「発生した硫酸が下水管を腐食させる」「マンホールが多い場所は要注意」 八潮・道路陥没の三つの不運

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【全2回(前編/後編)の前編】
まるで“底なし沼”のような穴が、捜索隊の行く手を阻む埼玉・八潮市の道路陥没事故。その原因と目されるのは老朽化した下水道管である。実は同様のリスクを抱える管は全国各地に存在するが、中でも危険なのが東京23区。その実態と対策を以下にお届けする。
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交差点の信号が青に変わったのを見計らったかのように、道路の陥没は起きたという。そのわずか数秒後、交差点を左折したトラックが、飲み込まれるように穴の中へ転落してしまった。
先月28日、埼玉県八潮市で起きた県道陥没事故は、発生から2週間が過ぎてもトラックに乗った74歳の男性ドライバーが救出されない深刻な事態となった。
社会部デスクによれば、
「現場にいち早く駆け付けた消防署員が、穴に落ちたトラックに呼びかけたところ、ドライバーからの応答があったことを確認しています。その場で救出を試みたそうですが、運転席の周りが土砂で埋まってドアが開かない。後部の窓もユニックというクレーンが邪魔をして開けられない。そうこうしているうちに、再び穴の中で小規模な崩落が起きてしまい、二次被害を懸念して救助活動は一旦、仕切り直しとなりました」
事故発生から3時間がたった午後1時ごろまでは、救助隊の呼びかけにドライバーは反応していたという。
「陥没現場の状況は刻一刻と悪化するばかりで、穴の中では下水や地下水の流入が相次いでいたのです。現場の様子を例えるなら、砂浜に穴を掘ったら底から水が湧き出して、穴の周りがどんどん崩れていくような状態。トラックは運転席を頭にして、すり鉢状になった穴底に沈む格好となってしまった」(前出のデスク)
その後、大型クレーン車によるトラック引き上げが試みられたが、土砂に埋まった運転席部分が荷台と分離してしまって救出は失敗。第二の大規模な陥没が起きて、穴が拡大の一途をたどっていく。
地元の流通業界関係者が言う。
「被害に遭ったトラックは、現場から1時間もかからないところに事務所を構える運送会社の所有だと聞きましたが、あそこは古くからある家族経営のところでね。所有するトラックも数台、ドライバーも数人しかいなかったと思う。70代くらいの高齢ドライバーといえば、あの人かと顔が思い浮かぶけれど、道でトラック同士すれ違う時なんかも手を上げてくれる。朗らかな印象の方ですよ」
勤め先と思しき事務所には、心情を察してほしい旨の張り紙が貼られていた。
まことに気の毒としかいいようのない出来事だが、事故が起きた原因を探っていくと、決して他人事とは思えない。
陥没した道路の管理者である埼玉県は、事故原因について〈中川流域下水道の下水道管の破損に起因すると思われる〉と発表している。事故現場の地下10メートル下にあった下水道管が壊れただけで、なぜ大きなトラックが飲み込まれるほどの陥没が起きたのか。
「下水管に穴が開くと、そこに地中の土砂や地下水が流れ込む。そうなると下水管と道路の間に空洞が生じて陥没に至ります」
と解説するのは、元国土交通省技官で東京大学大学院工学系研究科特任准教授の加藤裕之氏だ。
「今回の事故現場は、もともと大昔には海だった影響もあって、恐らく地盤が緩くて地下水位が高い箇所だったと思います。地盤が崩れると、地下水の関係で土砂が大量に流入しやすい。そうした地質だった可能性があるかと思います」
たしかに被害者の捜索を阻んできたのは、止まらない地盤の崩落で穴が拡大し続けたことにある。そして下水管に多量の土砂が流れ込んだことで、目詰まりが起きて汚水が逆流。現場には多量の水がたまって、救助は難航を極めている。
かような大惨事は、前述した地盤の要因と合わせて三つの不運が重なって起きてしまったとみられる。
そもそもの発端となった下水管の穴は、どんなメカニズムで生じるのだろう。
再び加藤氏に尋ねると、
「下水中や下水管の底の堆積物には硫酸塩還元菌という菌がいます。この菌は嫌気性といって、酸素の少ないところで繁殖し、硫化水素を発生させます。硫化水素は水の中から空気に触れて反応が起きると硫酸になる。ご存じの通り、硫酸はさまざまなものを溶かす作用があるため、下水管をも腐食させてしまうのです。こうした細菌にとって、下水管に流れる屎尿(しょう)や洗剤の残りなどの有機物の汚れは、エサのような役割を果たしてしまうのです」
基本的に下水管は「自然流下」といって、高低差(勾配)と重力を利用して下水を流している。また、事故現場の下水管は交差点に沿ってカーブする形で通っていた。
この形状が硫化水素の発生を促した可能性があるとして、加藤氏はこうも言う。
「下水管が方向を変えるためカーブしている部分には、下水が滞留しやすいのです。滞留してしまうと、先ほど述べた有機物の汚れが下水管の中に沈澱し、また酸素も少ないので菌の繁殖が旺盛で硫化水素も発生しやすいのです」
事故現場付近の道路上には、マンホールが点在していたが、これも硫化水素が発生しやすいポイントで要注意だという。
「マンホールというのは、地下への点検用の穴という役割のみならず、下水管の方向を変えるために置かれています。マンホールが敷設された付近の下水管には段差があって、滞留した下水がバシャバシャと跳ねて巻き上がったりします。そうなると、下水の中に発生していた硫化水素が空中に放出されやすくなり、硫酸となってしまう。マンホールの下部は腐食しやすい空間なのです。特に陥没箇所に隣接して10メートル四方の大きなマンホールが地下にあるようです」(同)
しかも今回、穴の開いた下水管は直径約4.75メートルもある「中央幹線」と呼ばれる巨大なモノだった。これが三つ目の不運で、被害を大きくしてしまった。
「今回の事故現場を流れていた下水管は、とても範囲の広い流域下水道のモノで、下水処理場に近い最下流の箇所での事故でした。影響も大きく12市町、約120万人に対して下水道の使用自粛の要請が出ました。恐らく全国でもベストテンに入るくらい広い範囲を担当している流域下水道なので、影響も甚大なわけです。また経済的な理由から、下水道は細い管だと塩化ビニール管が多く、中大型だとコンクリート製になることが多いですね」(加藤氏)
あらゆる管の中でも、特にコンクリート製は腐食しやすく、そのため日頃の点検が欠かせない。国交省は下水管の標準耐用年数を50年と定め、今回の事故現場のような大規模な下水管は、最低でも5年に1回、検査するよう求めている。
検査で異常が見つかれば交換か補修をしなければいけないが、今回の事故現場の下水管は供用を始めてから42年目のモノで、4年前に機器を管の内部に入れて確認した検査では緊急性の高い異常は認められなかった。
加藤氏はこう続ける。
「当然、地下になると暗い環境下ですから頻繁にやるのは難しい。仮に下水管に穴が見つかっても、今回発生したと思われる空洞まで見つけられたかどうか。また腐食の起こりやすいところでは、耐用年数より早い時期に異常が起こることが考えられます」
後編【世田谷、目黒、品川区などが危ない? 東京の下水管危険エリアはどこか【八潮・道路陥没事故】】では、「インフラ老朽化の最前線」だという東京の中で、道路陥没のリスクが高いエリアについて解説する。
「週刊新潮」2025年2月13日号 掲載

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