雪の日に足を滑らせ、重たいソファが体の上に…還暦間近で失職→“タイミーさん”になった60代男性が体験したスキマバイトの危険な実情

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

〈ご主人様の“話し相手”になるスキマバイトも…失職して“タイミーさん”になった60代男性が驚いた“意外なニーズ”とは?〉から続く
かつては経営コンサルタントとして鳴らしたものの、還暦間近にして失職。寄る辺もない中、生きていくために仕事を求め、「スキマバイト」に挑戦してみることに。
【写真】この記事の写真を見る(3枚)
「タイミーさん」と呼ばれながら、さまざまな現場で働いてきた著者によるリアルな体験談をまとめた『還暦タイミーさん奮戦記:60代、スキマバイトで生きてみる』(花伝社)より、一部抜粋して紹介する。(全3回の3回目/最初から読む)
以前携わったU運輸での経験が、ぼくに大切な知恵をもたらした。
大型トラックが現場に着くとタイミーワーカーが集まる。そして積まれているものを降ろしカゴ車に積み直す。
タイミーワーカーは、トラックの荷台に乗り資材を降ろす。トラックの下でその資材を受け取りカゴ車に運ぶ。そしてカゴ車内に整然と並べて最大限載せられるように資材を整える。それぞれの役回りで各々が判断し仕事する。ぼくも最初は果敢にトラックに乗り込み、資材を降ろす作業をやった。

あるとき、いずれの役割も担わずに、物陰に隠れるように突っ立ってるおじさんがいるのに気づいた。この男性もタイミーで来ているようだ。ぼくは最初、彼がサボっているのではないかと疑っていた。みんなこうやって自主的に仕事を買って出ているのに、あいつは何もせずにボサッと立っている。
先に結論を言うと、このおじさんは怠けていたのではなかった。その証拠に、資材を開梱する作業はテキパキとやっている。休憩時間になっても作業をやめないので声がけしたぐらいである。
後にわかったことだが、このおじさんは、危険なことは進んで引き受けないというポリシーをお持ちのようだ。ぼくはかなり知恵があると自任していたが、このおじさん、すなわち先輩の還暦タイミーさんに痛烈に教えられた。
ヤマト運輸のような名の通った会社は、作業者の安全管理は徹底されている。それでも事故は起こり、ワーカーは怪我をすることもあるのである。
U運輸のように中小零細企業だと、労働者災害保険には加入しているとは思うが、労働者の安全管理には十分に対応できていない。現場には一人親方がいるだけだから。やらされた業務で怪我でもしたら、そのワーカーの一人損となる。
ぼくは先輩の還暦タイミーさんから、次のノウハウを伝授された気でいる。
大勢のタイミーワーカーで力仕事をする際は、目立たぬように後ろのほうで様子を見ているのがよい。とうとう自分の番が回ってきたら、できるだけゆっくり作業すること。
競って進み出て、しかも慌てて作業を急ぐのは若者タイミーさんのすること。「若気の至り」と言うではないか。
その若者が作業で何かしら怪我でもしようものなら、「体が資本だぞ。気をつけろよ」と優しく言ってやるのがよい。
別の事例を紹介しよう。
配送事業者のLA社の例が分かりやすいだろう。たとえ“配置ガチャ”でも、その日一人の運転手と組んだら仕方がない。その運転手が誰であろうと、助手として補佐しなければならない。
ぼくは、運転手は「客宅に、客が望む通りの態様で、客が買った品を運びかつ置く(ときには設置する)こと」が仕事と考えている。他方、助手は「運転手の仕事がはかどるように、指示に応じて作業をすること」が仕事と思っている。前者は「客への価値提供」だが、後者はあくまで作業である。
ある雪の日、LA社の仕事に就いた。初めて具丼さん(仮名)と組んだが、具丼さんは無口な人だった。何も説明してくれない。朝トラックが出発するときから、なんだが嫌な気がした。

ある客宅に大型ソファを納品する際、玄関前で開梱したあと、そのソファを宅内に2人で運び入れようとした。具丼さんが前で、ぼくが後ろからソファを持った。大型だから2人で持ってもけっこう重い。
玄関前は残雪が凍っており、しかもダンボールから取り出したソファの底にまだビニールが取れないでいた。具丼さんが前へ進みかけたとき、後方でソファを持ち上げているぼくの足元にそのビニールが絡まった。上半身に何もなかったら手でよけれたが、そのときぼくは重いソファを担いでいるのである。
ソファは大きく足元が見えない。けれど凍った残雪の上だと滑ると予見できた。果たして、ほんとうに滑りかけた。具丼さんにぼくの緊急事態を伝える間がなかった。ぼくの足が滑ってバランスを崩しそうになった。
本能的だったが、ソファを持ったままならぼくの身体が下敷きになると思い、そのソファを少し脇に放った。ソファは玄関前の床に落下した。そのためソファの下部に傷が入った。その傷はけっこう目立っていた。
このときのぼくの一瞬の判断を、ここに正直に記しておこう。
ぼくは運転手と違い、「客への価値提供」が仕事ではない。ぼくの仕事は、先に書いた通りの作業である。その作業に危険を感じれば、たとえその家具が傷つこうが、破損しようが、躊躇なく自分の身の安全を図る。
「落して申し訳なかった」と、礼儀として具丼さんに謝ったものの、心中では「ソファに目立つ傷がついたことは、ぼくの知ったことではない」と思った。具丼さんは、その対応のために本社に電話して指示を仰いでいた。
タイミーワーカーは、言われた通りの作業をしているだけでも、通常は責任が伴う。そのことは重々承知している。先のケースだと、ソファをへたに持ってしまい、途中で落したことは、原則ぼくの落ち度である。けれど身の危険を感じたときは、直ちにその作業から距離を置くという判断は正当なのである。
(須来間 唄人/Webオリジナル(外部転載))

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。