身元がはっきりしているのに親族でなければ認められない?歯型照合でようやく確認された「ひとり死」した82歳女性の身元

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家族の“ひとり化”が進みつつある日本。年々「単身世帯」が増加しているなかで直面しているのが「孤独死」だ。エンディングデザイン研究所の代表を務める井上治代さんは、2000年から身寄りのない人のための死後の葬儀や事務等を担う「死後サポート」を実施している。ところが最近増加することとして、既存の法律が想定していない事態が進んでいるという。著書『おひとりさま時代の死に方』(講談社+α新書)から、孤独死の捉え方と歯型の照合でようやく身元が“はっきり”した82歳の女性のケースを一部抜粋・再編集して紹介する。
ここ数年、孤独死した人の引き取り手のない遺骨が役所などの安置所に増え続けている。ひとり暮らしの人が自宅で亡くなり、自治体の判断で「火葬」したものの、あとから見つかった親族の憤りがおさまらない、といった出来事も続発している。
私は「孤独死」という言葉を、プラスのイメージに塗り替えたいと思っている。「ひとり死」は、十分に準備し、環境を整えておけば、決して悪い面だけではない。
在宅医療を選択し、要介護認定を受けてヘルパーさんに出入りしてもらい、自分の死後のことを委任契約しておけば、そして何より周りに自分のことを気遣ってくれている人がいれば、「ひとり死」はこれからの社会で、むしろ選択肢の一つになり得るだろう。
「ひとり死」をした場合、部屋の目につきやすいところに「緊急連絡先」(2名以上)を書いた紙を貼っておくだけで、連絡がスムーズにとれる。さらに、自分の死後のことを、生前に「こうしてほしい」と委任契約をしておけば、自分で選んだ方法や場所に埋葬してもらうことができる。
ただし、法的な契約をしていないと、悲惨だ。第三者では死後のことに、いっさい手を出せないからである。委任契約をしておくか否かで、天地ほどの差がある。日本の「家族前提」「親族主義」があらゆるところで顔を出してきて、「身寄りのない人」を困らせている。
LGBTQの人たちも、法的な婚姻が認められない限り、長年連れ添ったパートナーの死に際し、喪主となって死後のことを取り仕切ることができず、不条理を感じることだろう。
しかし、実は生前の準備をすることによって、死後のことが自律的に遂行されることが可能になる。実際に委任契約によって死後のことを家族の代わりとなって担っているエンディングセンターでの実例を踏まえ、「ひとりでも大丈夫!」な方法を紹介していきたい。
エンディングセンターでは、自分の死後のことを担ってくれる喪主を確保できない人たちのために、2000年からエンディングサポートを実施している。
それには入院の保証人などの「生前サポート」もあるが、葬儀や死後事務(年金・ガス・水道・電気の停止他)、部屋の後片づけ、遺骨の移送や埋葬などを、生前契約によって委任しておく「死後サポート」(死後事務委任契約)が中心となっている。
エンディングセンターの会員・古川智子さん(仮名)は、未婚でひとり暮らし。きょうだいはいるが、「死亡を知らせたくないし、財産も残したくない」と言い、まずは遺言書を書いた。
続いて、エンディングセンターと死後の葬儀や埋葬、死後事務などを委任契約した。
すべての契約事務が終わったとき、晴れ晴れとした顔で、「安心しました。この喜びを伝えたい」と、エンディングセンターの担当者にランチのお誘いがあった。自身の長年の想いを託した安堵(あんど)感があったのだろう。
その古川さんからある日、エンディングセンターの事務所に、電話がかかってきた。彼女が82歳の秋のことだった。
「友人とお茶をしていたら、急にお腹が痛くなって、かなり強い痛みなので、これから友人と一緒に病院に行ってきます」
そして夕方、病院帰りに電話が入った。
「入院するほどでもないので、今日は家に帰って休みます」
そんな会話があった日の翌朝、病院に付き添った友人が彼女に電話をかけてみると、応答がなく、駆けつけると「ひとり死」していたことがわかった。あとから知らされたことだが、死因は虚血性心不全、狭心症であり、腹痛を抑えるための強めの鎮痛剤が影響したのではないか、ということだ。
自宅の誰もいないところで亡くなっていると、死亡原因が事件性のあるものかどうかを調べるために、ご遺体は警察署に運ばれ検視がおこなわれる。その一環として実施されるのが身元確認(本人確認)である。身元確認をする理由の一つは、身元を特定し、ご遺体を家族に引き渡すためである。
古川さんの場合、前日一緒にいた友人も、確かにこのご遺体が古川さんであると断言できるし、またエンディングセンターも会員の古川さんだと証言できるのに、親族でもない者の証言では身元確認にはならないのだ。
刑事ドラマを思い浮かべるとわかりやすい。遺体が発見されると、名刺や携帯電話など、所持品や指紋などから身元が判明し、家族に連絡をすると、家族が警察署の霊安室に駆けつける。そして安置されているご遺体の顔を見て確認するというパターンだ。
では、ひとり暮らしで家族がいない場合はどうなるのか。
遺体の身元がわからなければ、当然ながら引き渡しはできない。いくらエンディングセンターが死んでからのことを委任契約によって受任していても、そのことを警察も十分理解していても、ご遺体が契約者本人であることが判明しなければ、何も動くことができないのだ。
警察も困った。そこで、エンディングセンターが本人から提出されていた戸籍謄本を警察に見せ、警察が親族に連絡をとった。その結果、親族は誰も身元確認および遺体の引き取りには来なかった。
身元確認ができない場合は、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」によって、遺体があったところの役所の長の責任で火葬し、しばらくは役所等で遺骨を預かり、やがて無縁塚などに葬られる。
したがって古川さんの検視に関わった警察署は、地元の役所に、このまま身元がわからなければ、役所に遺体を送ると、連絡した。
身元確認さえできれば、委任契約によって、その後のことをすべてエンディングセンターがおこなう手はずになっているのに、それができないため、警察・役所・エンディングセンターの三者は顔を見合わせ、もどかしい時間を過ごした。
結局、警察が最後にとった策は、歯型の照合であった。古川さんの場合、歯型で身元確認ができた。かくしてエンディングセンターでは以後、委任契約の際に「かかりつけ医(歯科医・他)」を書いてもらうことになった。
各都道府県には「警察歯科医会」と呼ばれる組織があって、警察歯科医は警察署からの依頼を受け、身元不明のご遺体の「歯科所見」(歯や口の中の状態)を記録し、一方で、その方が通っていたと考えられる地域の歯科医院に連絡をとり、生前のカルテやレントゲン写真などを提供してもらう。
それらのデータがそろったところで遺体の歯型情報と照合して、該当者本人の確認をおこなっている。
そのほかの身元確認方法に、DNA鑑定がある。ただしこれは、親族のDNAを採取して血縁関係を照合する方法なので、ご遺体の血縁者ではないかと思われる候補者がいなければ、ご遺体だけのDNAでは判定できない。DNA鑑定は、遺体の損傷が激しい場合などにおこなわれ、最短で2週間程度、長引く場合には1ヵ月以上かかることもある。
次に、検死は、検視・検案・解剖の3つに分かれている。検視では、検察官や検視官が、遺体の状況や周囲の状況を詳しく調べ、事件性の有無を判断する。
検案は、警察医が、遺体の外表面を検査し、病歴や死亡状況から医学的見地で死因や死亡時刻などを推定する。解剖は、検案で死因が特定できない場合や、事件性が疑われる場合に、医師が遺体を切開して、内部の状態を詳しく調べる。
病院で亡くなった場合は、医師が「死亡診断書」を書くが、自宅のような病院以外で亡くなった場合は、警察医が「死体検案書」を書くことになる。二つは書式が同じで、A3サイズの紙の右半分が「死亡診断書(死体検案書)」となっている。
これから提出する書類が「死亡診断書」なのか「死体検案書」なのか、該当しない表記を二重線で消してから必要事項が記入される。左ページは「死亡届」である。
費用についても説明しておくことにしよう。自分が亡くなった後のことを第三者に託す場合、病院以外のところで亡くなったら、費用がかかることを認識しておいたほうが良いからである。
費用は自治体によって異なる。例えば、死因調査のための検案料は東京23区ではすべて都が負担するので無料だが、神奈川県では検案にかかる費用の全額や遺体の搬送代金も遺族が払うことになっていて、すべて合わせると10万円程度が必要となる。
検視には5万円程度の費用がかかる場合がある。検案は医師がおこなうもので、2万~3万円程度、それ以外に死体検案書の発行料にも5000~1万円かかる。
また、解剖については種類によって費用負担が大きく異なる。犯罪性が疑われる場合におこなわれる司法解剖は、全額国の負担となり遺族の費用負担はない。一方、行政解剖は自治体によって費用負担が異なり、全額自己負担となる場合もある。承諾解剖は、遺族の同意が必要な任意の解剖で、費用は数万~数十万円とケースによって幅がある。
井上治代社会学博士。東洋大学教授を経て、同大・現代社会総合研究所客員研究員、エンディングデザイン研究所代表。著書に『現代お墓事情─ゆれる家族の中で』、『いま葬儀・お墓が変わる』、『最期まで自分らしく』、『墓をめぐる家族論─誰と入るか、誰が守るか』、『墓と家族の変容』、『子の世話にならずに死にたい─変貌する親子関係』、『より良く死ぬ日のために』、『桜葬─桜の下で眠りたい』ほか多数。

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