「日本は治安がいいって聞いたけれど、信じられない」「牢屋に住んでいるみたい」…日本で働く道を選んだ中国人女性がこぼす“強烈な後悔”のワケ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本政府が外国人労働者の受け入れを促進する制度として始めた「高度外国人材」。制度導入後、自国で働くよりも日本で働いたほうが給与が多くなる外国人が、日本で働き口を確保しようとする動きがあった。
【写真】この記事の写真を見る(3枚)
一方で、既に稼げない日本に見切りをつける中国人が多い。彼らが日本で働き、抱いたリアルな思いとは。ここでは、紀実作家として活躍する安田峰俊氏の著書『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(角川新書)の一部を抜粋。悲痛な心情を訴える中国人女性たちを紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
beauty_boxイメージマート
◆◆◆
「私たちは尊厳を無視されている。それに、なにより会社側や日本の警察当局は、中国人労働者に対して差別的だと思う。『維権』のために戦わないといけない」
静岡県富士市での取材から2日後の2018年3月17日午後、私と郡山は岐阜県大垣市内の国道沿いにあるコメダ珈琲の店内で、祁春哲(編集部注:静岡県富士市の鉄工所で働いていた技能実習生)とそっくりの主張をおこなう中国人の若い女性3人と向き合っていた。
彼女たちは大垣市郊外の艶金という繊維会社で働く技能実習生だ。吉林省長春市出身の孫麗と、遼寧省大連市出身の李丁がともに27歳の漢民族、遼寧省本渓市出身の趙丹は29歳の満族である。いずれも、性犯罪の被害者なので仮名とする(孫麗と趙丹は中国メディアが記事中で用いた仮名を使用した)。この日に取材の場に来ていない他の技能実習生たち3人も、全員が中国東北部出身の20代の女性たちだ。
孫麗たちは会社の従業員寮内で盗撮被害を受けていた。
「問題を会社に言って組合(監理団体)に言って、警察にも言ったけれどまともに対応してもらえなかった。李小牧さんに伝えたり中国領事館に連絡したりしてから、警察はすこしだけ動いたけれど、納得できる状況じゃない。なぜ犯人が逮捕されないの?」
真新しいiPadを手元で操作して画像フォルダをあさり、証拠写真を示しながら孫麗はそう話した。やはり祁春哲と同じく、彼女も最新モデルのアップル製品のユーザーだった。
彼女たちが受けた被害をまとめておこう。
艶金の従業員寮では、建物の3階に孫麗たち計6人の中国人女性が住んでいたが、なぜか同じ建物の2階には50歳前後の日本人独身男性社員3人が入居していた(この時点で、会社側が若い女性労働者の生活環境にほとんど配慮していないことは想像に難くない)。浴室と脱衣所は1階にあり、男女が時間を区切って入浴する仕組みだった。
事件は2018年2月7日夜に発覚した。
趙丹が入浴しようとした際に、脱衣所のコンセントに挿されっぱなしになっていたUSB充電器が、実は小型のレンズを持つ盗撮カメラであることに気付いたのだ。孫麗によれば、この充電器型盗撮カメラは「少なくとも1年ほど前から」同じ場所にあり、脱衣場の盗撮が継続的におこなわれてきたとみられた。
カメラは動画データをSDカードに記録するタイプだった。盗撮者が動画を見るためには、定期的にSDカードを取り出し、パソコンなどを使ってデータを吸い出す必要がある。外部者の立ち入りが頻繁にあるとは思えない企業の従業員寮の浴室から、撮影データを頻繁に回収できる立場の人間の数は限られている。普通に考えれば、ひとつ屋根の下で若い中国人女性たちと一緒に暮らす日本人の50代男性たちの「3人のうち誰かが設置したと考えるのが妥当」な話だった。

しかし翌朝、盗撮被害を訴えた孫麗と趙丹たちに対して、艶金の日本人上司は「仕事と生活を分けろ」と主張して業務を続けるよう指示し、まともに対応する姿勢をほとんど示さなかった。そこで彼女らは監理団体であるGネット協同組合に相談したが、組合側の中国語通訳は「あなたたちが通報しても警察は来ない」と、同じく事態の火消しを図ってきた(ただし、私の電話取材に対してGネット協同組合はこのやりとりの存在を否定している)。
組合側の通訳者が警察署への同行を拒んだため、やむを得ず孫麗たちは自分で通報。だが、彼女らは日本語がほとんどできないこともあって埒が明かない。9日になり、被害者の一人である李丁がSNSを通じて李小牧に連絡したことで、彼が協力して所轄の大垣署に話を通し、ようやく警察を動かすことができた。
「でも、警察はカメラとSDカードを押収しただけで、同じ寮の日本人男性3人のパソコンを調べたり指紋を取ったりはしなかった。これじゃあ、犯人が証拠を隠滅できるじゃない」
盗撮に使用されたUSB充電器型カメラは、人口約16万人の地方都市である大垣市内の店舗で気軽に購入できる商品ではない。つまり、日本人男性3人のクレジットカードの明細やネットショッピングサイトの利用履歴を確認するだけで犯人を特定できる可能性があったのだが、そうした捜査はなされなかったのだ。
被害者が言葉の通じない中国人だったことで、日本の地方の警察は本気で捜査しなかった。少なくとも、被害者である孫麗たちの目にはそう映った。
やがて翌月22日になり、警察の調べによってSDカード内に5時間10分の動画データが確認された。動画には実習生2人の裸体が映っていたと警察から孫たちに連絡があったが、捜査は事実上ここまでで終わってしまい、その後の進展はない。
孫麗たちによれば、艶金は盗撮事件が警察沙汰になってから「外部の人間の立ち入り」を見張るという理由で寮の入り口に監視カメラを設置し、建物入り口のドアに鍵を取り付ける「対策」をとったという。
「内部犯行の可能性が高いのに、そんなことをしても意味ないんじゃないですか?」
「意味ないよ。例の3人の日本人も、そのまま同じ部屋に住んでる」
孫麗は言う。なんと会社側は、性犯罪の被害者である技能実習生の若い中国人女性たちと、加害者が含まれている可能性が高い自社従業員の日本人男性たちを、事件発覚後も同じ寮に住まわせ、トイレや浴室を共用させ続けていたのだ。
「事件はずいぶん前のことですよ。状況はすでに落ち着いており、話すことはありません」
大垣から帰京後の2018年4月上旬、私が『Newsweek日本版』の記者の立場で艶金に電話取材をおこなったところ、そんな返事がきた。話をしたのは、事件の翌日に「仕事と生活を分けろ」と主張したとされる日本人男性社員だ。
「『ずいぶん前』と言っても、たった2ヶ月前に起きた話で、盗撮犯も捕まっていないですよ?」
「犯人は外部の人間かもしれないでしょう。警察の捜査に任せています。実習生たちは事情を納得して、仕事を続けています。もういいんじゃないですか」
男性社員は苛立った口調で会話を打ち切った。もちろん、被害者の孫麗たちがまったく「事情を納得」していないことは言うまでもない。
いっぽう、技能実習生を監理するGネット協同組合の担当者も、電話取材に対して「(同じ寮の日本人男性が盗撮犯であることは)可能性としては高い」と認めたにもかかわらず、「艶金さんはしっかり対策している」と、特に根拠は示さず言い切った。
「問題の解決は警察と艶金さんがおこなうことですよ」
あくまでも監理団体とは無関係という姿勢だ。
対策を取らない受け入れ先企業と、事なかれ主義の監理団体、おざなりの捜査しかおこなわない警察──。立場が弱く日本語もできない技能実習生は、犯罪に巻き込まれたときは無力なのだ。ゆえに被害者からはこんな意見まで飛び出す。
「日本は治安がいいって聞いたけれど、信じられない。中国なら、こういう犯罪は公安が監視カメラの映像をチェックして、犯人をすぐ捕まえるのに。日本は中国よりも法律を守る意識が薄いと思う」
取材中に孫麗がそう話すと、なんと他の2人もうなずいた。
近年の中国では、全国に約2億台の監視カメラが配備されている(2019年時点)。一部は公安部のシステムとクラウド上で直結し、顔認証機能によって被撮影者の氏名や身分証番号を一瞬で特定することが可能だ。スマホやパソコンを使ったインターネットの利用履歴も、特殊な暗号化技術を使わない限りはすべて公安が把握している。
中国政府が監視社会化を進める最大の目的は、中国共産党の統治体制の防衛だ。日本を含めた西側諸国の感覚では、個人のプライバシーの一切を国家権力が握る近年の中国社会は不気味なものに思える。
だが、実のところ中国の庶民層には、犯罪の抑止効果を理由にこれを歓迎している人が意外と多い(近年、中国当局は犯罪発生率の大幅な減少をアピールしており、これは私の肌感覚でも事実だと感じられる)。ゆえに監視社会に慣れきった国の人から見れば、日本の警察のユルさが逆にはがゆく感じられるという奇妙な逆転現象も起きるのだ。
さておき、孫麗たちの不満と不信感は、かくまでも強い。
容疑者がほぼ絞り込まれており、その気になれば簡単に証拠も見つかるはずなのに、誰もまっとうな対応をしてくれない。結果、艶金・Gネット・警察の三者の姿勢に苛立った彼女らは、日本の不誠実な企業や警察組織よりも、ずっと「信頼」できる強力な権力に任せて事件を解決しようと考えた。
すなわち、駐名古屋中国総領事館や、上海の大手ニュースサイト『澎湃新聞』に積極的にリークして戦っていく作戦を取ったのだ。
『澎湃新聞』は習近平政権と非常に関係が深い、中国有数の大手ウェブメディアだ。2月13日に事件が大きく報じられると、中国国内の世論にも反発が広がった(ちなみに艶金については、旧名である「艶金化学繊維」の名で『澎湃新聞』記事中で社名が公開されていたため、本稿でも仮名を用いずこれに従った)。中国側報道は、総領事館もこの事件を「高度に重視」しており、なんらかの対応を取ると伝えていた。
中国人労働者の立場は昔よりもずっと強くなった。いまや日本の中小企業が中国人技能実習生に対して不誠実な姿勢を見せるだけで、習近平政権のプロパガンダメディアを通じて社名を名指しで批判され、外交問題の俎上に載せられかねない時代になっているのである。
ただし、艶金の女性技能実習生盗撮事件は結論としてはウヤムヤで終わった。
先に登場した静岡県の祁春哲の場合は、受け入れ先企業の蓮海工業が大量の法律違反を犯し、しかも被害者が重傷を負って職場に復帰できる可能性がゼロだったことで、法的紛争に持ち込んでリベンジを果たすことができた。
ところが孫麗たちの場合、盗撮事件それ自体は「軽犯罪」にすぎない。会社側が社内にいる容疑者を事実上かばい、監理団体は技能実習生保護のための対策を講じず、地元の警察も捜査を充分におこなわない──。
つまり日本側で事件の調査や捜査が可能な機関が、いずれもサボタージュをおこなって開き直った以上、中国総領事館や中国世論が騒いだところでどうにもならなかったのだ。また、技能実習生は職業選択の自由が事実上制限されているため、その後も実習期間の満了まで同じ職場に居続けなくてはならない。祁春哲のように会社を訴えることも現実的ではなかった。
やがて孫麗たち数人は、事態が解決しないまま実習期間が満了して中国に帰った。
まだ艶金での実習期間が残る李丁らは、相変わらず事件が起きた従業員寮の3階に住まわされ、同じく2階で暮らし続ける日本人男性たちと同居生活を続けている。
労働者の基本的人権が事実上制限されている日本の外国人技能実習制度は、欧米のメディアから「現代の奴隷制」とまで揶揄されている。
2015年まで技能実習生の国籍別人数の最多を占めてきた中国人は、かつては母国と日本との巨大な経済格差ゆえに従順であり、長年にわたって「現代の奴隷制」を無言で支え続けてきた。一昔前まで、技能実習生問題は在日中国人問題の一部だとすら言ってよかった。
だが、祁春哲や孫麗たちを見ればわかるように、近年の中国人技能実習生の姿はすでに往年とは違う。
「会社の人たちは現在の中国のことを知らないみたいで、私たちを貧乏だと勘違いしているんだよね。それっていつの時代の話よ? と思うんだけど」
大垣市内での取材時、孫麗が愛用のiPadを触りながら話すと、隣で最新モデルのiPhoneをいじっていた李丁と、正規品のアディダスのジャケットを着て左腕に1万7000円の新品のスポーツウォッチを着けていた趙丹が「そうそう」と苦笑いしてみせた。
「日本に来て本当に失敗したと思うよ。数年前ならともかく、いま中国国内の工場で働くなら残業代抜きでも月収5000元(約7万8000円)くらいはもらえる。でも、日本で技能実習生として働けば、月80時間の残業をこなしても月収は12万円ぐらい。家族にも会えないし自由な時間もないから、まったく割に合わない」
既婚者で子どもが一人いる孫麗は、2015年秋に出国している。日本に来る前の彼女は韓国向けに衣料品を輸出する中国系工場のワーカーで、月収は3000元(約4万7000円)程度だったが、ここ数年の中国の変化によって事情はすっかり変わってしまった。
「数年前に出国した孫麗の判断はまだ理解できる。でも、最近になって来てしまった私たちはもっとかわいそう。完全に選択を間違えた。まったく自由がないし、すごく理不尽。悔しい。牢屋に住んでいるみたい」
趙丹が言う。2017年1月に来日した彼女は、かつて中国国内で旅行会社の営業職に就いていたときの月収は4000~5000元程度あった。李丁も2017年秋の来日だ。中国では化粧品のセールスレディをしており、月収は趙丹と同じくらいだったという。
静岡県の祁春哲と同じく、彼女らもほぼ「90後」世代である。
中国社会の経済発展や権利意識の高まりのなかで育った90後たちは、ややワガママで享楽的な反面、一昔前の中国人のようなギラついた雰囲気は薄く、暑苦しい人間関係も好まない。たとえ地方都市出身のブルーカラー層の人たちでも最新のデジタルガジェットを使いこなし、そこそこ垢抜けていて、話す言葉も論理的だ。

日本の技能実習制度は、身も蓋もない言いかたをすれば、発展途上国出身の「“低度”外国人材」である若者の判断力や論理的思考能力の低さや、権利意識の弱さに依存して構築されているシステムだ。現代中国の90後の青年との相性が悪いことは言うまでもない。
彼らは技能実習先で理不尽な問題に直面すれば、自分の権利を守る(「維権」)ためにスマホで弁護士を探したり中国領事館や大手メディアにタレ込んだりと、全力で抵抗してくる。まったく「奴隷」には向いていないのだ。
彼らや彼女らが日本に来る理由も、すでに過去とは異なっている。
「技能実習生って、日本で勉強をするついでにちょっとお金を稼げる制度だと思って応募したら、朝から晩まで田舎の工場でミシンがけをやらされて驚いた」
たとえば私が別の機会に電話取材をおこなった、広島県内の紡績工場で働く20代後半の中国人技能実習生の女性はこんなことを言っている。彼女はなんと、ワーキングホリデー制度と勘違いして日本に来ていた。
だが、この広島県の職場は典型的なブラック企業であり、同僚の中国人技能実習生はミシン針が爪を貫通したのに休みをもらえず働かされているという。
広島の中国人女性のようなユルい感覚は、岐阜県大垣市の艶金で働く趙丹も同様だった。彼女はアニメが大好きで、それゆえに日本で働いてみたいと考えて技能実習生になっていた。
「アニメで見た日本と、ここの毎日はぜんぜん違う。『君の名は。』に出てきた村みたいな、きれいな日本ってどこにあるの?」
新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』は中国でも大ヒットし、日本円換算で100億円を上回る規模の興行収入を叩き出した。中国語版の封切りは2016年12月だ。つまり趙丹が来日する1ヶ月前であり、彼女は公開直後に映画館で作品を見たらしい。
私はつい反射的に「ここです」と答えてしまった。
「どういうこと?」
「『君の名は。』のヒロインの三葉が住んでいる場所は、この岐阜県なんです」
「えっ」
趙丹は短く叫び、それから絶句して動かなかった。
〈花嫁候補者の女性数十人を全裸でズラッと並ばせ…潜入取材でわかった「国際結婚仲介業者」の“怪しい実情”〉へ続く
(安田 峰俊)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。