夏は音楽フェスのシーズンだ。今年も各地でフェスが行われ、多くの音楽ファンが会場に足を運んでいる。7月25日~27日に開催されたフジロック・フェスティバルは、山下達郎の出演などが話題を呼び、前夜祭からの4日間で合計12万2000人が来場。大盛況のうちに幕を閉じた。
コロナ禍の危機を乗り越え、動員数も市場規模も再び右肩上がりの成長が見込まれるライブエンタテインメント業界。しかし、現在、夏の野外フェスは大きな問題に直面している。それは、シンプルに「夏が暑すぎる」ということ。近年の気候変動に伴い、7月から8月にかけては毎日のように全国各地で熱中症警戒アラートが発令されている。猛暑の中で数万人が集まる野外フェスでの熱中症リスクはより高まっている。
もちろんフェス参加者の熱中症対策は重要だ。水分補給や塩分補給、日陰での休憩は不可欠だし、イベント主催者にもテントやパラソルを設置して日陰の場所を作ったり、周知を徹底するなどの対策が求められる。
しかしそれだけでは済まなくなるかもしれない。そもそも夏フェスが開催できなくなる、というリスクだってある。2024年からは熱中症警戒アラートより一段上の警報システムである「熱中症特別警戒アラート」の運用が始まった。運用開始から2025年7月28日現在まで一度も発表されていないが、これが発表される「WBGT 35以上」という基準は災害レベルの危険な暑さを示す。発表された場合は屋外イベントの中止検討も要請される。そうでなくとも、もし熱中症による死亡事例など取り返しがつかない重大な事故が起こってしまったら、夏フェス自体のあり方自体も見直さなければならなくなるだろう。
そうしたリスクに向き合い、今年の夏フェスを巡る状況には大きな変化が生じている。その地殻変動の発端となったのが、ROCK IN JAPAN FESTIVAL(通称ロッキン)の日程変更だ。
ロッキンは日本のフェスの中でも最大規模を誇る。例年8月第1週と第2週の5日間に千葉市蘇我スポーツ公園で開催され、2024年は合計27万5千人が来場。25周年を迎えた2024年には9月に国営ひたち海浜公園でも開催され20万6871人が来場した。
そのロッキンが2025年から開催時期を9月のシルバーウィークに変更する。今年は9月13日・14日・15日・20日・21日の5日間に千葉市蘇我スポーツ公園で開催される。主催者は日程変更について公式サイトでこうアナウンスしている。
「近年の気候変動の中、8月に野外音楽フェスを開催することには運営上の様々な工夫を必要とします。全国各地の夏フェスもそれぞれ救護体制を強化して熱中症対策にあたっていますが、蘇我スポーツ公園で行われるロック・イン・ジャパンは動員が6万人に迫る大規模なフェスで、且つ出演アーティスト構成が多様なため毎回フェスに慣れていない初参加者も多数含まれます。そうした特性を考えた結果、8月での開催を継続することは困難だと判断するに至りました」
日程変更の検討は約5年前から重ねられていたという。ロッキンの出演ラインナップにはフェスにはなかなか出演しない人気J-POPアーティストも多く含まれる。幅広い層が来場する大規模な野外フェスとして、運営は「夏フェスが開催できなくなるかもしれない」というリスクにいち早く対応したのだろう。
そして、ロッキンの決断は一つのフェスの開催時期変更にとどまらず、夏フェス全体に構造的な変化をもたらしている。「夏フェス勢力図」が塗り替わろうとしているのだ。
『フェス旅 日本全国音楽フェスガイド』の著書も持つ「Festival Life」編集長の津田昌太朗さんはこう語る。
「フェスは日程と場所がとても重要。だからこそ最も大きいロッキンが日程を変えたということは、業界的にはかなり大きな動きだった。そのことを起点にさまざまな動きが生まれて、夏フェスの構図が一気に変わろうとしています」
具体的な動きとして、8月上旬の週末に新たな屋内フェスがスタートする。
8月2日・3日には幕張メッセで「Sammy presents NEW HORIZON FEST」が初開催された。サミー株式会社が主催するフェスで、10-FEET、coldrain、SiM、MONGOL800などラウドロック勢中心のラインナップだ。
8月10日・11日にはさいたまスーパーアリーナで「CANNONBALL 2025」が初開催される。同会場で毎年ゴールデンウィークに「VIVA LA ROCK」を開催してきたFACTと日本テレビが主催のフェスだ。こちらは東京スカパラダイスオーケストラ、BE:FIRST、マキシマムザホルモン、WANIMA、SixTONESなど幅広いラインナップを予定している。特別企画「SUPER LEGEND TIME」として矢沢永吉の出演も決定している。
「夏の屋内フェスには新たな需要があります。二つのフェスはその起点になるでしょう」と津田氏は言う。2023年に開業したKアリーナ横浜や2025年秋にお台場で開業するTOYOTA ARENA TOKYOなど、首都圏にアリーナ会場は増えつつある。来年以降は様々なジャンルの夏の屋内フェスが開催される可能性がある。
また、2022年にスタートした「LuckyFes」は、これまでの7月から日程を変更し8月9日・10日・11日の3連休に開催される。こちらは株式会社LuckyFM茨城放送が主催するフェスで、今年からは音楽メディア「BARKS」との共催で開催。湘南乃風、スキマスイッチ、米米CLUB、Dragon Ash、NEWS、郷ひろみなどが出演し、幅広い世代の来場を見込む。
LuckyFesの会場である茨城県ひたちなか市・国営ひたち海浜公園は、現行の千葉市蘇我スポーツ公園に移る前、長らくロッキンが開催されていた場所でもある。馴染みのあるファンも多いはずだ。こうしたフェスの初開催や日程変更は夏休み時期の集客を見込んだ動きと言っていいだろう。
日本の「四大フェス」とされるロッキン、フジロック、サマーソニック、ライジングサンの中でも熱中症リスクがたびたび問題化するのがサマソニだ。特にNew Jeansが出演した2023年には熱中症で体調不良を訴える来場者が相次ぎ、緊急搬送も報じられた。これを受け、2024年からは場内に給水所を設置し、一部エリアで日傘の使用を可能にするなど、熱中症対策を進めている。
「サマソニでは自分も含めて各ステージにMCがいるのですが、話す内容は半分以上が熱中症対策について。こまめに注意喚起を発信しています」と津田氏。北海道で開催されるオールナイト野外フェスのライジングサンは比較的リスクは高くないとも見られるが、こちらも来場者へ熱中症対策が呼びかけられている。
気候変動によるリスクは熱中症だけではない。突然のゲリラ豪雨や雷に見舞われることもある。
2024年9月7日・8日に栃木県・井頭公園運動広場で開催された「ベリテンライブ2024 Special」は、落雷事故の影響で途中終了となった。
ベリテンライブはFM栃木(RADIO BERRY)主催の野外音楽フェス。2003年から開催され、開催20回目を迎えた2024年には約2万1000人が来場した。津田氏も現場に居合わせたという。
「突然の豪雨でした。フェスが台風で中止になることはよくあるんですが、途中であれだけの嵐が来るのは運営側も予想していなかったのではないかと思います。ただ、それでも混乱なく、お客さん同士が助け合っていた。フェスとオーディエンスの信頼関係を感じました」
今年の「ベリテンライブ2025 Special」は、避雷ドームを増やすなど安全対策を強化し、9月27日・28日に開催される。クリープハイプやTHE ORAL CIGARETTESなど人気ロックバンドがラインナップの中心だ。担当者はこう語る。
「昨年の途中中断で出演が叶わなかったザ・クロマニヨンズ、10-FEET、04 Limited Sazabysには最初に快諾をいただきました。フェスを開催するにあたっての励みになりました」
野外フェスだけでなく地元のライブハウス「HEAVEN’S ROCK宇都宮」で行われる7日間のイベントとも連動し、新鋭バンドが支持を獲得していく過程を間近で体感できるのも、このフェスならではの特徴だ。
もともと栃木県宇都宮市は「雷都」と呼ばれるなど雷の多いことで知られている。ベリテンライブの日程変更は雷対策の側面も大きいが、担当者は夏から秋へとフェスシーズンが移行しつつある潮流も実感しているようだ。
「かつては9月上旬に開催するベリテンライブが全国各地の夏フェスの中で一番遅かったのですが、近年は10月や11月に開催するフェスも増えてきました。今年以降、フェスの開催時期が変わる大きな流れが生まれると思います」
気候変動によってレジャーやスポーツも含む「夏の過ごし方」自体が変わりつつある。夏フェス勢力図の変化はその象徴と言っていいだろう。
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