「こんな丁寧な暮らしをしてみたい」と憧れを集めるのは、北海道で暮らす67歳女性。しかし、かつては4人の子どもたちと夫に「お母さんは、今日からいないと思って」と宣言したほどの仕事人間でした。
【写真】仕事に熱中していた時、倉庫を借りていたおしゃれな店舗
登録者数34.2万人のYouTubeチャンネル『Kuro-北国の暮らし』で、Kuroさんが紹介する動画の一部は、自家製味噌を仕込んだり、庭で野菜を収穫したりするKuroさんの母親の日常(以下、Kuro母さん)。料理や庭仕事など、生活に楽しんで向き合う姿を、「マネしてみたい」「こんなことが私にもできたら」「どこのキッチンツールを使っているの」と興味津々な人が続出しています。
しかし、こうやって暮らしを楽しむ前は、1日16時間、休みなしで働き続ける仕事人間でした。専業主婦から仕事をはじめたきっかけ、63歳で辞めた経緯、今の生活について取材しました。
専業主婦として北海道の田舎で暮らしていたKuro母さん。「夫は早朝から仕事に出るので、子どもたちが小さい頃は、いわゆるワンオペ。家事と育児を一手に引き受けてきました」。料理やお菓子、子どもたちの洋服などを作り、自宅の庭を手入れする暮らしは、慌ただしくも愉しい日々でしたが、ある時出会った本がKuro母さんの人生を大きく変えることになります。
「自宅の庭をどうしようか?と思っていたときに手に入れた海外の園芸の本です。イギリスのガーデナーが素敵な庭と暮らしぶりを紹介する本や、レタスだけでも数種類掲載されているマーサ・スチュワートのガーデニングブックに激しく心を奪われてしまいました」
園芸への好奇心は高まり、海外から種苗カタログを取り寄せ、自宅の庭で植える野菜やハーブの種を注文するほどに。「英語は学生時代に習った程度。英語の辞書片手に注文しました」。
届いた種は順調に育ち、ひとりでは扱いきれないほど大量の苗になったため、自宅の前で売ることを思いつき、手書きのチラシを作り、町内に配布しました。
それが、主婦以外の顔を持つことになった第一歩。Kuro母さんによる園芸店「コテージガーデン」が1995年にオープンしました。珍しい野菜やハーブの苗を扱っていることや1990年代半ばから後半のガーデニングブームが追い風となり、多くの人が来店。
「最初は自宅の前で行っていた商売でしたが、場所を借りて店舗を作り、人手が足りないからスタッフも雇うことになりました」。
花苗の管理や事務作業など業務も増え、朝4時前に起床してひと仕事。5時に自宅に戻り、朝ごはんなどの家事、という生活が続いていました。開店から3年経ち、1日16時間も働いていたことに気づき、ついに家族に向かって宣言したのです。
「お母さんは今日からいないと思って」。
どんなに多忙でも朝食とお弁当作りだけは自分の役目として行ったそうですが、「ごはんはお腹が空いた人が作ればいいし、掃除は気になる人がやればいい、と思ったので、子どもたちにそう伝えました。夫は洗濯や掃除、買いものをしてくれましたし、私の帰りが遅くなる日は子どもたちにごはんを食べさせてくれました」。
子どもたちも協力的で、自分たちのことは自分たちでやるように。「仕事をしていて良かったです。ワンオペの育児を続けていたら、教育ママになって、子どもたちにいろいろ言っていたのではないかと思うのです」と分析。Kuroさんも「姉や兄もいるし、近くに祖父母も住んでいたし、適度に自由があって、自立心が芽生えました」。
夫と子ども4人の万全の協力体制のもと、園芸店だけではなくガーデン管理やガーデンデザインにまで領域を拡大し、ずっと走り続ける生活は約25年も。夫婦ふたりで暮らす今、 「あの頃は大変だったけど、いちばん楽しかったなぁ」と夫が振りかえることもあるそうです。
60代に入り、体力の衰えを感じはじめ、高齢の両親についても心配になった頃、ふと「仕事をこなすだけになっているのではないか?」と疑念が湧いたのだそう。
「自宅の庭を野菜や花、ハーブがある庭にしたいと思って進んだ園芸の世界なのに、自宅の庭は何もできず、荒れ放題。今やらなくてどうするの?」
これまで同様に、今後の10年間も働き続けられるのかどうかを自問自答。その結果、自ら立ち上げた会社の代表取締役の退任を決意。最後の1年は仕事に打ち込み、2020年に辞めてからは、フリーランスのガーデンデザイナーとしてマイペースに仕事をしつつ、自宅の庭を理想の庭に作り上げ、ずっとできなかった台所仕事を思う存分にやる…ということを目標としました。
もともと「食べるのも作るのも大好き」というKuro母さん、忙しく働いていた時は封印していた味噌作りや、梅干し作りを再開。自家製トマトでのトマトソースを常備し、料理に合わせてお皿を選ぶなど、暮らしを心から楽しむ日々を送っています。
そんななか三男のKuroさんの「お母さんの料理はおいしい。料理や出来上がっていく庭の様子を配信したい」という申し出を受けて、YouTubeチャンネル『Kuro-北国の暮らし』の撮影が行われるようになりました。
息子のKuroさんが制作するV-log形式(ブログ+動画)では、Kuro母さんと祖母のいわゆる“単なる日々”を配信。「豆を茹でる日」「お気に入りの調味料」「庭の野菜を収穫」「冬支度」「雪かき」「お皿の整理」「庭作り」など、奇をてらうものは一切ありません。
短時間で豪快に数種類の料理を仕上げ、スパイスからブレンドしたカレー、コロッケやちらし寿司、トマトソースのパスタなど、私たちが真似しやすい料理づくりを披露してくれるKuro母さん。そんな姿に「こんな風に年を取りたいなぁ」「研究心と向上心がすごいです」「1日24時間とは思えない働きぶり」と国内外からも称賛コメントが相次いでいます。
Kuro母さんは、「こういった言葉はくすぐったい。丁寧な暮らしを意識してきたわけではないんです」と言いつつも、暮らしのことを二の次にしてきた25年間を振り返り、「これからは趣味として、暮らしそのものを楽しみたい。家で使うものや調度品も、高価なものよりも、67歳の自分に合うものが見つかればいいし、そういうものを見つけていきたい」と語ります。
撮影する息子のKuroさんは、「台本や演出はなく、母の動きに合わせて撮影しているだけです。母はものすごくアクティブに動き回るので、撮影後は無茶苦茶疲れます。笑。『エネルギッシュなお母さん』『いつ休んでいるの?』などのコメントがありますが、あの姿が母そのもの。言葉を発していなくても、やりたいことに向かっていくエネルギッシュさが伝わっているのではないでしょうか」。
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YouTubeでは、台詞や発言がなく、動画、テロップ、音楽で紹介されている生活についての裏話を書籍『北国の暮らし 今を豊かに生きる家しごと庭しごと』(著:Kuro/KADOKAWA・1760円)で紹介されています。
Kuroさんが動画作りへの思いを語るとともに、Kuro母さんのライフスタイルの変遷についての詳細、暮らしの術、また92歳の祖母の生活術と、健康術について本人と家族の言葉で語られています。また、Kuro母さん自慢のアップルパイ、カレーなどのレシピも掲載。
(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・宮前 晶子)