亡くなった母に対する複雑な思いを打ち明ける姉妹(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真】「この部屋に入りたくなかった…」姉が避けていた、母の“モノ屋敷”の全貌【ビフォーアフター】
長年、折り合いが悪かった母の住む実家は、膨大な量の家財があふれる「モノ屋敷」だった。母の他界後、実家の片付けを行うことになった娘たちは何を思うのか。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)代表の二見文直氏に、親の死が近づいたときに子どもがするべきことを聞いた。
動画:遺品整理の問題に直面した姉妹「母の家に入ったことがなかった」前編 ワンマンな母「私たちは何も言えなかった」遺品整理の問題に直面した姉妹【後編】
関西地方にある3LDKのマンションの一室。そこにはかつて両親と3人の子どもの家族5人で暮らしていた。
この家に暮らし始めてから間もなく姉妹が独立し、父が亡くなった後は母と弟が2人で生活。やがて母は病気で入退院を繰り返すようになり、弟も家を出ていった。その後、母は施設に入所し、4年後に他界。残されたのは膨大な量の家財だった。
今回の依頼は、その母の遺品整理である。とくに姉は、母と折り合いがつかず、父が亡くなってからはほとんど実家に足を運んでいなかったという。スタッフが依頼の経緯を尋ねると、姉が口を開いた。
母が1人暮らしをしていた家に足を踏み入れると、大量のモノが積み上がっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
【写真を見る】「この部屋に入りたくなかった…」姉が避けていた、母の“モノ屋敷”の全貌【ビフォーアフター(28枚)】
「体調を崩した母は入退院を繰り返していました。その間も妹と私はこの家に入ったことがほとんどありませんでした。ここに来るのがなんか嫌やったんです。妹からは『なんで? 時どきは行きなよ』って言われても、『お母ちゃんおらへんし、空っぽの家に入るのなんかちょっと嫌やねん』と。もともと荷物の量がすごく多いことは知っていたのですが」
この家に家族が住み始めたのは45年前のことだった。まだ父がいた頃、姉は子どもを連れてよく帰省していたが、父の死後はその足が遠のいた。
「あまり母と話したいと思わなかったんです。しんどいというか、厳しい人やったんで。その厳しさに『もういいわ』と。それをずっとこの子(妹)が横で支えてくれていたから、母のことも弟のことも」
隣で聞いていた妹も、母について「ワンマンな母だったので。自分中心の生活で私たちは物を申せませんでした」と話す。実家のモノの多さには前々から気付いてはいた。しかし、母には「生前整理」という考えがなかったという。
台所にも1人暮らしとは思えないほどの量の食器や調味料などが置かれている(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
奥行きのある収納棚には、ぎっしりとモノが詰まっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
今回の片付けを機に、姉妹は自分たちの生前整理を始めているところだ。
「うちは子どもが1人なので、手をかけさせるのもかわいそうで。今、ちょっとずつ頑張っています」(姉)
年配の人ほどモノを溜め込む傾向がある。現在の日本は気軽にモノが手に入る時代だが、昔はそうではなかった。「もったいない」という気持ちが、どうしても片付けの邪魔をしてしまうのだ。
いつからあるのかわからないような家電や雑貨なども、手の届きそうもない場所に積み上げてある(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
室内は、45年の歳月を感じさせる物量だった。ある程度、姉妹によって不用品の仕分けが進められていたものの、細々としたモノがダンボールに入ったままいくつも残っている。
とくに多いのは本や雑誌などの紙類と衣類。奥にある和室は物置と化しており、天井近くの棚からは25年前に賞味期限が切れたお茶も出てきた。また、姉妹も最近まで存在を知らなかったという共用部分の倉庫にも荷物が残っていた。
現場に入ったスタッフは総勢10人。エレベーターもなく、モノの量も多いが、貴重品以外は基本的にすべて撤去するので4~5時間ほどで完了する見込みだ。ビニール袋に衣類を詰め、次々と屋外へ運び出していく。
「作業しやすい気候になってきましたね。いい汗をかく今ぐらいが片付けのベストシーズンですね。寒かったらやる気は起きないし、暑くてもしんどいじゃないですか」
作業日は4月。気候的にも片付けに適した季節だとスタッフの1人が言う。
かつて姉妹が暮らしていたという部屋にも荷物が残る(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
衣類は袋に収まり切らないほどの量だ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ここ最近、イーブイでは遺品整理だけでなく「生前整理」の依頼が増えている。当時、現場に入ったスタッフの二見信定氏(以下、信定氏)は、その理由をこう分析する。
「50~60代の方が、両親の死によって遺品整理を経験する年代になりました。それを経験したからなのか、自分の子どもや親族に迷惑をかけないように元気なうちに整理したいという依頼がすごく増えてきています」
母親が寝起きしていた部屋は比較的荷物が少なく、タンスの中の整理も終わっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
しかし、生前整理で親子が揉めるケースは非常に多い。そもそも世代間でモノに対する価値観が違ううえに、実家に住む親本人は往々にして「今のままでいい」と考えているからだ。
「親子で普段からコミュニケーションを取っていたとしても、お互いの片付けに対する熱量は違います。住んでいる本人がモノを減らす必要はないと思っていても、残される子どもからすると『元気なうちに整理してよ』と感じる。そういった意見の相違から摩擦が生まれていろんな問題が起きてくるんです。
ただ、近年は“人に迷惑をかけないようにする“という意識が根付いて、生前整理がより一般的なことになってきたように感じます」(信定氏)
さらに、イーブイ代表の二見文直氏(以下、文直氏)は、生前整理は住んでいる本人ではなく親族が取り組む問題であると指摘する。
「生前整理は住んでいるご本人さんというよりも、子どもと親族が取り組む問題だと思います。あまりイメージできないかもしれないですが、遺品整理の負担はかなり大きいんですよ。体力的・精神的にも大きいですし、金銭面の負担もかなり大きいんです」
物置きと化している部屋も(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
葬儀費用に加えて片付けの費用も発生すれば、合計で100万円……多ければ200万円という金額が動くことも珍しくない。
しかし、当事者である親は、子どもにかける負担を理解していても、なかなか重い腰が上がらない。そういう気持ちになれない。なぜなら、「自分が死ぬ準備をしているようだ」と感じてしまうからだ。
大量の衣類を仕分けるスタッフ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
物置き部屋は押し入れの中にも布団がぎっちり入れられていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
そのため、長期的な目線を持った対話が必要になる。
「急がば回れじゃないですけど、生前整理って時間がかかるので、きちんと自分たちでやっていこうと思うと1~2年は見ないといけません。1~2カ月でそうそう解決する問題ではないんです」(文直氏)
もし短期間で片付けなければならない場合は、複数の業者から見積もりを取ることを文直氏は推奨している。100万円を超えてくる業者もあれば、同じ作業でも50万円以下で請け負う業者もあるからだ。幸い、ほとんどの業者は無料で見積もりに応じている。
水切りラックの中には1人では使い切れないほどの食器が詰まっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
貴重品を見落とさないようにしっかりと仕分けていくスタッフ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
すべての荷物が運び出され、ガランとした部屋を前に、依頼主の姉がポツポツと母との思い出を話し始めた。
「私はここに4年ほどしか住んでいませんでした。母はいい気しないと思いますが、ここに足を運べなかった。そんなこともあって『こんな感じかな?』と思うけど、でもここで生活する中で母とはいろんなことがあったから。そんな話ばかり妹としていたから、『そんなこと言うことなかったな』と思います。
母がいるときは片付けなんて絶対無理でしたが、母もホッとしているかもしれません。いつまでもこのまま荷物を置いておくわけにもいかないですし。本当にお願いしてよかったです」
母が施設に入ってからの4年間は、姉にとって母との関係を修復する時間でもあったという。
すっかりきれいな状態になった姉妹の部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「母が施設に入ってから4年間は『しょっちゅう来てもらって申し訳ないな』と母が言っていました。私も『こんなに母の顔を見たこともなかったな』と思うくらいに密な時間を母と過ごしました。その頃は私も何かを強く言われることもありませんでしたし、母が私に頭を下げることなんてこれまで一切ありませんでしたから」
衣類が大量だった部屋もモノがなくなりスッキリ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
最後に姉は少しの後悔を口にした。
「もう少し頻繁にここに来て、もっと母の様子を見て、自分にできることを積み重ねていったら、ここまでにはならなかったと思います。全部できたとは思いませんが、少しずつでもできたのかなと」
この連載の一覧はこちら
生前は折り合いが悪く距離を置いていても、いざ亡くなると急に「今までのわだかまりは何だったのだろう」と、故人となった親に寄り添いたくなる気持ちが生まれることがある。
一見、悪いことではなさそうだが、文直氏はこの感情に複雑な気持ちを抱いている。
「私の祖母が亡くなったとき、母が『もっと会っておけばよかった』と言い、口論になったことがあります。あれだけ避けていたのに、亡くなった途端にそう言うのは、自分を美化しているように思えたからです。故人のことを悪く言うと、自分がろくでもない人間のように思えてくるし、周りにもそう映ります。だったら、生前から後悔のないようにしておけばいい、と」
残された子どもは過去を省みて思い直すことができても、親は子どもへのわだかまりを抱えたまま亡くなっている。
台所も一掃され、きれいな状態を取り戻した(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
母が使っていた寝室も、何もなくなった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
(國友 公司 : ルポライター)