10月26日にマレーシアで開かれたASEAN首脳会議を皮切りに、同28日の日米首脳会談、同30日の日韓首脳会談、同31日の日中首脳会談と、怒濤の外交スケジュールを無事にこなした高市早苗総理。しかし、その足元を見れば政権基盤は脆弱そのもの。延命のためになりふりかまわず突き進む彼女に、未来はあるのかー。
前編記事『実は自民党は「右派政党」ではない!多くの人が勘違いしている高市政権が日本維新の会と連立した「本当の理由」』より続く。
久江雅彦(共同通信社特別編集委員)
ひさえ・まさひこ/’63年、千葉県生まれ。早稲田大学を卒業後、毎日新聞社を経て、’92年に共同通信社に入社。ワシントン特派員、政治部担当部長、整理部長などを経て、’24年より現職。著書に『日本の国防』など
中北浩爾(中央大学法学部教授)
なかきた・こうじ/’68年、三重県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中途退学。博士(法学)。専門は日本政治史。立教大学法学部教授などを経て現在、中央大学法学部教授。著書に『自公政権とは何か』など
中北:久江さんは、なぜ公明党が連立を離脱してしまったと見ていますか。
久江:もっとも大きいのは、高市政権の生みの親である麻生太郎副総裁の存在でしょう。麻生さんは安保関連3文書の閣議決定をめぐって、公明党の幹部や創価学会を名指しして、「がん」と発言するなど、公明党・創価学会への嫌悪感をあらわにしてきました。
中北:麻生さんは本当は国民民主と連立を組みたかったんですよね。国民民主を支援している労働組合の票が欲しかったということでしょう。UAゼンセン、自動車総連、電機連合、電力総連のいわゆる民間4産別ですね。
久江:連合から4産別を引き剥がそうという画策は、実は’06年の第一次安倍政権のときから自民党が水面下で続けてきました。自民党は民間労組の票を狙っているというよりも、連合を割りたいという思惑がある。
中北:たしかに4産別は連合の主力ですから、ここが割れれば選挙運動ができなくなるでしょう。
でも連合のほうもまとまらないと無力化されることがわかっているので、簡単には割れないわけです。
久江:そうこうしているうちに公明党は連立離脱してしまうし、立憲民主党の安住淳幹事長は野党候補の一本化を提案してくるしで、玉木(雄一郎)代表は身動きが取れなかった。そこへ維新が、鳶が油揚げをさらうように自民党との連立協議に乗り出した。
中北:玉木さんとしては、石破政権の時のように政策ごとに協力するパーシャル連合が良かったんです。政策実現で成果を挙げられるし、連合から文句が出ることもない。そして、次の選挙で議席を伸ばすことも見込める。でも維新が割って入って、与党で過半数に近づいてしまうと、この戦術の効果が下がってしまう。内心焦っていると思います。
自民と維新を揺さぶるためか、議員定数の削減に賛成すると言いましたが、比例で当選してきた議員の割合も多いので、本気だったのか定かではありません。ネットの受けを気にして発言しただけかもしれません。
久江:国民民主党も難しい立場に追い込まれています。「手取りを増やす」とネット戦略を打ったところ、これが大当たりして議席が急増した。でも、ネットの支持は「ビールの泡」のようなもの。振り上げたこぶしを少しでも降ろせば人気は急落しかねない。まさに自縄自縛です。
中北:高市さんもネットで人気があるタイプですね。
久江:昔の自民党の代議士は地域の代表者だったから、「人間操縦術」に長けた人が多かった。商工業者や農協の組合員から、やんちゃな人まで、いろんな人を束ねているんだから、当然です。田中角栄なんかまさに典型的な人物ですよね。
ところが、時を経て二世や三世が親の地盤を継ぎ、たいした苦労もなく代議士になってしまう。政策は勉強しているかもしれないけれど、それをどうやって実現していいかわからない。自民党員は共産党や公明党のように組織の代表として動く人たちばかりではないからです。そうしていわゆる「政治偏差値」の低い政治家が増えてしまっています。
中北:それは野党も一緒ですよね。労働組合で人を束ねてきた経験がある人は、大臣になってもちゃんと仕事ができるんです。ところが、弁護士出身者や松下政経塾出身者なんかが増えてきて、そういう人がすぐに組織を運営できるかといえば、やはり難しい。そういえば、高市総理も松下政経塾出身でしたね……。
与党も野党も「政治偏差値」が下がってきて、そこへネットが出てきたもんだから、みんな安易にSNSでバズるような政策を打ち出したがる。でもそういう人たちに実際に政治が回せるのかという問題があるわけです。
久江:派閥の親分というのは、それなりの魅力があったんですよ。カネを配るだけではなく、この人についていこうと思わせないといけない。学校のクラスみたいに、足が早い者がいれば、遅い人もいる。頭が良い生徒もいれば、悪い子もいる。そういう人たちをまとめていくのが政治家の仕事なんです。
中北:最近では、そんな我々の感覚から乖離するような政治状況が起こり始めていますね。みんながネットの過激な主張に流されていくから、漫画のようにどんどん場面が変わっていって、政局がまったく安定しません。
久江:SNSが普及して、よく言えば価値の多様化が進みましたが、悪く言えば極端な主張をする人がたくさん出てきてしまいました。そうしないと、目立たないからです。
中北:SNSで極端な政策を主張する政党が議席を獲得していけば、多党化が進み、与党による政権運営もその日暮らしになってしまいます。すると主張がますます先鋭化していく。自民党も政党支持率が下がってきたら、排外主義を煽って極端な外国人政策を打ち出してくることも考えられます。
消費減税についても、今は麻生さんが歯止めをかけているとされますが、彼らが寄って立つ権力基盤が崩れそうになれば、一転して減税に踏み切るかもしれません。結局のところ、権力を維持することが一番重要なわけですから、政策は二の次です。
久江:そうした状況の中、10月17日、村山富市元総理が亡くなられたのは象徴的でした。’94年、社会党の村山さんが自社さ連立政権の総理になって、冷戦構造を背景とする「55年体制」が終焉した。その後、公明党という補助輪を付けた自民党の一強体制が、民主党政権など一時期を除いて続いてきました。ところが、その一強体制もついに終わりを迎えようとしています。
中北:自民党の耐用年数が間近に迫っているということでしょう。そもそも自民党は、’55年、国際収支が厳しかった折に財政規律を維持し、統治に責任を持てる政党を作ろうと、日本民主党と自由党の保守合同によって始まりました。この結党の理念をどう昇華して、今後を迎えるかということが試されているわけです。もしできなければ、自民党は歴史的使命を終えたことになるのではないでしょうか。
久江:ネットが普及した今、これまであった地域の繋がりは衰退の一途を辿り、「個」の世界が広がっていくでしょう。自民党も地元の企業や団体に頼っているだけでは立ち行かず、今後さらにイデオロギー色を出していく方向に進む可能性が高まっていくかもしれません。
だからこそ、ネットのデマに振り回されず、政治がいかに人々を包摂する力を残していけるかが肝要です。
安倍さんは実はそれに成功していた。高市さんにも似た芸当ができるのか、正念場が続きそうです。
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