイム氏だけではなく、筆者が話を聞いた闇バイト経験者の半数以上の家庭においても機能不全傾向が疑われた。とりわけ、実母と義父の家庭が過半数で、家庭に居場所がなかったことや、様々な虐待の可能性が示唆された。
家庭に居場所が無く、虐待などを経験して生きづらい少年が非行を深化させるプロセスに注目した仮説がある。それは、少年院の医務官、中野温子医師が提唱する「自己治療仮説」である。
以下では、第117回日本精神神経学会学術総会で、中野医師によって報告された内容の一部を紹介する。
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中野医師の報告を見ると、少年が大麻使用に至った背景や、プッシャー(薬物を販売していた者)となる理由の一端が理解できる。中野研究では、ある少年院に収容されていた47人を対象に個別面接を実施している。
まず、薬物に関しては、個別面接で、各物質(大麻、LSD、MDMA、コカイン、処方薬など)について「これでまでに一度でも使ったことがあるか」、覚醒剤、大麻、処方薬を「週一回以上の頻度で常用していたか」と質問。その結果、47人中41人が薬物乱用を認め、このうち、1種類のみ6人、五種類以上の多剤乱用が23人であるという結果が得られている。
ちなみに、「何を常用していたか」という点をみると、大麻の使用が87%と突出。処方薬、LSD、MDMA、コカインの使用率が五割前後となっている。
さらに、薬物のプッシャー(売り子)をしていた者が55%、そのうち七割以上が多剤乱用だったという結果が得られている。
加えて、中野医師は、少年たちの背景を探るために「被虐体験の有無」を質問している。その結果、被虐待歴ありは70%と、虐待の経験を有する少年が半数以上を占めていることが分かった。
以上の結果から、同医師は、彼らが家庭内に居場所がなく、生きづらさを抱えていること。薬物の乱用は、「快感」ではなく「苦痛の緩和=自己治療」 を求めた結果ではないかと所感を述べている。
この調査結果を受けて、中野医師は「家庭に居場所がなかった少年が、居場所を求めて不良仲間と戯れるようになり、そこから薬物やアルコール、夜の世界に足を踏み入れ、悪の世界に染まっていくというパターンが非常に多いが、非行も生きのびるための自己治療だったという見方もできるのではないか」と述べ、機能不全家庭の少年が非行を深化させる理由に言及している(中野温子 第117回日本精神神経学会学術総会 2021年)。
この調査報告では、少年院に収容されている少年たちが、フナイム氏同様、家庭の中に居場所を見いだせず、生きづらさを抱えていることが分かる。
あえて付言するとしたら、彼らが高学歴を得ることがいかに難しいは、生まれた家庭で既に決まっている。親ガチャに外れたのだ。
筆者の経験に照らしても、中野医師の所感に得心がいく。現実逃避のために飲酒や薬物に至る青少年は、家庭環境が複雑なケースが多く、親から虐待を受け、ネグレクトされた結果、友人宅を泊まり歩き、街角家族的な小集団を形成して非行を深化させたケースが散見された。
筆者が支援した少年のケースでも、2名の者が15才の時に、大麻の吸引に止まらず、薬物を販売していた。彼らは、最初の内は自分で購入する使用者に過ぎなかったのだが、次第に、プッシャーとして販売に手を染めるようになっている。いずれも、家庭の機能不全傾向(ネグレクト)が顕著であった。
こうした若者が、薬物の売人や同輩から闇バイトに誘われることで一味徒党に加わる可能性は否定できない。薬物を扱う売人の元締めや先輩から声を掛けられたら、少年は、闇バイトへの誘いを無下に断れないと思う。
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とりあえずシャンパン!金ならいくらでもあるから
詐欺をすれば一発で100万、200万のカネが入ってくる。勝ってもたかだか2,3万円のギャンブルが馬鹿らしく時間の無駄と感じるようになっていた。
これまでの金銭感覚が明らかに狂っていくのに自分でも気が付いていたが、この生活をやめたくない、もっともっとカネが必要だ。この金額では満足できない……
特殊詐欺主犯格に成り上がり、自身の憧れだったセレブ生活が実現した。お金に縛られない、お金を気にしない生活を実現させた。
まさに楽してワンチャンゲット。筆者は、ヴィトンのバックに囲まれて写る特殊詐欺犯のインスタを見たことがある。こうした享楽型、短絡的動機による特殊詐欺犯罪は、昨今の若者のキャリア意識を反映したものかもしれない。
法務省の調査をみると、「楽に金儲けがしたい」と考えている青少年が一定数存在するようだ。
令和3年1月1日から29日にかけて、法務省法務総合研究所が、犯罪者や非行少年を対象に行った調査によると、「『汗水流して働くより、楽に金を稼げる仕事がしたい』の項目について『そう思う』に該当する者の構成比は、対象者全体では43・3%であったが、若年層において構成比が高い傾向が見られ、20歳代の者(50・3%)が最も高かった」とある(『犯罪白書』2021年)。
現役の保護観察官に闇バイトに行く少年の傾向を尋ねたところ、闇バイトに「どういう少年が犯罪に巻き込まれているかというと、児童養護施設などを出て行き場がない子や、ヒマしている子ですね。彼らは世間を知らないから騙されやすい。実際に使い捨ての出し子とかが多いです。内容も分からず闇バイトに安易に行ってしまう。行動が非常に幼稚な気がします」との回答を得た。
筆者が闇バイト経験のある20代前半の若者に、闇バイトに行った切っ掛けを尋ねたところ、「暇していましたし、どうせならカネになることやろうと思って」闇バイトに加わったと証言した。
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しかし、短絡的な動機に基づく犯罪は、逮捕されるリスクも高い。詐欺で得た金で人生を謳歌したフナイム氏も逮捕され、刑務所に収容されることとなる。
検察側の求刑は9年、正直人生終わったと思った。何とか求刑を下げたかった私は、弁護士に泣きついた。そして、被害者の方々への弁済と示談を行い和解……裁判は結審、言い渡された判決は懲役5年4か月だった。
刑期を終え、社会に戻ったフナイム氏は、闇バイトの実態を暴き、社会の人たちに「闇バイトがいかに危険か」という警告を発し続けている。闇バイトは「犯罪者の生贄」であり、破滅しか生まないという。
闇バイトを使嗾していた特殊詐欺主犯格の言葉は、厳しく、重い。その警告には、「そこに居た」人にしか分からないリアルに裏打ちされている。
フナイム氏の警告が、ワンチャンゲット青少年の目に留まることを願ってやまない。彼らの希望に満ちた人生を、フナイム氏のように棒に振らないためにも。

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