真面目に働き、堅実に備えてきたはずの穏やかな老後。しかし、予期せぬ家族のトラブルによって、その計画が脆くも崩れ去ることがあります。特に、子や孫を思う気持ちを踏みにじるような心ない裏切りは、経済的な困窮だけでなく、人の心にも深い傷を残すようです。
「穏やかな老後を送れると、そう考えていたのですが……。どこで間違えてしまったんでしょうかね」
力なくそう呟く鈴木正雄さん(69歳・仮名)と、妻の和子さん(69歳・仮名)。20代で結婚し、第1子が誕生するタイミングで郊外に家を買いました。子どもはもう1人生まれ、家族4人の賑やかな毎日。住宅ローンの返済に、成長とともに増えていく教育費――正直、家計は常に火の車でしたが、何とか切り詰めてやりくり。60歳を迎えるころ、2人の子どもは独立。それからは夫婦水入らず、静かな生活を始めていました。年金だけが頼りの今、とにかく節制を心がけ、できるだけ無駄な出費を抑えようという努力は昔から変わりません。
「決して贅沢ができるわけではありませんが、安心して暮らしていけるだけの準備はしてきたつもりです」
鈴木さん夫婦の年金は月24万円ほど。そして老後を見据えた貯蓄は3000万円ほどだといいます。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]令和5年』によると、金融資産保有額は平均1758万円、中央値は715万円。世帯主60代世帯だと、平均2588万円、中央値は1200万円です。平均と中央値に乖離があるので、一部のお金持ちが平均を押し上げていることがわかりますが、それでもなお鈴木さん夫婦の貯蓄額は平均を上回っています。そのことからも、老後を見据えてしっかりと備えてきたことが伺えます。
穏やかなセカンドライフに暗い影が差し始めたのは、3年前のこと。「お母さん……ごめんなさい」。電話の主は、泣きじゃくる長女の恵さん(38歳・仮名)。
「もう、あの人とは一緒にいられないの。翔太(6歳・仮名)と葵(3歳・仮名)を連れて、帰らせてもらえないかな……」
原因は娘婿の不倫。相手の女性と新しい人生を始めたいと、一方的に別れを切り出されたといいます。鈴木さん夫婦としては、可愛い娘と孫を断る理由はありません。正雄さんは「何も心配するな」と二人を温かく迎え入れます。そして、慰謝料300万円、養育費月17万円で離婚は成立。恵さんと2人の孫は、鈴木さん夫婦の家で新しい生活を送ることになりました。
少しずつ離婚の傷が癒えていった恵さん。自活できるようにと、派遣社員として働くようになりました。そんな娘を鈴木さん夫婦も全力でサポート。子ども(孫)の面倒を一手に引き受けました。そこには穏やかな老後の姿はなく、「二度目の子育てですよ」と笑顔の鈴木さん夫婦。
しかし、離婚から1年ほど経ったころ、養育費の振り込みがピタリと途絶えました。恵さんが連絡を取ると、元夫は悪びれもせずにこう言い放ったという。
「こっちにも新しい家族ができたんだ。もう昔のことには金は使えない。自分の力で何とかしてくれ」
払えないのではない。払う気がないのだ。その身勝手な言い分に、鈴木さん夫婦は言葉を失いました。
「どうやら、再婚した相手との間に子どもが生まれたみたいで……でも翔太らが子どもであることは変わらない。それなのに、あんまりですよ」
さらに不快なことが起こります。恵さんの友人が偶然、元夫のSNSアカウントを発見。そこには、新しく子どもが生まれたという報告とともに、都心の高級レストランでのディナー、真新しい高級外車、そして海外旅行――。ブランド品に身を包み、満面の笑みを浮かべる元夫の姿があったといいます。
「本当に信じられません。人間性を疑います」
娘と孫2人との5人暮らしは、静かだった老後の家計も容赦なく圧迫。増え続ける食費や光熱費、孫の学費。恵さんが仕事で稼ぐ月20万円強の収入と、鈴木さん夫婦の年金だけでは到底追いつかず……老後のためにと蓄えてきた貯蓄を切り崩すしかありません。
「このお金は、老後の安心のためのもの。できるだけ手を付けずにいようと思っていましたが、そうは言っていられなくなりました」
厚生労働省『令和3年度全国ひとり親世帯等調査』によると、母子世帯で養育費を「現在も受けている」のはわずか28.1%。養育費の取り決めをしている世帯でも約半数(46.7%)のみが実際に養育費を受け取っています。養育費の不払いは、決して珍しい話ではありません。
「娘も孫も、何も悪くない。悪いのはすべて、父親としての責任を放棄し、自分たちの贅沢な暮らしを優先するあの男です」と正雄さんは吐き捨てるように言いました。
[参考資料]
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]令和5年』
厚生労働省『令和3年度全国ひとり親世帯等調査』