ケージの中に数百匹の犬 「多頭飼育」虐待はなぜ見逃されたのか

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その繁殖施設では、数百匹の小型犬が飼われていた。狭いケージに何匹も詰め込まれ、脚が曲がった犬もいる。警察が動物虐待の疑いで捜査に乗り出して施設は閉鎖に追い込まれたが、自治体は10年以上前からその存在を知っていた。立ち入り検査をしたうえで「虐待は確認できない」と判断していたという。なぜもっと早く虐待を止められなかったのか。その理由を探った。
【写真まとめ】ケージにぎゅうぎゅうの小型犬たち 大阪・京都のベッドタウン、大阪府寝屋川市。アパートや一軒家が並ぶ住宅街に、かつて犬の繁殖施設だった2階建ての白色の建物がある。屋根付きのガレージがあり、見た目や大きさは一般住宅と変わらない。ここにいた犬は事件後に動物愛護団体に引き取られ、今は空き家になっているようだ。敷地内には壊れたケージが置かれたままだった。

この施設を運営していたブリーダーの女性(58)が動物愛護法違反(虐待)の疑いで大阪府警に逮捕されたのは2月のことだ(その後に同罪で起訴)。病気やけがをしている犬10匹を放置したとの容疑だったが、施設ではそれを大きく上回る「多頭飼育」が行われていた。府警が2022年11月に家宅捜索した際には約270匹の犬がいたといい、近隣住民から臭いや鳴き声への苦情が相次いでいた。ある住民は「自宅の窓を開けると、部屋の中まで獣臭くなった」と振り返る。 ブリーダーがここで犬の繁殖を始めたのは10年から。施設の内部はどうなっていたのか。21~22年に約1年間勤務したという元従業員は取材にこう証言した。「多い時には犬が400匹以上おり、世話をしきれなかった。朝出勤すると、生まれたばかりの子犬が死んでいることもあった」汚物まみれ、散歩もさせず この元従業員によると、勤務当時に施設ではポメラニアンやチワワ、ペキニーズ、トイプードル、ミニチュアダックスフントなどを飼育。インターネットで募った購入者に犬を引き渡していた。 施設は1、2階ともに繁殖スペースで、各約65平方メートル。犬用ケージが室内を埋め尽くし、2段、3段と積み重ねられていた。主に使われていたケージは高さ・幅約45センチ、奥行き約60センチ。21年6月施行の環境省令ではケージの大きさが縦は犬の体長の2倍以上、横は1・5倍以上と定められているのに、基準に反して一つのケージに複数の犬を入れたものもあった。 朝にふん尿の掃除をするが、一通り終えるとまた汚れるという繰り返し。不衛生な環境のため、病気の犬も出た。動物病院に連れて行くようブリーダーに訴えても、「経費がかさむ」と拒まれた。 えさは与えていたため犬が飢えることはなかったが、散歩やしつけはされず、ケージから出さないので脚の骨が曲がってしまう犬も少なくなかった。こうした犬は売り物にならないが、ブリーダーは「今いる犬はあきらめて交尾させて子犬を産ませて」と指示していたという。府「虐待疑わせる犬見つからず」 動物繁殖業者らを監督する府動物愛護管理センターは12~23年に計44回、元従業員らの通報を受けて施設を立ち入り検査した。悪質な施設と認められれば自治体は動物愛護法に基づいて営業に必要な登録を取り消したり、業務停止命令を出したりできる。センターは22年8月、飼育数が多いとして施設に勧告は出したものの、「虐待を疑わせる犬は見つからなかった」(担当者)として登録取り消しなどの強い措置は取らなかった。 飼育数については翌9月、数が減ったことを現地で確認したとしている。この点について元従業員は「センターの職員が来た時だけ、犬を別の場所に移していた」と証言。さらに「職員も病気やけがの犬を見ているはずだが、犬を触って調べてはいなかった」と語った。これに対しセンターは取材に「検査では全ての動物を触ることはしないが、けがをしたり弱ったりしている動物がいれば触って調べている。別の場所に移されていたら確認のしようがない」としている。 結局、警察の捜査が入るまで状況は変わらなかった。この施設を警察に告発した公益財団法人「動物環境・福祉協会Eva」(東京都)の理事長で俳優の杉本彩さんは「従業員の話から劣悪な環境だったことは明らかだ。センターは立ち入り検査をしながら放置したに等しく、怠慢だ」と批判する。 センターは犬を動物病院に連れて行っているとの施設側の言い分を信じ、病院側への確認はしていなかった。担当者は「今後は治療の有無を動物病院にも確認するなど、改善できることを検討していきたい」と話している。ブリーダーの裁判は今後、大阪地裁で開かれる。【横見知佳】
大阪・京都のベッドタウン、大阪府寝屋川市。アパートや一軒家が並ぶ住宅街に、かつて犬の繁殖施設だった2階建ての白色の建物がある。屋根付きのガレージがあり、見た目や大きさは一般住宅と変わらない。ここにいた犬は事件後に動物愛護団体に引き取られ、今は空き家になっているようだ。敷地内には壊れたケージが置かれたままだった。
この施設を運営していたブリーダーの女性(58)が動物愛護法違反(虐待)の疑いで大阪府警に逮捕されたのは2月のことだ(その後に同罪で起訴)。病気やけがをしている犬10匹を放置したとの容疑だったが、施設ではそれを大きく上回る「多頭飼育」が行われていた。府警が2022年11月に家宅捜索した際には約270匹の犬がいたといい、近隣住民から臭いや鳴き声への苦情が相次いでいた。ある住民は「自宅の窓を開けると、部屋の中まで獣臭くなった」と振り返る。
ブリーダーがここで犬の繁殖を始めたのは10年から。施設の内部はどうなっていたのか。21~22年に約1年間勤務したという元従業員は取材にこう証言した。「多い時には犬が400匹以上おり、世話をしきれなかった。朝出勤すると、生まれたばかりの子犬が死んでいることもあった」
汚物まみれ、散歩もさせず
この元従業員によると、勤務当時に施設ではポメラニアンやチワワ、ペキニーズ、トイプードル、ミニチュアダックスフントなどを飼育。インターネットで募った購入者に犬を引き渡していた。
施設は1、2階ともに繁殖スペースで、各約65平方メートル。犬用ケージが室内を埋め尽くし、2段、3段と積み重ねられていた。主に使われていたケージは高さ・幅約45センチ、奥行き約60センチ。21年6月施行の環境省令ではケージの大きさが縦は犬の体長の2倍以上、横は1・5倍以上と定められているのに、基準に反して一つのケージに複数の犬を入れたものもあった。
朝にふん尿の掃除をするが、一通り終えるとまた汚れるという繰り返し。不衛生な環境のため、病気の犬も出た。動物病院に連れて行くようブリーダーに訴えても、「経費がかさむ」と拒まれた。
えさは与えていたため犬が飢えることはなかったが、散歩やしつけはされず、ケージから出さないので脚の骨が曲がってしまう犬も少なくなかった。こうした犬は売り物にならないが、ブリーダーは「今いる犬はあきらめて交尾させて子犬を産ませて」と指示していたという。
府「虐待疑わせる犬見つからず」
動物繁殖業者らを監督する府動物愛護管理センターは12~23年に計44回、元従業員らの通報を受けて施設を立ち入り検査した。悪質な施設と認められれば自治体は動物愛護法に基づいて営業に必要な登録を取り消したり、業務停止命令を出したりできる。センターは22年8月、飼育数が多いとして施設に勧告は出したものの、「虐待を疑わせる犬は見つからなかった」(担当者)として登録取り消しなどの強い措置は取らなかった。
飼育数については翌9月、数が減ったことを現地で確認したとしている。この点について元従業員は「センターの職員が来た時だけ、犬を別の場所に移していた」と証言。さらに「職員も病気やけがの犬を見ているはずだが、犬を触って調べてはいなかった」と語った。これに対しセンターは取材に「検査では全ての動物を触ることはしないが、けがをしたり弱ったりしている動物がいれば触って調べている。別の場所に移されていたら確認のしようがない」としている。
結局、警察の捜査が入るまで状況は変わらなかった。この施設を警察に告発した公益財団法人「動物環境・福祉協会Eva」(東京都)の理事長で俳優の杉本彩さんは「従業員の話から劣悪な環境だったことは明らかだ。センターは立ち入り検査をしながら放置したに等しく、怠慢だ」と批判する。
センターは犬を動物病院に連れて行っているとの施設側の言い分を信じ、病院側への確認はしていなかった。担当者は「今後は治療の有無を動物病院にも確認するなど、改善できることを検討していきたい」と話している。ブリーダーの裁判は今後、大阪地裁で開かれる。【横見知佳】

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