滋賀県草津市の集会場で「認知症の人と家族の会」の会合が行われた。介護経験のある人が集まり、苦労や不安を話し合う目的があるが、中でも深刻な悩みが、介護疲れによる虐待と、その先の“介護殺人”。専門家の調査によると、介護の苦労などを原因とする親族間の殺人・無理心中は、8日に1件のペースで起きているという。
【映像】梅本高男さんと認知症の妻(当時の写真)
会に参加する梅本高男さんも、過去に悩みを抱えていた。認知症の妻を在宅介護していたが、昼夜関係なく徘徊(はいかい)し、外から鍵をかけると「なんで開けないの」とドアをたたいたり蹴ったり。梅本さんは「これはあかん」と、つらくなりながらも、1人で24時間付きっきりの介護を続けた。
しかしある日、妻が「あなたは誰。なんでここにいる。ここは私の家だ、今すぐ出ていけ」と叫び、これに激昂したという。「今まで口答えしなかった妻から、ある日突然『出ていけ』と言われた。パニックで『わしが稼いで建てた家だ。お前こそ出ていけ』とケンカになり、瞬間的に『妻を殺して、俺も死のう』と脳裏をよぎった。気づいたときには、妻の首に手をかけていた。このままでは本当に殺してしまうと感じ、相談しないといけないと思った」と振り返る。
梅本さんは、過酷な介護を娘に「やらせたくなかった」ことから、1人で介護していた。そのため、相談する人や頼る場所がなく(知らず)、昭和的な時代感覚しかなく家事も苦手だったなどの苦労があった。
その時は踏みとどまったが、ことあるごとに“殺意”が頭をよぎる。そんな梅本さんを救ったのが「家族の会」だった。「来たときは鬼みたいな顔だったが、(参加後は)ルンルンで帰った」。介護の苦労を1人で抱えず、誰かに打ち明けることで、気持ちも落ち着いたという。
妻は2024年10月に亡くなったが、いまでも「仏壇の妻に『あの時はすまなかった』と謝る毎日」だという。
東京スタートアップ法律事務所に所属する神尾尊礼弁護士は、6件の介護殺人で被告の弁護を担当してきた(現在も1件担当中)。そして、日本で初めて「介護殺人」で保釈を取り付けるなど、これまでに5件の「執行猶予付き判決」を手にしている。「自分が弁護を担当する時は100%執行猶予を目指す。それだけ『介護殺人』の被告には寄り添うべき背景がある」。
一方、弁護を担当する上では、「複雑な思いがある。最初に聞くときは、感情が揺さぶられる。しかし、裁判員は感情論で判断してくれない。だからこそ、プロとして一線を引き、客観的に説明しなければならない。心が揺れつつ、淡々と説明するのはいつもつらい」とも告白する。
執行猶予が付くか否かは、どこが分かれ目になるのか。「一番は期間の長さだ。介護殺人は基本的に、動機が一番の焦点になる。介護の期間や、被害者の症状の重さから、介護のつらさがどの程度だったか判断する」。また、「子どもが親を殺害する事例は、認知症のケースが多い。逆に親が子どもを殺害した事案は、発達障害や知的障害が多い」とした。
介護殺人の原因と課題として、まず「家族が面倒を見るもの」という価値観や思い込みから、男性の場合、一人で背負い孤立する傾向があること。また、老老介護など将来も残り少ないことへの諦めとして、「残り10年我慢して生きるなら、死んで楽になろう」と考えるケース。加えて、制度の利用や支援の申請もおっくうになり、高齢や苦悩から「精神的ダメージ」を抱え、支援申請すら面倒だと感じる(気力が湧かない)パターンもあると、神尾氏は指摘する。
対策については、「認知症の介護は、やはりつらい。介護する側は、社会から隔絶され、うつ症状が出てしまう。視野が狭くなり、人に頼る選択肢が思いつかなくなるため、周囲がアクションを起こす必要がある。自力で解決策を見つけるのは、ほぼ不可能。行政も含めてアプローチするのが大切だ」と訴えた。
介護に悩むのは高齢者だけではない。「介護殺人のニュースを聞くたび『容疑者』の気持ちが凄くわかる。自分も介護疲れで毎日に殺意を抱いている」と、SNSに投稿したのは30代前半の男性だ。
父親が他界、母が病気で入院中のなか、認知症の祖母を1人で介護している。「昼ご飯を食べた5分後に、自分でまた食べようとする。『食べたよね』と言うと、暴言を吐いてくる。『殺してみろ!』と、あおり言葉だ」。そして、「衝動的というか、近くにあった包丁で殺そうと思ったこともある。(介護殺人の)気持ちがわかる」と胸中を明かす。
そうした中、パックンは「親と離縁関係にあって何十年も会っていない子どもでも、突然『親の介護が必要だ。面倒を見てくれ』と言われたら断れないのか」と疑問を持つ。
これに神尾弁護士は、「そうしたケースは結構ある。縁を切って、『親は生活保護でも受給して』と答える子どもが多い」と説明。「1人世帯として生活保護を認定して、行政が裁判所に成年後見人等を申し立てる。そして後見人が面倒を見て、報酬は税金で支払う」。ただ、「実は『縁を切る』という手続きは、法律上ない。親子関係は一生続き、事実上は連絡を取っていないといった扱いにある」という。
法律上は、子どもには扶養義務がある。とはいえ「扶養義務を100%守る必要はなく、お金さえあればなんとかなる面もある。しかし、24時間365日、人に預けるだけの経済的余裕がみんなにあるかというと、普通はない」とも語る。
梅本さんによると、元気なころの妻とは“いざという時”について話していなかったそうだ。「話ができていたら、衝動的にも殺そうとは思わなかっただろう」。そんな梅本さんも、現在82歳。「娘たちに面倒を見させるのは大変だ。自主的に施設へ入ろうと思うが、今の段階では簡単に入れない。要介護3以上を求められたり、施設が満員で入れなかったりする。娘たちとも相談しないといけない」。
その上で、「介護は1人ではできない。施設やケアマネジャーに相談してほしい。ただ、ケアマネジャーにも実力差がある。認知症についての質問に答えられない人が続き、やっと4人目に“ツーカー”で話せるケアマネジャーに出会い、その人から『家族の会で勉強してきてください』と言われた」とメッセージを送った。
公益社団法人「認知症の人と家族の会」は、全国47都道府県に支部が存在し、各支部で定期的に集いの会を開催している。認知症の家族の介護する人が参加して、認知症の知識と介護の方法を共に学ぶ。また、介護の悩みや苦労も、参加者で共有している。(『ABEMA Prime』より)