多発?「90代”超高齢”ドライバー事故」実際の件数

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90代の“超高齢ドライバー”による事故が多数報じられています(写真:Luce/PIXTA)
【写真】99歳の男性が運転し、事故を起こした軽自動車
6月18日、報道番組「news23」(TBS系)で「90代で…“高齢ドライバー”事故」「免許返納 説得の『家族会議』」という特集が放送されました。
これは最近、90代の高齢ドライバーによる深刻な事故が相次いでいることを受けた特集。81歳の父親と47歳の息子に密着し、息子から免許返納を勧められながらも受け入れられない父の姿が映されました。
ではこのところ、高齢ドライバーによるどんな事故が報じられ、どんな傾向が見られるのか。
まずは、最近ネットやテレビで報じられた高齢ドライバーによる主な交通事故をあげていきます。
6月19日、佐賀県鹿島市で81歳男性が運転する軽トラックが前方にいた77歳の妻をはねる事故がありました。農家を営む夫婦のビニールハウスと畑の間を通る道で起きた事故であり、妻は頭を強く打ち意識不明の重体です。
18日、熊本県熊本市で74歳女性の運転する車が熊本市電に衝突。車が右折しようと軌道敷内に入った際の事故であり、別の車にも衝突し、市電に遅れが出たほか、ドライバーが負傷しました。
17日、長野県長野市で91歳男性の運転する車がスーパーの駐車場から出ようとした際、正面にあった店舗の外壁に衝突。助手席に乗っていた84歳の妻が死亡しました。
17日、長野県諏訪市の交差点で78歳女性の運転する車がオートバイと衝突し、ライダーの48歳男性が骨折などの大けがをしました。警察は車側に一時停止の標識があるとして原因を調べているようです。
12日、岩手県宮古市の小学校で78歳のタクシー運転手がバックした際、旗を掲げるポールに衝突。折れたポールが57歳の養護教諭の頭にぶつかり、亡くなりました。
11日、岐阜県中津川市の中央道恵那山トンネルで99歳男性の運転する車が逆走。走行中の車と正面衝突し、衝突された車を運転していた41歳男性が重傷を負いました。
5日、福岡県福岡市で92歳男性の運転する車が74歳の女性歩行者をはねたあと線路内に進入。女性は死亡し、電車は一時不通となりました。
これら以外でも、5月31日に島根県出雲市の山陰道で71歳男性の運転する車が対向車線にはみ出して2台に衝突し、同乗していた65歳の妻が死亡したほか5人が重軽傷を負った事故や、4月1日に愛知県名古屋市で74歳女性の運転する車が歩道を暴走し7人が重軽傷を負った事故は記憶に新しいところです。
高齢ドライバーの事故報道は今にはじまった話ではありませんが、気になるのはその頻度が増え、さらに高齢化した感があること。免許返納の促進が繰り返し報じられる中、なぜこのような現象が起きているのか。その理由を考えていくと、看過できない1つの問題点が浮かび上がってきます。
岐阜県中津川市の中央道恵那山トンネルで起きた、99歳の男性が運転する車による逆走事故。運転していた軽自動車は激しく損傷している(写真:時事)
これだけ多くの高齢ドライバーによる事故が報じられ、さらに高齢化している以上、その理由は1つではないのでしょう。
高齢ドライバーの事故原因として主に報じられているのは、「ブレーキとアクセルを間違えた」「ハンドルを切るのが遅れてしまった」などの運転操作ミス、「いけると思った」「間に合わなかった」などの判断ミス、「死角で人や物が見えなかった」「気づいたらぶつかっていた」など認知ミスの3つ。
これらの「3つのミス」から発生した事故が“見通しのいい昼間”に“自宅から近い道路”で起きていることも、加齢による衰えを指摘される理由の1つです。
また、このところ高齢ドライバーの事故が報じられるたびにネット上で声があがるのは、「高齢化社会の進行に制度や技術が追いついていない」という環境面の危うさ。
なかでも「もっと行政のサポートが必要」「高齢ドライバーの車に安全装置の義務化を」「運転免許取得の下限があるのに上限がないのはおかしい」などの意見が散見されます。
これらは「高齢ドライバーによる事故が多い」という前提で報じられていますが、実際のところどうなのか。いくつかのデータを見ていきましょう。
警察庁交通局交通企画課「交通事故統計月報(令和7年5月末)」の「一般原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別死亡事故件数の推移」によると、高齢者の死亡事故件数は2020年代に入ってからほぼ横ばい。
65歳以上の死亡事故は、2023年5月が297件、2024年5月が277件、2025年5月が281件であり、2010年代後半は300~378件だっただけに、2020年代に入って減少した水準を保っています。
また、80歳以上に限定すると、2023年5月が86件、2024年5月が87件、2025年5月が78件と、むしろ今年は減っていました。
さらに92歳男性の事故があった福岡では、「2025年5月末までに県内で発生した交通事故のうち3割以上にあたる2523件が高齢者によるもの」という県警のデータが報じられました。これを多いとみるか、少ないとみるかは意見が分かれるところでしょう。
別の都道府県では、神奈川県で昨年発生した交通事故のうち65歳以上の運転が原因となった事故は23.5%で、過去10年間の最多だったことが報じられました。交通事故の発生件数が減少傾向にある中、高齢ドライバーの占める割合が少しずつ増えてきているようです。
その他のデータを見ても、全体の事故件数は2010年代よりも減り、高齢ドライバーの事故も同様に減ってはいるものの、その割合は高齢化の進行もあってジワジワと増加。
しかも最も事故件数が多い10代後半や20代前半と比べて死亡事故が多いため、「高齢ドライバーの事故が増えている」という印象を受けやすいのではないでしょうか。
実際以上に「高齢ドライバーの事故が増えている」という印象を受けやすいもう1つの理由は、メディアの報道。基本的にテレビの報道・情報番組では、よくある交通事故はほとんど報じられません。
ネットニュースも含め、死亡事故でも被害の規模や過失の割合などが大きくなければあまり報じられないところがあります。
なかでも最もテレビの視聴率やネットのPVにつながりやすいのが、高齢ドライバーの事故。その年齢を見出しにするだけで見る人を引きつけやすく、前述した99歳のドライバーが逆走したときは「大正生まれの」という記述が相次ぎました。
事故の内容も含め、見る人が「また高齢者かよ!」「さっさと免許を返納しろ!」などと怒りのスイッチを入れやすく、だからこそ数字につながりやすいのでしょう。
18日に報じられた「78歳運転するタクシーが掲揚ポールに衝突 養護教諭の女性の頭にポールぶつかり死亡」というネット記事がYahoo!ニューストピックスに選ばれ、多くの人々が怒りの声をあげたことからもそれがうかがえます。
ただ、テレビとネットの報道スタンスは同じではありません。
テレビは中高年層の視聴者が多いため、高齢ドライバーの事故に怒りの感情を抱かせるだけでなく、「他人事とは言い切れず思わず見てしまう」という心理を活用。そのため事故の加害者を断罪するだけでなく、他の高齢ドライバーにとって救いのある構成やコメントも目立ちます。
一方、ネットニュースを見る人はテレビ視聴者より中高年層の割合が少なく、怒りをあおる形で報じることも可能。多数のコメントが書き込まれ、SNSで拡散されることを狙った衝撃的なタイトルや見出しの記事が散見されます。
両者の共通点は、多くの交通事故がある中、狙いすますように高齢ドライバーのそれをピックアップしていること。さらに「ほどよい対岸の火事」として見やすいコンテンツにとどめているところも似ていると言っていいでしょう。
特に最近は「瞬発的な怒りを誘うことで数字を狙う」「社会的な問題提起や改善に向けた提示は少なくビジネスの意味合いが濃い」というニュアンスがあり、メディアの罪深さを感じさせられます。
ではテレビやネットにはどんな報道スタンスが求められるのか。
どちらも“メディア報道”本来の役割を考えると、事故の状況を報じ、高齢ドライバーの人柄を周辺取材するだけでなく、たとえ数字につながりづらくても、具体的な改善案や身近なチェックリストなども報じるべきでしょう。
たとえば、改善案は「自主返納促進のさまざまな取り組み」「免許更新の検査強化、更新期間の短縮化などの実現性」「見やすい道路標識などの再整備」「公的機関が進めている事故予防の取り組み」「自動車メーカーの技術開発によるサポートの現状」など。
チェックリストは「ブレーキのタイミングが遅くなっていないか」「アクセルとブレーキの踏み違い未遂はないか」「高齢ドライバーに話しかけたとき返事の反応は遅くないか」「右左折や合流などの際、適切なタイミングで目視しているか」「駐車場にこれまで通りまっすぐ止められているか」などがあげられますが、これらをもっと報じてもよさそうです。
また、メディアにもう1つ扱ってほしいのは、免許返納した人を取材した映像や記事、あるいは、これから返納しようとしている人のドキュメント。
実際に返納してどうだったのか、返納する前の不安は解消されたのか、意外と問題なかったのならなぜなのか、逆にメリットはあったのかなども扱うことで、社会公益性が高くなるとともに、バランスの取れたフェアな報道になるでしょう。
その点、冒頭にあげた「news23」の特集は、一定の社会公益性を感じさせられました。
「実際に人を殺すまで免許を持ち続けるんじゃないかなと思ってます。それじゃ困るんですけどね」と語る息子の声は切実でしたし、その気持ちを理解しながらも「事故をしない自信はある」「危ない経験をするまでは返納は考えづらい」「少なくとも次の更新までは運転する」という父の姿はリアルだったのです。
さらに子どもから「個人の説得では限界がある」という核心を突くようなコメントを引き出せていただけに、前述した改善案やチェックリストなどにも踏み込めたら、なおよかったのではないでしょうか。
「家の近くに公共交通機関が少なく、何十年も車で移動し続けてきた」という高齢ドライバーの説得は容易ではなく、高齢化社会の進行でこの悩みは増していく可能性が高いだけに、今後はメディア側の報じるスタンスがより問われていくでしょう。
(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)

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