「世界のどの国とも同盟を結ぶのを避けることこそ、わが国の基本的な国策です。他国と距離を置くことで、アメリカは独自の目標を追いかけることができるのです」
これはアメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンが1796年、大統領退任にあたって述べた言葉だ。「グローバル化」の旗振り役となってきた現代のアメリカとは、まるで別の国のように聞こえる。
戦後の日本人にとって、同盟国アメリカは、精神的にも物質的にも依って立つ「地盤」のようなものだった。かつ一方で、ときに日本の手足に枷をはめようとし、あれこれ口を出してくる厄介な「上司」のような存在でもあった。
しかしアメリカが、日本を含む世界中のお節介焼きに励む時代は終わる。トランプ大統領が終わらせようとしているのだ。それも、いますぐに。
中央大学教授で国際政治学者の玉置敦彦氏が指摘する。
「アメリカは20世紀以降、『リベラルでグローバルな同盟のネットワーク』を築くことを通じて、どんどん強く、豊かになっていきました。国際連合やNATO、WTOの創設、もちろん日米同盟の構築もその一環でした。
しかしそれ以前に遡れば、アメリカは建国から100年あまり、ずっと『孤立主義』の国だった。戦後のアメリカ人が信じ、行動原理としてきた『アメリカ主導で世界を束ねる』『世界中に民主主義と自由主義経済を広める』という理念のほうが、むしろイレギュラーなものだったのです」
アメリカはなぜいま、戦後80年の大方針を百八十度ひっくり返そうとしているのか。なぜ「連帯」から「孤立」へと舵を切っているのか―。
3月中旬、日本のアメリカ・ウォッチャーに衝撃が走った。トランプ政権に強い影響力をもつ、しかし日本では知られていなかった、弱冠41歳の政権ブレーンが来日。日本人が信奉してきた、日米関係・国際社会の常識をぶっ壊すような言葉を続けざまに発したのだ。
「国際秩序はリセットされつつある。アメリカ側、中国側、どちらにも属さない国に分かれていく」
「日本は、米国か中国か選ぶ必要が今後出てくる」
「中国と自由貿易を行うということは、共産主義の優先順位や政策を、私たちの社会に受け入れるということです」
オレン・キャス氏。保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」を主宰し、J・D・ヴァンス米副大統領(40歳)と親しいエコノミストである。
アメリカ保守層の動向に詳しく、同氏とも交流があるジャーナリスト・思想史家の会田弘継氏が解説する。
「キャス氏は、トランプ政権を理論的に支える『リフォーモコン』(改革保守)と呼ばれる知識人の代表格です。
リフォーモコンの理念とは、『’90年代から民主・共和両党が推し進めてきたグローバル資本主義は、ごく一部のエリートと富裕層ばかりを儲けさせ、中間層・下位層をむしろ貧しくし、アメリカの国力を損なった。普通の労働者に報いることこそ、アメリカ再興の道だ』というものです。
キャス氏は’12年、オバマ元大統領の対抗馬だった共和党のミット・ロムニー氏の選対幹部となり、初めて注目を浴びました。かねてからキャス氏は『アメリカは大幅に関税を上げるべきだ』と主張しており、それが今回ヴァンス氏などを通じ、トランプ政権の政策に採用された形です」
関税を下げて自由貿易を推進すれば、モノの値段は安くなり、選択肢も増える。その結果、みんなが幸せになる―そんな既存の常識を、キャス氏はためらいなく切り捨てる。3月末には、自身のブログでこうも記した。
〈「自由主義世界秩序」を維持しようとするアメリカのコストは、利益を上回るようになった(おそらく、いままでもずっとそうだったのだ)〉
〈日本がアメリカへの自動車輸出を制限し、ホンダとトヨタにアメリカで生産するように指示するのは、そんなに突飛なことだろうか? ’80年代初めに関税の脅威にさらされた日本は、実際にそうしたのだから。結果、アメリカ南部の自動車産業は急成長を遂げた〉
そして、彼が「改革」の矛先を向けようとするのは経済だけではない。アメリカが年間130兆円あまりの軍事予算をつぎ込み、日本をはじめ同盟国を守っていることについても、「アメリカは大損をしている」と主張するのだ。
〈アメリカの同盟国が自国の防衛に十分な投資をせず、世界のあらゆる軍事行動と抑止力をアメリカに主導させ、保障させてきたことは、彼らにとっても、何より我々にとってもきわめて屈辱的だ〉
このような考え方は、決して彼だけのものではない。「トランプ信者」だけに特有のものでもない。背景には、「グローバル化こそがアメリカを破壊した」という、アメリカ庶民の深い絶望が横たわっている。前出の会田氏が言う。
「アメリカでは過去30年あまりで、不法移民が1000万人を超えるほどに急増し、ダウ平均株価が5倍に上昇した一方で、中間層・貧困層の所得は全く伸びていません。アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、投資家のウォーレン・バフェット氏の3人の合計資産額が、下位半数の国民の総資産を超える異常な格差があるのです。
加えて、非エリート層の若者は20年にも及んだイラク戦争、アフガニスタン紛争で遠い海外へ派遣されて血を流し、帰国してもケガや心の傷で働けなくなったり、薬物に走ったりする人が少なくありませんでした。そうした様子を見て、『なぜアメリカ人が他国のために傷つかなければいけないのか』と怒る人は、私たちが考えるよりもたくさんいます。
ニューヨークやロサンゼルスなどの大都市以外に住む工場労働者や軍人は、グローバル化に取り残されて貧しくなり、窮状を訴えても『能力が低いからだ』『学歴がないからだ』と切り捨てられてきた。トランプ政権とその政策は、彼らの怒りが生んだものであり、そう簡単には覆りません」
トランプ大統領自身も、第一次政権のときから「日米安保条約を破棄する」「日本は米軍の駐留予算を全額負担すべきだ」などとたびたび口走ってきたが、単なる気まぐれだと思われていた。しかし2度目の今回は「本気」に変わりかねない。
「週刊現代」2025年4月28日号より
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