私がいなくなったらどうするの? 年金月16万円〈82歳母〉の強気のひと言に限界。〈49歳ひとり娘〉が「人生で初めて下した決断」

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高齢化が進むなか、「親の介護問題」は深刻さを増しています。なんとか仕事との両立を図ろうと奮闘する人も多く、その数365万人以上。さらに両立が難しく離職してしまう人も2000年から比較すると倍になっているといいます。
82歳の母・美代子さん(仮名)と2人暮らしをする野村裕子さん(仮名・49歳)。数年前から母の在宅介護を続けています。母は身体的な衰えがあるものの、頭はしっかりしており、日々の生活はある程度自立しています。とはいえ、高齢の親と2人きりの暮らしには、多くのストレスや不安が伴います。家族だからこそ遠慮なく言い合える関係性が、時に介護者の心を蝕んでしまうこともあるのです。
かつて裕子さんは中小企業で事務職として働いていました。母の体調が不安定になり始めたのは、彼女が40代に入った頃のこと。当初は仕事と介護を両立しようと努力しましたが、度重なる通院の付き添いや食事・排泄のサポートなど、次第に母のサポートは増していきました。
時間のやりくりだけでなく、精神的な余裕もなくなっていった裕子さんは、ついにフルタイムの仕事を辞めざるを得なくなります。いわゆる「介護離職」です。
現在、母娘の生活を支えているのは、月16万円の美代子さんの年金。裕子さんには多少の貯金がありますが、生活費のほとんどはこの年金から賄われており、将来への備えは心もとない状況です。
「贅沢なんてしていません。でも、2人分の食費や光熱費、病院代などで、すぐに消えていきます。節約しているつもりでも、何かあったら対応できない。正直、毎月ギリギリです」
裕子さんの口からは、そんな切実な声が漏れます。
総務省『令和4年就業構造基本調査』によると、介護している人は629万人。そのうち仕事をしている人は365万人。これだけの人が、仕事と介護を両立させて奮闘しています。過去10年間の推移を見ると、介護をしている人は70万人増加。さらに仕事をしている人は73万人増加し、仕事と介護を両立しやすい環境は徐々に整っているといえるでしょう。
一方で厚生労働省『雇用動向調査』によると、2023年に介護離職した人は約7.3万人。そのうち女性が77%、年齢別には50代が最も多くなっています。
ある日、裕子さんが「少しだけ外に出て、気分転換したい」と言ったとき、母・美代子さんから返ってきた言葉は、裕子さんの心を深くえぐるものでした。
「私がいなくなったらどうするの? あなたは1人で生きていけないんだから」
その言葉に、裕子さんは愕然としました。
「私が母を支えているつもりだったけれど、母の目には逆に、私が頼りきっているように見えていたのかもしれない」
それは誤解だったとしても、事実として、この数年、裕子さんの人生は美代子さんの介護が中心となっていました。仕事を辞め、自由時間もなく、経済的にも自立できていない――自分を見失っていたのです。
「このままでは、本当に母がいなくなったときに困るのは自分だ」と感じた裕子さんは、自分の生活を見つめ直し、人生で初めて「実家を出る」決断を下しました。
裕子さんは地域包括支援センターを訪れ、介護保険制度やサービスの内容について説明を受けました。訪問介護やデイサービスを活用すれば、美代子さんは安全に日常生活を送れるということがわかり、手続きを進めていきました。
もちろん、母の理解を得るには時間がかかりました。「人に世話されるなんて嫌だ」「家族がやるべき」といった気持ちが根強くあったからです。しかし、裕子さんの覚悟を感じ取ったのか、少しずつ受け入れるようになり、今では週に数回、訪問介護とデイサービスを利用しています。
また裕子さんは現在、ワンルームを借りて、週に1度実家へ様子を見に行っています。パートの仕事も始め、少しずつですが自分自身の生活リズムを取り戻しつつあるといいます。
家族の介護に向き合うとき、何よりも大切なのは「すべてを自分1人で抱え込まないこと」。厚生労働省は、「介護に直面しても仕事を続ける意識」が重要としています。介護離職の結果、社会から孤立し、追い込まれてしまうケースは後を絶たないのです。経済的自立と精神的な余裕を保つためには、制度やサービスの活用が不可欠だといえるでしょう。
[参考資料]
総務省『令和4年就業構造基本調査』
厚生労働省『雇用動向調査』

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