全国の観光名所がインバウンド(訪日外国人旅行者)であふれ返り、混雑、騒音、ごみ問題が深刻化している。これら“インバウンド公害”を理由に今夏の旅行を控えてしまうのは早計だ。外国人にまだ知られていない、今のうち訪れておくべき穴場観光地を紹介したい。
【写真を見る】この夏行くべき外国人のいない観光地とは
観光庁の「宿泊旅行統計調査」によれば、2024年の外国人延べ宿泊者数は1億6447万人泊で、コロナ禍前の4割増、全国的に増加傾向にある。多くの都道府県が19年比プラスとなっているが、まだまだコロナ禍前の水準に達していない地域もある。
この調査結果を最下位から並べてみると、島根県(47位/8万3710人)、福井県(46位/9万2190人)、鳥取県(45位/11万8390人)、秋田県(44位/11万9610人)、山口県(43位/12万5530人)。
裏を返せばこれらがインバウンドの少ないベスト5となる。
これらの県では果たして本当にインバウンドが少ないのか。各県内でも特にインバウンドのいない、かつ魅力あふれる穴場観光地はどこなのか。それらを以下に紹介してみたい。
まずは43位の山口県から。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が、毎年1月に発表している「2024年に行くべき52カ所」で、日本から唯一選ばれたのが、県庁所在地の山口市だった。
だが、前述した観光庁の「インバウンド宿泊者数」調査で、山口県は全国下位に留まったままだ。
「23年に岩手県盛岡市が『行くべき52カ所』で取り上げられた時は、官民一体の観光プロモーションでインバウンドの大幅増につなげていたのに……」
と嘆くのは、JTB山陰支店観光開発シニアプロデューサーの上本宏さん。
「盛岡の場合、そもそも世界的ブランドとして、中国や欧米でも人気の南部鉄器の存在が大きかった。石川県の金箔や九谷焼もそうだが、独自の伝統工芸の世界ブランド化に成功しているエリアは強い。山口には誰もがすぐ思い浮かべられる伝統工芸品として萩焼があるが、南部鉄器と比較すると世界ブランドとしてまだ弱い。そのあたりがインバウンド数の伸びの差に表れているのかもしれない」
ではその山口、本当に行くべき価値があるのか。
山口観光コンベンション協会の担当者に聞くと、
「山口市は約650年前、周防・長門両国を勢力下に収めた戦国武将の大内弘世(大内氏第9代)が京を手本につくった町。国宝瑠璃光寺五重塔をはじめとした神社仏閣の他、中原中也記念館などの文化施設も多い。また、5月下旬から6月上旬になると多くのゲンジボタルが乱舞する一の坂川など、街中でありながら豊かな自然が共存しているのも特徴です」
そう聞けば、まさに“インバウンドのいない京都”ではないか! そんな小京都には温泉まで湧いているという。
山口市の中心市街地に湧出する湯田(ゆだ)温泉は、いわゆる“街場の温泉”だ。名湯・湯布院や伊香保のような温泉街の情緒は薄めだが、コンパクトなエリアに地魚や地酒を堪能できる飲食店が集う。ビジネスホテルでも天然温泉を楽しめると聞けば出張族にも嬉しい。
この湯田温泉を拠点として、レンタカーで県南部の秋穂(あいお)地区に足を延ばしてみよう。
クルマエビ養殖発祥の地で毎年「あいおえび狩り世界選手権大会」が開催されている(今年は9月7日開催)。泊まるなら、眼下に周防灘を一望できるロケーションの「海眺の宿あいお荘」へ。絶景と露天風呂、クルマエビ料理を心ゆくまで味わおう。
44位は東北に飛んで秋田県である。
県観光文化スポーツ部の三浦亜聖さんによれば、
「県を訪れるインバウンドの多くが、仙北市角館町の武家屋敷や秋田犬関連のスポットを訪れています。それらの陰に隠れて、まだ知られていないSNS映え度バツグンの絶景スポットが、いくつもあります」
その代表格が田沢湖だ。日本一の深さを誇り、四季折々に表情豊かで、とくにグリーンシーズンは新緑と瑠璃色の湖面のコントラストが美しい。しかも絶景を眺めるだけでなく、サイクリングや遊覧船などに加え、SUP(Stand Up Paddle Board)やテントサウナなど、さまざまなアクティビティを楽しむことができる。
「SUPの魅力は、小学4年生から60~70代まで幅広い世代が気軽に楽しめることです」
とは、約3年前に田沢湖畔でアクティビティショップ「STAND UP TAZAWAKO」を立ち上げた角田大さん。田沢湖でSUPができるようになったのはここ数年のこと。「田沢湖ブルー」と呼ばれる透明度の高い湖から、四季折々の山をノンビリ眺めるひとときは格別。SUPの上から、防水カメラなどでSNS映えする写真を撮る人も多く好評だそうだ。
気になるインバウンド勢の様子を角田さんに尋ねたところ、
「時折、団体客は来るものの、湖畔をしばらく眺めてサッと移動するケースがほとんど。その他は旅慣れた欧米人のバックパッカーらがポツポツ来る程度です」
団体客を受け入れる大きな宿が近くにないのも、オーバーツーリズムにならない一因だろう。
もう一つ、秋田の絶景といえば男鹿半島南部の鵜ノ崎海岸(男鹿市)。「秋田のウユニ塩湖」としてSNSで話題となっているが、「インバウンドは多くない」と前出の三浦さんは太鼓判を押す。
「干潮時には海岸線から200メートルにわたって浅瀬の岩場が広がり、沖の方まで歩いていけるんです。風のない穏やかな日の水面は鏡のように反射し、気持ちが晴れるような美しい景色。何時間でもボーッと見ていられます」
ちなみに、この海岸のすぐ近くには、漁師が運営する直売所を改修したスポット「鵜ノ崎テラス」があり、絶景を眺めながら海の幸をふんだんに使ったランチを楽しむことができる。
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有料版「【考察・インバウンド】夏休みはどこもかしこも旅行者だらけ……だからこそ『宿泊旅行統計調査』で探る外国人が知らない『穴場観光地』ベスト5の実名とは」では外国人であふれかえる日本の観光地の中でも、インバウンド旅行客が少ない穴場の観光地を紹介している。
(取材・構成=ライター・松本トリ)
2025年7月31日号 掲載