私たちはなぜ眠り、起きるのか?睡眠は「脳を休めるため」ではなかった?生物の“ほんとうの姿”は眠っている姿?
いま、気鋭の研究者が睡眠と意識の謎に迫った新書『睡眠の起源』が、発売即3刷と話題になっている。
「こんなにもみずみずしい理系研究者のエッセイを、久しぶりに読んだ。素晴らしい名著」(文芸評論家・三宅香帆氏)、「きわめて素晴らしかった。嫉妬するレベルの才能」(臨床心理士・東畑開人氏)といった書評・感想が寄せられるなど、大きな注目を集めている。
(*本記事は金谷啓之『睡眠の起源』から抜粋・再編集したものです)
かつてもっと大胆な挑戦をした若者がいた。ランディ・ガードナーというアメリカの高校生だ。1963年、彼は、科学コンテストに応募しようとしていた。そして、人々から大きな注目を集めるような実験はできないだろうかと考えていた。
人が眠らなかったらどうなるのか──ランディは、断眠の実験を思いつき、自らの身をもって検証しようとした。
1963年12月28日、ランディはクリスマス休暇を使って“挑戦”を始めた。実験には協力者がいて、彼が眠らないように常に話しかけたりしていたという。眠らずに起き続けた彼は、どのような経過を辿ったのか?
徹夜2日目、彼は目の焦点を合わせることが難しくなって、テレビを見なくなった。3日目になると情緒の変化が激しくなり、吐き気を催した。徹夜4日目になっても、彼は眠気に抗い、耐え続けた。幻想や妄想があらわれ、道路標識が人間であると感じたり、自らが偉大なフットボール選手だと誇示したりしたという。
7日目あたりになると、言葉が不明瞭になって、まとまった話をすることができなくなっていた。もう中断してもよさそうなものだが、ランディはそのまま耐え続け、なんと年が明けた1964年1月8日までの11日間、時間にして264時間の断眠記録を達成したのである。当時としては、最長の断眠記録だった。
狙い通り、彼の挑戦は、アメリカ中で大きな注目を集めることになる。最後の3日間は、睡眠を研究する専門家による観察を受けることになり、断眠の経過は、後に論文として発表された。
断眠実験を終えたランディは、どうなったのだろう。いったいどれくらい眠るのか?後遺症が残ることはないのだろうか?周囲は、固唾をんで見守ったに違いない。
11日ぶりに眠りはじめた彼は、15時間ほど経って目を覚ました。軽い記憶障害や睡眠サイクルの乱れがあったが、10日後にはほとんど正常な睡眠パターンに戻った。心身の検査でも、特段の異常を示さなかったのである。6週間後や7ヵ月後に行われた検査でも、ほとんど正常だった。11日間にわたって眠らずに起き続けても、深刻な影響が残ることはなかったのだ。
論文に記載されている内容はそこまでだ。だが、この話には続きがある。実験から40年以上経ってインタビューに応じた彼は、後年、深刻な不眠症になったことを明かした。毎晩眠ることができず、「もう眠ることを諦めた」と語っている。
もちろん、あの断眠実験との因果関係は定かでないのだが、非常に危険な挑戦だったことは間違いない。断眠の危険性を鑑み、ギネス世界記録は現在、断眠記録を認めていない。
【つづきを読む】睡眠は「脳の誕生」以前から存在していた…なぜ生物は眠るのか「その知られざる理由」