男女混合の水泳授業 「指導方法の工夫」をめぐって現場の教師たちは苦悩している

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とある伝統校の水泳授業が男女混合であることに抵抗や違和感があるという生徒の意見を新聞社がとりあげたことをきっかけに、全国的に幅広い世代の人たちが、学校の水泳授業についてSNSなどを通じて意見を交わす事態となった。一方で、施設の管理運営の負担が大きいことを理由にプールを持たない学校も増えているという。俳人で著作家の日野百草氏が、実際にプール授業を実施、体験している人たちの本音を聞いた。
【写真】学校のプール * * *「いまの時代、中学校から上で男女混合のプール授業は見直すべきでしょうね。それを疑問に感じている人が多いからこそ、こうして話題になるのだと考えます」 地元国立大学を卒業後、関東の中学校で長く教えてきた教師が語る。「本音のところ、中学から上でプール授業がいるのか、という気持ちもあります。移動、着替え、授業、終わればまた着替えで男女の性差、男女という区分けも不適当でない問題もある。私立は好きにすればいいが、公立中学でこの時代にプールの授業が必要なのか。教師の負担以上に、生徒も中学生になれば全員が楽しみ、というわけではありませんから」 小学校は男女合同が大半とされるが、中学校では地域、学校によって対応が異なる。ちなみに筆者の場合、1980年代の千葉県野田市、筆者の中学のプール授業は男女別だった。「東の千葉、西の愛知」と呼ばれたほどに管理教育の厳しい県、その中でもさらに厳しいとされた東葛地域北部、プールどころか体育の授業そのものが一部を除き男女別だった。そして高校は茨城県だが、施設にプールそのものがなかったし、当時はクラスそのものが男女別(一部クラスは混合)だった。「それでいいと思いますよ。その男女別も大変ですけど、私の知る限り生徒は「男女別のほうがいい」という意見が多い」女子とか男子とかじゃなく、プールの授業そのものが嫌 筆者の時代、そして学校は中学で男女別、高校はプールそのものがないパターンだったが、地域や学校によっては中学、高校とプールの授業があり、男女でいっしょにプール、というところもあるだろう。宮城県仙台市のある高校が男女混合のプール授業で取り上げられたこともあったが、それは「伝統」とした。「さすがに高校はちょっと。中学3年で男女がいっしょのプールもどうかと思うのに」 この「ちょっと」「どうか」を教師という立場上言いづらいことはわかる。体の発育が十分な子もあるだろう。実際、筆者のかつての教え子に男女とも聞いてみる。 まず女子。「胸も出ますしお尻も出ます。お腹の肉も(笑)。水泳部の人たちみたいにスタイルがいいわけじゃないし、男子といっしょは恥ずかしいというか、嫌でした」「ちゃんとした更衣室がない中学でした。だから着替えは上手になりました。でも嫌ですよ、私は毛深いから毛の処理だって大変でした」「デブで本当に嫌でした。胸も大きいし水着は思いっきり体のラインが出ます。自意識過剰とかじゃなくて、男子だけじゃなく女子にも見られるのが嫌だった」 女子は圧倒的に「嫌」だった。思春期の育ち盛り、プールに限った話ではないとはいえ生理の問題もある。同性に見られるのも嫌、という子も。 しかし男子も聞く限り「嫌」の気持ちが上回るようだ。「僕は毛深いんです。恥ずかしかったです。プールの授業そのものが嫌でした。背中の毛もあるし陰毛もへそからつながって胸毛で広がってる。剃るにも限界がある」「デブだから最悪でした。でも自分は中学上がるまでスイミングスクールに行ってたから泳ぎはクラスでも上位でした。「泳げるデブ」「浮力パない」と逆にイジられました」「女子も嫌だろうけど、男子も大事なところを見られるの嫌ですよ。水着でもっこりすると恥ずかしい。男女いっしょなのに背中を向けてお互い見えないように準備体操する形だったんですけど、みんなチラチラ見てました」 男女とも思春期特有の悩み。もちろん「プールの授業楽しい」「気にしない」という肯定的な意見や、「目の保養」(男女とも)という、ある意味これも思春期特有というべきか、という正直な意見もあった。「知らない人とか仲のいい子に見られるのはいいけど、クラス全員は嫌」という意見も。 しかしなぜ中高で男女混合のプール授業の地域や学校があるのか。冒頭の教師が語る。「負担の問題ですね。教員が足りないから男女別にするわけにもいかない、というのもあります。あと『男女共習』に従ってプールも男女混合、という地域や学校もあると思います」結局、現場に丸投げ 彼の言う『男女共習』(男女共修とも)とは学習指導要領にある「原則として男女共習で学習を行うことが求められている」という政府、文科省の方針だ。詳しいことは本旨ではないため置くが、つまるところ「教育の一環として、男女いっしょに行動しましょう」ということである。ただし「原則として」であり、「求められている」で絶対ではない。そこにも地域や学校によってプール授業の対応が異なる事情があるとする。 以下は文科省、高等学校学習指導要領(保健体育)のQ&Aだが、ちょうどこの男女共習について回答されている。〈問 男女共習の授業を実施する際の留意点はどのようなことですか。〉〈答 学習指導要領では,「体力や技能の程度、性別や障害の有無等にかかわらず、運動の多様な楽しみ方を社会で実践することができるよう留意すること。」とされています。(中略)心身ともに発達が著しい時期であることを踏まえ、運動種目によってはペアやグループの編成時に配慮したり、健康・安全に関する指導の充実を図ったりするなど、指導方法の工夫を図ることが大切です〉 とのことで、この場合、男女の問題は「指導方法の工夫を図る」ということになる。 別の教師(彼は小学校だが)が語る。「教員不足、教員の待遇もそうだが、上が現状を理解していない。時代に沿った対応が必要だと思う。小学校でも小6になると発育のいい子で『恥ずかしい』と話す子もいる。小学校では男女の着替えもいっしょという学校がまだあると聞く。小学校の場合プールの授業は必要と考えるが、対応は時代に合った対応、そして教員の負担を減らす努力は必要だ」 実際、プールの授業を外部の施設やスポーツクラブに委託する学校も増え始めている。移動の問題はあるが、プールの維持費も馬鹿にならないし更衣室の問題もある。先の元生徒からのヒアリングの中には「プールが古くて汚いから嫌でした」「ちゃんとした更衣室がなかったので最悪」というのもあった。プールそのものがない学校や地域も存在する。埼玉県加須市のように中学校のプール授業そのものを原則廃止した自治体もある。 元スポーツ庁長官、日本水泳連盟会長の鈴木大地氏はテレビ出演でこの問題に関して、「女子の気持ちになってみたら『恥ずかしいな』という気持ちも分かりますが、教員のシフトの問題で一緒にやらざるをえないという状況だと思う」「子どもの習い事のナンバーワンは水泳、男子と女子の差もないから一緒にやろうと思えばできる。ただ、いろいろ配慮すると別々の方が良い」 という趣旨で一定の理解を示していた。また「地域、学校に応じたやり方でしっかり教育をしていただくことが大事」と述べていた。 冒頭の教師が語る。「結局、現場に丸投げなんですよ。これからも男女のプール授業、とくに中高でどうすべきかは保護者も巻き込んで問題化すると思います。LGBT法もありますから、男女というだけではおさまらない」 LGBT理解増進法案、いわゆるLGBT法案はこうした学校の教育、プールに限らず校内のトイレ対応にも拡大するだろう。対応するのは現場、そして個々の保護者や生徒だ。そして現場の教員はこうしたプールの授業ひとつとっても大変な労力を払っている。 男女の思春期の問題や時代の流れ、そしてLGBT法案や教員の負担軽減、自治体の予算不足など複合的な問題が絡み、今後もこの男女いっしょ、とくに中高のプール授業の問題、そしてプール授業そのものの委託や廃止という議論は続きそうだ。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
* * *「いまの時代、中学校から上で男女混合のプール授業は見直すべきでしょうね。それを疑問に感じている人が多いからこそ、こうして話題になるのだと考えます」
地元国立大学を卒業後、関東の中学校で長く教えてきた教師が語る。
「本音のところ、中学から上でプール授業がいるのか、という気持ちもあります。移動、着替え、授業、終わればまた着替えで男女の性差、男女という区分けも不適当でない問題もある。私立は好きにすればいいが、公立中学でこの時代にプールの授業が必要なのか。教師の負担以上に、生徒も中学生になれば全員が楽しみ、というわけではありませんから」
小学校は男女合同が大半とされるが、中学校では地域、学校によって対応が異なる。ちなみに筆者の場合、1980年代の千葉県野田市、筆者の中学のプール授業は男女別だった。「東の千葉、西の愛知」と呼ばれたほどに管理教育の厳しい県、その中でもさらに厳しいとされた東葛地域北部、プールどころか体育の授業そのものが一部を除き男女別だった。そして高校は茨城県だが、施設にプールそのものがなかったし、当時はクラスそのものが男女別(一部クラスは混合)だった。
「それでいいと思いますよ。その男女別も大変ですけど、私の知る限り生徒は「男女別のほうがいい」という意見が多い」
筆者の時代、そして学校は中学で男女別、高校はプールそのものがないパターンだったが、地域や学校によっては中学、高校とプールの授業があり、男女でいっしょにプール、というところもあるだろう。宮城県仙台市のある高校が男女混合のプール授業で取り上げられたこともあったが、それは「伝統」とした。
「さすがに高校はちょっと。中学3年で男女がいっしょのプールもどうかと思うのに」
この「ちょっと」「どうか」を教師という立場上言いづらいことはわかる。体の発育が十分な子もあるだろう。実際、筆者のかつての教え子に男女とも聞いてみる。
まず女子。
「胸も出ますしお尻も出ます。お腹の肉も(笑)。水泳部の人たちみたいにスタイルがいいわけじゃないし、男子といっしょは恥ずかしいというか、嫌でした」
「ちゃんとした更衣室がない中学でした。だから着替えは上手になりました。でも嫌ですよ、私は毛深いから毛の処理だって大変でした」
「デブで本当に嫌でした。胸も大きいし水着は思いっきり体のラインが出ます。自意識過剰とかじゃなくて、男子だけじゃなく女子にも見られるのが嫌だった」
女子は圧倒的に「嫌」だった。思春期の育ち盛り、プールに限った話ではないとはいえ生理の問題もある。同性に見られるのも嫌、という子も。
しかし男子も聞く限り「嫌」の気持ちが上回るようだ。
「僕は毛深いんです。恥ずかしかったです。プールの授業そのものが嫌でした。背中の毛もあるし陰毛もへそからつながって胸毛で広がってる。剃るにも限界がある」
「デブだから最悪でした。でも自分は中学上がるまでスイミングスクールに行ってたから泳ぎはクラスでも上位でした。「泳げるデブ」「浮力パない」と逆にイジられました」
「女子も嫌だろうけど、男子も大事なところを見られるの嫌ですよ。水着でもっこりすると恥ずかしい。男女いっしょなのに背中を向けてお互い見えないように準備体操する形だったんですけど、みんなチラチラ見てました」
男女とも思春期特有の悩み。もちろん「プールの授業楽しい」「気にしない」という肯定的な意見や、「目の保養」(男女とも)という、ある意味これも思春期特有というべきか、という正直な意見もあった。「知らない人とか仲のいい子に見られるのはいいけど、クラス全員は嫌」という意見も。
しかしなぜ中高で男女混合のプール授業の地域や学校があるのか。冒頭の教師が語る。
「負担の問題ですね。教員が足りないから男女別にするわけにもいかない、というのもあります。あと『男女共習』に従ってプールも男女混合、という地域や学校もあると思います」
彼の言う『男女共習』(男女共修とも)とは学習指導要領にある「原則として男女共習で学習を行うことが求められている」という政府、文科省の方針だ。詳しいことは本旨ではないため置くが、つまるところ「教育の一環として、男女いっしょに行動しましょう」ということである。ただし「原則として」であり、「求められている」で絶対ではない。そこにも地域や学校によってプール授業の対応が異なる事情があるとする。
以下は文科省、高等学校学習指導要領(保健体育)のQ&Aだが、ちょうどこの男女共習について回答されている。
〈問 男女共習の授業を実施する際の留意点はどのようなことですか。〉〈答 学習指導要領では,「体力や技能の程度、性別や障害の有無等にかかわらず、運動の多様な楽しみ方を社会で実践することができるよう留意すること。」とされています。(中略)心身ともに発達が著しい時期であることを踏まえ、運動種目によってはペアやグループの編成時に配慮したり、健康・安全に関する指導の充実を図ったりするなど、指導方法の工夫を図ることが大切です〉
とのことで、この場合、男女の問題は「指導方法の工夫を図る」ということになる。
別の教師(彼は小学校だが)が語る。
「教員不足、教員の待遇もそうだが、上が現状を理解していない。時代に沿った対応が必要だと思う。小学校でも小6になると発育のいい子で『恥ずかしい』と話す子もいる。小学校では男女の着替えもいっしょという学校がまだあると聞く。小学校の場合プールの授業は必要と考えるが、対応は時代に合った対応、そして教員の負担を減らす努力は必要だ」
実際、プールの授業を外部の施設やスポーツクラブに委託する学校も増え始めている。移動の問題はあるが、プールの維持費も馬鹿にならないし更衣室の問題もある。先の元生徒からのヒアリングの中には「プールが古くて汚いから嫌でした」「ちゃんとした更衣室がなかったので最悪」というのもあった。プールそのものがない学校や地域も存在する。埼玉県加須市のように中学校のプール授業そのものを原則廃止した自治体もある。
元スポーツ庁長官、日本水泳連盟会長の鈴木大地氏はテレビ出演でこの問題に関して、
「女子の気持ちになってみたら『恥ずかしいな』という気持ちも分かりますが、教員のシフトの問題で一緒にやらざるをえないという状況だと思う」
「子どもの習い事のナンバーワンは水泳、男子と女子の差もないから一緒にやろうと思えばできる。ただ、いろいろ配慮すると別々の方が良い」
という趣旨で一定の理解を示していた。また「地域、学校に応じたやり方でしっかり教育をしていただくことが大事」と述べていた。
冒頭の教師が語る。
「結局、現場に丸投げなんですよ。これからも男女のプール授業、とくに中高でどうすべきかは保護者も巻き込んで問題化すると思います。LGBT法もありますから、男女というだけではおさまらない」
LGBT理解増進法案、いわゆるLGBT法案はこうした学校の教育、プールに限らず校内のトイレ対応にも拡大するだろう。対応するのは現場、そして個々の保護者や生徒だ。そして現場の教員はこうしたプールの授業ひとつとっても大変な労力を払っている。
男女の思春期の問題や時代の流れ、そしてLGBT法案や教員の負担軽減、自治体の予算不足など複合的な問題が絡み、今後もこの男女いっしょ、とくに中高のプール授業の問題、そしてプール授業そのものの委託や廃止という議論は続きそうだ。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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