高齢の兄の遺体を自宅に放置したとして死体遺棄の罪に問われている新田芳子被告(71・逮捕時)の初公判が10月28日、東京地裁で開かれた。
起訴状などによると区役所職員から「生活保護の受給者と連絡が取れない」と通報があり、駆け付けた警察官が新田容疑者の自宅2階から遺体を発見したという。
「今年の5月、警視庁深川署は高齢男性の遺体を放置したとして、死体遺棄の疑いで新田容疑者(逮捕時)を逮捕しました。遺体はゴミの中でうつ伏せの状態で見つかっています。新田被告は兄と2人暮らしで、生活保護を受給していました。逮捕時、新田被告は『最後に生きているのを見たのは3年ぐらい前。部屋で死んでいることには気づいたが、そのままにしていた』と供述しています」(全国社会部記者)
新田被告は黒の上下のジャージーで入廷。染めていたと思われる髪は根元あたりから3分の1ほど白髪がのぞき、勾留期間の長さをうかがわせる。女性刑務官にうながされ、無表情で着席した。
証人質問には事件当日に現場に駆け付けた警察官が呼ばれ、遺体発見時の現場を生々しく語っている。公判で語られた内容は、概ね以下のようなものだった。
今年5月に区役所の福祉担当者から、「連絡の取れない方がいる。兄と妹で住んでおり、お兄さんの安否を確認しようとするとはぐらかされてしまう」と連絡が入った。警察官が区役所職員とともに自宅を訪れたところ、新田被告は兄の所在について、
「眼医者に行っている」 「別のところにいる」
などと、あやふやな回答を繰り返した。警察官が「安否は確認しないといけないよ」と告げると、新田被告は、
「(兄は)ハマっていて動けない」
と理解できない回答をしたという。支離滅裂な言動を不審に思った警察官が自宅の中を確認するため玄関ドアを開けると衝撃の光景が広がっていた。
〈ゴミで溢れ返っていた。足の踏み場もないほどのゴミが山積みになっていた〉(公判での警察官の証言。以下、〈〉内の発言は全て同じ)
辛うじて1人が通れる階段を上がると右隣に部屋があり、
〈ゴミが(成人男性の)腰ぐらいの高さまであったためドアが開かない。部屋の中ではテレビが点いており、腐敗臭がした。経験上、人が亡くなっているのではないかと思った〉
と疑惑を深めた。ドアを開けようにもゴミが邪魔をし、木製のドアが軋むだけで中を確認することはできず、応援を要請。その間に警察官が「自分の口で話したほうがいいですよ」と促したが、新田被告は答えなかったという。その後、応援に駆け付けた警察官がバールでドアを破壊し部屋の中を確認したところ、ゴミが散乱する部屋のなかに白骨化した遺体を発見。頭蓋骨が確認できるほど劣化した状態だったという。
新田被告は警察官の証言を聞きながら、首を振ったり、うなずくようなしぐさを見せていた。ぼそぼそと独り言をしゃべる場面もあったが、その内容を聞き取ることはできなかった。
生活保護受給問題に詳しい『弁護士法人ユア・エース』の正木絢生(まさきけんしょう)代表弁護士に話を聞いた(以下、「」内は正木弁護士の発言)。
「死体遺棄は法定刑が『3年以下の拘禁刑』です。家庭内での放置型では、初犯で反省が明確なら執行猶予になることもありますが、放置期間が長いほど悪質と見られ、さらに死亡後も生活保護費を受け取っていたなど金銭目的が認められて詐欺が併合されると重くなり実刑に近づきます。
裁判所は主に『放置の期間と隠し方』『死亡確認後に通報できたのに遅らせた程度』『心身・介護・孤立など生活面の事情』『金銭目的の有無』を総合して判断するため、本件は“長期放置”の評価と“詐欺の成否”次第で振れ幅が大きい、というのが現実的な見通しです。仮に詐欺罪も成立し、併合罪となる場合には、詐欺罪の法定刑(10年以下の拘禁刑)の1.5倍である15年以下の拘禁刑が、全体の刑の上限となります」
今回の場合、新田被告の刑事責任能力の有無も焦点になるとみられる。責任能力がないと認定された場合、不正受給した可能性のある生活保護費については、どのような扱いになるのだろう。
「刑事の責任能力(心神喪失・心神耗弱)と、生活保護費の返還・徴収は別扱いです。不正な手段による受給が認められれば生活保護法78条で徴収(悪質なら最大40%加算)、単なる過払いなら同法63条で返還となります。
誰にどこまで請求するかは、死亡で受給権が消えた後の入金の帰属、口座の引出者、欺罔(ぎもう・裁判用語で「人を欺き、だますこと」)の有無、第三者が利得を得ていないか、といった事情で決まります。つまり『刑事で責任能力なし=返還不要』にはならない。ただし、心身の状態や生活困難の度合いは、分納・猶予・減免など回収方法の裁量に反映されます」
このような疑惑を持たれている生活保護を不正に取得する事件は今後も増加傾向にあると思われるが、
「全国の相談件数を一律に把握する統計は限られており断定はできません。ただし、物価高や独居化・要介護化の進行を背景に、現場では高齢者に関する相談は『横ばい~緩やかな増加』との認識が主流です。周辺指標としては、生活保護の申請件数が増加基調の自治体が多く、高齢の単身世帯・夫婦のみ世帯の割合も高水準で推移しています。
窓口では家計・住まい・医療・介護・債務が併存するケースが目立ち、地域包括支援センターや自立相談支援機関との連携による訪問型の見守りや、代理申請支援の強化が重要となっています」
という。意図的な不正受給は決して許されるべきではないが、決して他人事ではないと改めて思い知らされる事件である。