昭恵夫人に囁かれる「『安倍晋三回顧録』の20万部巨額印税で下関に移住」計画

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やはりこの人は長くはじっとしていられない性格のようだ。“アッキー”こと安倍昭恵夫人である。ファーストレディ時代は「家庭内野党」と言われてその言動が話題を振りまいたが、夫の安倍晋三・元首相が凶弾に倒れた後は、経営していた東京の居酒屋「UZU」を畳み、夫の弔い合戦となる補欠選挙への出馬要請を固辞し続けるなど、ショックで悲嘆に暮れている様子が誰の目にもわかった。
【写真】新婚当時の安倍夫妻の姿。下関にある安倍氏の事務所は閑散としていた その昭恵夫人が、安倍氏の1周忌(今年7月)を迎える前に活動を再開した。2月11~12日に地元・下関で開かれていた安倍氏の写真展にサプライズ来場したかと思うと、同16日には東京で安倍派の幹部会合に出席。

そこでは4月に行なわれる衆院山口4区補選に安倍氏の後継者として出馬する元下関市議を「夫の遺志を継承するに値する人物です」と推薦して選挙支援を要請した。“神出鬼没”で行動力にあふれたいつもの昭恵夫人が戻ってきたかのようだ。 東京のUZUは閉店したが、下関には昭恵夫人が立ちあげに関わったゲストハウス「uzuhouse(ウズハウス)」があり、2021年12月には系列の「ふぐ懐石garden」もオープン。「最近は頻繁に下関入りされています。もちろん、まだ喪失感は大きいようですが、少しづつ元気を取り戻しているようでほっとしています」(後援会関係者)という。4月の補選でも「応援に駆けつけてくれるはずです」(同前)と地元では期待されている。 そうした昭恵夫人再起のきっかけになっていると見られているのが安倍氏の生前のインタビューをまとめた『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)の出版だ。国内外で大きな反響を呼び、2月8日の発売から「2月20日までに5刷5万部の重版が決まり、累計20万部の発行となっております」(中央公論新社広報部)という。 昭恵夫人は内容にも大満足の様子で、ジャーナリスト・相澤冬樹氏の直撃に、「全部いいと思います。もうほんとにすべてが主人の生の声ですので」と語っている(本誌・週刊ポスト2月20日発売号で既報)。回顧録の印税の半分は昭恵夫人に入るとあって、経済的にも恩恵は大きいようだ。 書籍の発行印税は一般的に10%。昭恵夫人に入る印税を半分の5%と仮定すると、現段階で1800万円が昭恵夫人の懐に入ってくることになる。そこで囁かれているのが「その印税を元手にして山口に移住するのではないか」ということだ。 昭恵夫人は今相続問題を抱えている。夫人が住む東京・渋谷区の安倍邸「富ヶ谷ハイム」は敷地約1140平米、地上3階、地下1階(総延べ床面積1938平米)の豪邸で、1階は安倍氏の兄・寛信氏の自宅、2階に安倍氏夫妻(現在は昭恵夫人1人)、3階には「ゴッドマザー」と呼ばれる安倍氏の母・洋子さんが住んでいるが、土地・建物ともに洋子さんと寛信氏の名義で、故・安倍氏の持ち分はなかった。そのため、東京の安倍邸は昭恵夫人に相続権はない。 一方、下関市の高台に立つ敷地約2000平米、延べ床面積約600平米の豪邸は故・安倍氏の所有だったことから、昭恵夫人と洋子さんに相続権がある。安倍家をよく知る政界関係者の話だ。「母の洋子さんは94歳と高齢のうえ、晋三さんが亡くなったあと、体調が思わしくないとうかがっています。国葬にもお見えになりませんでしたから。1階に住んでいた兄の寛信さん家族はずいぶん前に都内の別のマンションに引っ越していましたが、最近は、夫婦で洋子さんのお世話をしていることが多いようです。 寛信さんは昭恵さんにずっと住んでいてくださいと言っているようですが、富ヶ谷の家は将来的には寛信さんが継ぐことになるので、昭恵さんも居づらいのではないでしょうか。晋三さんの1周忌と初盆が終われば、本格的に生活の拠点を下関に移すつもりかもしれませんね」 昭恵夫人が安倍邸を去る日は近い?
その昭恵夫人が、安倍氏の1周忌(今年7月)を迎える前に活動を再開した。2月11~12日に地元・下関で開かれていた安倍氏の写真展にサプライズ来場したかと思うと、同16日には東京で安倍派の幹部会合に出席。
そこでは4月に行なわれる衆院山口4区補選に安倍氏の後継者として出馬する元下関市議を「夫の遺志を継承するに値する人物です」と推薦して選挙支援を要請した。“神出鬼没”で行動力にあふれたいつもの昭恵夫人が戻ってきたかのようだ。
東京のUZUは閉店したが、下関には昭恵夫人が立ちあげに関わったゲストハウス「uzuhouse(ウズハウス)」があり、2021年12月には系列の「ふぐ懐石garden」もオープン。
「最近は頻繁に下関入りされています。もちろん、まだ喪失感は大きいようですが、少しづつ元気を取り戻しているようでほっとしています」(後援会関係者)という。4月の補選でも「応援に駆けつけてくれるはずです」(同前)と地元では期待されている。
そうした昭恵夫人再起のきっかけになっていると見られているのが安倍氏の生前のインタビューをまとめた『安倍晋三回顧録』(中央公論新社)の出版だ。国内外で大きな反響を呼び、2月8日の発売から「2月20日までに5刷5万部の重版が決まり、累計20万部の発行となっております」(中央公論新社広報部)という。
昭恵夫人は内容にも大満足の様子で、ジャーナリスト・相澤冬樹氏の直撃に、「全部いいと思います。もうほんとにすべてが主人の生の声ですので」と語っている(本誌・週刊ポスト2月20日発売号で既報)。回顧録の印税の半分は昭恵夫人に入るとあって、経済的にも恩恵は大きいようだ。
書籍の発行印税は一般的に10%。昭恵夫人に入る印税を半分の5%と仮定すると、現段階で1800万円が昭恵夫人の懐に入ってくることになる。そこで囁かれているのが「その印税を元手にして山口に移住するのではないか」ということだ。
昭恵夫人は今相続問題を抱えている。夫人が住む東京・渋谷区の安倍邸「富ヶ谷ハイム」は敷地約1140平米、地上3階、地下1階(総延べ床面積1938平米)の豪邸で、1階は安倍氏の兄・寛信氏の自宅、2階に安倍氏夫妻(現在は昭恵夫人1人)、3階には「ゴッドマザー」と呼ばれる安倍氏の母・洋子さんが住んでいるが、土地・建物ともに洋子さんと寛信氏の名義で、故・安倍氏の持ち分はなかった。そのため、東京の安倍邸は昭恵夫人に相続権はない。
一方、下関市の高台に立つ敷地約2000平米、延べ床面積約600平米の豪邸は故・安倍氏の所有だったことから、昭恵夫人と洋子さんに相続権がある。安倍家をよく知る政界関係者の話だ。
「母の洋子さんは94歳と高齢のうえ、晋三さんが亡くなったあと、体調が思わしくないとうかがっています。国葬にもお見えになりませんでしたから。1階に住んでいた兄の寛信さん家族はずいぶん前に都内の別のマンションに引っ越していましたが、最近は、夫婦で洋子さんのお世話をしていることが多いようです。
寛信さんは昭恵さんにずっと住んでいてくださいと言っているようですが、富ヶ谷の家は将来的には寛信さんが継ぐことになるので、昭恵さんも居づらいのではないでしょうか。晋三さんの1周忌と初盆が終われば、本格的に生活の拠点を下関に移すつもりかもしれませんね」
昭恵夫人が安倍邸を去る日は近い?

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