かつては安倍氏、小池氏も。ニコニコ超会議から「政治ブースが消えた」ワケ

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4月29日と30日、千葉県千葉市の幕張メッセで「ニコニコ超会議2023」が開催されました(ネット開催は4月22日から30日まで)。昨今、動画共有サイトはYouTubeの一人勝ち状態になっていますが、数年前までは多くのユーザーがニコニコ動画のコンテンツに熱狂していました。日本国内においては、ニコニコ動画が動画共有サイトの文化を醸成し、一時代を築いてきたことは間違いありません。そのニコニコ動画は2012年に初めてニコニコ超会議を開催。ニコニコ超会議はネットだけで完結していたユーザーたちと動画の関係をリアルで結びつけるイベントでした。ネットは世界中の誰とでもつながることができますが、やはりリアルの力には及びません。そうした背景もあり、多くのユーザーが全国から幕張メッセに集結したのです。
当時、ニコニコ動画は多岐にわたるコンテンツに力を注ぎ、「歌ってみた」「踊ってみた」「ゲーム実況」といったコンテンツは、現在も高い人気を誇ります。
◆会場に続々と訪れる“大物政治家”たち
当時のニコニコは、そのほかにも “政治”に力を入れていました。それは、ニコニコ超会議に足を運んだ政治家の名前や人数からも窺い知ることができます。
2012年12月、自民党は民主党から政権を奪還。翌年に開催されたニコニコ超会議には、安倍晋三首相(当時)や石破茂幹事長(当時)、後に東京都知事に就任する小池百合子衆議院議員といった大物議員が会場を訪れています。
また、各政党の党首や幹事長などが一堂に勢揃いして討論するといったステージイベントも開催されています。それらのステージイベント以外にも、自民党や民主党(当時)、公明党、共産党といった主要政党は独自にブースを出展。これらの政党ブースでは、ニコニコ超会議に来場した若者たちに向けて自党の政策をPRしていました。
◆街宣車を用意した自民党のブース
政党のブースに足を運ぶ来場者なんて、「政治に関心が高い人だけでは?」と思うかもしれません。しかし、意外にも多くの若者が政治ブースに足を運んでいました。筆者は各政党のブースを見て回りましたが、特にPRが上手いと思ったのが自民党のブースです。
自民党は「あさかぜ号」という特別仕様の街宣車をブースに展示。来場者は街宣カーの上に立ち、マイクを握って政見を訴えるという模擬体験ができるようになっていました。政治に強い関心がなくても、一度は街宣車の上に立ち、マイクを握って何か主張したいという人は少なくなく、あさかぜ号の前には長蛇の列ができました。
◆鉄道トークに花を咲かせた石破氏
そのほかにも、自民党は“黒ヒゲ危機一髪”に模したゲームを用意。安倍晋三首相に模した“あべぴょん”が樽から飛び出さないように短剣を指すゲームを置き、ブースを訪れた来場者が楽しんでいました。自民党は政治一色ではなく上手にエンタメ性を盛り込んでいたのです。
また、ニコニコ超会議に来場した政治家は、政党ブース以外のブースに立ち寄り、そこで多くの人と触れ合うこともありました。鉄道マニアで知られる石破茂幹事長は、超鉄道のステージにサプライズ登壇。司会進行役の向谷実さんもタモリ倶楽部などに出演する鉄道マニアとして知られまずが、2人は濃い鉄道トークに花を咲かせています。
また、立憲民主党の枝野幸男代表(当時)は、アイドルオタクとして知られています。そのため、ご当地アイドルのブースに立ち寄り、オタ芸をVR体験しています。
◆ニコ動がネトウヨを育てた?

政治とネットの距離が近づいたのは、ニコニコ動画以前からです。インターネット匿名掲示板の2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)により、右翼的な言説をするネット右翼(ネトウヨ)が一般的に認知されるようになりました。そして、ニコニコ動画がネトウヨを大きく育てる一役買ったともいわれます。
ただし、ニコニコ動画のユーザーたちが、政治に高い関心を抱いていたわけではありません。しかし、政治にまったく無関心だったわけでもありません。なんとなく、政治に関心があるといった程度です。
◆ニコ動と政党が「Win-Winの関係性」に
ニコニコ動画は2009年頃から首相会見や大臣会見を生配信するようになり、2012年からは福島第一原発事故で連日のように動向が注視されていた東京電力の記者会見を生配信するようになりました。こうした生配信により、ニコニコ動画にとって政治は重要なコンテンツになったのです。
いまや首相会見や各省庁の大臣会見、東京都知事会見などでインターネット生中継は当たり前になっています。その先鞭をつけたのが、ニコニコ動画と言っても過言ではありません。
他方、政党側にとってもインターネット生中継をしてくれるニコニコ動画はありがたい存在でした。当時も今も、政党の悩みの種は支持者の高齢化と新しい支持者の獲得です。それに試行錯誤していた各政党は、若い支持者を獲得するツールとしてニコニコ動画に飛びつきました。各政党はこぞってニコニコ動画に公式チャンネルを開設。動画配信により身近な政党であることPRし、党勢拡大を目指したのです。
◆政治家に会うとファンになってしまう?
しかし、それだけでは党勢拡大につながりません。ネットによる情報発信は手軽にできますが、政治を身近に感じてもらう第一歩に過ぎないからです。ネットでは、有権者と政治家が会うことはできません。あくまでも画面を通じたコミュニケーションでしかなく、それだけでは、一票を投じてもらうことは難しいからです。
これは政治家に限った話ではありませんが、人と人は実際に会ってみないとどんな人柄なのか?どういった考え方なのかを心底まで知ることはできません。ネットだけで党勢を拡大することには限界があります。
インターネットが当たり前になった現在においても、政治にとってきちんとしたコミュニケーション、リアルが大事であることは変わりません。これは街頭演説に頻繁に足を運ぶと実感できます。
特に支持していなかった政治家の街頭演説にたまたま遭遇し、せっかくだから握手をする。選挙に立候補するような人は、みんなパワフルで魅力的です。握手をしたら、多くの人が「思っていたよりも、良い人だった」という感想を抱き、政治家のファンになってしまうのです。
◆ブースを出展しない理由がない
ニコニコ超会議は、通常ならネットで完結していた政治家とのコミュニケーションをリアルで体験できる絶好の場になりました。政治家に会うためだけなら街頭演説や講演会などに足を運べばできますが、それは初めの一歩としてはハードルが高いのです。
ニコニコ超会議は、政治イベントではありません。会場には多種多様のエンターテイメントが用意されています。そうした気軽に足を運べる会場で、大物政治家と手の届くような距離で会話ができ、握手をしたり一緒に写メを撮ったりできるのです。かなりハードルが低い政治空間なのです。
政党側にとってもニコニコ超会議は党勢拡大を図る絶好のチャンスですから、ニコニコ超会議にブースを出展しない理由はありません。
◆YouTubeの台頭とコロナ禍で失速

2020年と2021年のニコニコ超会議はオンライン開催のみになり、ようやく定着しつつあった政治とネットがリアルに融合するという流れが一気に破綻してしまったのです。
それでも、ニコニコ超会議は2022年にリアル開催に戻りました。筆者はオンライン開催のみだった2020年と2021年を除き、ニコニコ超会議が初開催となった2012年から今年の2023年まで毎年足を運んで会場の様子を見てきました。
2022年は夏に参議院議員選挙を控えていたこともあり、多くの政党がニコニコ超会議にブース出展し、再び党勢拡大の足がかりにするのではないか? そう思っていたのですが、実際にブースを出展していたのはNHK党(現・政治家女子48党)と社会民主党(社民党)の2党だけでした。
NHK党は党首の立花孝志さんとNHK党唯一の国会議員である浜田聡さんがステージ上でトークを繰り広げ、多くのギャラリーを集めました。このときに、立花党首はガーシーこと東谷義和さんを夏の参議院議員選挙に擁立する準備を進めていると発表。その後、立花さんは宣言通りに東谷さんを立候補させ、参議院議員に当選させています。
◆党首不在で盛り上がりに欠けた社民党のブース
一方、社民党は党首の福島みずほさんが各地で開催されるメーデーに参加するため、会場には姿を見せませんでした。当時、福島さんは社民党唯一の国会議員です。その福島さんが姿を見せなければ、社民党ブースが盛り上がらないことは言うまでもありません。
福島党首の代わりに社民党ブースを切り盛りしていたのが、夏の参議院選挙に立候補を予定していた村田しゅんいちさんでした。
◆政党のブース出展がついに途絶える
今年のニコニコ超会議は、統一地方選が終わった直後ということもあって政党のブース出展はゼロでした。歳月の移り変わりにより、政治とネットの融合、それからリアルへとつなげることを目指したニコニコ超会議は政治から遠ざかっていることが如実に表れています。
そうした状況でしたが、それでも今年のニコニコ超会議に政治色のあるブースが2つありました。ひとつは、先ほど紹介した村田しゅんいちさん個人が仲間たちと共同で出展したブースです。
村田さんは昨夏の参院選で社民党から立候補したこともあり、出展したブースには社民党の大椿裕子参議院議員がトークイベントのゲストで登壇しています。また、昨夏の参議院議員選挙で立憲民主党から立候補した要友紀子さんもブースの手伝いに姿を見せています。
もうひとつが、大田区議の荻野稔さんが出展していたブースです。荻野さんはオタク議員として知られ、政治を身近に感じさせるような自作のマンガを販売していました。
これら2つのブースは政党による出展ではありません。あくまで個人による出展です。そのため、以前のようなお大きな規模のブースではなく、こぢんまりとしていました。なによりも、党勢拡大といった目的も感じられませんでした。
◆「大規模イベント」は役割を終えたのか
動画共有サイトで一時代を築いたニコニコ動画ですが、先述したように最近はYouTubeに大きく差をつけられていることは誰もが認めるところでしょう。そのほか、InstagramやTikTokで情報発信する政治家も増えており、政治におけるニコニコ動画の存在感はかなり小さくなっています。
しかし、YouTube もInstagramもTikTokも、ユーザー個人によるオフ会・ファンミーティングのような小規模なイベントは実施されていますが、ニコニコ超会議のような大規模かつ公式のリアルイベントは開催していません。そこが大きな違いであり、政治にはそのリアルが重要です。
いまやインターネットによる情報発信は政治分野でも重要性を増し、欠くことはできません。他方で、政治がリアルを無視することもできません。
ニコニコ動画とニコニコ超会議が目指してきた政治とネットの融合、そしてイベントでリアルへと結びつけるという試みは、言うならば政治の動線をネットから人へと移し替えたことを意味します。
2022年と2023年のニコニコ超会議では、政治とネットの関係が大きく変化していることを物語っていました。政治家や政党はネットをどう駆使して党勢拡大を目指すのか? 有権者と結びつくのか? その模索は続きます。
<文・撮影/小川裕夫>

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