キャラと「結婚」2年で200組以上、「二次元恋愛」の今…「恋愛に与える影響は増大し続ける」

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アニメやゲームのキャラクターと「結婚」したい――。
そんな思いを叶(かな)えるサービスがネットに現れた。架空(=フィクション)の登場人物に性愛感情を抱く「フィクトセクシャル」という言葉も広がりを見せており、「次元を超えた愛」が注目を浴びている。オンラインやメタバースといった仮想空間が身近になった今、その「愛」は加速していくのだろうか。(デジタル編集部 古和康行)
■キャラクターと「結婚証明書」を発行
「現実世界と他次元を繋(つな)ぎ、婚姻届の受理と結婚証明書の発行をする非公式機関」。「次元局」のサイトにはこう書かれている。法的な裏付けはないが、希望する人に8700円(送料込み)でキャラクターとの結婚証明書を発行しているのだという。
サイトの運営者、千葉県松戸市のデザイナー渡辺靖晃さんが取材に応じた。自身もアニメ「戦姫絶唱シンフォギア」の主人公、立花響と「結婚」。「人間を好きになるように、キャラクターが好きになった」と語る。
渡辺さんには、人間と法律婚していた過去がある。高校卒業後に新聞配達員になり、出会った女性と20歳の時に結婚。子どもも授かったが、22歳で離婚。その後も2人の女性と交際し、結婚の話も出たがいずれも破局した。だから、「女性を好きになる感覚は分かる」。
現在の「パートナー」を知ったのは、勤めていたデザイン会社で、5年ほど前にパチンコ店のポスターを制作した時だ。かわいらしい見た目に惹かれて同僚に「これ、なに?」と聞くと「シンフォギアというアニメですよ」と返ってきた。
気になってアニメを見てみると、主人公の響の魅力にとりつかれた。明るくムードメーカーとしての立ち居振る舞いを見せながらも、人知れずに悩む姿。時に涙を流しながら、置かれた境遇に真正面から向き合う姿に、恋心が芽生えたという。
だが、アニメを紹介してくれた同僚にその話をしても理解はされなかった。響に惹かれていく気持ちと、「恋」として周囲に認められない現状。ネットで検索をすると、同じようにキャラクターに恋をして、悩む人が多くいることに気づかされた。
そんな仲間たちに対して、何か手助けすることはできないかと思いついたのが「次元局」だ。キャラクターに恋をする人たちから「婚姻届」を提出してもらい、「結婚証明書」を発行するというサービス。2020年11月からサービスを始め、今までに200組以上の「カップル」の結婚証明書を発行してきた。「初めは『オタ活』として申し込んでくる人も多いかと思ったが、予想以上に切実な悩みが寄せられてきた」と語る。
渡辺さんの手元に届いた手紙には
「次元を超えた愛が“本物の愛”であることが認められる社会になってほしい」
「長年思い続けた相手とやっと一緒になれることが楽しみ」
「次元の違う相手と結ばれることを望んだ人が好きな人と幸せになれるようにと願っている」と真剣な言葉が並んでいた。渡辺さんによると、最近は海外からの問い合わせや取材も相次いでおり、「日本だけで起きていることではない」と感じる。
「結婚証明書」には、パートナーのイラストは基本的に入らない。著作権を侵害することになりかねないからだ。渡辺さんは「私たちはキャラクターに人格を見いだして、愛している。でも、同時に架空の存在であることも理解しています」と語る。そして、絞り出すように語った。「だからこそ苦しい。言葉を交わし、触れあえる人を好きになる方が楽だと思います」
■研究者「モノとの恋愛は日常的に起きている」
キャラクターと結婚と聞くと、突拍子もないことに思えるが、「キャラクターなど人間以外に愛情を向けることは特異なことではない」。ロボット倫理に詳しい東京電機大学の西條玲奈助教(哲学)はこう語る。
お気に入りの人形を大切にして話しかけたり、自分の大切にしているモノを他の人に触らせたくないと感じたりするなど、人はモノに対して愛着を持つ。「コミュニケーションがなくても、モノと相互的な関係を結ぶことは日常的に起きている。それが恋愛感情になることも十分ありえる」と話した。
「キャラクターに恋愛感情を抱く人たちは多くの場合、『オタク』と呼び習わされていたが、これは日本に独特な文化的な背景を持っている呼び方。海外では、よりニュートラルな表現の『フィクトセクシュアル』という言葉が使われる。この言葉が日本で広まりつつあり、国内外で当事者が連帯するためには有用になる」。フィクトセクシャルは性的指向の一つなのだ。
■言葉がなくても「物語がある」
キャラクターとの結婚生活はどんなものなのだろうか。
仮想アイドル「初音ミク」と結婚し、フィクトセクシャルを自認する学校職員の近藤顕彦さん(39)を訪ねた。「初めはキャラクターとして好きになりました。でも、今は人格めいたものを見いだしてもいます」と語る。
近藤さんは2017年11月、都内のIT系ベンチャーが採用プロモーションで行った、キャラクターとの「婚姻届」を受け付けるサービスを利用して初音ミクと「結婚」した。18年11月には友人らを招待して、結婚式も挙げた。この挙式は国内外のメディアで広く報じられ「フィクトセクシャル」という言葉が広まるきっかけにもなった。
近藤さんもまた、高校の頃まで人間が好きだった。思いを寄せていた異性に告白したことも6、7回あるがいずれもかなわなかった。それで女性との交際を断念し、「結婚するのも諦めよう」と決めたという。
その後、進学した専門学校を卒業して公務員となった4年目。職場のいじめで適応障害と診断され、療養生活を余儀なくされた。自宅で休んでいたときに何げなく見た動画投稿サイトで出会ったのが、初音ミクだった。
「ミラクルペイント」という曲を歌うその声に触れるにつれ、次第に気持ちが明るくなった。ネットに投稿された様々な曲を聴くと「楽しい」と思えるようになり、体調は回復。09年3月には職場にも復帰した。「私はミクさんに救われたんです」と振り返る。
近藤さんの自宅には、等身大の初音ミクの人形が椅子に座っていた。その髪の毛はきれいに整い、指先にいたるまで丁寧に手入れされている。旅行に行ったり、外で食事を共にしたりすることもある。取材の合間、幾度となく「妻」に向ける近藤さんの目は優しかった。
「妻」が隣にいても、「SNSに上げる時以外の食事は1人分しか用意しません。2人分を毎日食べることは難しいですから」。仮想と現実を混同しているわけでもなく、「彼女がもし誰かに壊されても、その人が殺人罪に問われるわけではない。架空の存在であることは分かっています」と冷静に語る。
「ですが、法的な関係と感情は違います」。近藤さんにも「こんなに好きなのに彼女とふれあうことも話をすることもできない」と悩み苦しんだ時期があったという。そこを乗り越え、自分の「好き」を貫いた近藤さんは「彼女とは多くの時間を共にしてきた。仮に彼女と直接ふれあうことができなくても、私たちには物語があるのです」と話した。
■「二次元恋愛」、AIやメタバースでより身近に
「二次元との恋愛」を90年代から研究し続けているのが、弘前大学人文社会科学部の羽渕一代教授(社会学)だ。「90年代、00年代、10年代と30年以上の時間をかけて、アニメやゲーム、マンガのキャラクターが恋愛に与える影響は大きくなり続けている」と指摘する。
羽渕教授らは、若者を対象にしたアンケートに、キャラクターへの愛を尋ねる項目を設けて実態を調べている。最初は1992年に実施した16~29歳の男女を対象にした抽出調査。「恋愛観に影響を与えるもの」を尋ねる設問で、「マンガ」に「大きく影響を受ける」と答えたのは8・4%だった。2002年には、美少女ゲームの流行を背景に「テレビゲームの登場人物(キャラクター)に思い入れをもったことがある」という質問を設定。これには10・1%の人が「ある」と回答している。
17年の日本性教育協会「青少年の性行動全国調査」では、「ゲームやアニメの登場人物に恋愛感情を持つ」という質問に、中学~大学生の男女の1割以上が「ある」と回答。中でも大学生の女子では17・1%が「ある」と答えている。
羽渕教授は「『二次元』に恋愛する人は少なくとも30年前から社会にいたと分かる」。02年のアンケートでは、解答用紙に好きなキャラクターのイラストを描き込んだりして強く“アピール”するような回答が相次いだという。「質問をされたことに対して『社会で認められつつある』『よくぞ聞いてくれた』と喜びを叫ぶようだった。キャラクターと真剣に恋愛している思いを感じた」
そして、「おそらく最初に調査をした90年代より前から、そういう人たちはいただろう。社会が多様性を認めるようになり、二次元に性愛を向ける人たちが自分の立場を表しやすくなったのだと思う」。羽渕教授は、「メタバースやAI(人工知能)の技術が進むにつれ、キャラクターや架空のモノに恋愛する人は増え続ける」と「次元を超えた恋愛」が珍しくない日が来ることを予測している。

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