心臓病の最高権威「国立循環器病研究センター」幹部6人に論文不正疑惑“画像の使い回し”か

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心臓病分野の最高権威とされる国立循環器病研究センター(以下、国循)。その経営トップの大津欣也理事長が研究論文で“画像の使い回し”などの不正を繰り返していた疑惑を本誌・週刊ポスト(2023年8月4日号)がスクープした。報道後に設置された第三者調査委員会は不正の疑いがあると判断して本調査に入った。しかし、この問題はまだまだ収束しそうにない。新たに複数の幹部医師に大津氏と同様の論文不正の疑惑が浮上したのだ。ジャーナリスト、岩澤倫彦氏がレポートする。
【写真】ビジネストートを持ちカジュアルなベルト姿で歩く大津欣也理事長。他、瀧原圭子理事、研究論文を検証する「パブピア」での検証画像も * * * 国循ナンバー3の瀧原圭子理事。大阪大で初の女性副学長を務めるなど著名な循環器内科医だ。この瀧原理事が責任著者などで関わった4つの研究論文に関して、世界中の研究論文を検証するウェブサイト「パブピア(PubPeer)」で「実験画像の使い回し」の疑いが指摘されている(9月19日時点、以下同)。〈この実験画像は、別の実験画像の幅と高さを加工して使い回したのではないか?〉(サイトの英語表記を和訳) 2つの実験画像の幅と高さを変更すると、ピッタリと重なるという(別掲写真参照)。これは2001年に公表されたマウスを使用した実験結果で、心臓手術後の合併症を解決する目的の研究である。根拠となる実験画像に手を加えているとしたら、患者にも重大な影響を与えることが懸念される。 他の研究論文でも「同じ画像を44度傾けて再使用した疑い」など、意図的に手を加えている可能性が高いと指摘されている。「パブピア」に投稿できるのは研究論文の執筆経験者など事前の審査を通った者に限られ、その指摘は研究者にとって重い意味がある。 国循では不正行為のひとつ「改ざん」について、「研究活動上の不正防止計画」(2021年8月)で次のように定義している。〈研究資料・機器・過程等を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること〉 つまりパブピアの指摘通りなら瀧原理事の研究論文は「改ざん」に該当する可能性が高い。 医学の研究論文は、10人前後のチームで執筆するのが一般的だ。瀧原理事はチームの中で指導的な立場だったので、その責任は極めて大きい。 一方で、取材した国循関係者からは、こんな声も聞かれた。「使い回したとされる画像は“コントロール群”なので、研究の根幹に絡むわけではない」 実験の効果を確認するため、“実験群”と“コントロール群”を比較するのが基本だ。再使用された画像は“コントロール群”なので、実験結果にはそれほど影響しないという理屈である。 この主張について、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授に聞いた。「コントロール群は、個々の実験に対して置く必要があるので、異なる実験に共通のコントロール群は考えられません。従って、コントロール群であっても同じ画像の使い回しは不適切です。一般論ですが、論文不正はどのような立場であっても、著者すべてに責任があると考えます」 こうした疑惑は他の国循幹部にも浮上している。国循の創薬オミックス解析センター長で理事長特任補佐の山口修氏は、パブピアで14本の「論文不正」疑いが指摘された。このうち13本の論文に大津理事長が共著者として名を連ねている。副院長の中岡良和氏が指摘を受けたのは2本。同じく副院長で弁膜症センター長の山本一博氏は、8本の研究論文で指摘を受けた。 大津理事長に関しては、新たな不正の指摘が追加され、合計13本。今年3月末で辞職した前副所長の鈴木憲氏(現ロンドン大教授)は15本となった。不正の疑いが指摘された研究論文は、確認できた限りで総計41本(重複論文除く)。これだけ大量の不正疑惑が指摘されるのは、前代未聞である。 新たな不正の指摘について、国循の広報担当者は「7月下旬以降に事実を把握した」と明らかにした。パブピアで指摘が相次いだことに関しては「発表された論文について研究者が意見交換する場所であると認識しておりますので、当センターとしての対応の必要性については個別に判断した上で、適切に対応してまいります」と述べた。共通点は“阪大出身” パブピアで「論文不正」が指摘された国循の医師6人に共通するのは、“大阪大・循環器内科医局”出身という点である。しかも、指摘を受けた論文の大半は、国循に異動する前の大阪大時代に行なわれた研究だった。 副院長の山本氏が指摘を受けた8本の論文のうち7本に、大阪大・循環器内科学科長の坂田泰史教授の名があった。研究不正に詳しい榎木英介医師はこう指摘する。「同じ実験画像を加工して使い回す手法は共通しているので、大阪大・循環器内科で日常的だった可能性があります。大阪大は上下関係が厳しく、結束力が強い。研究不正に異議を唱えることを許されない空気があったのかもしれません」 パブピアで不正が指摘された論文には、約80人の大阪大関係者が著者として名を連ねていることが確認できた。坂田教授は質問状に対して、大阪大広報課を通じて次のように回答した。「(パブピアで疑惑が指摘されている)事実は存じ上げており、指摘された内容については責任著者および私を含めた共著者の間で内容を検討することになります」 実験画像を加工・再使用する手法が大阪大で引き継がれているのか、という問いには「そのような事実はないと考えております」と答えた。 心臓病治療の司令塔・国循で発覚した大量の「論文不正」疑いは、どのように決着をつけるのか。今後も注視していかなくてはならない。※週刊ポスト2023年10月6・13日号
* * * 国循ナンバー3の瀧原圭子理事。大阪大で初の女性副学長を務めるなど著名な循環器内科医だ。この瀧原理事が責任著者などで関わった4つの研究論文に関して、世界中の研究論文を検証するウェブサイト「パブピア(PubPeer)」で「実験画像の使い回し」の疑いが指摘されている(9月19日時点、以下同)。
〈この実験画像は、別の実験画像の幅と高さを加工して使い回したのではないか?〉(サイトの英語表記を和訳)
2つの実験画像の幅と高さを変更すると、ピッタリと重なるという(別掲写真参照)。これは2001年に公表されたマウスを使用した実験結果で、心臓手術後の合併症を解決する目的の研究である。根拠となる実験画像に手を加えているとしたら、患者にも重大な影響を与えることが懸念される。
他の研究論文でも「同じ画像を44度傾けて再使用した疑い」など、意図的に手を加えている可能性が高いと指摘されている。
「パブピア」に投稿できるのは研究論文の執筆経験者など事前の審査を通った者に限られ、その指摘は研究者にとって重い意味がある。
国循では不正行為のひとつ「改ざん」について、「研究活動上の不正防止計画」(2021年8月)で次のように定義している。
〈研究資料・機器・過程等を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること〉
つまりパブピアの指摘通りなら瀧原理事の研究論文は「改ざん」に該当する可能性が高い。
医学の研究論文は、10人前後のチームで執筆するのが一般的だ。瀧原理事はチームの中で指導的な立場だったので、その責任は極めて大きい。
一方で、取材した国循関係者からは、こんな声も聞かれた。
「使い回したとされる画像は“コントロール群”なので、研究の根幹に絡むわけではない」
実験の効果を確認するため、“実験群”と“コントロール群”を比較するのが基本だ。再使用された画像は“コントロール群”なので、実験結果にはそれほど影響しないという理屈である。
この主張について、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授に聞いた。
「コントロール群は、個々の実験に対して置く必要があるので、異なる実験に共通のコントロール群は考えられません。従って、コントロール群であっても同じ画像の使い回しは不適切です。一般論ですが、論文不正はどのような立場であっても、著者すべてに責任があると考えます」
こうした疑惑は他の国循幹部にも浮上している。国循の創薬オミックス解析センター長で理事長特任補佐の山口修氏は、パブピアで14本の「論文不正」疑いが指摘された。このうち13本の論文に大津理事長が共著者として名を連ねている。副院長の中岡良和氏が指摘を受けたのは2本。同じく副院長で弁膜症センター長の山本一博氏は、8本の研究論文で指摘を受けた。
大津理事長に関しては、新たな不正の指摘が追加され、合計13本。今年3月末で辞職した前副所長の鈴木憲氏(現ロンドン大教授)は15本となった。不正の疑いが指摘された研究論文は、確認できた限りで総計41本(重複論文除く)。これだけ大量の不正疑惑が指摘されるのは、前代未聞である。
新たな不正の指摘について、国循の広報担当者は「7月下旬以降に事実を把握した」と明らかにした。パブピアで指摘が相次いだことに関しては「発表された論文について研究者が意見交換する場所であると認識しておりますので、当センターとしての対応の必要性については個別に判断した上で、適切に対応してまいります」と述べた。
パブピアで「論文不正」が指摘された国循の医師6人に共通するのは、“大阪大・循環器内科医局”出身という点である。しかも、指摘を受けた論文の大半は、国循に異動する前の大阪大時代に行なわれた研究だった。
副院長の山本氏が指摘を受けた8本の論文のうち7本に、大阪大・循環器内科学科長の坂田泰史教授の名があった。研究不正に詳しい榎木英介医師はこう指摘する。
「同じ実験画像を加工して使い回す手法は共通しているので、大阪大・循環器内科で日常的だった可能性があります。大阪大は上下関係が厳しく、結束力が強い。研究不正に異議を唱えることを許されない空気があったのかもしれません」
パブピアで不正が指摘された論文には、約80人の大阪大関係者が著者として名を連ねていることが確認できた。坂田教授は質問状に対して、大阪大広報課を通じて次のように回答した。
「(パブピアで疑惑が指摘されている)事実は存じ上げており、指摘された内容については責任著者および私を含めた共著者の間で内容を検討することになります」
実験画像を加工・再使用する手法が大阪大で引き継がれているのか、という問いには「そのような事実はないと考えております」と答えた。
心臓病治療の司令塔・国循で発覚した大量の「論文不正」疑いは、どのように決着をつけるのか。今後も注視していかなくてはならない。
※週刊ポスト2023年10月6・13日号

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