島根県大田市の農場で乳牛を繰り返し蹴るなど暴行を加えたとして元従業員が7月、動物愛護管理法(動愛法)違反の罪で起訴された。この事件は男が牛を蹴る動画をSNSに投稿して拡散されたことから、非難が高まっていた。
一方、茨城では同月、県畜産センター(石岡市)の従業員たちが日常的に牛を蹴る殴る、麻酔なしでの子牛の角を切る「除角」の際に足で頭を踏みつける、ふん尿が堆積した飼育場など、劣悪な現場の動画が国際的な動物権利団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会、米国本部)によってSNSで公開された。
2022年05月22日 従業員が乳牛の背にかかと落としをしている様子
同畜産センターは1902年に設立。牛乳や乳製品の原料となる生乳や和牛の受精卵の販売をはじめ、畜産動物の生産性向上のための研究を行う動物実験施設でもある。
動画は約2分。乳牛や和牛の農場で、従業員たちが「いけよ、ほら!」などとどなりながら、牛の足を蹴ったり、顔を殴ったり、棒で背中や腹をたたいて移動させている。ふん尿でどろどろの運動場にいる牛の様子もあった。
除角の作業をしている映像も。農場では牛が人間に危害を与える可能性があるという理由で一般的に、生後2ヵ月以内に除角が行われる。動画では、ロープで足をくくられた子牛が床の上に押さえつけられ、複数の男が子牛の上に座り、1人が長靴で頭を踏んで固定。焼きごてを子牛の頭に何度か押しつけ、頭から煙が上がっていた。目をそむけたくなるような光景だった。SNSでは「この虐待に公的資金?」「牛の悲痛な叫びが聞こえてきます!」などと書き込まれている。
除角された痛みは3週間続くとされ、子牛の心身に多大な負担を与える。想像するだけで恐ろしい。自分が同じようなことをされたら耐えられるだろうか―。
畜産技術協会(東京都文京区)が2014年に実施したアンケート調査によると、回答した乳牛の農場(437件)のうち、除角で麻酔を「使っていない」と答えた割合は85%に上り、「使っている」は14%に過ぎなかった。
除角については、農林水産省が7月に発表した国のアニマルウェルフェア指針で、麻酔や鎮痛剤の使用を「強く推奨する」としている。ただし義務ではない。私は別の農場主から除角の話を聞いたことがある。そこでは、先代までずっと無麻酔で除角をしていたが、「子牛は酷い記憶から、処置後は人間を怖がっていた。今は麻酔を使っているので痛みや恐怖はなく、自然に目が覚める」と話していた。
2022年4月18日 乳用子牛の除角
ちなみにアニマルウェルフェアとは、動物の心身が健康で快適に保たれるよう飼育環境を整え、本来の行動欲求も満たされるように配慮することである。国の指針によると、牛の管理方法の項目では、
▽不要なストレスを与える突発的な行動や手荒な扱いは避け、可能な限り丁寧に取り扱うこと
▽尾を折る、耳を引っ張るなどの苦痛を与える方法で移動させてはならない
ともある。
実は、PETAは1月、畜産センター職員による日常的な暴行や不適切な飼育実態は動愛法・家畜伝染病予防法・家畜排せつ物法違反であると主張し、茨城県に動画を証拠として住民監査請求を行っていた。暴力行為や不適切飼育を行った職員の給与の差し止めなどを求めたが、県は5月に「適法な請求とは認められない」として請求を却下している。
私は同センターの元従業員Aさんに話を聞いた。Aさんは昨年4月から7月まで非常勤職員として勤務。「自治体のセンターだからきちんとした酪農を学べるだろうと思って働き始めたら、あまりにも酷くて愕然としました」と振り返る。
同センター元従業員のAさんによると、牛への暴力は常態化していた。
「私がいた職場は2班に分かれていたが、どっちの班のリーダーも牛を蹴っていた。搾乳室に移動させる際、一刻も早く動かすために蹴る。ベッド(牛が休む床)に座っている牛には、『こうすればいいよ』と足を持って踏みつけるよう教えられました。竹棒で追い立てる人も。ちょっと待ってあげる人もいましたが、基本的には皆「いけいけ」と叩く。清掃道具の鉄の部分で背中や腹をたたく人もいた。ベッドにいる牛は、人が前に立つと立ち上がって後ずさりしてくれるのに、いきなり蹴るのです。
不衛生な床、固すぎる床、伸びすぎたひづめ、遺伝などの原因で足が痛くなり、動かない牛もいました。右後ろ足を痛めた乳牛がいて、うずくまって立てなかった。複数が尻尾を引っ張ったり、テーピングが巻かれている足を蹴ったり。牛はもだえるように体を動かしたけれど、どうしても立ち上がることができませんでした」
結局、その牛は建機で釣り上げられ別の場所まで運ばれ、ポータブル式の搾乳機で乳しぼりすることになったという。
―運動場や牛舎はどうしてふん尿だらけなのでしょうか?
「供卵牛(和牛の受精卵を採取するための雌牛)の牛舎と運動場で、ふん尿をかき出す掃除がちゃんとしていなかった。あちこちに便の水たまりができ、ハエがたかり、尻尾にはこびりついたふんが玉になっていました。
子牛の運動場にもふんがたまり、研究者から『皮膚病の子牛がいるから、土の入れ替えをしてください』と指示があったのに、現場の人たちはやらなかったです」
―搾乳用の乳牛がいるフリーストール(舎飼いで自由に動ける牛舎)も不衛生な理由は?
「ふん出しを朝1回しかしないので、翌朝は通路のコンクリート床がふん尿でべちゃべちゃになってしまう。床には敷料として、オガコ(木の削りくず)をまくのですが、ふん尿を吸収するには量が少な過ぎました。だから牛の腹から後ろ足にかけ、ふんがうろこのように付いていた。
2022年6月7日 フリーストール舎の搾乳牛 手前が通路、一段高くなっているのがベッド
私がオガコを少し多めにまいていると、班長らから『使い過ぎ』と注意されます。『オガコをまくと牛が喜ぶ』と言うと、『たくさんまきたいが予算がないのでできない』という返答でした」
―なぜ掃除が不十分なのですか? 仕事量が多過ぎる?
「1日8時間の労働時間の中で、昼休みに加え計3~4時間ぐらい休憩時間を取っていました。スマホを見たり、タバコを吸ったり、中には自分のバイクの手入れをしてる人も。ふん出しは余裕で1日2回できるのに、朝1回しかやらなかった」
―取られていた暑熱対策について
「昨年6月末になると、正午には外気温が40度まで上がりました。供卵牛は運動場で2時半まで過ごすことになっていましたが、その日は口から泡を噴き、『はあはあ』と苦しそうに息をしていた。私が屋内に早めに入れてやることはできないのかと同僚に聞くと、『中に入れると送風機代がかかる』と応じてもらえませんでした。その後、夕方4時からの夜間放牧に切り替え多少改善されました。ただし牛舎内は大型送風機が回っているだけで30度半ばまで上がり、快適な環境ではなかったです」
―麻酔なしの除角の実態について
「従業員が逃げ惑う子牛を捕まえ、床に倒して前足と後ろ足をそれぞれロープでくくりました。その上に4人が乗り、赤々と先端が燃える焼きごてで、これから角が生える部分に押しつけると、もうもうと煙が上がった。子牛は目を見開き口からよだれを出して、うめき、顔をそむけると、作用員が長靴で顔を踏み再度こてを20~30秒押し当てました。
その後ニッパーで角の根元部分を切り、再度焼く。それが終わると、もう片方の角も同じ処置が行われました。終わると、子牛は放心状態ですぐに立てない。すると、作業者が尻をけり、無理矢理立たせました」。従業員もこの酷さは分かっているようで、『残酷焼き』と呼んでいました」
最後にAさんが強調したのは、乳牛がほぼ半日を過ごすベッドの状態だった。
「ベッドの敷料はとても重要。砂を使う場合、毎日ならし、硬くなったらすきなどで砕き、数週間に1回砂を補充すれば、快適な寝床になります。でもベッドはどれもデコボコで、カチコチに固まっていた。私は砂を砕こうとスコップを思い切り突き立ててみましたが、手作業でどうにかなるような硬さではない。なぜ通路の上で寝ている牛が多いのか、理由が分かりました。
2022年6月5日 朝、ベッドにたまった乳
乳房や乳頭が直接当たるベッドがデコボコだったらどんなに痛いだろうか―。酷い所に閉じ込められているのに、人を非難するでもなくじっと私を見る牛の目にいたたまれない気持ちになると同時に、腹が立って眠れないほどでした。牛を蹴ることは、分かりやすい暴力です。一方、ふんだらけの床や硬いベッドはそれ以上の暴力だと思います」
Aさんの論理的な語り口の中に、牛への愛情と理不尽なことへの憤りが伝わってきた。
2つめの記事『「虐待と考えたことはない」「国かどこかに指導してほしい」…衝撃的すぎた《茨城県畜産センターの内部映像》に対する農水省畜産局、茨城県畜産課、同センターへの「取材と回答」』に続く。
2022年4月18日 乳用子牛の除角
2022年4月21日 従業員が乳牛頭部を蹴る様子
2022年4月24日 右手が牛床。金属製のスノコを越えられず、牛床に入るのをためらう供卵牛
2022年4月28日 子供のいる分娩舎の方角をじっと見る母牛
2022年5月4日 搾乳室で
2022年5月16日 できるだけたくさんオガコがある場所を選んで横たわる和牛(供卵牛)
2022年5月22日 雨の日にわずかな庇へ移動する供卵牛たち
2022年5月22日 従業員が乳牛の背にかかと落としをする様子
2022年5月24日 供卵牛舎のドロドロの運動場
2022年5月24日 分娩舎にて。下痢の子牛がいるペン
2022年5月24日 分娩舎の運動場
2022年5月27日撮影 雨の日、餌場の屋根に身を寄せる牛
2022年5月27日撮影 雨の日、餌場の屋根に身を寄せる牛
2022年6月1日 茨城県畜産センターのスーパーハッチと呼ばれる運動場。向かって左手に見えるのが屋根の枠組み、左手奥に見えるのが半壊したハッチ。中央奥が餌場
2022年6月5日 朝、ベッドにたまった乳
2022年6月5日 ドロドロの餌場
2022年6月7日 フリーストール舎の搾乳牛。手前が通路、一段高くなっているのがベッド
2022年6月8日 搾乳室で竹棒で顔を叩かれる乳牛
2022年6月10日 搾乳のための移動作業。ベッドから通路に降りようとしている牛
2022年6月10日 搾乳室で従業員が乳牛の乳房を竹棒で突く様子
2022年6月10日 搾乳のための移動作業でベッドから通路に降りようとしている牛
2022年6月18日 鼻孔の間が断裂してしまった供卵牛
2022年6月21日 体に付いたスノコの痕
2022年6月27日 カーフハッチの様子
2022年6月27日 スタンチョンに一列に頭を入れて餌を食べる牛たち。スタンチョン側に曲がることができないでいる
2022年6月28日 スノコ間に隙間があり、体を捻じ曲げて無理やり牛床に体を収める供卵牛
2022年7月7日 耳標で耳が裂けた乳牛
2022年7月17日 フォルテの膝
022年7月20日 フリーストール舎の育成牛エリアで段差をなかなか降りられないフォルテ
2022年7月20日 牛舎でつながれる供卵牛。右の牛は舌遊びをしている。国内の肉用繁殖牛の35%はつなぎ飼育
2022年7月21日 カーフハッチ